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ボリスの旅立ち

 ケインの運送会社と三つ子たちのシーズニング会社の詳しい話は父さんが帰って来てから、という事で家族会議はお開きになった。

 三つ子たちは歯磨きをして寝る支度を始めた。

「家族全員が早々に経済基盤を持つことになるとはね」

 お婆はまた目に涙を溜めながら笑って言った。

「飛竜の里に暖簾分けの製薬所を作ろうと考えていたのよ。あそこは水も植生も良いから、良質な薬草が育ちそうだからね。独立させてもいい薬師も育っているから声をかけていたんだよ。飛竜の里も人口が増えたから、医者や薬師が必要だろう?環境が良ければ、良い医者が来てくれるかもしれない」

 お婆は飛竜が好む土地で薬草を栽培すれば、また違った効能が現れるかもしれない、とほくそ笑んだ。

 そういう環境が好きな研究熱心な医療関係者が集まると良いな。

「理想的な社会って実現しないものだと少女時代に諦めていたのに、出来るかもしれない現状がこの年になって見えてくると、年甲斐もなく心が騒ぐよ」

 二十歳そこそこにしか見えないお婆が頬を染めてそう呟くと、青春はまだ終わっていないような気がする。

「お婆が夢見た世界って、どんな世界なんだろう」

 お婆は恥ずかしそうに頬を染めて、ウフフッと笑った。

 この微笑がぼくの会った事のない爺ちゃんのハートを射止めたのだろう。

「魔法学校は一流の薬師になるために通わなくてはならないから、洗礼式前は憧れでいっぱいだったのよ」

「ウフフ。私も憧れの人が通っていたから絶対に行きたかったわ」

 母さんも頬を染めた。

 親の突然の恋バナにケインは右下を向いて感情を出すまいとしているが、兄貴はケタケタと笑い出した。

 お婆もつられて笑い出した。

「ジュエルは泣き虫なのに勤勉で外面が良かったからね」

「人は学びたいときに身分に関係なく学び、より良い暮らしにしていく、というお義母さんの理想を胸に秘めていても、決して貴族と対立しない温厚さがジュエルにはあったの。素敵でしょう?」

 ケインは心当たりがあったのか、俯きながら前髪を掻き上げた。

「ぼくは辺境伯領出身で本当に良かったと入学してから何度も思ったよ」

 ケインは特権階級でなくても活躍したら評価されるのが当たり前な寮生活だったから、王都の上位貴族の嫌味を気にしなくて済んだ、と言った。

 ぼくは他人の評価や噂を気にしない性分なので、嫌味臭いことを言ってくる他の生徒の存在を全く無視していた。

 単位を取得してしまえばその授業には出席しないから、いつかどこかでまた会うことがあるのかな?としか考えていなかった。

「学べば何でもできるようになると幼少期は考えていたのに、実際は上位貴族に成績を譲らないと校舎の影に連れていかれる現実があったのよ。でも、私はまだマシね。そんなときはオーレンハイム卿の手配でその人より上位の方が救いの手を差し伸べてくださったから……」

 爺ちゃんは魔力量ならそこそこあったのに、パン屋を継ぐために魔法学は基礎しか学ばず、職業コースを選択していたから、こういう場面で助けられなかったのだろう。

「誰もが気兼ねなく魔法を学んで、世の中が明るく楽しくなったら素敵だなって、そう思っていたんだよ」

 それは古代、この世界にあったことだ。

 魔本を一緒に読んでいるケインもそう思ったようで、俯いたまま掌をじっと見ていた。

「ジュエルは人当たりの良さで上位貴族の人たちにも可愛がられて、帝国への留学も気が付いた時には私たち家族が否と言えない状況になっていたのよ」

 ボリスの兄のオシム君たちもそういった状況で留学したんだった。

「カイル兄さんは入学早々、三大公爵家の子息と親友になったし、誰にも抜かれないような記録を次々と打ち立てていったから、誰にも何も言えないような状況になっていたからね」

 ケインがそう言うと、兄貴も頷いた。

「何かあったら助けてやろうと考えていたのに、クラーケンまで出番がなかったよ」

 母さんとお婆が、ジョシュアありがとう、と涙ぐみながら兄貴を抱き寄せた。

「……ウィルの露払いは効果があったんだ」

 兄貴の活躍は認めるが、ぼくはウィルにも恩がある事を確認した。

「ええ。あの子にはちょっとオーレンハイム卿に似た気持ち悪い執着心を感じるけれど、カイルやケインが、いえ、辺境伯寮生がこれだけの躍進をしたのにバカみたいな嫌がらせを受けないのは、ウィリアム君が根回ししているお蔭でもあるの」

