洞窟お悩み相談室
光る苔は間接照明のようなやわらかでやさしい光なので眩しいことはなく、ケインを挟んで三人横になると、黒いのはぼくとケインの間に入り込んだ。ケインは白い布を掛布団代わりに掛けてあげるとすぐ眠ったが、ぼくは疲れている割に眠れなかった。むしろ疲れすぎてて眠れなかった、というべきか。
「おまえ…すごいよな……」
ボリスも起きていたようで、なんだか元気のない声だった。今日のぼくは、おめおめと誘拐されて脱出を計画するも迷子になるし、決定的な現状打開策もたてられず、たいした活躍はしていない。
「…ぼくは、ほとんど何もできなかった」
「いや、すごいよ。おまえが悪い気配をさぐってくれたから、危ない方に行かなくてすんだんだ」
「まあ、それはそうかもしれないけど」
「犯人たちが言ってた『大沼』って、あれ、すごろくにあった動く魔獣沼なんじゃないかなって…」
動く魔獣沼は領都南門からでた先にあって西側に向かって移動する沼だ。もし大沼が魔獣沼のことだったなら、ぼくたちが出た門は南門でも西門でも可能性としてはあり得る。
だがしかし、だろ。魔獣沼は幻の、それこそ伝説の魔獣だ。犯人の指す大沼が魔獣沼であるわけがない。真夜中の洞窟で子どもが考えそうなことだ。
「魔獣沼ではないと思うよ。そんなに大きな気配じゃなかったし」
「でも、おまえすごく苦しそうだったじゃないか」
あれは気配を探ろうと焦って慌てたせいで、ひどい頭痛がしただけだ。みっともないところを思い出さないでほしい。
「あれはいつもと違う状況で気配を探ろうとして、どうしたらいいかわからなくて起こった頭痛だから、悪い気配と関係ないよ。恥ずかしいから忘れてほしいな」
「そうなのか?騎士物語の主人公が『まりょくたんさ』をしていたみたいで、カッコよかったのにな」
落ち込んだような顔つきでいるボリスの真上を赤、橙、黄色の光るものたちがぐるぐる回って、なんだか慰めているようだ。
「そんなにカッコいいものじゃないよ。ボリスにだってできるよ。今ボリスのそばにいる光っているやつがいると、なんだか安心するような気持ちが湧いて来るだろ?そういう気配を覚えておくんだ。そうすると、なんだかそばに居るって気が付くようになる。それを繰り返すだけだよ」
「そんなんでいいんだ!」
ボリスが笑顔になった途端に光るものたちがぱっと散ってふわふわ漂い始めた。なんだか喜んでくれたようだ。
「たぶん、ボリスのうちのお庭にもいい気配が濃いところと薄いところがあるはずだから、帰ったら練習しよう」
「……おれね、森で暮らしたいんだ。……ホントは平民になりたいんだ。森で飛竜をそだてるんだ」
いきなり凄い打ち明け話きたぁ。子どもの夢ってあり得ないのがくるんだよね。
「それは無茶なことじゃない?」
「おれは『三男だからしっかりしないと貴族として生きていけないって』いっつもみんなに言われるんだけど、ぐずでのろまだし、なれないよ」
うわぁ、やっぱり貴族らしくあれって…英才教育は大変なんだな。でも、ボリスほどの魔力があったら、平民として生きるのは無理があるだろう。
「森にね、飛竜を育てる一族が居るんだって。おれ、弟子入りしたいんだ」
なんだかおとぎ話感満載だな。
「伝説の一族、みたいな話かい?」
「ホントに居るんだって。母さんの親戚にそこにお嫁にいった人がいるんだ」
「その人は貴族から平民になったの?」
「そうだよ。身分を捨てた恋って女どもがさわいでいたぞ」
それは、女性は恋物語も醜聞も大好物だろう。
あれ?ボリスの言葉遣いが悪いのは平民にあこがれているからなのかもしれない。
「だいぶ言葉が悪いけど、印象良くないからやめようよ」
「おまえ、母さんみたいなこというなよ」
「ケインが真似をしてキャロお嬢様の前で言い出したらかなりまずいからな。平民の方がより一層言葉遣いに気をつけなくてはいけないだろ」
「あああ、…それもそうか……」
