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ジョシュア

「上級精霊様。お招きありがとうございます」

 ぼくのスライムが、ぼくの肩の上で小さな足とフリル一杯のスカートのようにボディーを変化させて、上級精霊に挨拶した。

 視界の端で可愛らしいフリルと足が見える。

 きっと目をハートにさせているんだろう。

 そこまで見えなくてもわかるくらい弾んだ声だった。

 家族全員が茶会のテーブルに着き、魔獣たちも全員座席のそばに居る。

 いつもの亜空間と違う事に気が付いた父さんが立ち上がって上級精霊に挨拶した。

「息子が大変お世話になっております。この度はお招きありがとうございます」

「まあ良い。堅苦しい挨拶は抜きにしよう。小さい子どもたちには眠くならないように癒しをやろう。小さくてもどういう状況なのか把握したいだろう?」

 上級精霊がそう言うと真っ白な亜空間に光の粒が降り注いだ。

 優しい光は三つ子たちだけでなく、魔獣たちにもぼくたち家族全員にも降り注いだ。

「神々の祝福だよ。オムライス祭りは神々もたいそう気に入られたようだ。古代以来、こうして人々と気さくに交えるお祭りが少なくなっており、たいそうお喜びになられておる」

 お祭りを喜んでもらえてよかった。

 兄貴に色が付いたのは神々のお蔭なのだろうか?

 全員の頭にそんな疑問が浮かんだのだろうか、上級精霊がみんなの顔を見てフフッと笑った。

「神々の褒美は今の祝福だよ。ジョシュアの事情はもっと特殊なんだ」

 上級精霊はお茶でも飲んで楽にするように、と言ってから、三つ子たちにもわかるように基本的なところから話し始めた。

「生き物が死ぬと、その魂は天界への門に至る道が現れる。お話にある事は本当なんだよ」

 三つ子たちはコクンと同時に頷いた。

「ほとんどの魂は迷うことなく天界の門を潜るのだけれど、時々道を見失うものがいる」

 三つ子たちは兄貴を見た。

「そうだよ。だから天界の門が魂をいざなう期間に門を潜らなければ、その魂は死霊系魔獣の餌食になる」

 幼い子どもを躾ける時の典型的な合言葉になっている。

 言いつけを聞かない悪い子を夜中に迎えに来る魔獣だ。

 ケインは良く聞かされていた物語だったようで、少し怯え気味の三つ子を見てハハハと笑った。

「ほとんど例外なく、亡くなった魂は、魂の練成を経て別の命に置き換わる。成体に変化して一夜で魂を失う蜻蛉も、人間の魂も、魂の練成で同じように何度も新たな生を授かる」

 悠久の時間を過ごす神々や精霊たちには蜻蛉の魂の一瞬の輝きも、悶えあぐねて生き抜いた人間の一生も、変わりないのかもしれない。

「ああ。カイル。悪くない視点だ。たかだか虫と人間の違いについて、あれこれ言わないカイルの着眼点は悪くない。どんなに短い生涯でも魂の輝きが魂の練成を促すのだ。だからこそ、その流れに乗り遅れてしまったものに救いなど無い」

 父さんと母さんとお婆が顎を引いた。

「魂の練成の流れを妨げぬように、死後七日間までに天界の門を潜らなかったものは、門に至る道が失われてしまう。世界の理はそのように出来ている」

 母さんが震える声で言った。

「心当たりはあります」

「ジーン。違う、俺も心当たりがある」

「私も心当たりがあるわ」

 父さんと母さんとお婆が語る兄貴の最期の話は、ただ静かに涙を流すしかない悲しい物語だった。

 心臓の鼓動が止まった人間はすぐ死んでしまう。

 だけど誰だって蘇生を試みようとする。

 幼い子どもの病状が急変し死んでしまったのに、なんとか持ち直す奇跡がないのかと試行錯誤した挙句、死んでしまった人間の名を呼んではいけないという禁忌を、父さんたちは犯してしまったのだ。

「ジョシュアの死を受け入れられなくて、亡骸が冷たくならないように温めようとして父さんに止められてしまったわ」

「心肺蘇生が効かなかった時に思わず名前を呼んでしまった……」

 母さんとお婆が兄貴に、ごめんね、ごめんね、と謝り続けた。

 騎士コースの救助延命の授業でも、医療薬学のコースの救護の授業でも、危篤に陥った人の心肺蘇生を行う際に名前を呼んではいけないと学んでいる。

 民間療法でも変わらない。

 危篤に陥った人の前では、二人称で呼びかけ、死に際に本人の武勇伝を誇張してでも語り、現世の未練を断たせて送り出すのが、この世界の常識なのだ。

 地域によっては危篤の人の家の前で、ご近所さんが不眠不休で宴会をする文化さえあるそうだ。

「残念な話だがジョシュアのような赤子が死ぬと、天界の門を潜ることなく瘴気に吸収されてしまう。過去に瘴気を操り神に盾突こうとしたものが、赤子をたくさん攫って……。ハハハハハ、すまなかった。怖がらせるつもりではなかったんだ」

 顔を伏せて首を振ったアリサに上級精霊は話を止めた。

「さまよえる魂は漏れなく何かに吸収されてしまうのに、ジョシュアは偶々精霊素の湧き出る地で、はぐれた魂となったから瘴気や死霊系魔獣に吸収されることが無かったんだ」

 精霊素が湧き出る地?

 もしかして、ぼくの家のこと!?

