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華麗なる試験

「来ても学校に居ないというのは聞いていたんだけど、どうしても会ってみたくて無理を言ってお願いしました」

 転移の門と呼ばれる帝国独自の魔術具で移動する試験官に無理を言って同行してきたらしい。

「ぼくたちは魔力を抑えるというよりは、無駄な魔力を消費しないように、常時魔石を身に着けて漏れ出る魔力を有効活用するようにしています」

 ぼくとケインは幼少期から首に下げている麻袋を取り出して魔石を見せた。

 洗礼式前は昆虫から採れるくず魔石ばかりだったが、魔法学校に入学してから大きな魔石に魔力を充填している。

「新しい魔術具を作るのにも検証するのにも魔力がいりますから、余すことなく使うためです」

 やましいことなど何もないかのようにケインが言った。

 こういう誤魔化しはケインに任せた方が良さそうだ。

「うわぁ、何それ。お風呂に入る時もぶら下げていたからお守りだと思っていたけれど、魔石に魔力を充填していたんだ」

 便乗するように騒いでくれるウィルは空気を読んでの反応だろう。

「もったいないから、体から漏れ出る魔力を魔石に寄せるように意識しています。これが結構役に立つのです」

 ぼくはそう言って魔石が入った袋を撫でた。

「私もやっていましたが努力が足りなかったようですわ。漏れ出る魔力を無駄なく魔石に注ぐように意識しなくてはしけないのですね」

 キャロお嬢様とミーアも胸元を抑える仕草をして、話に便乗した。

「これはこれは、そもそもの志が違う生徒たちなのですね。何とも羨ましい」

 帝国の魔法学校の校長は出されたお茶に手を付けず、ぼくたちを食い入るように見つめた。

「生徒たちの自主性が素晴らしい結果を出しているという事を、ご理解いただけたでしょうか?」

 争いごとではいつも一番に身を引く初級学校の校長が言った。

 余計な質問が来ても返答出来ないからかもしれない。

「ここにいる全員が、卒業年度前に中級学校までの卒業制作も論文も終わらせている事に感心しましたよ。内容も皆さんとても素晴らしい。実用化に向けて研究に勤しんでいると伺ったが、飛行の魔術具はどうなっているのでしょうか?」

 飛竜部隊が帝国の招集に応じなくなったので、魔法の絨毯に着目しているのかな?

「飛行速度と居住性の向上は順調に記録を更新していますが、防御が全くない状態なので、引退した飛竜に警護を依頼している状況です」

「ああ。やはりそうなのか。実用化の前に性能の限界を試してみたいのは良くわかりますよ。飛行のための魔力は予備の魔石を搭載して飛行すると、余計に盗賊に狙われやすくなる。そうなると、盗賊対策に護衛が必要になり長距離飛行実験はおいそれと出来ない……」

 帝国魔法学校中等部校長のマシンガントークは続き、一日の飛行距離や速度を矢継ぎ早に質問してきた。

 速度の単位も距離の単位も馬の平均速度や距離が基準なので、ウィルが早馬何日分、と説明していた。

 ちなみに辺境伯領の距離の単位は独自の単位で王都では通用しない。

 メートル法を作るべきだよ。

「帝国での飛行の魔術具は実用化に値するものがあるのでしょうか?」

 切り込み隊長のケインがストレートな質問をした。

「同じ悩みを共有できる相手だからこそ言えるのですが、浮くことが出来ても推進力や姿勢制御だけで精一杯ですね。良い論文は上がってきません」

 ここから帝国魔法学校中等部校長の嘆きは止まらなかった。

 中等学校で志の高かった生徒も高等部で就職先を睨んで情報を出し惜しむようになり、胡散臭い野心家が発表する論文は誇張が多く信憑性に乏しいものばかりで、実用化に至るような飛行魔法も魔術具も無いのだと語った。

 兄貴がぼくに寄り添って、全力で表情筋を固定してくれた。

 大人への第一歩はポーカーフェイスを習得することだ。

 魔術具オタクとして話に乗ってしまいそうになるが、帝国に情報を流すわけにはいかないのだ。

「発想の閃きをどう結び付ければいいのか一番知り得る立場にいらっしゃるのだから、共同研究とかを勧めたりしないのですか?」

 ウィルは遠巻きに自分たちで研究しろと言っている。

「ああ、それが難しいのです。帝国の研究所は横の繋がりを重視していないから、留学生の論文を見てもその生徒を囲い込むだけで研究成果を公表しない。学会にも出してくれないから、研究所に取り込まれると私の立場でも研究内容が漏れ聞こえなくなってしまうのですよ」

 帝国に留学した叔父さんと連絡がつかなくなったのはそういう事情もあるのかな?

