村の結界
ハナさんの研究室でトウモロコシの交配試験を見せてもらった。
デントコーンとおぼしき粒の大きなトウモロコシは八列しか実が付いておらず、ぼくの想像より直径が小さかった。
「小粒でも収穫粒の多いトウモロコシと掛け合わせてみようよ」
温度と日照時間を管理し、交配予定の鉢植え以外は受粉の影響が無いように隔離することを勧めた。
豊穣の神の魔法陣を施したプランターを作成し、魔本にぼくがバケツで稲作をしたときの観察日記を出してもらって詳細を説明した。
「……本当に魔力枯渇で倒れてたんだ」
フエが魔本を読んで身震いをした。
「共同研究していた辺境伯領の文官も昏倒したくらい危険だったんだよ」
ケインが危険な研究であることだと念を押した。
「フエのスライムはどこまで育っているの?」
ぼくは九死に一生を得たのはスライムが救助を求めたからだということを話した。
「あたいはまだその時はまだお喋りが出来なかったけれど、カイルのお婆さんのところまで行って力尽きたことで発見してもらえたから……、情けないよね」
バケツで稲作に付き合わなかったみぃちゃんがぼくのスライムの一言を聞いて頷いた。
「あたしも毎日様子を見に行っていたんだよ。でもね、植物を急成長させる魔力枯渇は突然くるんだよね」
あの時、興味なさそうに見えたのに、みぃちゃんも気にかけてくれていたんだ。
「魔力や体力は一晩寝て回復するのに、稲作の成長にあわせてぼくの魔力を使っていたのに気が付かずに一日を過ごしていたのが良くなかったんじゃないかと思うんだ」
「なるほど。回復する間もなく魔力を注ぎ続けていたことに気が付かなかったのね」
「お昼寝すれば良いのね」
フエが掌に拳をポンと打ち付けて、言った。
「違うよ。つきっきりで観測して知らない間に成長を促したら、気が付かないうちに魔力枯渇に陥る危険を話しているの」
ケインがフエに休憩は大事だけど一日中かかりきりになるなと注意した。
そんな話をしているうちに水に浸したトウモロコシに発芽の兆しが見えた。
「もう植えてしまっていいと思うよ」
「発芽には十日以上かかるのに、こんな風に早く成長するのね!」
今日のところはプランターに一粒ずつ植えて観察は明日以降にすることにした。
ぼくのスライムがフエのスライムに、何かあったらハナさんの旦那さんのところに飛び込んでいくように念を押した。
「良く効く子ども用の回復薬をハナさんの旦那さんに預けておくけど、ものすごくマズいから飲むような事態にならないようにね」
「はい!」
フエは元気よく返事したので、ハナさんの旦那さんに目で懇願した。
ハナさんとフエは夢中になると忘れてしまいそうだから、頼りにするならこの人だ。
念を入れてフエのお婆さん一家にも様子を見に来るように頼んでおこう。
子どもたちを村の人たちに託して、ぼくたちは帰る前に祠参りがしたいとマナさんに申し出た。
「ありがとう。この村に祠はないんだ。神々への祈りは日常的に行われていて、各家の祭壇に生活しているだけで魔力が集まる。つまり人口が増えるだけで結界は維持できるんだよ」
飛竜の里の結界を人の居るところに結界が移動する設定にしたように、村人の溢れる魔力をそのまま集める特殊な結界になっているのか!
「それって、精霊魔法なんですか!?」
ケインが魔法学の常識を無視した結界の在り方に驚いて訊いた。
「そうじゃ。精霊は自分の魔力ではなく周囲の魔力を使うから、こういうことが出来るんじゃよ」
「子どもたちを守ってもらうのだから神様に直接お礼がしたいので、祭壇で祈らせてもらってもいいですか?」
祭壇を見てみたいという好奇心もあってそう申し出た。
「カイルとケインならそう言うと思っていたよ。祭壇は向こうの部屋じゃ」
モンロー夫婦は部屋に入れるほどの魔力がないからと言って入室を辞退した。
ぼくとケインと魔獣たちは合格らしい。
入るだけで魔力を消耗する部屋なのだろうか?
