貴公子、ふたたび
奉納する魔力の量を他の人と比較しない。←常識
大きな願い事には対価の魔力量が増えるかもしれない。←仮説
奉納する魔力が引き出されるのなら、自分から送り出せばたくさん奉納できるかもしれない。←New‼
……これは誰にも言っていないけれど、初めての魔力奉納でぼくもやってしまった。
願い事に対価が魔力なら、寝て起きれば回復するのだからギリギリの手前まで奉納したくなるのが人間の性だよね。
昼食後、じゃんけん勝負で一番を勝ち取ったクロイが、父さんが見守るなか光の神の祠に魔力奉納をして、かつてのぼくと同様に途中で止められた。
クロイの奉納した魔力量は当然秘密にされたけど、仮市民カードのポイントを見た父さんが苦笑したことで、二番手のアオイの心に火が付いてしまった。
誰も言いだしていない新説、自力で魔力を送り出せ!を実践したのが精霊言語で聞こえてきたので、ぼくとケインは父さんが止める前に祠に飛び込んでアオイを制止した。
これらの行為がアリサを煽ってしまった。
先立つ二人が何かしたのを察して、祠に入るなり魔力を圧縮して水晶のオブジェに叩きつけた。
ぼくとケインが察して止める前に事を成し遂げたアリサは、短時間で魔力奉納を済ませたことで父さんのお咎めも無く参拝を終えた。
模範生のように終えたアリサの仮市民カードを見た父さんは頑張った。
クロイの時のように声が漏れるようなこともなく、肩さえ揺らさなかった。
だが、涙袋がピクピクしたことをクロイとアオイは見逃さなかった。
そんな家族の様子を見逃す母さんではなかった。
「魔力奉納はほどほどにしないと、これから先、一日に参拝できる祠の数を制限しますよ」
三人は明日からの魔力奉納計画と今日無茶して得られるポイント比較して、熱くなり過ぎたことを反省したようだ。
「ジーンさんが最強?」
シュンとなった三つ子を見てウィルが言った。
ぼくたちも魔獣たちもコクコクと頷いた。
再びじゃんけんで闇の神の祠の奉納の順番を決めると同じ順番になった。
これは何らかの干渉があったのか?
“……ご主人様。精霊たちも神々も三つ子たちが教会で登録した時から魔力奉納をお楽しみにしておられるので、私にはどうにも出来ません”
闇の神のご加護を得ているアリサが先に魔力を奉納して体調を崩せば、他の二人の魔力奉納が後日に延期されるから、この順番が妥当だという事なのかな?
「闇の神の祠ではいつも少し多めに魔力を奉納することになるから、子ども元気薬を先に飲んでおきなさい」
お婆が三つ子たちに子ども用回復薬を手渡すと、三人とも瓶を見るなり顔をしかめた。
「五才であれを飲んだことがあるのかい⁉」
ウィルは三つ子たちの様子から激マズ回復薬を数回飲んだことがあるのだと気付いたようだ。
五才まで魔力使用を認められていないのに魔力枯渇を起こしかけたことがある、と言っているようなものだ。
「無意識に魔力を使う事が結構あるんだよ」
「かけっこや木登りで負けたくない、となれば身体強化を使ってでも勝ちたくなる負けず嫌いたちが多いからね」
ぼくとケインは学習館で過ごした幼児期を思い出して言った。
三つ子たちは鼻をつまんで回復薬を一気飲みした。
子ども元気薬はそこまで酷い匂いはしないけど息を吐けば鼻にも味が広がるんだ、とアオイは言った。
鼻に味蕾は無いから味はしないはずだが、ウィルはわかるよ、というように頷いた。
「喉から鼻に抜けるように味があると錯覚するんだよね」
三つ子たちは涙目でウィルにコクコクと頷いた。
マズさを味わうように追求するなんて、わざわざしなくてもいいのに……。
無茶しないと約束して、クロイが闇の神の祠に入って奉納を始めると、フワフワと精霊たちが光りはじめた。
光と闇の神の祠に魔力奉納するために並ぶ人々の間を煌めく精霊たちが漂った。
人々が、これは何だ、と騒ぎ始めた。
やらかした?