 ぼくとケインがそんなことを思案していると、校長室をせわしなくノックする音がした。

 校長が入室の許可を出すと、異国の装いの試験官と思しき男性が、無作法をお許しくださいと前置きしてから入室した。

「ぜ、っぜええん…前代未聞の、けっけっ結果を出した生徒が現れました!」

 まともに言葉を話せない試験官に、校長先生の秘書がお茶を出して落ち着くように促した。

 試験は解くたびに新しい問題が出てくる、王都の魔法学校と同じ形式の問題で、騎士コースの受験生の一人が解いたら神罰が下る問題を解答したとのことだった。

 ……心当たりはある。

 ぼくとケインとキャロお嬢様とウィルは顔を見合わせて頷いた。

 ボリスが古代魔法陣を解析してしまったのだろう……。

 廃鉱で伝説の魔術具を解体して魔法陣を再構築する時にボリスも一緒に居たのだ。

 マトリョーシカのような魔術具の最古代とまではいかなくても、古い魔法陣を読み解いてしまったのだろう。

「そもそもなんですけれど、入試に口に出してはいけない言語が出てくると受験者は心臓が止まるほど驚くことになるのですよ」

 入学試験を受験するだけで天罰に怯えなくてはいけないなんて優秀受験者を暗殺でもする気なのですか、とキャロお嬢様はぼくたちがずっと訴えていたことを学校のトップに切り出した。

「入学試験の問題用紙は古代魔術具を再利用しており、新しい問題を上書きしているだけなのですよ。ですから、そこまで熱心に解答されると、試験官も手出しできない問題が出題されてしまうのです」

「試験の最中に突然消失する受験生が今までいなかったのですか?」

 ケインがぼくも抱いていた素朴な疑問を尋ねた。

「かつていなかった、とは言えないが、本当に近年は聞いたことがない」

 初級魔法学校の校長がもう数百年そんな話は無い、と明言した。

「こ、っここう校長!」

「「はい?」」

 試験官はまた落ち着かず、二人いる学校長の名前を呼ばずに呼びかけたので、二人とも返事をした。

「こっこ、ここの生徒たちは初級の入学試験で、こっここ、古代文字の問題まで解答したのですか?」

 試験官は、こっこここんな事があり得るのか、とどもりながらぼくたちを見た。

「信じられないのはわかりますが、辺境伯領の子どもたちはクイズを出し合うかのように集団で勉強することがあるので、時々ビックリするような成果を上げることがあるんですよ」

 ウィルはぼくたちを規格外が生まれやすい環境だ、と説明した。

「偶々、実習先で古代魔術具を解体する現場を見学することが出来て、試験間近だったボリスが記憶力の良くなる食事をとっていたので、覚えていたのでしょう」

 試験直前に試験に出る問題をまる覚えしていただけだから、異常な偏差値を叩きだしたのだろう。

「魔法陣を丸暗記しただけで解答できるような問題なのかい?」

 王太子そっくりさんと言う立場のハロハロは呑気な質問をした。

 試験内容は隠匿する制約があるので誰も答えられない。

 マヌケな質問をして非凡ならざる王太子を演じきっている。

「前代未聞、としか試験官が仰っていないのは、どんな問題が出題されたか口外できないからです。あとは試験を受けていないぼくたちの推測なので、古代文字なのか古代魔法陣なのかそれとも全く違う問題なのかわかりませんよ」

