クラフト談義
それからぼくたちは飛竜の里の教会の調査の一行が帰ったことを確認してから、緑の一族の村に一時避難していた子どもたちを帰した。
飛竜の里と実家を往復しながら空輸の魔術具を試作した。
飛行経路を決めてドローンで運ぶのが手っ取り早くて良かったのだが、飛竜たちに見た目が悪いと不評だった。
音がうるさい、風を立てるな、など、キュアが通訳してくれると、飛竜たちの批評はとめどなく出てきた。
キュアはどうせ飛ばすなら絶対に飛ばないものが飛ぶ方が面白い、と船を飛ばすことを諦めていない。
「安全性が低いから人が乗りたがらないような外観にしたいんだ」
孤児院の子どもたちも飛びたそうにぼくたちの実験を遠巻きに見ていた。
見かねたちびっこ飛竜が子どもたちの襟を齧って飛ぼうとしているのを聖女先生が見つけて、ちびっこ飛竜に説教をする事態も起こった。
急遽トランポリンを作って飛び跳ねるだけで我慢してもらう事にした。
そんな事態に頭を悩ませていたら、子どもたちは自主的に里の人たちのお手伝いを買って出るようになった。
女の子たちは針仕事を覚えて特殊な下着の内職の手伝いをし、男の子たちは畑仕事を積極的に手伝うようになった。
フエが一枚かんでいるようなので事情を聞くと、お小遣いを貯めてスライムの回復薬を買う事にしたようだ。
自分たちのスライムを鍛えて飛べるようになりたいらしい。
スライム育成の薬は高価だから、子どもたちのお小遣いでは難しいだろう。
この問題はお婆に相談しよう。
取り敢えず、子どもたちが貯金に励むことは良い事だから放置することにした。
ぼくは飛竜たちが納得する無人飛行魔術具を作ることに専念した。
「ねえ、兄さん。飛竜たちに納得してもらえるようにするんだったら、いっそ外見を飛竜にしてしまえば良いんじゃないかな?」
さすがケイン!
「そうか!鳩の魔術具みたいに飛竜の魔術具をつくればいいのか、って飛竜がどうやって飛んでいるかが謎なんだよね」
ドローンの形状を無視してしまうと飛行の魔法陣を作り直さなくてならない。
さて、どうしたものかな。
ボリスから辺境伯領の受験者全員合格の一報が届いたので、合格祝いとお餞別に何が欲しいのか尋ねてもらうと全員、魔力と金が欲しい、と手紙に書いてあった。
夕食後、ぼくとケインが爆笑しながら手紙を読んでいると、父さんが真顔で言った。
「帝国留学で確実に必要なのはその二つだぞ。帝国の旅行代理店が金次第で転移の魔法を請け負ってくれる。魔力を負担すれば金額を値切ることが出来る。オーレンハイム卿がしょっちゅう帰国できたのは帝都で芸術家として金銭的にも成功したからだよ」
帝国への移動は最短が魔力で転移、次が船で南下して途中から陸路、一番きついのが陸路のみの大陸横断らしい。
貧乏学生は陸路で魔力を売りながら半年かけて移動する人もおり、そういう場合は合格発表後速やかに旅路に就くことになるらしい。
魔力とお金は自分で貯めてほしい。
でも安全に移動してほしいから送迎バスでも作ろうかな?
「何か面白い事考えているでしょう?」
ケインより先に母さんが気付いた。
「みんなでまとまって移動した方が危険も少ないし安上がりになるでしょう。大陸横断できるような魔法の車を作ってみたいんだ」
「馬で引かない自走する車だな。俺も試作してみたが、騎士団員クラスの魔力が無くては一日稼働させられない。長距離移動に向くとは思えないぞ」
「乗り物としての速度より魔獣や盗賊対策を施して安全性を優先することで魔力を抑えることが出来ないかな」
「「「「「動く結界かい!?」」」」」
父さんや母さんお婆と兄貴とケインが驚いた声を上げたが、三つ子たちはスライムたちと魔獣カードに夢中になっている。
魔法の話を続けても大丈夫だ。
「飛竜の里で物流用の飛行の魔術具を制作して考えたんだけど、あそこは飛竜が生息しているだけで守りが鉄壁なんだよね。あれもしてこれもして、と考えると膨大な魔力が必要になるけれど、スケートボードを応用するだけなら魔力はそんなにいらなくなるんじゃないかな」
うーんと、大きく父さんが唸った。
「日中はガタイの良い騎士コースの生徒が押して歩いて、いざという時には魔力を全力で注いで高速で逃げるのか。悪くない案だな」
「驢馬に引かせるのも悪くないわね」
「メイさんの商会が欲しがりそうな魔術具ね。帝国と取引している商会と合同で旅が出来れば護衛を多数つけることも可能じゃないかしら」
母さんが今年から実用化できるように、さらなる安全策を出した。
「貿易の活性化という事なら領主様の許可も下りやすそうだ」
こうして魔獣と魔力のハイブリットカーの開発が進むことになった。
魔獣たちでぎゅうぎゅうな二段ベッドに横たわると実家に帰ってきた実感が湧く。
