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魔本と賢者

 マナさんの精霊も廃鉱の邪気のせいで太陽柱の光の欠片の中にぼくが孤児院に乗り込んでいく未来は見えなかったらしい。

「じゃあその上級魔導士は結局、間諜に仕立てたのかい?」

 マナさん家は村長一家の家だった。

 村長になるとカカシと同居する義務があるようで、マナさんそっくりなのにマナさんより年上に見える奥さんを紹介されて、居間で村長一家を交えて廃鉱からの流れを説明した。

「そうですね。甘い処分に見えるかもしれませんが、ディーは被害者が加害者になる典型的な悪循環に陥ったのです。本当の処罰はあの組織の全貌を明かしてからでも良いと思ったのです。嫌な例えかもしれませんが、ぼくが山小屋事件であの殺意の塊のような奴に温情をかけられて拾われていたら、ぼくは今のぼくではないでしょう」

 マナさんが右下に視線を逸らした。

 そういう未来だってあり得たのだろう。

 隠し立ての必要のない緑の里に来てからずっと妖精型になっていたシロが言った。

「ご主人様。それはあり得る事態ではありましたが、ユナ様はみごとにご主人様の気配を消していました。ユナ様の勝負はご主人様がジュエルに引き取られた時点で勝ちだったのです」

「カイル。シロが中級精霊に昇格する際にユナについていた精霊たちも吸収されたんだ。シロの発言は見てきたものの視点だよ」

 母さんを見守っていた精霊たちもシロの中に居るんだ。

 まだつながっているんだ、ぼくと母さんは……。

 ぼくがしんみりしていると、みぃちゃんとスライムたちが、あいつ集合体だから信用しきれないよ、とグチグチ精霊言語でこぼした。

 お喋りと精霊言語の使い分けが上手くなっている。

「ご主人様の推測通り、山小屋事件の犯人は、ご主人様を認識していながら殺し損ねたご主人様を深追いすることなく見逃したのは彼の心情に()()が出たからです」

 シロはディーが洗礼式の後帝都の魔法学校に行ったが、違う魔法学校に進学した方を追求すべきだ、と主張した。

 あれほど純粋な殺意だけの存在を育てた学校があるなんて戦慄ものだ。

「ああ。追跡はしているよ。ただね、私たちが介入できるのは、地脈の乱れや一族の危機や世界の理に反することに対応するくらいしか出来ないんだよ。そういう契約でカカシの名は引き継がれておるのじゃよ」

「表向き本当に優秀な魔導師や魔術師を育成している学校です。神の教えも間違っていませんから、培った能力をどの目的で使っているかが問題なのです」

 モンローさんは学校教育の過程で組織に忠誠を誓う儀式もないから、緑の一族が介入する理由がない、と説明してくれた。

「地脈を無視して領土を広げる帝国に抵抗する組織に見えるから、緑の一族は介入できないのですね」

 正義が何かわからなくなる、とケインが呟いた。

「結果良ければ全て良しと、するにはあいつらのやり方で犠牲になる人は使い捨ての駒みたいで気分が悪いよ」

 憤ってみたところでぼくに出来ることは何かあるのだろうか?

 帝国のやり方は地下深くにある基本の結界を無視しすぎているから、いずれ破綻する。

 ここまで国土を広げた帝国が破綻したら影響範囲は大きいだろう。

「カイルは飛竜の里の結界で、世界の理に接触したから余計に帝国の歪みが気になるだろう?だが、神々にとってはいずれ帝国が滅び、そうなることで結界の歪みは整うので、その間にいくら人間が死のうがあまり気になさらない。今を生きる人間は帝国破綻の余波をいかに最小限にするかという事が大事なんじゃ」

 マナさんは帝国が滅ぶ前提で話している。

 世界の根っこ結界に接続していない上っ面も結界だけが増えたら破綻することは避けられないからだろう。

「兄さんが世界の理に触れたってどういうことですか?」

 ぼくが聞き流したマナさんの話にケインが食いついた。

 世界の理とは何なのだろう?

「世界の理って何ですか?創造神の作った絶対的な規則のようなものだと思っていましたが、触れるものなんですか?」

「「世界の理を知らずに、教会の結界を張ったのかい!?」」

 モンローさん夫婦がぼくとケインが何も知らないことに驚いた。

「カイルにもケインにも一族教育は何もしておらん。わしがこの子らの家に滞在していた時、この子らは洗礼式前だったんだよ。誓約前の子どもたちに何も教えられないよ」

「ああ。まだ初級魔法学校の新入生と二年生だったわね。上級魔法をまるで呼吸をするように使いこなすから年がわからなくなってしまうわ」

「ユナちゃんは薬草関係に特化した知識や技能だったけれど、カイル君は魔法全般に詳しいから知っていて当然だと思い込んでいた。僕も結婚して一族に入るまで世界の理については全く知らなかったよ」

 モンローさんは自分もそうだった、と言って洗礼式を終えた一族の子どもが受ける一族の魔法学がある事を教えてくれた。

「それって紙に書いて記録を取っていませんよね」

 ケインが魔本に記載されていないことに気付いた。

「そうだよ。知識を奪う老獪に悪用されないために、記録を取らずに口伝で教えるものなんじゃよ」

 知識を奪う老獪……魔本の制作者かな?

