競技会とは
「だからね、あたいも魔力奉納したかったのに、みんな急いで帰っちゃうんだもん」
スライムたちが新人のウィルのスライムに魔力奉納がいかに大切か説きながら、自分たちの愚痴も挟んだ。
せっかく三つ子たちの教会登録、初魔力奉納のお祝いをしようとしていたのに、ウィルが居ると兄貴が出てこない。
今日一日休みを取った父さんはウィルに鞭の魔術具をどのように改良して量産化にこぎつけたか、と魔術具談義を始めた。
具体的な話をするために、父さんがウィルを自分の工房に連れて行った。
ぼくはウィルが居ない隙に三つ子たちの奉納した魔力量を個別に聞きだした。
クロイもアオイも光の神の奉納は60ポイントでぼくの初めての魔力奉納と変わらず、アリサだけが70ポイントと二人よりも大幅に上回っていた。
闇の神の祠ではそれぞれ一ポイント多く魔力奉納したのも変わらなかった。
「「「控えめにしようと思ったんだよ」」」
三つ子たちは言い訳のように言ったが、七大神の祠で後に参拝する祠の方が多く魔力が引きずり出されるのは常識なうえ、闇の神の祠は一番多く魔力を持って行くことを母さんとお婆が説明した。
複数の祠を参拝する時には合計の魔力量を考えて奉納しなくてはいけないのだ。
お婆がアリサの健康診断をしても問題ないようだったので話は流されたが、三つ子たちの妖精にシロが主の無茶を止めるのも精霊の上位者である自分たちの役割だ、と説教していた。
ぼくは取り立ててシロに忠告されるようなことはしてこなかったよな、と考えていると、みぃちゃんがぼくの頬に前足を当て真顔で言った。
「面倒ごとが次々と押し寄せてくるから止めようがなかっただけじゃないの?」
そうかな?そうかもしれない。
“……ご主人様。しばらくは無理をしてでも多種多様な魔術具を制作しておくべきです”
帝国留学はそんなにきついのかな?
ウィルがいるうちに父さんから帝国の競技会の話を聞くことにした。
参考にした文献によると、魔術具を大量に使用することになりそうだからね。
「俺が留学中はガンガイル王国が単独チームで参加するなんて想像できなかったよ」
競技会に参加するには人数もそうだが魔術具を用意するのにもお金がかかり、国が豊かでないと参加は困難なようだ。
魔獣カードの競技台が碁盤の目になっているのも、帝国の競技会の会場を参考に制作されたので、父さんは魔獣カードの競技台でぼくとケインとウィルに説明してくれた。
オシム君の手紙や魔本から得られた情報では、マス上に区切られた競技場のマスをチームの魔力で染める、ただの魔力による塗り絵のようなものだと考えていた。
これはもう少し奥が深いものかもしれない。
ぼくが考え込んでいる間に父さんとウィルが、毎年マス目の数やルールが変わる攻略が難しい競技であることを話していた。
「帝国が軍事的にその時欲しい優秀な生徒を選別するための競技の一面もあるのかな?」
変遷するルール変更にウィルが父さんに質問した。
「ちょっと待って!」
ぼくが悩んだようにケインも引っ掛かることがあったようで話を止めた。
「帝国の領土拡大の地図と競技会のマス目に関係性があるのは地図と比較したら一目瞭然だけど、高低差や気候についての配慮がなく、ただマス目を魔力で染めた数が多い方が勝ちなんて現実的じゃないよ。そんな競技に人材発掘の意図があるとは思えないよ」
「いや。関係ある。魔力は長期的に少ないところから多いところに流れるから、囲い込みが出来れば勝ち筋が出来る。地形も気候も無視して力押しで勢力を拡大しているのが帝国だ。ごり押しできる人材を求めているのだろう」
ケインの疑問を父さんが否定した。
魔獣カードの競技台に赤の魔石をCの形に配置し、真ん中に青い魔石を中にポツンと一個置いた。同じように青い魔石をОの形に配置した中に赤い魔石を置き、残りの場所にそれぞれの色の魔石が同数になるように散らばした。
「それぞれ同数の魔石でこの勝負は引き分けに見えるが、俺たちの時代のルールなら青が勝ちだ。だけどボリスの兄のオシム君たちの手紙やウィリアム君のお兄さんの手記を見ると、最近は囲い込む手前まで持って行くだけで高得点が出せるようだ」
最新のルールに乗っ取って得点を換算していくと赤の勝利になる。
父さんは、残りの魔石をランダムに置いたように見えたが、世界地図と照らし合わせると、近年帝国が紛争を起こした地域に小さいながらも得点を加算させる配置にしていた。
「紅組がCの形に囲い込んでいた場所は、全体的に高得点に見えてもこれは陽動だ。青組のО形の魔石の周りに、点数の低い赤い魔石を囲みきらずに増やしているのを悟られないように配置した」
「帝国は押さえておきたい場所は、地形も気候も無視して攻めて来るという事なの?」
ケインは顎を抑えながら言った。
「これはあくまでも競技会での話だよ」
父さんは念を押すように言った。
世界地図に当てはめればガンガイル王国は北西にJの形に抑え込まれている。
