神より賜りしもの
「兄さん。いくら小さい村とはいえ日暮れ前に子どもたちがゴールにたどり着かなかったらどうしよう?」
トウモロコシ迷路の難易度はそんなに高くしていないが、村一周するから移動距離がそこそこある。
「飛竜の里の子どもたちにはスライムが居るから迷子にならずに最短距離で移動してるよ」
マナさんは心配いらないと言った。
子どもたちは後から来るグループに追い越されまいと急いでゴールを目指しているようで順調です、とマナさんの精霊が言った。
トウモロコシ畑を走る子どもたちが楽しそうな声を上げると、精霊たちが集まってきた。
目論見通り精霊素も満ちてきた。
こんなに上手くいっていいのだろうか。
マナさんの精霊とシロが顔を見合わせた。
これは、あれか。
「「神々もたいそうお喜びのようです」」
子どもたちが全員ゴールにたどり着くと、トウモロコシの実から雌花のひげが伸び、てっぺんの雄花が一斉に花開き花粉が黄砂のように舞った。
精霊たちがキラキラと飛び回り、神々の威光を感じる荘厳な風景になった。
「兄さん。やらかしたね」
「トウモロコシは神々から賜った植物だから、こうなることは必然だったんだよ」
受粉が済んだトウモロコシが身を膨らまし始めた。
「どんなトウモロコシが出来上がるのかしら?」
畑作担当の村人たちが胸元でこぶしを握って収穫を楽しみにしている。
色々な種類のトウモロコシが混ざり合っているので何ができるかはぼくにも見当がつかない。
甘いトウモロコシが食べたいな、とは思ったがコーン油も欲しかった。
気軽に天プラやドーナッツが食べたいよね。
村人総出で収穫に取り掛かったが、種類ごとに分別するのもまた一仕事だった。
色や大きさも様々で、触っただけで固さの違いがわかるものもあった。
ハナさんはホクホクしながらそれらを分類している。
「今日植えたトウモロコシが無駄に見えるくらいたくさん出来ちゃったね」
フエは自分の実験に水を差されたような気がしたのだろう。
実験の始まりのワクワク感を奪ってしまったような気がして、ぼくは俯いた。
「ねえ、フエ。偶然の産物でもこうしてできたトウモロコシは種苗として使えるけれど、もうこの研究に意味がなくなるわけではないのよ」
ハナさんはフエにルーツを解明する意義についてトクトクと語った。
類似のトウモロコシから適した栽培地や病気の忌避などを推測しなくてはいけない……。
熱血研究者に嫌気がささないかと心配になったが、フエは自分の研究が役立つことなのだと理解すると、元気を取り戻した。
やりがいがモチベーションになるのは共感できる。
「米と芋とトウモロコシは麦に頼り過ぎない主食としてぼくは注目しているんだ。蕎麦や豆との二毛作で土地の魔力を損なわないような作付けが出来たらいいよね。それがうまくいけば、不作の土地があっても近隣の援助で飢餓から救え……」
ぼくは息もつかずにまくし立てていたようで、ケインに上着の裾を引っ張られるまで話していた。
「ぼくの出身村は入植者を支えられるほどの土地の魔力がなくてね。家族で入植したら、家族は増えていくはずなのに、それを支える食料の栽培も出来ず、口減らしがあったんだ。フエの故郷も魔力不足が離村の原因だろう?」
「……畑にも森にも実りが少なくなったんだ」
結界が弱くなると魔力が少なくなる?
「国の結界が消失する直前に土地の魔力を消費したんじゃろう。戦争は勝っても負けても土地を荒廃させる。土地の魔力を取り戻すために神事を行い、神々から施しを受けるとこうやってすぐに回復するのかもしれないね」
もしかしてトウモロコシ迷路も今後、神事になり得るのだろうか?
