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流動する結界

「動く結界?どうなっているのかまるでわかりません」

 飛竜の里の古い結界は、邪神が封じられた直後に描き変えられたとても古い結界で、廃鉱で伝説の魔術具で描き変えられたものと全く違っていた。

 昔の人の苦労の証のようだ。

「動くというより、伸び縮みしているのかな。お盆の中に水をこぼしてお盆を傾けたら水は高いところから低いところに流れるように広がるけれど、起点から水は無くならない、というイメージかな」

 わかりやすいようでわかりにくい例えをケインがした。

 古代魔法の結界の形が自由だったのは魔法陣が流動的だったからではないか、と考えた。

 市民カードで登録された魔力が集まる場所に重点的に結界が流れて護っていたのでは無いかと思うのだ。

 石造りの家屋が倒壊する大地震で、飛竜の里では人的被害がほとんど無かった。

 この地の精霊の多さを考慮しても、他の地域の壊滅的な被害と比べると、この地は飛び地のように極端に被害が少なかった。

 結界がスライムのように柔軟に動いていたとすれば、人が少なかった山側の被害が大きくなったのではないかと推測できた。

 魔本が魔力のスライムを出し、透明な魔本に変化した。

 飛竜の里の魔法陣の制作中のメモ紙の記載を見せてくれた。

 使えない神の記号を○に置き換え、さらに眷属神の中から使えなくなりそうな神を推測している記述がある。

 相当察しの良い人物のメモのようで、チェックが入っている神は現存していない。

 司祭の言う通りに人間と神々の心の距離感が今よりずっと近くにあり、邪神に近かった神々を人間が推測することが出来たのだろう。

 全てが○の置き換えられている中でどうやって解読していくか……。

 “……類推でよければ肉球文字に翻訳出来るぞ”

 肉球文字と言ってはいけないよ。

 肉球はあくまでも肉球ということにしておかないと天罰が下るかもしれないからね。

 魔本が読んではいけない文字を変換してくれたおかげで、魔法陣解読の手掛かりが掴めた。

 創造神に消された神は一柱ではなかったことだけでも有益な情報だ。

「使えなくなった元神の魔法陣における役割を、創造神の懲罰の直後の時代の魔法師はまだ理解していて、代替えに眷属神の魔法陣を起用したのではないかな。けれどその眷属神も創造神の逆鱗に触れると、作り直した魔法陣も使用できなくなったのではないか、と仮定すると、辻褄が合うんだよね」

「伝説の魔術具を何度も何度も上書きしたことを鑑みるとあり得ないとは言い切れないね」

「可能性の一つとして考えると、七大神の空の神が活かしきれていないことが気になるんだよね」

 ぼくの話に司祭が両肩を小刻みに震わせた。

「あああああああ!私は何も見えていなかった!」

 そう叫ぶと、空の神が七大神のなかで最も逸話が無く、神学上謎とされている神だと明かした。

 司祭は契約で縛られているらしく詳細は語らなかったが、血走った目が何かあることを伝えていた。

 逸話の少ない神様ということは渡来神のように外から来た蕃神(ばんしん)なのかな……。

「神学を選択していないぼくたちが聞けない話のようだから、その先は伺いません。だけど魔法陣の仕上げに空の神の記号をこうやって配置すると水たまりのように結界の形が流動的に変化するのではないかな?」

「動く結界が、本当に出来そうですわ」

「やってみないと上手くいくかはわからないよ」

「やってみましょう。これなら私の結界の上から重ね掛け出来ます」

 司祭はハルトおじさんの従兄弟らしく好奇心に顔をテカらせた満面の笑みで言った。

「この里の教会の結界は司祭が全ての権限をお持ちですから、やってみても何も問題はありませんわ」

 聖女先生まで乗り気になっている。

「今ぱっとやってしまって大丈夫でしょうか?」

 キャロお嬢様が祭壇に並ぶ人々を見て、日にちを改めた方が良いでしょうか、と司祭に訊いた。

「祭壇の裏に結界用の礼拝室があります。通常は教会関係者しか入室できませんが、まだ教会は出来上がっていませんから問題ありません」

 司祭も聖女先生も柔軟な思考で一般人が入れない教会内部を案内してくれた。

「内装もまだ終わっていないから殺風景ですよ」

 そう言って、司祭は迷路のように入り組んだ廊下を進んだ。

 曲がる回数が多くて方向感覚が狂ってしまう。

「外観から想像つかない広さということは空間魔法ですか?」

 魔法の気配はするけれど、ウィルの言うような大掛かりなものではない。

「幻視ですか」

「ケイン君、正解です。教会が完成した暁にはこの廊下は神々の回廊となり、全ての神々のお姿を見ることが出来るようになります。結界の管理者は全ての神々に感謝の祝詞を唱えながら、毎日結界に魔力を注ぐお勤めをすることになります」