父さんたちは兄貴のためにソファーベッドを部屋に入れたので、部屋全体がぎゅうぎゅう状態なのに、この方が落ち着くのだ。
日中はこのソファーベッド三つ子たちがお昼寝をしているらしい。
「来年には兄さんはこの部屋に居ないんだね」
寝つきの良いはずのケインがボソッと言った。
ディーは海路で護送された。
来年のぼくはどのルートで帝都に行くのだろう。
「どこまででもついて行くから心配いらないよ」
睡眠をとる必要がないのに、ソファーベッドでゴロゴロしている兄貴が言った。
「兄さんが王都の魔法学校に行くときは、七才になったらみんな王都に行くものだ、と思っていたからそんなに気にしなかったんだけど、外国は遠いよね」
「それだけ色々なことを見聞きしたから湧いてきた感情だよ」
帝国がこんなに危うい存在だなんて知らなかったなら、ボリスの門出を笑顔で見送ることが出来ただろう。
「出発前にボリスのスライムを鍛えておけばよかったかな?」
ケインもやっぱりボリスのことが気になるのだろう。
「ボリスが自分で説明できないほどスライムを鍛えてしまっては、ボリスが帝国で苦労すると思うんだ」
入試の古代魔法陣を解読してしまったのも本当にマグレだったようで、その後の帝国魔法学校校長の質問には答えられなかった。
キャロお嬢様の魔法学校入学に伴って、帝国留学組もスライムと魔獣カードが解禁になった。
ウィルの兄の手記を魔本で読むと、海に一緒に行ったマークとビンスが活躍しているのがわかった。
マークとビンスは帝国魔法学校の中庭で派手に魔獣カード対戦をして、耳目を集め帝国の上位者たちと交流をもったようだ。
魔獣カードの簡単なコンビ技を帝国上位チームに潜り込んで披露したようだ。
データ分析に強いマークとビンスが先行して情報収集にあたり、そこそこ魔力量の多いボリスたちの学年が参加して新チームを立ち上げるのだ。
大旋風の前のそよ風程度にしておくべきだ。
「マークとビンスがスライムは小間使いぐらいの扱いに見えるようにしておいてくれているなら、あと一年そのままにしておく方が良いのかな」
「ボリスのスライムがぼくたちのスライムの学習状況を把握しているから、マークとビンスたちのスライムに発破をかけてくれそうだね」
「あたいたちの分身を連れて行ってもらえたら個別に指導ができるよ」
「ディーの追跡もしているのに、帝国で指導するなんてスライムたちの負担が大きすぎるよ」
ぼくのスライムは帝都見物をしたい、という欲望が透けて見える。
仕事が多ければ観光どころじゃないだろう。
「出発前にボリスのお父さんのスライムを鍛えて教官にするのはどうかな?」
兄貴はぼくたちが考えつかないような案を出した。
学校の寮は親の目がなく、やりたいほうだ……それなりに寛げる空間なのだ。
親の使役魔獣を送り込むのは忍びない。
「ハルトおじさんのスライムなら丁度いいんじゃない」
ケインの目の付け所はやっぱり冴えている。
ハルトおじさんのスライムには発声法を教える約束をしていたんだ。
「今すぐ行くなよ。父さんと母さんとお婆にきちんと相談してからにしろ」
兄貴に釘を刺された。
早く寝なさい、とでもいうようにみぃちゃんにしっぽで胸元をトントンされた。
赤ちゃんか?
「明日の朝、父さんに相談するよ」
ぼくとケインはそのまま眠りについたが、眠らない魔獣たちが気を利かせて翌朝までに父さんたちのスライムに話を付けているなんて思いもしなかった。
チッチが元気よく精霊言語で脳裏に叩きつけるように、おはよー、と叫んだ時には父さんと母さんとお婆のスライムが分裂してぼくとケインのベッドを取り囲んでいた。
聞かなくてもわかるよ。
みんな帝国に行ってみたいんだね。
「兄さん!スライムたちが顔のまわりを花びらのように取り囲んでいるよ!!」
「ぼくも同じ状態だよ。父さんたちのスライムより先に、ハルトおじさんのスライムを頼ろうとしたことを不満に感じているようだよ」
ボリスたちのスライムの監督指導だったらうちの家族のスライムより、上位者のスライムの方が相応しい。
「ちゃんと家族で相談するから。だけど三つ子たちのスライムが帝国に行くのはまだ早すぎると思うよ」
どさくさに紛れて三つ子たちのスライムも旅をしてみたかったようで、ベッドの隅っこにちゃっかり居た。
朝の身支度をするためにスライムたちを部屋から追い出した。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは帝都に偵察に行くことには興味が無いようでスライムたちを追い出すのを手伝ってくれた。
「あたちの妹が先行していくだろうから任せておけばいいもん」
ボリスの猫はミーアと一緒に居ることが多いけど、帝国について行くのかな?