 帝国からの客人たちは、ぼくが気さくにハロハロに話しかける事に、ギョッとした顔をした。

 そっくりさんには丁寧語で十分だ。

「魔術具の検証の時に参加できなかったから見たかったんだよね」

「もう一度受験してみたらどうですか。騎士コースで留学していませんよね」

 ウィルはからかうように言った。

「留学したのは私によく似た人物であって私ではない」

 その設定を押し通すつもりなんだ。

「そっくりさんでも迂闊に問題を口に出して、天罰で消失してしまっては大問題になりますから止めてください」

 初級魔法学校校長がぼくたちの軽口を止めた。

 試験官はぼくたちのやり取りに毒気を抜かれたようだが、それでもどもりは止まらなかった。

「かっかか、彼が特別優秀児だという訳では……」

「ボリス君は優秀だよ。それでもずば抜けて優秀という訳ではない。いや。けっこう、かなり優秀だよ」

 初級魔法学校校長があいまいな評価をした。

「言わんとしていることは理解できます。初級魔法学校生としてはとても優秀だが、大人になってまで最優秀かどうかはわからない、という事ですか?」

「……優秀な凡人という事ですね」

 自分の理解が及ぶ状況だと判断すると試験官も落ち着きを取り戻した。

 十で神童、十五で才子、二十すぎれば只の人、ということか。

「ボリスの引きの強さはわかったけれど、記憶力の良くなる食事って何なんだい?」

 ウィルがそっちに食いついた。

「それほど特別なものではありませんわ。カレーのスパイスの効能を料理長が研究していたので、受験生に振舞っていただけですの」

「頭の良くなる食事だと言われたら、食後に勉強したくなる心理を利用しただけですから、効果のほどは研究中です」

 キャロお嬢様の説明にミーアもが補足した。

 せっかくのカレーが受験の味として記憶されるのは嫌だな。

「面白い取り組みを寮でされているのですね」

 帝国魔法学校中等部校長が肩をゆすって笑った。

「是非食べてみたいですね」

 カレー屋さんはスパイスが高級品なのでまだ出店していない。

「購買部でカレーパンを提供していますが人気商品だから倍率が高いですね」

 今からでは購入できないと初級魔法学校校長が説明した。

「校長の権限でも購入できないのですか!」

「安くて美味しいものに権力を振りかざして買占めしてはいけないのですよ。パンは秘書が走って購入してくれますが、屋台のラーメンのためには私も走ります。そうして、生徒や職員たちと気軽に話し合う機会を持つのも良い事なのです」

 良い話に持っていこうとしているが、うちの校長はラーメンが食べたくて全力疾走しているだけだよ。

「どうですか、昼食は私と一緒に走ってみますか?それだけの価値はありますよ」

 初級魔法学校校長が帝国人の興味を屋台料理に引きつけてくれたので、ぼくたちはそれ以上詮索されることは無かった。

 校長先生にジャニス叔母さんの家のパン詰め合わせでも差し入れしておこう。

 もちろんカレーパンも入れておくよ。

おまけ ~とある受験生の呟き~

 卒業制作も卒業論文も早々に提出したのに、毎日受験の特別講座に出席しなくてはいけない。


 帝国留学するよりも、王都の魔法学校の方が面白いよ。

 帝国に行ったことないけれど断言できる。


 カイルとケインが居るところが面白い……。

 来年度はカイルが入学してくるから帝国の生活も楽しくなるはずだ。

 ボリスはそう言って笑うけど、お前は特別講座を免除されているから気楽でいいよな。

 ガンガイル王国の地位向上のため高得点で合格しろっていう圧力がきついんだよ。


 辺境伯領公女様からの差し入れは旨い。

 これを食べたら結果を出さなくてはいけないのですよ、とほほ笑んで言う、お嬢様の背後に控えているボリスの妹だが……、目が笑っていない。

 こんな妹がいたら毎日の重圧は俺どころではないだろう。


 騎士コースの受験者はみんな筆をおいたのに、ボリスだけが黙々と問題を解き続けている。

 額に汗がにじんでいるのに拭うこともせず、一心不乱に筆を走らせている。

 俺たちはその真剣な様子を退室せずに見守った。


 ボリスが筆を置くと、試験官はキョエッと奇声を発して、へっぴり腰で問題用紙を回収すると廊下を走り去っていった。

「アレは何なんだ!?」

 動揺する俺たちをチラッと見たボリスは自分の両手をまじまじと見た。

「……ぼくはまだ生きてるよね?」

 入試問題の難問を解くと頭がおかしくなるのだろうか?

「死んではいないよ。……ていうか、どんな問題だったの?」

「言えないことを質問するなよ。……そうだなぁ、物凄い精神攻撃を食らったのは間違いないよ」

 ボリスはそう言うと食堂でお弁当を食べようよ、と誘ってきた。


そんな精神攻撃の後でよく普通に飯が食えるな。

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