「司祭の仕事は大変なのですのね」

「この里でお勤めをするのが楽しみですよ。子どもから老人まで皆さんが毎日魔力奉納をしてくださいますから、私の負担はずいぶんと軽くなりますよ」

 そんな話をしながら礼拝室に入ると、そこは真っ白な亜空間のような部屋だった。

 精霊密度が高い部屋だ。

 司祭が左手で口元を隠し右手を上げて小声でごにょごにょと祝詞を上げると、右手の周りが光り出した。

 初めて見るぼくたちは荘厳な儀式だと感心したが、当人である司祭の顔が引きつり、聖女先生が驚愕の顔をしているから通常ではあり得ない事態なのだろう。

 精霊たちが張り切っただけのようだ。

 司祭の祝詞が終わると、右手の光が拡散した。

 壁をすり抜ける精霊たちにぼくが魔力を乗せると結界の全貌を辿ることが出来た。

 ぼくは魔法の杖を出し一振りして『ぼくたちが考えた最強の結界』を精霊言語で重ね掛けした。

「に、にに、に、兄さん!」

 ぼくが何をやったか即座に気が付いたケインが狼狽えた。

 司祭と聖女先生はものも言わずに涙を流している。

 こういう時は精霊たちのせいにすればいいだろう。

「精霊たちが手助けしてくれたようですね」

「「「ええええ!もう結界を重ね掛け出来たのか!」ですか!」」

 ウィルとキャロお嬢様とミーアがようやく気が付いたようだ。

「……本来は祝詞の後に祭壇の方向の壁に手をついて魔力を流すのですが、あっという間にすべてが終わってしまっていた……」

 司祭は茫然として言った。

「これは教会の上層部にどういった説明をなさるのでしょうか?」

 正気に戻ったケインが冷静に司祭に尋ねた。

「……魔法学校生と結界の討議をして、一緒に結界を張りなおしたことにしても良いでしょうか?」

 司祭が、成果を横取りするようで申し訳ない、と頭を下げた。

 王族の端くれなのに潔さもハルトおじさんに似ている。

「そうしていただけると、ぼくも助かります。神学に興味はありますが、今のところ教会に入る予定は全く無いので、教会がらみの実績はいりません」

「……カイル君は権力欲が全くないのですね。このような規模の結界を一瞬で張れるなんて、大司祭でも出来ることではありません……」

 聖女先生はまだうっとりとした顔つきで呟いた。

「精霊たちの力ですよ。それもこの里に精霊たちが多く居たから出来たことでしょう。よそではきっとこうはいきませんよ」

 すべては精霊たちのお蔭です、ということにしておこう。


 教会前の広場に戻ると三つ子たちに、どこに行っていたの、と問い詰められた。

「魔法陣の話だから奥の間で先生たちに相談に乗ってもらっていたんだよ」

「これで温泉の方の地盤も安定するはずだから、安心してお風呂に入れるよ」

 日も暮れてきたので、ポアロさんに挨拶をしてみんなを自宅に送ることにした。

「あたい、お祭りらしく花火を上げたいな……」

 耳元でスライムが呟いた。

「父さん、スライムが花火を上げたいって言っているけれど、山の温泉で数発打ち上げてから帰っても良いかな?」

「スライムが言っているって、そういう気がするだけ…」

「神々に感謝の意を表すのに丁度いいでしょう?」

 ぼくのスライムがそう言いながら、ぼくの肩から父さんの肩に飛び移った。

 家族全員が父さんを取り囲んでぼくのスライムを見つめた。

 内緒話の結界を張れと母さんが目で促した。

「結界を張ったよ」

「「「「「「スライムが喋った!」」」」」」

 みんなのスライムたちもポケットから飛び出してきた。

「あたいも喋れるよ!」

「キュアも喋れるようになったよ!」

 ケインのスライムとキュアがそう言うと、みぃちゃんとみゃぁちゃんも、あたしも、あたしも、と言った。

「「「「「「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!」」」」」」

 混乱する家族に父さんが、家に帰ってからゆっくり話そう、と言った。


 ポアロさんに花火を上げてから帰ることを告げて、温泉の方角の空を注目するように頼んだ。

 孤児院の子どもたちに別れを告げて、うちの家族とメイ伯母さんの家族とウィルたちを連れてまだ浴槽しかない温泉に移動した。

 ぼくたちの魔獣は話せないふりをしている。

 いきなり喋り出したらその話題ばかりになってしまって、花火が打ち上げられなくなってしまうだろう。

 みんなが温泉に入れるのは脱衣所等の施設が出来るまでお預けだ。

 家族のスライム八匹が飛竜用の大きな浴槽の縁に並び、それぞれが創意工夫した火炎砲を打ちあげた。

 無音だと誰にも気が付いてもらえないので花火らしい効果音付きだ。

「これはとても綺麗ですわ」

 スライムたちが自宅で小さめの花火を練習していたのは見ていたけれど、思い切り気兼ねなく放つ大花火を見るのは初めてだったので、みんなと同じように感激して見上げた。

「これは神々もお喜びになられるだろうね」

 お婆がしみじみと言った。

 “……もう一発打ち上げたいよ!”

 スライムたちはお互いの趣向を凝らした花火に触発されて、違う花火を打ち上げたくなったようだ。

「スライムたちはもう一発上げたいようだけど良いかな?」

 全員が、いいね、と賛成してくれた。

 精霊たちが温泉に集まって来て、花火が良く映えるようにやや低めにナイアガラの滝のような演出をしてくれた。

 スライムたちは仲良く精霊たちより高く連続して夜空に大輪の花を咲かせて、祭りの最後を締めくくった……。

 いや、たぶん里の一部の大人は朝まで飲み明かすだろう。


 メイ伯母さんの家族やウィルたちを送り届けると、ぼくとケインは家族と一緒に自宅に帰った。

 三つ子たちは寝る時間だが、喋る魔獣たちが気になって寝れないだろう、ということで就寝時間が延長された。


「ねえ。カイル兄ちゃん。もう一人いるその子は誰なの?」


 アリサがまだ実体化していない兄貴を指さした。

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[良い点] おぉ!兄貴が、とうとうッ!
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