マナさんに案内された部屋は土壁の建物からは想像のつかないほど真っ白な部屋だった。
「精霊がたくさん居ますね」
ケインにも精霊の気配がわかるようになってきたようだ。
外からは想像つかないほど天井が広く、キュアが伸び伸びと飛び回った。
精霊が多いとキュアには居心地が良いようだ。
祭壇らしきものが見当たらないが、この部屋自体が亜空間のように違う世界のように感じる。
体中の魔力が吸い取られるというより、解放されているような気がする。
無理に抑え込まなくても伸び伸びとできるのだ。
「目に見えなくてもこの部屋自体が祭壇なんですね」
「そうじゃよ。伝承では気まぐれに神々が降臨されたこともあったようじゃ」
ぼくとケインは目を閉じて跪くと神々に祈った。
ここに連れて来た子どもたちの安全や、飛竜の里に残してきた子どもたち、そしてぼくが救助できなかった攫われて洗脳されてしまった子どもたちが捨て駒のように扱われないように、祈った。
神頼みしたって、原因は人間側にあるからどうしようもないのかもしれない。
諸悪の根源である帝国の考えがわかればいいのに……。
そんなことを考えつつ、奉納した魔力がどう流れているのかを辿るのは癖になっているからやってしまった。
魔力は均一に村全体に広がっており、草の根のように各家の祭壇から地下の基礎の結界に向って細く伸びている。
有事の際は家屋に入れば、それだけで強力に守られる本当に特殊な結界だ。
元始の結界とは魔法陣を介さずこうやって基礎の結界に繋がっていたのだろうか?
地下の結界の広がりを辿ろうとしたら、村の結界の外側の魔力が内側よりやや少ない事に気が付いた。
地上の魔力にムラは無かったのに、いったいどうして細部になると少なくなるのだろう?
……もしかして……。
「マナさん。この村って外部から攻撃を受けているのかな?」
ぼくの発言にケインがギョッとして顔を上げた。
「心配はいらないよ。村の外周に魔獣が集まって来ているが、結界に阻まれて何もできない」
「「……どうしてそんな事になっているんですか!?」」
ぼくとケインは子どもたちを受け入れている場合じゃないでしょう、と焦ったが、マナさんは落ち着いていた。
「ここは帝国の属国だから邪魔されることは想定内じゃよ。魔獣をけしかけて緑の一族を蹂躙したいのじゃろうが、出来ないことは先方もわかっておる」
「それじゃあ、ただの嫌がらせですか?」
「嫌がらせ以上の成果を期待しておるのじゃろう。村の結界が突破されることは無いが、このまま魔獣たちが結界に圧をかけ続ければ必然的に周囲の魔力が消費され、緑の一族がやって来たから土地が荒廃した、という悪評は立てられるじゃろ」
目的のために土地を荒廃させることに帝国は躊躇しないだろう。
帝国のやり方に虫唾が走る。
「魔獣を全部駆除してしまったら魔力のバランスが狂いますか?」
いつの間にか実体化していた兄貴が言った。
「周辺の魔獣の全てが集まって来ているわけではないから殺傷しても問題ない。死体を放置すれば死霊系魔獣が寄ってくるから厄介じゃな」
「試してみたい魔法があるんですが、やってみてもいいですか?」
何かを思いついたかのように兄貴が言った。
マナさんは自分の精霊を見たが、マナさんの精霊は小首を傾げただけっだった。
「ご主人様。失敗する未来は見当たりませんが、そもそも何をするのかも見えません」
兄貴は規格外の存在だから太陽柱に現れないのかな?
「スライムたちに手伝ってもらいたいんだけど、周辺のスライムたちを呼び寄せることは出来るかな?」
「村の外にもスライムたちが居るのはわかるけれど、知能や理性があるのかわからないよ」
兄貴の問いにスライムたちは口々に、感情はあるけれど言葉を理解できるかわからない、と言った。
「野生のスライムが協力してくれるとは思えないから、ぼくたちのスライムが巨大化する方が現実的だよ」
ぼくがそう言うと、ケインも賛成した。
ぼくとケインとみぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムで四体も居るんだ。どこまで巨大化できるかはわからないけど何とかなるだろう。
「魔獣の死骸処理なら美味しくなさそうだよ。私が全部焼いちゃおうか?」
キュアが焼き尽くしたら、村の周囲が焦土と化してしまう。
「そこまでしなくてもスライムで何とかなると思うんだよね。ぼくの魔法が他人の魔力を使って行使するものなんだったら、襲ってきている魔獣の魔力を使って、魔獣たちを魔力枯渇にしてしまおうかなって思いついたんだ」
敵の魔力を使いつくすのか!
「毎晩家に帰るって約束したのに、このままでは気になって帰れないでしょう?」
そうだった。
ぼくだってこのままにして帰りたくない。
「やってみようかい?」
こうして、緑の一族に攻撃を仕掛ける魔獣を殲滅させる作戦を立てることになった。
 