光の神の祠ではぼくたちと関係ない家族が魔力奉納をしている。
五才の登録を終えたばかりの家族が魔力奉納にたくさん並んでいるから、クロイの魔力奉納がきっかけだとは言い切れないだろう。
母さんとお婆に目配せを交わすと、ここで切り上げるより、闇の神への魔力奉納を済ませてから撤収した方が良い、と言うように闇の神の祠を見た。
シロも神々が期待していると言っていた。
中途半端に終わらせたら不敬になりそうだ。
クロイが祠から出てきので、すぐさまアオイを送り込んだ。
「精霊たちが祝福してくれているよ」
祠から出てきたクロイが無邪気にそう言うと、周囲の大人たちが、そうだね、良かったね、と声をかけてくれた。
教会登録を終えて初めて魔力奉納をする子どもを微笑ましく見守ってくれているような反応だ。
「やっぱりやっぱり闇の神の魔力奉納は光の神より一ポイント多く奉納したの?」
アリサは精霊たちの出現よりも初めての魔力奉納に興味津々のようだ。
精霊たちは自宅の中庭で焼肉するときによく遊びに来るし、飛竜の里の花火の一件もあるので、ぼくたち一家には珍しいものじゃなくなってしまっている。
「うん。一ポイント多かったけど、子ども元気薬のお蔭で体は辛くないよ」
アリサはクロイの言葉を聞いて安心してアオイの次に祠に入った。
精霊たちはどんどん増えていき、祠の周囲だけではなく噴水の側で踊りを踊っていた子どもたちの周りにも漂い始めた。
まだ背の低いぼくが奥まで見通せたのは、精霊たちに畏敬の念を感じた人々が跪いて祈り始めたからだ。
「……祈りの連鎖…」
ウィルが呟いた。
人々の祈りに応えるように精霊たちは増えていき、洗礼式の踊りを踊る子どもたちの周りをぐるぐると一緒になって踊るかのように回り出した。
アリサが闇の神の祠で魔力奉納をしている間に、噴水広場と教会全体が精霊たちの輝きに満ちてしまった。
「……綺麗ね……」
祠から出てきたアリサは目を輝かせて言った。
父さんと母さんとお婆は、周囲の大人たちに倣って跪いて祈り、子どもたちは精霊と戯れるように光に手を伸ばした。
息を飲むほど美しい光景にぼくたちが見とれていると、お供を数人引き連れたキャロお嬢様がやって来た。
「ごきげんよう。本日の教会登録、おめでとうございます」
キャロお嬢様はぼくたちにそう挨拶すると、小声で言った。
「今、弟が教会で五才児登録をしていますのよ。あなたたちが呼んでしまった精霊たちを司祭様が、不死鳥の貴公子の登録に精霊たちが祝福を下さった、と勘違いして言ってしまう方にアイスクリームを賭けてもいいわ」
ぼくとケインは盛大に噴出した。
キャロお嬢様は王都の寮で度々食堂のデザートを賭けて寮生たちに発破をかけてくれた。
「その賭けは成立しないよ」
「みんな司祭様が不死鳥の貴公子に結び付けて語る方に賭けてしまうから勝負にならないよ」
ぼくとケインが即答するとウィルが苦笑しながら言った。
「随分楽しそうな寮生活を送っているんだね」
「親元を離れて暮らす寮生たちにささやかな楽しみがあっても宜しいでしょう?」
キャロお嬢様がそう言うと付添人のエミリアさんに促されて教会に戻っていった。
キャロお嬢様の退場に合わせるかのように精霊たちが消えていった。
一心に祈っていた大人たちも精霊たちが消えると立ち上がって、お忍びでいらしたキャロお嬢様の方を見た。
誰が言い始めたのかわからないが、領主一族様バンザイ、と声が上がった。
領主様バンザイ、不死鳥の貴公子様バンザイ、と広場中に万歳の波が起きた。
「見事な演出になったようね……」
母さんは小さな声で撤収と言うと、ぼくたちは手を繋いでみんなで広場を抜け出して駅を目指した。
ウィルがついて来たのは言うまでもないかな。




