身の振り方
ハロハロの髪の毛から回収したスライムから詳しい事情がわかった。
ハロハロは帝国の孤児院破壊の情報収集に帝国魔法学校校長が乗り込んできたのかと焦ったようだったが、今のところ魔術具オタク以外の気配がないようだ。
ボリスは午後から簡単な実技の試験があるようなので、ぼくたちは待たずに帰寮することにした。
ウィルがついて来るのはいつものことなので誰も気にしない。
「一番上の兄が帰国したんだよ。甘っちょろい事ばかり言うから、課題を出してしばらく放置することにしたんだ」
ウィルは食堂でカツカレーを食べながら、留学中に国内事情が様変わりした事について行けない兄の愚痴をこぼした。
「長男というのは身内には甘ったれたことを言うものだ、とお母様がよくこぼしておりますわ」
キャロお嬢様の弟は長男だがまだ洗礼式前だよ。
成人目前のウィルの兄とは事情が違う。
「ははははは。エリザベスの年齢ならまだ救いようがあるけれど、卒業式までにまともにしておかないと婚約者候補の方に申し訳ないよ」
名家の長男ならば成人後に婚約者がいるのは当たり前だそうだ。
「初級、中級、魔法学校時代が一番楽しいとお母様も仰っていたわ」
婚約者候補が決まってしまうと、本格的に花嫁修業が始まってしまうらしい。
「本当に王族の誰かと婚約しなければいけないんだね」
自分の運命を呪うことは無いのか、とウィルがきつめの質問をした。
「折に触れて姫と呼ばれる立場に育っています。自分の立場と責任は幼いころから指導されていますわ。運命は自力で切り開くものなのですよ」
おほほほほ、とキャロお嬢様は高笑いをした。
キャロお嬢様がダメ男と結婚する未来は想像できない。
「余計な心配だった、ってことだね」
ウィルは深追いすることなく流した。
「そうそう。自宅に兄が居るからお茶会は喫茶店を予約しようと母上が張り切っているよ」
「カフェテリアが混みあわない時間帯に予約できるように根回しできますよ」
ミーアはイシマールさんが王都に居ない日なら予約は可能だと情報をだした。
「カイルたちはすぐ帰領してしまうのかい?」
「王都に残っていてもろくな事がなさそうだから帰るよ」
「そっか。ぼくもラウンドール公爵領に帰領してから夏に避暑に行くよ」
ウィルのぼくたちへの執着も加減が利くようになったのかな。
べったり同行されないのは気が楽だ。
「王都を去るのを早めた方が良いというのは、やはり帝国留学合宿に巻き込まれないためには必須ですね」
ミーアの一言にぼくとケインは眉をひそめた。
「帝国留学の合宿はボリスたちの学年の合格者のみの話じゃないのかい?」
ぼくのスライムがポケットの中でプルプル震えている。
情報収取能力を馬鹿にしたりしないから、そんなに恥ずかしがらなくて良いよ。
ぼくのスライムが宮廷内で収集した情報に無いことをミーアに振られて羞恥心で震えている。
スライムの記憶力は己の興味の対象に特化していて、後は忘れてしまうことは知っていた。
華やかな宮廷内の醜聞に耳目を引っ張られたとしても仕方がない。
ポンコツなスパイじゃないよ。
どんな情報にもきっと使いどころがあるだろう。
帝国の孤児院破壊後の宮廷内の情報収集をスライムに依頼したから、それ以外の情報はおまけのようなものだ。
多くの情報を集めるためには、たくさんのスライムを送り込む必要がある。
“……あたいがたくさん分裂すれば良いの?”
集まった情報を一匹のスライムが処理しなければいけないから、それでは覚えきれないものが出てきてしまうよ。
みんなのスライムと共同でした方が良い。
“……一人で頑張り過ぎない方が良いのね”
そういう事だ。
「今年の受験者が全員合格すると、競技会参加の人数が揃うんだよ」
帝国の魔法学校独自の競技があるのは聞いたことがある。
ガンガイル王国は希望者のみが混合チームで参加するだけで独自のチームがない、とボリスの兄たちから聞いていた。
「武力や魔術具を多用する陣取り合戦で、上位になれば御前試合を行えるから帝国に就職したい人が参加するものだと聞いていたけど、強制参加になるの?」
ケインの知識もぼくと変わらない程度だ。
「帝国内での上位領地が競技会の上位を独占しているので、帝国と一定の距離を置いているガンガイル王国はあえて独自のチームを組むことはしてこなかった。王太子殿下の留学中も弱小国と混合チームで参加していたはずだよ」
飛竜部隊の派遣を断ってから、帝国に物言える王国として外交の舵を切ったようで、国力を誇示するために競技会に単独出場を目指しているようだ、とウィルが補足説明をしてくれた。
「兄さんの飛行魔法系が競技会で活用できそうだから、合宿に参加させたいのか」
巻き込まれたら面倒だな。
チーム結成一年目から上位に入らなくても良いじゃないか。
「参加する限り、勝たねばいけませんね」
「いや。今年は予選突破を出来るか出来ないかくらいが丁度良いよ」
勝負事では一歩も引かないキャロお嬢様にウィルが、負けるが勝ちだ、と力説した。
