魔法の車
亜空間での会談から数日で魔法ハイブリッドカーの車体が出来上がった。
正直言ってちょっとダサい、と言うか、ちぐはぐなのだ。
木製のボディーにセラミック塗装を施した外見は玩具のようだが、大型バスほどの大きさがあるのにポニー一頭で引くのだ。
動物虐待に見えるが、ポニーの力ではなくポニーのスピードで移動するだけだから、虐待はしていない。
緊急時にはポニーがバスに乗って魔力全開で逃げるからボンネットを開ければポニーの座席がある。
学習館からの付き合いのある芦毛の牝馬の蹄鉄に疲労軽減の魔法陣を施し長距離移動にも配慮した。
魔法陣を施した強化ガラスの窓もあるので上等な車両なのだが、強盗除けに質素に仕上げてある。
盗賊なら質素な馬車だろうが農村の荷馬車だろうが見境なく襲ってくるから、外観は関係ない。
本音は貴族階級じゃない生徒たちも気兼ねなく乗れるように質素にしただけだ。
車内が快適になるようにエアコンも装備し、車中泊も出来るように収納型のベッドもつけた。
横になるだけで上半身を起こせない三段ベッドだから、非常時以外は宿に宿泊してほしい。
「なかなかいい出来ではないか」
騎士団で制作しているので、キャロお嬢様のじいじとして辺境伯領主が毎日視察に来る。
魔力ハイブリッドカーの意見交換を二三すると、辺境伯領主と騎士団員のスライムを引き連れて亜空間に移動し、光る苔の雫の原液を飲んで時間を気にせず鍛錬するのだ。
ぼくたちのスライムやみぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアが指導してくれるので、ぼくとケインと兄貴はのんびり魔法陣の研究に勤しんでいる。
辺境伯領主から報酬として門外不出である、神々の祠を作る魔法陣を教えてもらった。
魔力ハイブリッドカーの内装に取り入れて領地の結界にも繋げることにした。
「この三人の誰かが、キャロの婿になってくれれば、この領も安泰なのにな」
不屈の精神で光る苔の雫の原液を一気飲みし、不味さから立ち直った辺境伯領主が言った。
「不死鳥の貴公子を鍛え上げてください」
「キャロは自分で結婚相手を見つけますよ」
「ぼくは人間と結婚できないと思うよ」
ぼくたちは三者三様の返答をした。
「あいつもあいつなりに頑張っているんだが、どうにもひねくれた性格になってきよった」
「三つ子たちはよく頑張っている、と言ってましたよ」
「ハハハハハ。負けん気だけはあるから、三つ子ちゃんたちの前では必死になっているのを隠しているんだろう。比べちゃいかんとわかっていても立場上、大人の目は厳しいからのう」
ぼくたちは不死鳥の貴公子の年齢には学習館を立ち上げていた。
「目指す方向を間違えないと良いね。カイルやケインのようになろうとするのではなく、精霊使いを目指すべきだよ。砦の守り人が精霊使いじゃなくては結界の改竄を許してしまうことになる」
魔本が兄貴の声真似をして辺境伯領主に忠告をした。
「砦の守り人か……。精霊使いはもう緑の一族しか居ないのだろうか?」
「存在が確認されないからと言って居ないとは限らないでしょう?」
兄貴のような存在もある。
「東の砦を守る一族に仕えていたのが東の魔女だ。精霊使いは彼女だろうとわしはずっと考えていたんだ。だが、皇帝程度に脅されるようでは精霊使いではないだろう」
そうだろうか?
「……。ぼくは家族が人質に取られたら帝国の皇帝に逆らえるかどうかはわかりません」
ケインも肯定するように頷いた。
「だからこそ家族全員を鍛えている、それはわしも理解しておる。……そうか、東の魔女は精霊使いの可能性があるのか」
ぼくはシロにぼくの意思を超える行動をするのを許していないし、今のシロならそうしないという信頼もある。
「ぼくはいわゆる正式な精霊使いでは無いけれど、それに近い存在として言えることは、精霊使い予備軍まで到達している人間はそれなりにいるんですよ」
学習館の指導員の老師様が対戦相手の先手を読み決して負けないスキルや、イシマールさんの魔獣の気持ちを察するスキルも、奥義取得の手前まで来ていることを説明した。
「なるほど。言わんとしていることはわかる。その道を究めたものが人間の言語を超えた情報を得ることが出来るという事だな」
これぞ脳筋!
あいまいな説明で精霊言語の本質をとらえた!!
