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パエリア

 スライムたちはがぜん張り切り出した。

 口が形成できたら喋れるようになるということが判明したので、色々な魔獣に体を変化させてはお喋りしたり歌ったりしている。

 スライムたちに精霊言語で肺に吸気を貯め、それを声帯で震わせていく発声の細かいアドバイスをしながら、腹の底で歌うイメージを送り付けて他の魔獣に変身しなくてもお喋りができるのでは?と提示してみた。

 スライムたちがピタリとお喋りを止めると、発声練習をしていたみぃちゃんとみゃぁちゃんの声が響いた。

 二匹は恥ずかしそうに狼狽えた後、何もしていませんでしたよ、という態で毛繕いを始めた。

 ケインは二匹の尊厳のため気が付かなかったふりをしたが、兄貴は肩をゆすっている。

 声帯を意識して作り出したら兄貴も喋れるようになるなら人事ではないはずだ。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんに、身体強化で声帯と口腔内を整えたら滑らかに話せるようになるかもしれないとイメージを送ると、二匹の練習風景を見た兄貴とキュアも自分たちも出来る可能性に気が付いた。

 みんなが喋れるようになったらさぞかし騒がしくなるだろう。

 それぞれが己のことに集中し始めたところで、魔本に魔力を与えて内容を詳しく見ることにした。


 検証はなかなか面白かった。

 魔本が書かれている内容をそのまま現代語訳しようとすると、シロが懲罰のように魔本の魔力をちょっぴり奪った。

 シロ曰く、古文と現代文の区別がきちんとついておらず天罰を食らって勝手に消し炭になるのは構わないが、知識を授けずに灰になられたら焚書を逃れた意味がない。

 期待だけさせて内容を伝えずに消えてしまったら古文書の価値など何もない、となかなか辛辣に言い放った。

 祝詞の解明より精霊言語で魔法陣を描く方がよっぽど早く魔法を使える、とシロが強く主張するので魔法陣のページから解読することにした。

 廃鉱で伝説の魔術具をマトリョーシカのように剥がしながら魔法陣を解読したのはいい経験だった。

 補足の魔法陣をさかさまから辿ったことで、神々の系譜を類推することが出来た。

 ぼくとケインは無駄口を言うことも無く、メモを書く際にもシロの顔色を気にしながら魔法陣の歴史を読み解いていった。

 消えた神を補っているのはどの神なのか、眷属神が七大神に昇格したのか、という疑問も湧いてきたので結局神話の本も読むことになった。

 ぼくとケインが夢中になって魔本を読んでいる間に、スライムたちは発声を完璧に会得すると、ぼくたちが読み解いた魔法陣の実証実験を始めた。

「カイル。お腹空いたよ。ご飯頂戴」

 キャロお嬢様の声真似をして、みぃちゃんがおねだりに来た。

 背筋がざわッとするほどそっくりだ。

「夢中になるのは良い事だけど、休息をちゃんと取らなくては駄目よ」

 みゃぁちゃんが母さんそっくりな声色で休めと言ってきた。

 能力を極めることは素晴らしいことだけど、家族知人の真似をしないように言っておかないと、いきなりやられると心臓に負担がかかるほどドキッとするよ。


 牛筋の水煮の瓶もポーチの中に入れてあるけれど、ぼくとケインもお腹が空いた。

「お昼ご飯は何にしようか」

 亜空間から出ると時間が進んでしまうので、ここで何か調理して食べよう。

「わざわざ作るのも面倒じゃない?」

「干し肉と飴玉で空腹をしのぐなんて、幼児のすることじゃないか。パエリア作ろうよ!」

「また、手間と時間がかりそうなものを……美味しいんだよね」

 ケインは喉をこくんと鳴らした。

 お口がパエリアになったようだ。

「パエリア食べたい人手をあげろ」

 みぃちゃんとみゃぁちゃん以外全員が挙手した。

 亜空間に用意した竈に特製フライパンで、大蒜、玉葱、セロリを炒めて、イカやエビや貝を入れる。

 エビの殻は、トマトを入れる前に取り出すのだ。助手のスライムがエビの頭を潰して味噌を出す。

「兄さんは美味しいもののために努力を惜しまないよね」

「干し肉齧って研究に没頭するのも悪くないけれど、魔法陣や神話から頭を切り離して、何でもない日常を過ごすことも必要だよ」

「美味しいは正義だよ」

 キュアも発声を完璧に会得して、匂いだけで涎が出るよ、と楽しそうに飛び回っている。