「ははははは。こんなに大規模には無理でも、畑の担当者たちはトウモロコシの作付けでは迷路を作るじゃろうから、夏祭りはトウモロコシ祭りになるじゃろうな」
マナさんは愉快そうに笑った。
「兄さんはお祭り男にでもなるつもりなのかな」
「楽しいから良いじゃない」
上空から子どもたちを見ていたキュアはノリノリだ。
「途中におやつでも置いて先着順にもらえるようにしたら競争が激化するかな?」
みぃちゃんはご褒美があって良いはずだ、と主張した。
畑の面積が狭くなる分楽しみ方に工夫をしなくちゃ、と村人が張り切り出した。
「ご主人様。神々がお喜びですから、それで良いのではないでしょうか」
こうして魔力が世界に満ちるのならば、それで良いんだろう。
積み上げられたトウモロコシの山の前でぼくたちは神々に感謝の祈りをささげた。
精霊たちがトウモロコシの上を踊るように飛び回り、厳正な本物の神事のように見えた。
「祝詞とは古代人が神々と対話した記録に過ぎない。教会が書き換える前は、ニャァミャァニャ……」
そうなってしまう古語を書き換えた教会関係者の苦労を魔本も思い知れば良い。
「ジェニエさんたちによろしく」
マナさんはお土産にたくさんのトウモロコシをぼくとケインの収納ポーチに詰め込んだ。
「村の子どもたちもスライムを飼いたがっているから、ジュエルによろしく言っておいてくれ」
トウモロコシの栽培方法を伝授したら、辺境伯領主なら許してくれそうな気がする。
「わかりました。上に話がいくように伝えます」
ぼくとケインは頷きあった。
こうしてぼくたちは夕飯前に家に帰った。
トルティーヤやタコスもお土産にもらっていたので、夕飯もトウモロコシ祭りだった。
父さんと母さんは辛いサルサを気に入ったようだ。
お婆と三つ子たちはワカモレソースのトルティーヤチップスに夢中だ。
アボカドももらってきたので種を温室で育ててみよう。
夕飯を兄貴は食べないけれど兄貴の席があり、みんなが楽しそうに食べているのを眺めている。
みんなが自然体でいられるうちが一番寛げるよ。
「それにしても一番実が大きいのが美味しくないのが残念だね」
食後にお土産のトウモロコシを並べて今日の出来事をかいつまんで話すと、三つ子たちは迷路を羨ましがった。
正式にお祭りになったら凝った仕掛けの迷路になるはずだからその時にお邪魔しよう、という事になった。
「チッチのご飯になるし、澱粉や油を搾りたいんだ」
トウモロコシの加工の相談をお婆や父さんたちとしていたら、三つ子たちはすぐ食べられる甘いトウモロコシを匂いで探しだそうとした。
焼きトウモロコシが食べたいな。
皮つきで炭火で蒸し焼きにして、焼き上がりに皮をむいて醤油を垂らして醤油を焦がしたら美味しいんだ。
「何か美味しい食べ方があるの?」
何も言っていないのに、表情だけで食べ方を考えているのがバレた。
「柔らかいトウモロコシは焼肉の隣で焼いたら美味しそうだなって」
「「「さがす!!!」」」
新しい穀物は税率が決まっていないから大量に作付けして油に回すのも良いか、と父さんが思案している。
「トウモロコシを取引に出さなくても、スライムの飼育用の魔術具なら緑の一族に問題なく貸せるはずだ。ラインハルト様に相談しておくよ」
ぼくとケインがマナさんの要望を伝えたことで、今日の話は終わりだと思っていたが、父さんがぼくたちに真面目な顔をしたので何か他の話があるのだろうと推測し、頷いた。
ぼくとケインのスライムたちが家族のスライムに発声の練習をしていると、三つ子たちは寝る時間になった。
居間のテーブルを囲む子どもはぼくとケインと兄貴だけになり、みぃちゃんとみゃぁちゃんやスライムたちとキュアも飛ばずに椅子に座らされた。
なんだろう。
このお説教の気配。
緑の一族の村で魔獣退治をしたのは兄貴と精霊たちだと強調して伝えたのだ、ぼくとケインは迷路を設計しただけだ。
実際その程度しかしていない。
危ないことも、単独行動もしてい……したかも。
「ジョシュアが実体化できるようになった時、私たちは嬉しさのあまり胸がいっぱいで他のことが考えられなくなっていたの。だけど、カイルが上級精霊様とお話していた内容がどうしても気になるのよね」
母さんが切り出した。
「兄さんが教会の結界を一日で張った事かな」
ケインもぼくと同じことを思い至ったようだ。
「私の聞き間違えじゃなければ、光る苔を食べたって言っていたよね」
お婆がぼくの顔を見て、いつそんなことをしたの?と問い詰めた。
ぼくとケインと魔獣たち全員が固まった。
これじゃあ全員で食べました、と自白したも同然だ。
「廃鉱の騒ぎの途中でキュアが光る苔の赤ちゃんを食べちゃったことは話したよね」
「それで巨大化できるようになって、孤児たちを救助した話は聞いた。その際、光る苔の洞窟で水を飲んだ話も聞いた」
父さんが淡々と事実確認をしていき、ぼくとケインは詳細を省いて家族に説明していたことを洗いざらい白状させられた。