 母さんはそう言って、今回父さんが王都まで行ったのはラウンドール公爵家との折衝も兼ねていることを教えてくれた。

 ラウンドール公爵にスライムの育成の魔術具を、使用する人数を指定して貸し出すことになったようだ。

 これでウィルもスライムを使役できるようになる。

「賢いスライムが増えると楽しいよね」

 ウィルがスライムを飼育することを想像してにやけたぼくに、ケインが言った。

「三つ子たちに初級魔法課程修了相当になるまで、光る苔の摂取を禁止したら、三つ子たちのスライムがぼくたちのスライムに対抗するように魔力を増やして働きはじめるんだもん。スライムたちが負けず嫌いなのは飼い主に似ているからだよね」

「よく働くのも主の役に立ちたいからだよ。お前たちはよくやっているわ」

 母さんがスライムたちを褒めると、スライムたちがテーブルの上で歓喜のラインダンスを始めた。

「「「あっ!また何か楽しいことをしている!!!」」」

 お休みの挨拶に来た三つ子たちがスライムたちの踊りを見たがったので、就寝時間が少し遅くなってしまった。

 蓄音器に変身したぼくのスライムの音楽に合わせて、スライムたちは丸いボディーに細い二本の足を出して一斉に足を上げる。

 踊りとなれば黙っていないみぃちゃんとみゃぁちゃんがテーブルの中央でキレッキレのダンスを披露してくれるから、こういう時はみんなで楽しもうという事になったのだ。

 三つ子たちが寝坊したら、久しぶりにチッチの鶏舎の掃除でもしよう。


 父さんが王都に滞在中にサイズの違う飛竜の運送魔術具を作って検証した。

 三つ子たちが学習館に行っている間に母さんとお婆も付き合ってくれた。

 母さんは魔獣が飛竜を襲うことはしなくても狼藉者が襲ってくるかもしれないからと、ぼくたちのお守りに使われている魔法陣の使用許可をくれた。

 素材採取のときに威力を発揮した、時間限定だが攻撃を相手に跳ね返す魔法陣だ。

「人間が乗っていないなら、攻撃が届かないところまで急上昇して逃げればいいから、短時間しか持たない魔法陣でも有効でしょう?」

 中に人間が乗っていたなら急上昇すると意識が飛んでしまうが、無人なら気にすることは無い。

 魔法の絨毯の検証で散々な目に合ったケインが苦笑した。

「飛竜は凄いよね。空中であんな動きが出来るんだもん」

「飛竜に乗るイシマールさんを尊敬するよ」

 ぼくが巨大化したキュアに乗ったら朝食を空中にまき散らす自信がある。

「キュアにかごを付けて帝国まで飛行するなんて言い出したら、あたしはポーチのお家に引きこもるわ」

 みぃちゃんが上空での揺れは馬車の揺れより気持ち悪いと言うと、みゃぁちゃんも頷いた。

 あれ?