新しい魔術具を手に勇んで参加しても、開発者が居ない状況では臨機応変に使いこなせず、敵に手の内を晒すだけになるので、ぼくたちが入学するまでは本選出場の手前くらいの成績で、敵の情報収集に徹した方が良いらしい。
「領政のことは頓珍漢なことしか言わない兄だけど、魔術具オタクだから競技会はよく観戦していたようで、レポートにまとめてあるから、後で見せるね」
ウィルの兄二人は、上の兄が魔術具オタクで下の兄が騎士志望で競技会に参加しているので事情に詳しかった。
レポートが存在しているなら、帰領してから魔本で調べよう。
「ボリスたちの合格発表が出たらすぐに合宿が始まるから、ぼくたちは巻き込まれないようにサッサと帰宅するよ」
帰る姿を目撃されないといけないので、魔法の絨毯の使用許可を鳩の速達便で通過領地に申請すると即日許可が下りた。
辺境伯領との取引で潤っている領地ばかりなので融通が利く。
キャロお嬢様は王都で社交に勤しむ傍ら、飛竜の里や緑の一族にも行きたいから転移する時に連れて行ってほしい、とおねだりされた。
ミーアとケインが鳩の郵便屋さんで日程調整をすることになった。
「デートの約束みたいでなんだか良いな」
ウィルはケインをからかった。
「ウィルはモテそうなのにデートの誘いくらいたくさんあるだろう?」
談話室までついて来て、美しい所作でお茶を飲むウィルに話を振った。
「特定の女の子と仲良くすると双方の親が出てきてしまうから、お茶を飲む相手にも気を使うよ。辺境伯領は派閥的には中立扱いになるから、ここに来るのは咎められないから息抜きできる」
ウィルの一言で談話室の奥で数人の女子がほうっ、と深い息を吐いた。
外見も社会的地位もバッチリの貴公子だからウィルのファンは寮にも多い。
その気になれば選り取り見取りだろう。
「避暑に来るのは本当に息抜きなんだ」
ケインが地位のある人は大変だねぇ、と他人事のように言った。
領地に来たらその日から家族の誰かが偶然ウィルと出会う事になりそうなのにね。
「市電とまではいかなくても、辺境伯領都には学ぶところが多いから、自領を視察した後に行くと勉強になるよ。順番を逆にしてしまうと自領の問題点ばかり目に付きそうで、せっかく改善策を実施しているのに文句が先に出で来る状態にしたくないんだ」
ウィルも真面目に自分の立場の責務を果たそうとしている。
「自領を褒められると嬉しいですわ。ありがとうございます。でも、この話は私も気をつけますわ。久しぶりに弟に会うと欠点ばかり先に目がいってしまいそうですもの」
キャロお嬢様は子ども部屋の運営について気にしているのだろう。
「不死鳥の貴公子の異名は荷が重そうだね」
「平凡な子なのにおじい様がはしゃいだ結果、大層な二つ名に振り回されることになっただけですのよ」
「辺境伯領の平凡な子は、平凡ならざる子のような気がするよ」
妖精を連れている三つ子たちが普通じゃないから、不死鳥の貴公子は平凡に見える。
ぼくたちの平凡の基準がおかしくなっているだけなのかな。
帰寮したボリスは疲れ果てていた。
騎士コースの実技は簡単のものだったが、帝国魔法学校の校長に答えられない質問を矢継ぎ早にされたようだ。
試験内容も伝説の魔術具の魔法陣も何も話せないので、ハロハロがうすらとぼけて庇ってくれたようだ。
宮廷内の情報収集はハルトおじさんに任せて、ぼくのスライムの分身はディーの追跡のみに注視することにした。
ハルトおじさんを亜空間に招待して、スライムを分裂させてスパイ活動が出来ることを報告した。
ハルトおじさんのスライムは悔しがったが、洞窟に案内するつもりはない。
「苦い水を頑張って飲んだら良いよ」
ぼくのスライムが解決策を喋ったので、ハルトおじさんとスライムがひと騒ぎした。
「お喋りには相当な技術がいるよ」
「簡単にはいかないねえ」
「気合だけでどうにか出来るものじゃないよ」
キュアやみぃちゃんとみゃぁちゃんまでお喋りを始めたので、話が進まなくなってしまった。
ハルトおじさんのスライムは光る苔の水の原液を摂取してから、分裂とお喋りの練習をすることにして、お互いの情報を整理した。
ハルトおじさんによると、教会本部から処罰は教会の規定に乗っ取って下すことにするとの書類が届いたので、ディーは大陸中央の独立自治領の教会総本部に護送されることになった。
ディーは才能ある孤児を保護したが、悪徳な仲介業者に騙された態にして恩赦になるだろう、という事だった。
問題を起こした腕のいい上級魔導士のディーは秘境の瘴気払いの仕事を回されるのが通例だが、組織が関与してディーをどう扱うかまでは予測がつかないとのことだった。
「ぼくのスライムも分裂させて密偵に付けようよ」
多角的な視点があった方が良いのでケインの案は採用された。
皆が寝静まった真夜中に、軟禁されているディーの部屋に監視が居ないことを確認してから、ぼくとケインは転移した。
「教会総本部への護送が決まったようなので、お別れのご挨拶に来ました」
お゛お゛お゛、と声を殺しながら驚いたディーに、結界を張ったから声を出しても大丈夫だ、とケインが宥めた。
 




