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命を繋ぐ水

 洞窟で飲む水はマズくない。

 苔は口の中で溶けるように消える。

 食べると巨大化することもあるが、大きくならないように念じれば大きくならない。

 人間が大きくなると衣服が裂けるからやらない方が良い。

 魔力と魔力の操作性が向上する。

「良いことだらけじゃないか」

「食べないという選択肢はないな」

「健康被害は本当にないのね」

 慎重な意見を出したのは母さんだけだった。

 話を聞いた父さんと母さんとお婆のスライムが、発声法を会得していないけど自分達も食べたいという圧をかけてくる。

 精霊言語を使わなくても熱望しているのがわかる。

「三つ子たちには魔法学校に入学してからじゃないと、光る苔のことは教えられないわね」

 魔力アップと言う言葉は魅力的で母さんの心も揺れているようだ。

「いま世界の真ん中で結界が歪んでいる状態だから、端っこのガンガイル王国が平穏でもいずれ影響を受けることになるのは避けられないような気がするんだ。摂取した方が良いよ」

 家族みんなが自衛のために魔力を上げておいた方が良い、とケインは考えているようだ。

「三つ子たちは初級魔法学を終えてからじゃないと増えた魔力を抑えきれなくなりそうで心配だよ」

「それはそうだけど、お水くらいなら大丈夫じゃないかな?ぼくたちもあのくらいの年齢で飲んだよ」

 三つ子たちの魔力を今すぐ増やす必要はないけれど、三つ子たちのスライムたちを鍛えておきたい。

「扉の影で三つ子たちのスライムが様子を見に来ているよ」

「仲間外れは可哀相だよ」

「あの子たちを鍛えておけば三つ子のピンチにきっと役に立つよ」

 スライムたちが口々に三つ子たちのスライムを擁護した。

「そうね。いらっしゃい。一緒に話し合いましょう」

 母さんは三つ子たちのスライムたちを呼び寄せた。

 父さんのスライムが『はい』『いいえ』カードを持ち出して、スライムたちの意見を尊重するように主張した。

「聞かなくてもわかっているが、全員光る苔を摂取したいんだな」

 父さんの質問に六匹のスライムが『はい』のカードに触手を伸ばした。

 聞かなくてもわかる反応だ。

 スライムたちも交えて三つ子たちの健やかな成長を見守るため、スライムたちは三つ子たちに内緒で光る苔を摂取することに決まった。

「ご主人様。イシマールと彼のスライムも摂取しておく方が良いでしょう。王都ではご両親より三つ子たちの様子を見に行きやすい立場です」

 イシマールさんは王都で人気のパティシエで、イシマールさんの飛竜が王都に戻る度に魔法学校のカフェテリアに行列ができるらしい。

 今すぐ洞窟に行くのは父さんと母さんとスライムたちで、お婆とイシマールさんたちは後日という事になった。

 お婆は大人が全員一時でも家を空けることが無いよう留守番なのに、お婆のスライムはソワソワして落ち着きがなかった。

 「留守番はあたしたちが居るからその子も連れて行ってあげてよ」

 みぃちゃんがお婆のスライムを気の毒に思い声を上げた。

 「わたしも残るから大丈夫だよ」

 キュアも後押しをした。

 お婆のスライムはみんなの同情を買い、結局スライムたちは全員で行くことになった。

 ケインと兄貴とぼくのスライム以外の魔獣たちはお婆と留守番となった。


 亜空間を経由して光る苔の洞窟の水場に案内した。

 母さんはこの水で小さなあなたたちが命を繋いだのね、と涙ぐんで言った。

 精霊たちが歓迎するように集まってきた。

 ぼくとケインのスライムは自分たちも飛べるんだよ、とトンボの翅を出して精霊と戯れた。

 お留守番していてもいいのについて来たのは、洞窟の精霊たちに挨拶をしたかったからなのか。

 お蔭様で子どもたちは全員元気になりました。

 ありがとうございます。

 いつかみんなが家族の元に戻れたらいいのに、と願いながらぼくも精霊たちにお礼を言った。

 父さんと母さんはスライムたちと岩から染み出てくる水を飲んでその味に驚いた。

 家で光る苔の水を原液で飲んだことのあるスライムたちは、洞窟の水に歓喜で体を震わせた。

「ああ。カイルとケインが言っていた『美味しい水』だ」

 父さんは感慨深く言った。

「命を繋ぐ水ね。疲労や魔力が回復していくのがわかるわ」

 スライムたちも浴びるように飲んでいる。

 光る苔をこれから食べるのに、欲張り過ぎじゃないのか?

「あたいは気持ちがわかるよ。今までマズくて、苦しくて、死ぬ覚悟で飲んでいたのに、こんなに美味しいんだよ。目の前にあったら飲まずにいられないねぇ」

 精霊と遊んだぼくとケインのスライムも戻ってくると水を飲んだ。

 もちろんぼくもたっぷり飲んだ。

 目の前にあると飲まずにいられない魅力があるんだよね。


 みんなを光る苔の場所まで案内して、みんなが食べる分の苔を精霊たちにおねだりしたらぼくの分まで苔を分けてくれたから、有難く頂戴したよ。

 過剰摂取かな?