「精霊に認められるのが天寿を全うする間際だと、カカシさんのように老化の悩みがある不老不死になるから、多少ひねくれた性格になっても己に厳しく自己研鑽し続ける方が良いと思います」
ケインもだんだんひねくれてきたような気がする。
「いや、孫には負けておれん。わしもまだやれる。精霊言語を取得して精霊使いになるのだ!」
頑張ればなれるかもしれない。
その前に辺境伯領主のスライムが喋れるようになったら、精霊言語の取得が遅れることになりそうだ。
ハルトおじさんは自身が光る苔の雫の原液を飲むことは辞退した。
回復薬を買うお金があるので地道にレベルアップする方を選んだ。
ハルトおじさんのスライムは辺境伯領主のスライムに対抗意識があるようで、すすんで原液を飲んだ。
辺境伯領主やハルトおじさんは立場上、市中の祠巡りが出来ないので、彼らのスライムたちは魔法ハイブリッドカーの簡易の祠に熱心に魔力奉納をしてくれた。
そうして魔力を使い果たし、光る苔の雫の原液を再び摂取することを繰り返して魔力を増やした。
ぼくとケインは魔力ハイブリッドカーの魔力バッテリーを満タンに出来て満足だし、スライムたちも順調に魔力を増やし分裂することが出来るようになった。
こうして順調に開発が進んだおかげでもう一台、商会用の魔力ハイブリッドカーを制作することが出来た。
やや小ぶりな車体は栗毛のポニーの牝馬が引くことになった。
メイ伯母さんの商会には辺境伯領騎士団のスパイ担当の第六師団が数人紛れ込んでおり、護衛の冒険者より強いらしい。
父さんと母さんが護身用の結界を蝶の魔術具で作成したので、町に辿り着けず野営になっても安全に過ごせるようにしてくれた。
ボリスの家族や帝国留学に子どもたちを送り出す家族たちに大変感謝された。
「費用は領主様も負担してくれましたし、ボリスたちには被験者として使用感を報告してもらう予定です。来年からはうちの子たちが使うでしょうから、お互い様ですよ」
父さんと母さんがそう言ってうちにお礼に来る人たちに、子どもたちの安全祈願に祠巡りをすることを勧めた。
魔力ハイブリッドカーの非常用の魔力は辺境伯領の祠から拝借する仕様になっているのだ。
交通安全の祠を新たに作っても良いかもしれない。
毎日昼食後、辺境伯領主を亜空間に招待しているので、進言してみると翌日には主要駅に小さな祠が出来ていた。
仕事が早い。
「なに、交易も増えたし、安全装置を作っても鉄道の事故が無いわけではない。必要なものだったんだ」
集めた魔力で市電との衝突回避の魔法を充実させることにしたようだ。
より暮らしやすい町になるのは良い事だ。
魔力ハイブリッドカーの試運転は商会の車両には辺境伯領のたくさんの商品を積み、留学生の車両には卒業式に参加したい留学生の家族たちが乗って王都に向かう事になった。
王都までの道のりで問題が無ければ、そのまま留学生を乗せて帝都に旅立つことになる。
留学前に家族に再会できた方が良いという辺境伯領主の配慮からこうなった。
いずれ王都との定期便を運航できるようになればという目論見もあるようだ。
今回の旅路は緊急メンテナンス要員として父さんが魔法の絨毯で同行し、父さんの護衛に飛竜たちがつく、物々しい一行となってしまった。
これがガンガイル王国の都市間バスの起源となるのだった。
ぼくとケインと兄貴は飛竜の里での魔術具作りもあるので王都には行かなかった。
旅立つボリスたちには卒業式の夜に寮へこっそり会いに行く予定だ。
飛竜の里の物流の魔術具は船につけた飛竜型の羽を飛竜たちが喜んだので、外観を飛竜にしてしまう事にした。
赤ちゃんサイズのキュアのお腹に扉を付けて収納できるようにすると、鳩の郵便屋さんより大きなものも運べるようになった。
達磨のように大きなおなかにキュア本人は嫌がったが、他の飛竜たちには大好評だった。
そして飛竜型の魔術具にしたことで、鳩の魔術具のように鳥類の魔獣に襲われることが全くなくなったのだ。
「飛竜は魔獣の頂点に君臨しているのか」
「不死鳥とかクラーケンとか戦ったことがないけれど強そうなのは他にもいるよ」
“……ご主人様。大型魔獣は存在自体に神々の意図があります。魔獣大戦争は起こりません”
モフモフのシロが実際には鼻をキュンキュン鳴らすような声だが、精霊言語で伝えてきた。
妖精型のシロよりモフモフの方が可愛いので撫で繰り回してあげた。
これをやるとスライムたちが自分たちも構ってほしくなって寄ってくるんだ。
「いくつかの大きさで飛竜を作ったら飛竜の配送会社を作れるかな?」
ケインは魔術具を作っても、発想が営利目的になることは無かったのに、珍しいな。
「利害関係の調整が必要だから商売にするのなら、大人の介入が必要になるね。父さんが帰って来てから相談しよう」
お金の話で思い出したようで、スライムたちが口々に言いだした。
「最近、三つ子たちも飛竜の里でお手伝いをしてお小遣いをもらっているよ」
「孤児院の子どもたちと同じことがしたいんだろうね」
「クロイは転売を始めたから、気をつけた方が良いよ」
スライムたちの報告にぼくとケインも、自分たちも小さい頃は何でもお手伝いをしたがったな、と微笑ましく聞いていたが、兄貴の報告にギョッとなった。
転売までしてお小遣いを増やすなんて、三つ子たちはいったい何がしたいんだろう。