「時と場所を選ぶにしたって、丁寧な言葉を覚える方が難しいし、飛竜を育てる一族が乱暴な言葉を使うとは限らないよ」
「……ケインの前では気をつけるよ」
飛竜かぁ。確かにかっこいい。でも、飛竜を育てる一族がいるってことは、使役する人たちがいるってことじゃないか。
「育てた飛竜は売り物にするのかい?」
「普通の人はかえないよ。王都の騎士団にしか売っていないんだ」
「じゃあ王都の騎士団に入れば、飛竜に会えるんじゃないかな」
「領の騎士団に入るのもおれにはムリだって兄貴たちはいうんだ。王都の騎士団なんてぜったいムリだよ」
今から訓練すれば、騎士になる方が、飛竜を育てる一族に弟子入りするより可能性があるだろう。そもそも騎士の家系に生まれてきているんだから。
「試してもいないのにわかるわけないよ。王都の騎士になる努力をしていれば、たとえ無理だったとしても領の騎士団には入れるかもしれないよ」
「領の騎士になったら飛竜に乗れないじゃないか」
「そしたらその時あらためて飛竜を育てる一族に弟子入りすればいいじゃないか。そもそも子どもなんだからしばらく家にいるだろ?だったら騎士になる努力の方が先にできるよ」
「そうなんだけどな…おれ、どんくさいし。小さいケインのほうがすごいじゃないか」
ケインの運動能力は黒いのが底上げしているだけな気がする。
「小さいときにすごく見えるのは、子どもの成長には個人差が大きいからだよ。歩き始めが早い赤ちゃんが、足の速い大人になるわけじゃないでしょ」
「兄貴たちにぜったいムリだって言われてるんだ。おまえみたいなウスノロが騎士だなんて笑わせるなって」
それは兄さんたち、いじめだね。家庭内の序列かな。長男が跡取り、次男がスペア、三男は味噌っかすにしておきたいんだろう。
「自分たちが小さかったころ鈍感だったのを覚えていないからだよ。ひどいことを言ってくるやつを気にする必要はないと思うよ。うちに遊びに来たときに鍛えればいい。本物の騎士のお兄さんがいっぱい遊びに来るからね」
「ああ、そうだね」
ボリスの気持ちが前向きになると、光るものたちがくるくる回りだす。ぼくの気持ちも落ち着いてきた。
「カイル、おまえ、いいやつだな」
ぼくの真上でも色とりどりの光るものたちがくるくる回りだす。光るものたちにも褒められているような気がして照れてしまう。
「明日のためにもう寝よう。おやすみボリス」
「おやすみ」
瞼を閉じたらすぐに眠りにつけた。
「兄ちゃん、おしっこ」
ケインに揺さぶり起されたときにはもう洞窟の入り口から日が差し込んできていた。光る苔はもう光っていない洞窟の奥のトイレの方は真っ暗だ。一人では行けない、と言うか行ってはいけない。さらに迷子になる。
ボリスを起こして寝床を片付けると、苔が潰れてぺちゃんこになっていた。
「ごめんね。ありがとう。おかげでぐっすり眠れたよ」
ぼくが潰れてしまった苔を撫でながらお礼を言うと、緑色の光るものが苔の上に集まってきた。すると光を浴びた潰れた苔がみるみるうちによみがえった。その様子に三人声がそろってしまった。
「「「ありがとう。緑の光さん!」」」
あまりのことに、ぼくたちは感動してお礼の声が見事にそろった。
光たちは嬉しそうに回りながら洞窟の奥の方をてらしてくれるので、ぼくたちは無事トイレに辿り着き用を足すことができた。そのまま水飲み場にむかい、昨晩同様の貧しい食事をすませると、満足感など得られるはずもないまま、洞窟の入り口の方へもどった。
「ここでじっと待っていても助けが来ても見つけてもらえないから、外に出て人間だけにわかる目印を出そうよ」
ぼくが提案するとボリスは狼煙でもあげるか?と言ってきた。
「狼煙は無理だよ。火をおこせないよ」
「魔術具ないの?」
「「持ってない」」
「魔法を使うのは?」
「「できない」」
木を使って摩擦で熱をおこすなんて、この幼児のか弱い手では土台無理な話だ。狼煙が無理ならのぼりはどうだろう?