 いやいや、くれるものは頂かないとね。持ち帰ったらマズくなるだけだもん。


 翌朝お婆とイシマールさんを案内した時には、みぃちゃんとみゃぁちゃんとケインもついて来てお相伴に預かった。

「これは……凄いとしか言いようがない。だがな、カイルとケインは世界征服でも狙える魔力になっているんじゃないか?」

 巨大化を防いだイシマールさんが言った。

「その人の器に合わせた成長しかしないようなんです。だから、まだ子どものぼくたちとイシマールさんとでは一度の摂取で増える魔力量は違うはずですよ」

 ぼくは二個目の苔を食べたキュアを見ながら言った。

「そうだね。体が壊れるほどの魔力量の増加ではないよ。精霊たちの優しさなのかね」

 精霊たちの優しさか……。

 そういえばここに居る精霊たちにいたずらされたことは無い。

 ぼくたちが丁寧にお礼を言って家に帰ると、朝食の席でブスっとした顔の三つ子たちが居た。

「「「置いてきぼりにしてなんかしたでしょう!!!」」」

 スライムたちの魔力に変化があったのにスライムたちも妖精たちも何も教えてくれない、と文句を言ってきた。

 説明は父さんと母さんとお婆に任せてぼくとケインは寮に戻った。


 自宅で朝食を済ませていたぼくとケインは、寮の談話室で帝国の魔法学校の入試当日で緊張しているボリスたちの学年を激励した。

 朝食を終えたキャロお嬢様が笑顔でごきげんようと話しかけているのだが、額に青筋が立っているように見える。

 素早く内緒話の結界を張るとミーアが安堵したように肩を下ろした。

「緑の一族の村のお話を夕餉で聞けると思っていたので、がっかりです!」

 キャロお嬢様は昨晩ぼくたちが寮に戻らずに家に帰ったことにお冠なようだった。

「ちょっと珍しい食材を手に入れたから領に帰る方が先決だったんだ」

「領主様に献上するのは間違いないから、帰領してから話そう」

 ぼくとケインはそんなことより受験生を励ますべきだと話を変えた。

 内緒話の結界を解くとキャロお嬢様は談話室に集まった受験生に向けて発破をかけた。

「領内に学習館を作ってから我が領の帝国留学の進学率は右肩上がりで伸びています。これも(ひとえ)に努力してきた諸先輩方の実績です。ですが、私はみなさんの努力も存じ上げています。諸先輩方に劣らぬ努力をしてきたみなさんが存分に成果を発揮する日がやってきました。お昼のお弁当は私からの陣中見舞いです。いかんなく実力を見せつけてきてください」

「本日のお弁当はDX幕の内弁当です。皆様のご活躍をお祈りいたしております」

 ミーアがそういうと受験生に歓声が上がった。

 ぼくだってDX幕の内弁当の内容が気になる。

「美味しいかどうかはわかりませんが、頭が冴えると言われている食材の詰め合わせです」

 ミーアが小声で内容を教えてくれた。

 食べ慣れない食材では午後からお腹の調子に響くのではと勘繰ったが、ここしばらく受験生は、記憶力の良くなるスパイスが入った料理をキャロお嬢様の差し入れという事で強制的に食べさせられていたらしい。

「美味しくなるように厨房で工夫されていましたから大丈夫ですよ」

 創意工夫で何とかなっているのだろう。

「全部カレー味のお弁当だよ」

 ボリスがボソッと言った。

「ボリスは騎士コースだろう?アレックスも合格したんだからなんとかなるよ」

 落ちたらアレックス以下と言う意味じゃないか、と騎士コース受験組が苦笑した。


 受験組を見送ると、ぼくとケインは飛竜の里を覗いてから緑の一族の村に行く予定だったが、キャロお嬢様に止められた。

「カイルとケインの帰領届は受理されましたが、受領書は本人に手渡すので職員室に来てほしいとのことですわ」

 ぼくとケインは顔を見合わせた。

 呼び出すという事は何か用事があるのだろうか?

 面倒事じゃないと良いな。


 キャロお嬢様とミーアも連れて、飛竜の里と緑の一族の村の子どもたちに挨拶だけして寮に戻ると、談話室にウィルが居た。

 ウィルとキャロお嬢様たちも呼び出されていたようだ。


 所属は初級魔法学校なので初級の職員室に向かうと帰領届の受領書はすぐもらえた。

 校長室に案内されると校長とハロハロの隣に見慣れない装飾の服を着た中年男性がいた。

「この子たちがガンガイル王国の優秀児たちなのですね」

 柔和な笑みを見せた中年男性は帝国魔法学校の中等部の学校長だと紹介された。

「ここ数年ガンガイル王国の留学生の成績が目覚ましいので、試験官に同行して視察させてもらうことにしたのです。皆さんは初級の過程をすでに卒業相当まで終わらせてしまい、学校に来ていないと伺ったので、お呼び立てしてしまいました」

 わざわざ呼び出してすまなかったと詫びながら、ぼくたち一人一人と握手をした。

 ぼくとケインは魔力ボディースーツを強化して自分の魔力を漏らさないように気をつけた。

「よくよく魔力を制御出来ているようですね。この年でここまで魔力を抑えられる生徒に初めて会いましたよ」

 ぼくとケインを見て、魔力が少ないのではなく魔力を抑え込んでいると言った人に、ぼくたちだって初めて会った。

 この人は帝国から何をしに来たのだろう?

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