亜空間での奏上
「帝国にスライムたちを派遣するのか」
朝食の前にぼくとケインと兄貴は父さんに捕まってしまった。
「ハルトおじさんのスライムを仕込んで派遣してもらおうかと考えていたら、スライムたちはみんな分身を帝都に送り込みたいようなんだ」
ぼくが代表してスライムたちの主張を父さんに伝えたが、スライムたちも父さんを取り囲んで行きたい、と無言で圧をかけている。
スライムたちは父さんには口で主張するより情に訴えた方が良い事をわきまえている。
「……行かせてやりたい気はする。帝国の弟のことも気になるからな。だけど全員で行く必要はないだろ。シロが交代で派遣してくれるなら問題ないだろう?」
スライムたちは顔を見合わせて、順番争いか、と口々に言った。
全員に発声法を教えてしまったから騒がしい。
「ハルトおじさんのスライムを同行したら面倒な上への報告がいらなくなるんだから、そういうことは任せてしまった方が良いよ」
兄貴の一言にスライムたちが、そうだそうだ、とざわついた。
「俺もラインハルト様を巻き込んだ方が良いと思うね。ラインハルト様はまだ王都に居るから鳩の速達でお知らせしておくよ」
スライムたちは納得したが、最初に行くのが誰かでもめそうな気がする。
「そうだ。馬車の図面引いてみたんだけど、これどうかな?」
父さんが寝ないで設計したであろう図面を広げたところで、母さんから先に朝食を食べるようにクレームが入った。
朝食の家族会議の後、父さんが図面を抱えてなかなか仕事に行きたがらなかったので、昼食を騎士団の食堂で一緒に取る約束をして送り出した。
ぼくとケインは午前中に飛竜の里で輸送の魔術具の検証をするのだ。
今までの案の良いとこ取りで、ドローンの揚力は活かしつつ、風を最小限に抑える魔法陣の開発に専念していると頭の中で、常識を捨てろ、という言葉がこだました。
……船が空を飛んだって良いじゃないか!
キュアの笑顔がそう言っている。
ぼくの頭に宇宙で戦う戦艦のアニメが浮かんだが、この世界の船は帆船に魔方陣が基本だ。
奇抜なものは避けたい。
シンプルな帆船に飛竜の羽を付けた手のひらサイズの模型を制作すると、キュアが喜んだ。
羽をバタバタさせながら飛ぶ玩具のような空飛ぶ帆船は、ポアロさんの家の屋根まで安定して上昇し、なんとか様になった。
「兄さん。どこに荷物を載せるの?」
見た目の奇抜さは飛竜たちには好評だったが、ケインの心には響かなかったようだ。
「試作品なんだから、気にしない気にしない」
ぼくは鷹揚に笑って誤魔化した。
子どもたちが数人集まって来て帆船の魔術具に魔力供給をしたがった。
「一つしかないからみんなで仲良く遊べるかい?」
ポアロさんに帆船の魔術具を預けて、子どもたちのご褒美に時々飛ばしてあげるように託して、家に帰った。
「あたいたちがどうしてお喋りが出来るようになったか、という事を説明すると長くなりますよ」
醤油チャーシューを父さんとボリスの父と啜っていたら、騎士団の食堂にキャロお嬢様のじいじがやって来たので、内緒話の魔法陣を張った。
スライムたちは大盛チャーシューを振舞われてすっかり口が軽くなっている。
「要するに、糞マズイ光る苔の水を飲んで、ひたすら鍛錬するという事なんだな」
「神々は、あたいたちみたいなちっぽけな魔獣でも努力することを喜んでくださるのよ」
キャロお嬢様のじいじのスライムは、チャーシューの大皿を取り囲む四匹のスライムの話を真剣に聞いているかのように触手を二本テーブルについて、時折頷いて見せた。
「絵空事のように聞こえるかもしれませんが、魔獣たちも神々のご加護を得ています。ぼくたちのスライムの進化は本人たちの努力と神々の力があっての事なのです」
「神々のご加護だけで魔獣が話し出すなど考えられないから、本人たちの努力は認めるぞ。しかし……原液のがぶ飲みか……」
キャロお嬢様のじいじのスライムはやる気を見せるかのようにどんぶりに近づいてきた。
とりあえずチャーシューを一枚もらうようだ。
チャーシューでレベルアップしたわけではないが、美味しいものはみんなで食べた方が良い。
原液の効能を騎士団でも検証したいという事で、騎士団に卸したものを領主自身がスライムと共に試してみるようだ。