 精霊素が多いなら、魔法が使い放題じゃないか。

「ハハハハハ。精霊素の地脈を掘り当てたのは、ジュエルだよ」

 父さんが、俺が何かしたのか、と驚いた。

「井戸を掘った時に引き当てたのだよ。ジェニエの病気の進行が止まったのもあの水のお蔭だよ」

 幸運のきっかけは父さんが王都から引っ越してきて井戸を掘ったことだったのか!

「天然で鈍い家族だね。お前たちの家に来た生き物たち全てが、寿命を超えて元気に暮らしているだろう」

 そういえば馬も鶏も家に来たときは引退するような年だった。

「はぐれた魂は世界の理から外れている存在だが、いずれ瘴気に捉えられて、その存在自体なかったことになる。ただ、今回はカイルが知識を与えてしまった。ジョシュアが文字を覚えた時点で、神々は世界の理から外れたさまよえる魂という存在を認めざる得なくなった」

 ぼくが神々に認めさせたのか!?

 ……話が壮大になっている。

「いずれ消えてなくなるものが他者に影響を与える存在になったのだ。実際にカイルやケインと大活躍しただろう。神々はジョシュアを精霊と同格の存在として認めたのだ」

 精霊と同格!

 ……兄貴は精霊のようなものになったのか!?

「ジョシュアは魂の練成を受けられず、ずっとこのままの姿という事でしょうか?」

 お婆は兄貴がカカシのように永遠に少年の姿のまま不老不死の孤独を味わう事になるのではないか、と心配しているようだ。

「精霊と同格と言っても、精霊ではない。新しい存在だから何とも言えないが、外見はジョシュアの想像しだいで成人男性にでもなれるだろう」

 上級精霊はキュアやスライムたちやみぃちゃんとみゃぁちゃんを見た。

 うちの魔獣たちは全員もれなく外見年齢を変えられる。

 兄貴は大人になるイメージをしたのだろう、体が光り出すと大きく膨らみ始めた。

 あれ?

 服はどうなるんだろう?

 破れてすっぽんぽんになってしまうのか!?

 光が収まると兄貴の服は父さんの服と同じだった。

「想像した姿になれるのだ。真っ黒から人間らしくなった時に素っ裸でなかった時点で察せるだろう?」

 上級精霊にぼくの浅はかな考えを鼻で笑われた。

 みんなは服のことなど気にしていない。

 兄貴は母さんに似ているのに、眉毛は父さんに似ている、など容姿の話をしている。

 兄貴は恥ずかしそうにはにかむと、穏やかな光で子どもの姿に戻った。

 光量の調節も出来るのか。

「あたいも光の調節は出来るよ」

 また考えていることが態度に出ていたようだ。

 ぼくのスライムに指摘された。

「ぼくたちが洞窟でもう一度光る苔を食べて、キュアみたいに成人に変身したとしたら……」

「カイルの想像通り、お前の着ている服なら破れるぞ。急激に大人になりたいのなら大人の服を着ておくことを勧めするよ」

「普通に少年時代を楽しむからやりません」

「普通が何なのかは問わないでおこう」

 ぼくも普通とか常識とかわからなくなっている気がする。

「ジョシュアが精霊と同格に事実上昇格した理由は、教会の結界を一日で張った事への褒美だよ。カイルは自分への褒美は受け取らないだろうから、今まで活躍しても認められる事のなかったジョシュアにあげる事になったのだ」

 教会の結界を一日で張った話になった時、父さんと母さんとお婆に、何やっているんだ、というような顔をされたが、兄貴がご褒美を授かったと聞いて笑顔になった。

 結果良ければすべて良し。

「生き飽きたら神々に願えば、魂の練成の流れに戻してもらえるから、心配はいらないよ。せっかくだから、カイルやケインの子孫まで見守るのも良かろう」

「ありがとうございます」

 兄貴は上級精霊に頭を下げた。

「感謝は神々に祈ればよい。ジョシュアの魔力は精霊同様に他人頼みだから、代わりにカイルとケインが祈ればいい」

「私たち家族が祈ります」

 母さんが即答した。

 家族全員頷いた。

 事実上兄貴が生き返ったようなものだ。

 ……ずっと一緒に居たけれど、実体があってみんなと会話できるのがとても嬉しい。

「質問があるのですが……」

 大団円の雰囲気の中、父さんが上級精霊に尋ねた。

「神々のご褒美を授かる前に、どうしてうちの娘だけ先にジョシュアが見えたのでしょうか?」

 それはぼくも知りたい。

「ああ。それは、アリサの闇の神のご加護が特別に篤いからだよ。人の生死は闇の神の管轄だからね。お前たち一家は神々のご加護が篤いが、アリサは面白い祈り方をしているから、格別に目をかけてもらえたんだろう」

 面白い祈り方?

「アリサはまだ魔力奉納をしていないのに日常の祈りが神々に届いたのか!」

 父さんはそこに驚いたようだが、子どもたちは面白い祈り方が気になって仕方ない。

「アリサはお祈りする時どうやっているの?」

 母さんが問題の根本に迫った。

「みんなが祠参りをするときに、後ろからお祈りしていると足元からちょっぴり魔力を持って行かれるでしょう?」

 子どもたちは身に覚えがあるので、こくこくと頷いた。

「みんなね、祠巡りでは後で祈る神様の方が多く魔力を奉納するって言うでしょう。でも一番多く魔力を奉納するのは闇の神様になっているでしょう?」

 父さんと母さんとお婆まで頷いた。

「だから闇の神様が一番強いのかなって思って、闇の神様の祠では力一杯祈ったのよ」

 ぼくたちは大爆笑した。

 闇の神の祠でみんなの後ろで、ウンウン強烈に祈っているアリサを想像したのだ。

 そんなの、可愛すぎるよ。

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