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新たな神事

 巨大オムライスの噂は飛竜の里を席巻した。

 建設中の教会で司祭と聖女先生が巨大フライパンに料理の神の祝福を賜る儀式までしてくれた。

 後から後から人が集まり、ポアロさんの家の中庭ではおさまりきらなくなり、建設途中の教会前の広場で作ることになったからだ。

 気さくな里の人々は敷物とカトラリーを持参し、板を渡しただけのテーブルを幾つも用意して、各家庭ご自慢の手料理を持ち込み、子どもたちが二食連続でオムライスにならないように配慮してくれた。

 だが、ソースの仕込みを手伝った子どもたちはまだオムライスを食べる気だ。

 ホワイトソースに、デミグラスソース、ミートソースに加え、神々のリクエストには無かった火の神用にチリソース、水の神用に蟹クリームソースを、そして僕が譲れないトマトケチャップの六種類を用意していることを知っているからだ。

 料理の腕に覚えのある人たちがこぞってチキンライスを作ってくれたので、夜通しオムライスを作るのか、と思うほどの仕込みがある。

 ぼくたちは夜通し作る予定はない。

 最初の一回のデモンストレーション以外は飛竜たちが調理する気満々なのだ。

 大きなパエリアのフライパンで火加減をせっせと練習している。

 卵が異常に生まれたのはうちの鶏舎も一緒だったので、父さんと母さんも米と卵を持参して合流した。

 父さんは集まっている人の多さに、どんどん焼かなければ足りないと判断し、巨大フライパンをあと二つ制作した。

 飛竜たちは自分たちの出番が増えると色めきだったが、父さんとケインがスライムと合体すると、驚くと同時にがっかりした。

 活躍の場はあるからガッカリしないでほしい。

 スライムと合体したみぃちゃんとみゃぁちゃんは前足にスライムで人間の手を作り出し卵液の入ったバケツを持つことが出来てご満悦だ。

 うちでは常識だが猫の手は本当にとても役に立つ。

 夕刻を待ちきれず、準備が整うと三つの巨大フライパンで同時にオムレツを焼き始めた。

 火加減の担当はちびっこ飛竜たちだ。

 キュアとみぃちゃんとみゃぁちゃんが卵液を注ぎ込み、ぼくとケインと父さんが巨大菜箸で卵を掻きまぜる。

 母さんと若返ったお婆が飛ばないのはスカートをはいているからだ。

 これが女性の被服革命のきっかけになるなんて、この時は想像もしていなかった。

 チキンライスを端っこに乗せてからがこの料理の神髄だ。

 フライパンをトントンするのはじゃんけんの勝者ということになっているが、熱烈に希望していたことを知っていたので、みぃちゃんとみゃぁちゃんと一番大きなちびっこ飛竜に譲った。

 大きなオムレツが宙を舞ってチキンライスを包み込むと大歓声が上がった。

 司祭と聖女先生が祝詞を唱え続けたので、ますます神事らしくなった。

 観衆の視線が集まるプレッシャーの中、みぃちゃんとみゃぁちゃんとちびっこ飛竜はみごとにチキンライスを卵に包み込んだ。

 最初に取り分けるのは神々に奉納する分だ。

 (うやうや)しい所作で取り分ける司祭に、かけるソースを間違えないように精霊言語で脳裏に刻み付けるように伝えた。

「天啓がありました。山の神はミートソース、火の神はチリソース、水の神は蟹クリームソース、大地の神はホワイトソース、料理の神はデミグラスソースをご所望されております」

 おおおおおおおお。

 観衆は大絶叫した。

 お婆と母さんとメイ伯母さんがポアロの家の厨房に鳩を飛ばした。

 この後里の人たちはご利益にあやかりたい神のソースを求めるだろうから、里の人の好みを良く知る奥さん衆に追加のソースを依頼したのだ。

 やばい!

 火の神と水の神はぼくの捏造だ。

 困った時は上級精霊頼みだ。

 ぼくが勝手に奉納するソースを決めちゃったけれど、神様は許してくださるか聞いておいてね!

 “……ご主人様。上級精霊を鳩の郵便屋さん扱いをするのですか?”

 シロが直々に神々の意向を伺えるのかい?

 “……ご主人様。それは難しいですが、お好みと違えばもう一度注文が来るだけかと思われます”

 上級精霊を経由しての神託なら、そもそも上級精霊が鳩の郵便屋さんと変わらないような……。

 あれ?シロが上級精霊のことが苦手だからかな?

 “……ご主人。見解を述べるのは控えさせていただきます”

 ミジンコの栄養素、と耳元でスライムがボソッと言った。

 そんなこともあったね。

 巨大オムライスが祭壇に運ばれると待ち構えていた人々がオムライスを受け取り、ご加護が欲しい神様に捧げたソースの前に並び始めた。

 里の守り神である山の神が一番人気だ。

 トマトケチャップの列に並ぶ人は少ない。

 定番の味は安定した美味しさが保証されていて、お絵描きも出来るのにね。

「兄さん。神様の魔法陣を描いて、奉納せずに食べたら不敬だよ」

 それはそうだ。奉納した後、お下がりをいただこう。

 ぼくはケチャップで料理の神の魔法陣を描いたオムライスを教会内の祭壇に祀りに行った。

 教会の外装は仕上がっていたが、内装はまだ途中ではあるが仮設の祭壇があった。

 祭壇に魔力奉納をすると教会の結界はポアロさんの家の精霊神の祠の結界に繋がっていた。

 そこから里の結界へと展開していく仕組みになっていた。

「今日はありがとうございました。教会と里の人との距離が縮まりました」

 司祭と聖女先生が挨拶に来た。

「こちらこそ、お忙しい中、仕事を増やすことになってしまって申し訳ありませんでした」

「いえいえ。神話の世界の再現かと思うほど素晴らしい儀式になりました。古代の人々は神々との心の距離感が現代より近くにあり、地方の神事には、村の祝い事で御馳走を神々に捧げたことが由来のことが多々あります。大災害の後、長きにわたって教会を再建出来なかったことを責めることもなく、温かく受け入れてくださって、こうして新しい儀式を執り行えたことは大変光栄です」

 巨大オムライス作りは神事に格上げされていた。

「こうしてカイル君が祭壇に魔力奉納してくれると、カイル君に憧れる子どもたちや里の人々が魔力の奉納をしてくださるので、教会建設が捗ります」

 魔力で建物を補強するのかな?