「世界の理について訊きたいのに、気になる言葉が出てきてしまいました。話がそれますが、その老獪とは誰を指しているのでしょうか?」

 ケインが訊いてくれた。

「古代の賢者と言われておるが、うちの一族には天敵のような奴じゃ。ありとあらゆるものを読みたがり収集し保管することに執念を燃やし魔術具の本を作るのは構わない。じゃが、若い娘が大好きで、知識をひけらかして一族の娘にまとわりつき、初代カカシの情報を得ようとするスケベ爺だ。精霊と契約しておったからまだ生きていてもおかしくない、と聞いておる」

 エロ爺の精霊使いか。

 生きていたらなんか嫌だな。

「大賢者様を悪し様に言うな!」

 魔本が制作者を貶されたことで、見えないスライムだけ出現させてクレームを入れた。

「スケベ爺の遺産だね。実体を現したらどうだい」

 マナさんは煽るかのように鼻で笑いながら言った。

「魔本だから読みたいと思うだけで出てくるよ」

 ぼくがそう言い終わらないうちに魔本はぼくの手の中におさまっていた。

「大賢者様は自らの命と引き換えに知識を守り抜いたのだ!スケベ爺なのは男の本能だ!!若い娘の方が口も軽くて聞き取りやすいし、どうせ隣に座るなら若くて可愛い娘が良いに決まっている!!!」

 身も蓋もない言い方だ。それは本当にただのエロ爺だよ。

「全ての男が若い娘に入れあげるわけではないことを、男として主張しておきます」

 モンローさんが、ここは男性が少ないから男性への偏見が出来るとそれが覆る機会がない、と嘆いた。

「男の正体を知らずに世間に出る方がオソロシイからこれで良いのよ。全ての男はヘンタイだと思っていた方が普通の人と恋に落ちてくれるでしょう」

 その理屈で恋に落ちる女の子がいるのだろうか?

「まあいい。大賢者だろうがヘンタイの一面があろうが人間なんてそんなものじゃ。焚書の時代にあった精霊使い狩りで生きのこれなかったのじゃな」

「邪神が絡むと精霊はほとんど何もできなかった。賢者様は知識はあっても魔力はあんまりないお人だったから、精霊を使えなければ、ただのよぼよぼのおじいちゃんだったんだ……」

 魔本は悲しげに語った。

「カイルのように精霊が守護していても精霊に頼りきりにならず、己を研鑽しておればあんな奴らに負けなかったのに、と切実に思ってな、早くカイルと交流したかったんだ」

 魔本はエロ爺賢者がこと切れる前に、精霊が予見した未来に今まで自分が集めた知識に無い魔獣を従えた人物がいつか魔本の存在を知り探しに来る、と知り魔本にすべての魔力を注いで亡くなったそうだ。

「カイルが一族から学校で習わない世界の歴史を学んでから魔本を探す未来が見えていたのに、魔本が勝手に飛び出してカイルに読むように迫るなんておかしいでしょう。よくシロに燃やされずに済みましたね」

 マナさんの精霊は厳しく叱責した。

「古代言語と古代文字は扱いが難しく、間違えると即神罰が下る。カイルを暗殺するつもりだったのかと責められても仕方ないじゃろ」

「申し訳ない。あまりに長く待ち続けてようやくやって来たんだ。逸る気持ちを抑えきれなかった」

「いや、それよりカイル君は中を見たのかい?古代文字をどうやって克服したのですか?」

 モンローさんは魔本が出てきた時から腰を少し浮かせてソワソワしていたから、中を見たくてたまらないのだろう。

「暗号を使って古代文字を直接目にしないようにしました」

 魔本を開いて見せるとみぃちゃんとみゃぁちゃんの肉球とスライムたちに置き換わった文字を見て、マナさんが大爆笑した。

「……クックック。お腹が痛くなるほど笑えるが、これは合理的だね」

「大賢者様の知識は偉大なミャァニャァニャァ…」

「古代語が出てくるようではまだまだですね。口を封じておきましょう」

 シロに魔法を封じられた魔本はおとなしくなった。

「これを解読して教会の魔法陣を完成させたのかい?」

「まだそんなに解読は出来ていませんし、読み解いた魔法陣はそのまま使えませんでした。経験から推測して作ってみただけです」

「その年で経験からとか言われたら私たちが落ち込むわ」

「経験の種類が違うだけですよ。ぼくが知らないことはたくさんあります」

 モンローさんは気を取り戻して世界の理について説明してくれるようにマナさんに促した。

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