旅立ち、それから
ボリスたち一行は王都を旅立った。
新型馬車で旅立ったのは辺境伯領からボリスを含む六名とラウンドール公爵領から二人で、全員男子だった。
ボリスの手首にスライムたちの腕輪があるので、旅立ちの不安より最新の馬車の設備に興奮して出発したのがわかった。
女子は後日、海路で帝都を目指し、ボリスたちの旅路が順調だったら途中で合流することになっている。
ぼくとケインは辺境伯領で旅の幸運を祈願して交通安全の祠に祈った。
そこからの時間の経過の体感は早かった。
飛竜の形の物流の魔術具の検証は外観を本物の飛竜に似せれば似せるほど、魔獣や盗賊に襲われることは無くなり、辺境伯領と王都間での検証も無事に終え、商業ギルドでも急ぎの荷物は飛竜便、という信頼を得ることが出来た。
駆け出しの冒険者や、退役騎士の仕事と重複したため、それなりのトラブルはあったようだが、各都市間の街道警備の仕事を斡旋することで調整したようだ。
こうして辺境伯領と王都の都市間だけ安全が担保されるようになると、ますます交易が盛んになった。
国内の動向はハルトおじさんから聞くことが出来た。
三大公爵家の失墜後、派閥の動向ばかりに注視していた領地は明らかに出遅れた。
派閥として交流していなかったが、辺境伯領と子ども世代の交流があったラウンドール公爵領の収穫高と繊維業の業績がラウンドール公爵三男の魔法学校入学以来、目覚ましく向上した。
新しい神の誕生が収穫高の頂点であり、ガンガイル王国国内の各地は緩やかに下降していた。
だが、ラウンドール公爵領は他領と同様の下降線をたどっていたはずなのに、不自然に急上昇したのだ。
ラウンドール公爵領と同様に明らかに収穫量の上向きを見せた領は、オーレンハイム卿ゆかりの領とクラーケン襲撃にあった港町だけであった。
下降線の収穫量を横ばいに出来た領は上位貴族が魔法学校生に在籍中の領地ばかりで、変革が辺境伯領を中心に魔法学校から広がっているのは火を見るより明らかだった。
そんな最中に国王が高らかに宣言した。
“汝、恩寵望まば、祈りあるべし!”
七大神の祠に祈る実績は魔法学校の生徒たちが実証した。
市井ではよく祈る幼児の魔法学校への進学率も上がった。
この話を一笑に付すものは神々の祝福を得られないだけだ。
この考え方は失墜した三大公爵家の後を継いだ二家の派閥にも受け入れやすいものだった。
神に祈り感謝して過ごすのはこの世界では至極当然のことなのだ。
否定する謂れがない。
こうして非凡ならざる国王は無難に国内三大派閥の瓦解後の危機を乗り越えたのだった。
帝国の見えざる干渉は無かったことにされた。
「何だろう、このどうやっても追いつけないという虚無感。市電はそもそも無理だよ。非公開の技術だもん。どうやってこの連結する巨大な部屋を動かす魔力を生み出しているのか、理解不能なことだからひとまず置いておいたのに、今年はなんで飛竜の魔術具が都市間を飛行しているんだ?」
避暑で辺境伯領にやって来たウィルが噴水広場の屋台でタコスを食べながら足をプラプラさせて嘆いた。
「ケインが魔法学校に入学したから着目する視点が増えただけだよ」
ウィルはテーブルに突っ伏した。
「あああ。ぼくもカイルと面白い魔術具を作りたいな」
「ウィリアム君の鞭の魔術具は辺境伯領騎士団で採用になって、改良版は評判が良いよ」
「ウィル、だよ。ウィル。ケインがウィルって呼んでくれるまでケインの手を離さないよ」
「ウィル、ウィル、ウィル」
ウィルがタコスを持っているケインの手を取ろうとしたが、ケインがウィルの名前を連呼した方が先だった。
「瞬発力に差があるね。ウィルは最近騎士コースの訓練を怠っているね」
「ご主人様の速さにウィルが敵うわけがないでしょう」
ぼくとケインのスライムが美味しくなった大角鹿の串焼きを食べながら、ウィルをからかった。
「スライムたちはぼくに遠慮がないんだね」
ウィルは自分のスライムに大角鹿を分け与えた。
「いつになったらおまえも話せるようになるかな?」
ウィルのスライムが、無茶を言うな、と言うように震えた。
「あら、いやだねぇ。こんな赤ちゃんに無茶を言うんじゃないよ」
「自我を持ち始めて、ほんの数か月といったところじゃない」
「あんたのご主人はせっかちだね」
「あたいたちが苦労と努力の末に成し遂げたことなのに、簡単に言ってくれるねぇ」
みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちまで加わって、ウィルのスライムを囲んで慰めた。
「そうか。悪かったよ。そんなに簡単なわけないよなぁ。ぼくだってカイルやケインのようになかなか出来ないのに、自分のスライムに無理を言ったよ」
ウィルが素直に謝ると、ぼくたちのスライムは、わかってくれるなら良い、と口々に言ったがウィルのスライムは何やら考え込むようにブルブルと震えた。
ウィルのスライムは溶けたアイスのように形を崩した後、ぼくそっくりに変身した。
薄紫の三等身フィギュアのようだ。
「まあ。あんた!いい特技があるじゃない!ちびご主人様だけど、悪くないわ」
ぼくのスライムが喜んで、変身したウィルのスライムのほっぺを触手でプニプニと触った。
「悪くないけれど、もう少し顔と体のバランスが整うと良いな」
ウィルはテーブルに顔を近づけてスライムに一回りするように指示を出し、様々な角度から観察した。
ウィル!もしかしてオーレンハイム卿のように、ぼくのフィギュアを作っているのか!!