怪しいものを摂取するなら譲位してからにすればいいのに。
不遜なことを考えていたら兄貴に表情筋を固定された。
ぼくとケインは午前中に飛竜の里で研究を続け、午後からは騎士団のスライムたちの指導という事で魔力ハイブリットカーの開発にも携われることになった。
「城に呼び出すと仰々しいだろう。ここで飛竜の里の教会の結界について少し秘密の話がしたかったんだ」
ぼくは父さんに目で確認すると亜空間に移動した。
秘密を共有する人間は少ない方が良いのだが、お互いの情報を詳らかにしなくてはいけない相手には出せる情報は出すべきだ、と朝の家族会議で決まり、昼食後ハルトおじさんと亜空間で密会することが決まっていた。
そこに辺境伯領主が飛び入り参加することになっただけだ。
真っ白な亜空間に上級精霊を見習って、豪華な茶会セットを用意した。
「味は再現していますが、お腹は膨れません」
参加メンバーにお茶を提供するシロは妖精の姿でテーブルの間を飛びまわった。
「これはこれは可愛らしい妖精で……」
「違います。精霊です」
シロは辺境伯領主が返答の相手なのにもかかわらず素っ気ない口調で否定した。
お茶会の参加者は辺境伯領主とハルトおじさんと父さんとケインと兄貴だ。
ボリスの父には世界の理の結界の話は荷が重いだろうから蚊帳の外にさせてもらった。
スライムたちは各々の主の茶器の横に当たり前のように座り込み、みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムはぼくとケインのスライムの横についた。
キュアはテーブルの上に浮かんで、みぃちゃんとみゃぁちゃんはぼくとケインの膝の上に座った。
「見知らぬ少年がいるが、このメンバーから推測すると、白い犬が変身したのか?」
惜しい!
家族なのは正解だが、兄貴の本質は真っ黒だ。
「白い犬はこっちです。ジョシュアは俺の長男です」
父さんがシロと兄貴を紹介すると、シロはみぃちゃんと反対側のぼくの傍らでモフモフの犬に変身した。
「……何をどう驚いたらいいのかわからないが、死んだ長男は死んでいなかった、という事か?」
「……精霊は犬だったのか?」
ハルトおじさんと辺境伯領主は二者二様の反応をした。
父さんが数奇な兄貴の境遇を説明し、ぼくがシロは中級精霊でぼくへの度重なる過干渉の罰として犬としてぼくの僕になった経緯を説明した。
「死者のさまよえる魂が瘴気や死霊系魔獣に吸収されず漂い続けながら、神々の目に留まる行為をしたことで認められた存在になったのか……。確かに数奇な運命だな」
ハルトおじさんの言葉に兄貴は存在を黒くして霧のように消えた。
「見えないけれどその席に居るんだな」
実演したことで辺境伯領主も消えた兄貴の存在を理解できたようだ。
「ジョシュア君はもはや精霊のような存在なんだな」
「存在としてはそうなりますが、ジュエルの長男として扱ってもらえると嬉しいです」
兄貴は少年の姿に戻ってそう言うと、ハルトおじさんが苦笑した。
「身分や階級を無視してほしいといつも自分から言っているのに、圧倒的上位者からそう言われると怯んでしまう気持ちがわかったよ」
「ああ。実体化している精霊を前に跪くことも無く、こうして茶を入れてもらっていることをご先祖様が知ったら、わしは後頭部を殴り倒されるだろう」
「シロのことを奏上できなかったのはこうなりそうだったからです。精霊たちは人間より圧倒的な魔法の技術を持っていますが、人間の常識には疎く、一から教育しなくてはなりませんでした」
父さんはぼくがシロの魔法に頼らずに自力で問題解決に当たった事を強調した。
「いや。それはわかっておる。だからこそジョシュア君が神々に認められたのだろう。辺境伯領主として古代語と古代魔法陣の解読に当たってきたが、カイルたちが伝説の魔術具で古代魔法陣を解読した速さに圧倒されたよ」
「あれは解読したのではなく、上書きしただけです。詳しい研究は専門家にお任せしますよ」
ここから結界の話に移り、魔法ハイブリッドカーは移動する辺境伯領扱いとなり、辺境伯領の結界から世界の理の結界へと繋がる、移動要塞のような頑強な結界が施されることが決まった。