 ぼくたちが祭壇の横で話し込んでいると子どもたちがどんどん魔力奉納をしていく。

 キャロお嬢様とミーアは子どもたちのお姉さんとして手際よく並ばせていた。

「仮設の祭壇で集めた魔力はどこに使われているのですか?」

 いつの間にかぼくとケインの間にウィルが居た。

「お恥ずかしながら、私の魔力で教会の結界を完成させるには時間がかかるのです。こうして皆さんに魔力奉納と言う形で魔力の援助をしていただけますと、予定より早く完成させられそうです」

「それで教会の結界が里の結界と完全に連携していないのですね」

 ケインの質問は直球だ。

 司祭は顔を変えてしまった。

 ぼくは魔法の杖をひと振りして、内緒話の結界を張りました、と言った。

 わざわざ杖を振る必要はないけれど、パフォーマンスは他者への信用度が上がる。

 胡散臭さも上がるよ、と小声でスライムが言った。

 肩の上に乗っかって耳元でぼくにだけ聞こえるようにぼそぼそ言われると、精霊言語なら魔力ボディースーツで防げたのに、直接発声されたら耳をふさがない限り聞こえてしまう。

「この子たちは上級魔法師の授業をほぼ終了しています。キャロライン嬢とミーア嬢はあと一年かかりそうですが上級魔法学の受講資格を持っています」

 聖女先生は驚く司祭に、魔力も魔法の技術も私たちより上のところもあります、と教会の結界の話をしても問題ないと太鼓判を押してくれた。

「それは失礼いたしました。辺境伯領公女様や三大公爵家子息でしたら、ご家庭の教本にある事かもしれませんが、一般的には魔法陣が連結できることは公開されていませんから、狼狽えてしまいました」

 お見苦しい失態を……と司祭が言葉を続けようとするのを聖女先生が言葉を重ねた。

「カイル君もケイン君も平民出身ですよ。魔法陣が連結していることは、里の人たちは赤子でない限り知っていますわ。だからこそ、里の人たちは里の外れにある祠まで魔力奉納を怠っていないのです」

「里の人たちは港町の人との交流も盛んだから、クラーケンの話もみんなよく知っているよね。港町でも常識だよ」

 飛竜の里と港町は、メイ伯母さんの商会が王都を介さない物流を仕切っている。

「……ハルトちゃn………氏から王家の中では比較的身分をひけらかさない私が、この里の司祭に適任だと言われていたのに、まだ驕りがあったようです。申し訳ない」

 司祭は前国王の妾の子の子ども、つまり孫で、司祭の父が王位継承権を放棄したので王位継承権のない王族の端くれだった。

「王族の端くれらしく、それなりに魔力量が多いので結界の立ち上げのような魔力がいる仕事が回ってくることが多いのですが、大抵は基礎に魔法陣があって重ね掛けするのです。ここは大震災の影響なのか、元の教会からずれた位置に建設したせいかそれが無いのです。一から魔法陣を張っていくのでなかなか至難の業なのです」

 ぼくとケインは顔を見合わせた。

「ポアロさんに相談しましたか?」

「古い魔法陣があるはずだと言われましたが、手掛かりが全くつかめないので、取り敢えず精霊神の祠の魔力が豊富なので、足がかりさせていただいています」

「古い魔法陣なら山の神の祠を中心にあるよ」

 口を挟んだのはウィルだった。

「里の守りの要ですよね」

 キャロお嬢様も確認できていたようだ。

「ああ。なんてこった!今の魔法学校はどうなっているんだ!!天才児だらけではないか!!!」

「この子たちが常識を覆すような学習しているのです。入学当初から基礎知識の高い秀才で、カイル君の入試の得点は史上最高得点で、他のみなさんも考えられないほどの高得点です。それでも魔法の知識は全く無かったのですよ。ですが入学初日の実技の授業で火の玉ダンスを披露したことは、王都では有名ですよ」

「私は地方ばかりに派遣されているから……知りませんでした」

 ぼくたちは司祭を礼拝室の隅っこに引っ張っていき、各々が『ぼくがかんがえるさいきょうのけっかい』をメモパッドで披露した。

 辺境伯領伝来の魔法陣やラウンドール公爵家の魔法陣を見ることが出来たのは嬉しいけれど、一族の秘伝をぼくたちに見せても良いのだろうか?

「そんな秘密の魔法陣をお披露目しても大丈夫でしょうか?」

 司祭はぼくと同じ心配をした。

「隠すほどのことでは無いのです。カイルやケインが本気で領の結界を解読しようとしたら出来てしまうことですわ」

 キャロお嬢様の発言に司祭が、私には理解できない、と呟いた。

「こうしてぼくたちが手の内を晒したんだ。カイルやケインならどんな結界にする?」

 ほほう。

 これは面白い。

 どれが正解かどうかはさておいて『ぼくがかんがえるさいきょうのけっかい』を描きだした。

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