「ポーチのお家の中では揺れは感じないの?」

「快適よ、薄暗くて眠くなるけれど、体がぴったりおさまる空間で安心できるのよ」

 おっと、良い事思いついた。

 来年は快適な旅をしよう。

「何を思いついたんだい?」

 ケインと母さんとお婆に問い詰められたので、一年かけて制作する魔術具の構想を話した。


 王都では卒業生代表挨拶をボリスがした。

 卒業式の晩に寮に戻ったぼくとケインは、父さんとボリスの父のマルクさんと祝賀会になった食堂で合流した。

「うちの子が……あのボリスが、卒業生代表になるなんて……。ありがとう。カイルとケインのお蔭だよ」

 マルクさんは言葉に詰まりながらぼくたちに礼を言った。

 ぼくもケインも感慨深い。

 “あの”ボリスといわれても仕方がないくらい、幼少期はそそっかしかった。

「本人の努力の賜物ですよ」

「よく頑張りました」

 マルクさんは、ああ、と言ってまた言葉に詰まった。目尻に光るものがある。

 中級魔法学校から留学すると普通は五、六年帰国することは無い。

 オーレンハイム卿のようにしょっちゅう帰ってくることはあり得ないのだ。

「キャロお嬢様が留学されたらミーアも留学することになるだろう。寂しくなるな」

「ミーアは二年も後だし、その前にオシム兄さんが帰ってくるよ」

 父さんがマルクさんをからかうと、ボリスはあっさりと反論した。

「成長期の子どもを見れないのは親として寂しいものだよ」

 父さんはしみじみと言った。

 ぼくは内緒話の結界を張って、感極まっている大人二人に言った。

「一度帝都に行ってしまえば亜空間を経由して帰宅できるから大丈夫だよ」

「そのためにボリスにスライムの分身を連れて行ってもらうんだよ」

 気が付いていなかったの、とケインも言った。

 分身スライムたちを数珠つなぎにしてお守りとしてボリスに携帯させることになっているのだ。

「ああ。母さんが喜ぶよ。今日も王都に来たがっていたが、私の仕事の側面もあったから、同行できなかったんだ」

 マルクさんは魔力ハイブリッドカーの耐久性の検証を仕事としてしていたようだ。

 もっと家族旅行が気軽に出来るようになれば良いな。


 祝賀会はそのまま大人の酒宴の様子が出てきて、談笑の声が大きくなってきた。

 父さんとマルクさんは酔った寮長に絡まれ出したので、ぼくたちは退席して大浴場に向った。

「卒業生代表挨拶は緊張したけれど、貴賓席の王室代表はハロハロだし、叙勲式の時より緊張しなかったよ」

 場数は踏んでおくものだ。

「叙勲式のように貴賓たちが喧嘩をすることも無く、(つつが)なく終わって、ホッとしたよ」

 場数の舞台が散々だったからね。

「ああ、帝国への旅路も最新の馬車でワクワクするけれど、この大浴場に入るのが最後になるのかと思うと寂しいよ」

 ザブンと湯につかったボリスが、帝国の寮では風呂とトイレは期待できないな、としみじみと言った。

「一緒に行く商会にトイレ専門の魔術師が同行するから数日我慢すれば新しいトイレになるよ」

 二年後のキャロお嬢様の留学に備えて辺境伯領から技術者が派遣されて、寮の大改装が行なわれる予定だ。

「やったー!カイルやケインと年が近くて本当に良かったよ。兄さんたちの手紙では帝国の暮らしにくさばかり書いてあったから心配していたんだ」

 大浴場にいた他の寮生たちも大喜びした。

 喜ぶ仲間たちを見たボリスがボソッと言った。

「ありがとう。カイル、ケイン…」

 ボリスは一瞬言葉を詰まらせた後、タガが外れたように昔話を始めた。

 ぼくの家に遊びに行くようになって自分がどれだけ成長したかとか、死ぬかと思う場面に何度も居合わせても頑張れたのはぼくやケインが居たからだ、とまくし立ててると、湯船にザブンと潜った。

 留学する寮生たちからすすり泣くような声がしたかと思うと、一人二人と浴槽に潜った。

 泣くなよ、ボリス。

 一生の別れじゃないんだ。

 ぼくもつられて泣きそうになったので、湯船に潜ってボリスの眼前で変顔をした。

 湯の中で笑ったボリスがむせながら飛びだすと、ケインたち在校生がみんな笑った。

「ありがとうと言うのはぼくの方だよ。ボリス」

 ボリスがそうか?というような顔をしたので、ぼくがその理由を言った。

「最新の馬車の旅は長期使用の被験者になってもらうようなものだし、帝国に留学したらガンガイル王国初の単独チームで競技会に参加するんだ。ぼくたちは二年目三年目なので参考にさせてもらうよ」

 留学組が、そうやって重圧をかけてくるな、と騒いだ。

 見送りはしんみりするより笑って送り出す方が良い。


「頑張ってね」

「寂しくなったらスライムに話しかけてね」

 ぼくたちは笑って、湯上りの牛乳を楽しんでから別れの挨拶をした。

 出発当日はラウンドール公爵寮生も数人同乗するのでぼくとケインは帰領していることになっているから挨拶出来ないのだ。

「俺は大丈夫だよ」

「「オレ!?」」

 ボリスの一人称が変わっていた。

「帝国でぼく、なんて言っていたら舐められるからな。公の場では私と言うよ。兄さんたちに忠告されたんだ」

 オシム君たちの弟へのアドバイスが一人称の言い方だけではないだろう。

 帝国に留学する覚悟を示せという事なのかな?

「……なんだか良いね。ボリス先輩って呼びたくなるよ」

 ケインがそう言うとみんな笑った。

 ああ、こうやって笑顔で別れよう。

「大活躍を期待しているよ。ボリス先輩!」

 ぼくたちはそう言って笑顔で手を振って別れた。

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