「ポイントが高くなるように全体的に配置できれば、数で負けても勝負で勝てる可能性もあるかな?」
「そうはいかないのは君のお兄さんの手記にもある通りだよ」
ウィルの疑問を父さんが否定した。
「それで勝ったチームはないのか……」
「理論上できないとは言い切れないな」
ぼくは予選会では複数のチームが同じ競技場で勝負するので、強豪チームがたがいに潰し合いをしているうちに小得点を重ねていけば出来ないことは無いのでは、と提案した。
「予選会は買収されたチームがいくつか紛れ込んでいるから、余計弱小チームでは勝てないよ」
父さんはマークとビンスが強豪チームに招かれたのも攪乱を狙ってのことだろうと言った。
「得点の数え方が毎年違うので計算の強いマークとビンスは重宝されたようだね」
兄上が褒めていたよ、とウィルが言った。
「競技会で勝ち残るためには、予選会の買収の内容を把握すること、裏切りがあることを念頭に置いて柔軟な作戦を立てられること、それを実践できる騎士たちと有効な魔術具があることが必須条件だ。だから簡単に成りあがることは出来ないね」
父さんは王都で国王陛下と謁見する機会があり、ぼくとケインに来年は競技会用の魔術具の研究をするよう促してほしいとの話があったようだ。
「受験後の合宿では間に合わないから一年かけて魔術具を制作しろという事なのか……」
ラウンドール公爵家にはそんな要請は無かったようだ、とウィルは言った。
「長兄が結果を出せなかったから、期待されていないのかな。次兄は騎士志望なんだけど、参謀がいないと活躍できないポンコ……」
ウィルは自分のスライムに止められて口を噤んだ。
「競技会用に魔術具を作るのは構わないけれど、どうして結界を使わないようになったんだろうね?」
ぼくが素朴な疑問を口にすると全員の頭に?が浮かんだような顔をした。
「防御の結界じゃなく土地を守る方の結界だよ。騎士がマス目を魔力で染めた後、侵略されないように魔術具の罠を仕掛けるだけでなく、結界で魔力を固定してしまえば簡単に奪えなくなるでしょう?」
ぼくは赤い魔石から魔力を抜いてぼくの魔力に染めた後、魔力を固定する魔法陣を刻んだ。
精霊言語で手加減なく一気に全部済ませてから、ウィルが居たことに気付いて魔術具のペンで刻み込むふりをした。
父さんは、ぼくが小芝居をしている間に、作業を終えたふりをした魔石をためつすがめつ観察した。
「なるほど、魔獣除けの守りを染め替え止めに転用したうえ、それぞれの魔石に土地の守りの結界の一部を組み込んで、これを七か所置くだけで簡単には覆せない守りの結界になるのか。これはいいな。結界の本体は競技台に乗せないのは今のところルール違反ではない」
父さんはぼくの魔法陣をあっさり読み解いた。
ケインとウィルも魔石を眺めるが、ケインは顔色一つ変えないが、ウィルは解読できない箇所がある、と唸った。
家族で共有している隠匿の魔法陣を簡単に読み解かれたら敵わない。
競技台にケインの魔力に染めた青い魔石をランダムに配置し、魔法陣を刻んだ赤い魔石を最適の場所に置くと結界が発動するように魔力を流した。
魔法陣が完成したところでケインのスライムに魔法陣を攻撃するように指示を出すと、防御が発動して攻撃が吸収された。
「「「これは凄い!」」」
父さんもケインもウィルも目を見張ったが、これはまだ序の口だ。
「ここからぼくのスライムが反撃するよ」
ぼくのスライムが騎士の代わりに競技台の結界の中に入ると、ケインの魔石に染まっていた青い魔石を次々とぼくのスライムの魔力に染め上げていった。
「ちょっと待て。これは一方的過ぎるだろう。ケインのスライムも参加させろ!」
ケインのスライムも競技台に上がれば、二匹のスライムによる魔獣カードの技を出し合ういつものバトルになるのだが、赤い魔石の結界の中ではケインのスライムの技は結界に吸収されてしまう。
「「「これは……圧勝だな……」」」
結界内の青い魔石は一つだけ残してそれ以外全部の魔石をぼくのスライムが染め上げた。
一つだけ残ったのはケインのスライムが上に座り込んで死守したからだ。
ケインはよく頑張った、とご褒美魔力をたっぷり上げた。
ぼくのスライムは青の魔石から奪った魔力を使ったのでほとんど魔力を消耗していないけれど、触手で両手をつくり、手と握り合わせるようにしながら小首を傾げて目のない視線をよこした。
可愛いから少しだけご褒美魔力を上げた。
「カイルはスライムに甘いよ。あの子は結界の中で圧倒的に有利な環境に居たんだよ。ご褒美をもらう資格なんかないよ」
みぃちゃんが文句を言ったが、本音は自分もやってみたいのだろう。
「そういえば、使役魔獣は参加しても良いのかな?」
ケインも気が付いて父さんに質問した。
「ああ。魔獣を使役する騎士もいるぞ」
「「「「!!!!」」」」
自分で言ってから父さんも気が付いたようだ。
「私が参加すれば絶対にみんなを勝たせてあげるよ!」
キュアが元気よく言った。
キュアは存在自体が規格外の飛竜だもん。
無敵だよね。
 