「麻袋を割いて広げて、猿轡の紐を使って木の高いところに結べば、誰かが気がついてくれて助かるかも?」
「たすけて!!って書いてみるの?」
「字を書くものがないよ」
「字を書いていなくても、なんだろって見に来るひとがいるかもしれないよ」
「「やってみよう」」
「洞窟を出てすぐ襲われたら困るから、ぼくが先に出入口付近の様子を探って来るね」
四つん這いになって、傾斜を登っていくと、出口手前で外の気配を探る。
悪い気配も魔獣もいないようだ。
「大丈夫そうだよ」
「帰る前にこのコケもらっていかないかい?」
ボリスは気安く言うけれど、この静謐で幻想的な苔はかなりの魔力を含んでいるだろう。それなのに、外から探索した時は全くわからなかった。もしかしたらここは結界のようなものに守られているのかもしれない。
「ちょっと待って」
ぼくは腹ばいで滑り降りた。
「ここは光るものたちの住処みたいだから、貰ってもいいか聞いてみないと」
「そうだね。おせわになったもん。かってにもらっちゃ悪いよ」
「「「ぼくたちに光る苔をわけてください」」」
三人そろって丁寧にお願いして、と言うかおねだりした。緑色の光るものが苔の上に集まって来ると、小さな竜巻のように回った後拡散した。そこには毬藻のように球体になった苔が三つもあった。
「「「ありがとう」」」
お土産を貰ったぼくたちは、きれいに後片付けをして洞窟を後にした。立つ鳥跡を濁さず、それがぼくたちのできる最大の感謝を示す礼儀だろう。
「「「まぶしい」」」
「目が慣れるまで下を向いていろよ」
ぼくは広範囲に気配を探って危険に備えるが、魔獣の気配が遠方にあるだけだった。
目が慣れてから麻袋を結び付けるのに丁度いい木を探さなくてはいけない。
昨晩は導かれてここに来たので辺りの景観は確認していなかった。ここは大きな森の手前にある原野で、ところどころに急な傾斜があり地層がむき出しになっているところもある。広い原野のわりに背の高い木は少なく、ぼくたちでも登れそうな枝ぶりの木は限られていた。
「あっちに三本たっている木が登れそうか見に行こうよ」
「昨日みたいに布をかぶるぞ」
「ススキも持とうね」
二人ともあの格好がすっかりお気に入りになっている。
「…そうだね。用心しないとね」
だが、ススキは朝露で濡れしまっていたので、下草を払うため枯れ枝を探してきて代用してもらった。
狙いをつけた木は根元から幹が二股に分かれているので両方から伸びた枝がたくさんあり、足がかりが多く一番運動音痴なぼくでも登れそうな木だった。
ボリスが先に登り枝の強度を確認するように時々足で蹴って安全確認をしてから二番手のケインを呼ぶ。
「大丈夫そうだよ」
ケインはかごの取っ手に腕を通しリュックのように背負うと、するすると登っていく。
正直いって二人に任せてしまいたかったが、紐の結び方を教えていなかったので自分も登るしかない。木に足をかけて登るのはお尻が重たくなかなか次の枝に体を移せなかったが踏ん張る手足に黒いのが寄り添ってくれた。すると、姿勢や筋肉の使い方がかわり、するする登れるようになった。
高い枝に結ぶときはボリスがぼくの背中を押さえて、ケインが麻袋を手渡してくれるアシストがあって、難なく取り付けることができた。のぼりというよりは旗になったが、遠くからでも見えるだろう。
「いいけしきだよ」
「遠くまで見えるから見つけてもらえるね」
ぼくは仕事をやりきった達成感で気分が高揚していた。だから、油断していたんだ。二匹の魔物の気配が少しずつ近づいていたことに気づくのが遅くなった。