“……ご主人様。個人の趣味は止められませんよ”
犬の姿で控えているシロが精霊言語で伝えてきた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんはポーチから顔だけ出していたが、スライムたちがテーブルの上でワイワイやっているのが見えなかったようでぼくとケインの膝の上に飛び出してきた。
“……確かに才能があるようね”
“……似てるし、ちょっと可愛くなっているかな”
外出時はみぃちゃんとみゃぁちゃんも精霊言語で話しかける配慮が出来るのだ。
ウィルのスライムは注目されて嬉しそうだったのに、形を維持し続ける魔力が足りないようで、水饅頭のようないつもの姿に戻った。
「あんたのご主人様はお金持ちそうだから、効果の高い高価な薬でも買ってもらって、魔力を高めたら良いよ」
ぼくのスライムが阿漕な商売でもするような言い方で、スライム強化用の回復薬を売りつけようとしている。
「やっぱり、奥の手みたいな薬があるんだ!さすが辺境伯領!!」
「ジェニエ印の薬は良く効くけど、お高いよ!」
「あたいたちはお手伝いをするから、ご褒美としてもらったことがあるよ」
“……滅茶苦茶マズいという情報は出さないんだな”
“……ウィルなら想像つくでしょうね”
みぃちゃんとみゃぁちゃんのニャァニャァ、という鳴き声だけでウィルも気付いたようだ。
「それは、あれと同じだね」
「スライム用の回復薬は飲んだことは無いけれど、悶えている姿を見る限りマズそうだよ」
ウィルのスライムはそれでも欲しい、というようにウィルのそばまで寄って来て、触手を伸ばしてテーブルの上に両手をついた。
「ジーンさんかジュンナさんに頼んでみるよ。お金は気にしなくて良いよ。辺境伯領で魔術具がたくさん売れたから懐は潤っているんだ」
ウィルはスライムをナデナデしながら言った。
今日は三つ子の教会登録日なので父さんと母さん、ジュンナとしてお婆がそれぞれ付き添っている。
ウィルは若返ったお婆をジェニエと呼ばない分別がある。
「ウィルの家族もスライムを飼い始めたんだったら、家族みんなの分もまとめて買ったら割引してくれるかもしれないよ」
「そうだね。母上はスライムにぞっこんだから、母上から話を通してもらう方が良さそうだね」
そんな話をしていると三つ子たちが教会から出てきた。
家族と合流して一緒に美味しくなった屋台料理を食べながら、互いのスライム自慢に花が咲いた。
ウィルはクロイの話術にはまって、スライムの回復薬の前に三つ子たちのお古の単語カードを購入する約束をしていた。
三大公爵家の御曹司が平民の子どもの中古品を購入するなんてあり得ないだろうと思ったが、ウィルはまんまと我が家に遊びに来る約束を取り付けた。
まだクロイよりウィルの方が一枚上手だ。
ウィルの意図に気付いたアオイが肩を震わせて笑いを堪えた。
アリサは食事よりも魔力奉納が気になってソワソワしている。
母さんが、しっかり食べないと魔力奉納はさせません、と宣言すると、三つ子たちは慌てて食事に専念した。
「初めての魔力奉納は結構がっつり魔力を持って行かれるから、しっかり食べておくのは大事だよ」
ぼくが三つ子たちにそう声をかけると、ケインとウィルがギョッとしたようにぼくを見た。
「どれだけ魔力を奉納したかは通常口外しないものだけれど、初めての魔力奉納は体に負担がかかるから一応確認したんだよ」
父さんがケインとウィルに、ぼくが初めての魔力奉納で家族全員の幸せを願ったから多めに魔力を奉納することになった経緯を説明した。
「一人分より多めに魔力奉納をすることになった、という逸話は面白いですね」
「願い事と奉納する魔力量に関係があるのかは調べてみたいな」
ウィルとケインは、願いがかなったかどうかを検証しようが無いから難しいのじゃないか、と議論を繰り広げた。
そんな様子をじっと見ていた三つ子たちが、光の神の祠の魔力奉納でやらかしてしまうのだった。