 素材の味そのままが好きなみぃちゃんとみゃぁちゃんは、一足先に牛筋の煮込みを食べている。

 ポーチの中にマグロがあるのはまだ秘密だ。

 魚介類を取り出してから、スープとお米を加えると、後は煮詰めるだけだ。

 火加減はスライムたちが面倒を見てくれる。

「ねえ、兄さん。海の神と風の神の和解の後の宴会料理はパエリアだったのかな?」

 海の神と風の神が喧嘩をして大嵐を起こし、大地の神が仲裁を買って出て、大地の塩害を取り除いたら美味いものを食べさせてやる、ということになり風の神が水の神に相談して、海水が染みた大地から塩水だけを集めて塩湖を作り大地を浄化した。

 喜んだ大地の神が、人々に穀物と海の幸を合わせて炊く美味しい料理を教えて、神々に供えさせた。

 豊かになった土地と海に感謝をした人々は、毎日パエリアを作ってお供えした。

 パエリアは美味しいが別なものも食べたくなった豊穣の神が、人々に工夫をせよと神託を下した。

 だが、人々は具材を変えてパエリアばかり作った。

 どのパエリアを作っても豊穣の神を唸らせることが出来ず、人々は新しい料理を授けてくださるように神々に祈り、料理の神が誕生した。

「パエリアを当てはめてみても良いけれど、カレーもあり得るよね」

「そろそろ魚介類を戻したら良いころだよ」

 口と声帯のイメージを獲得した兄貴は声変わり前の少年の声で話しかけてきた。

 違和感のない良い声だ。

 それでも、イメージ出来たのは口だけだったので真っ黒な顔に口だけついている。

 鼻がないのに呼吸はどうしているのだろう?

「息はしていないよ。その辺にある空気を使っているから息をしなくても声が出せるよ」

 スライムたちは鼻の穴を作って、空気をお腹に取り込んでお喋りしているから、兄貴とは違う。

「せっかく口が出来たんだから、パエリア食べる?」

「たぶん無理だと思う。口に入れたらそのまま地面に落ちそうな気がするよ。せっかくのパエリアがもったいないからいらないよ」

 ごはんを食べないところはシロと一緒だから気にならない。

 亜空間を港町の海岸に変更して、気分をあげてみた。

「そうだね。キュアがたくさん食べるから残らないと思うよ」


 みんなでフライパンを囲み、それぞれが食べたい分だけ大きなスプーンで掬って食べればいいか、と考えていたが、キュアがみんなによそってくれた。

「「「「「「「いただきます!」」」」」」」

 魚介の出汁のしみたご飯はとても美味しい。

「あたいのお皿にエビが二匹も入ってる!キュアありがとう!!」

「エビも良いけどイカが好きだよ」

「貝をもっと食べたいな」

 精霊言語は必要な時しか使っていないから、こうしてスライムのお喋りをゆっくり聞くのは初めてかもしれない。

 “……私もお喋りに参加したい!”

 魔本が魂の叫びのように強い思念を送ってきた。

 みんなパエリアに夢中で、魔本が何か語っていたようだが気にしていなかった。

 朗読の機能をつければ普通に話せるようになるかもしれないけれど、うっかり古語を話しかねない魔本にお喋り機能を付けるのは時期尚早だろう。

 現代の常識を身に着けた方が良い。

「文字を肉球に変換したように、発声できない音を別の音に置き換えたらどうだろう?」

 さすがケイン。目の付け所が良い。

「みぃちゃんやみゃぁちゃんの鳴き声を当てはめれば良いね。魔本がミャァミャァ言ううちは口をきいてはいけないとすれば、魔本も頑張って練習して、ゆくゆくは本文を現代語に翻訳してくれるかもしれないよ」

 魔本が学習してくれたら、自動翻訳してくれるようになる。

 先にご飯を食べ終わっていた、みぃちゃんとみゃぁちゃんは魔本を挟んで繰り返し鳴き声を聞かせた。

 魔本は発声法を理解していないから、いきなり覚えて喋れるようにはならないよ。

 “カイル!発声の仕組みをメモに書いてくれないか!!”

 魔本は早々に発声を会得したいようだ。

「ごはんが終わってからですよ」

 キュアが母さんの声真似をした。

 おや。みんな声帯模写が出来るようになったのかな?


 後片付けを済ませると、魔本に発声の仕組みを図解説明した。

 魔本は精霊言語で図形を理解できなかった。

 図を描きながら丁寧に説明しないとわからないのだ。

 魔本の頭の固さは魔本に記載されている内容から推測できる。

 魔本には魔法陣の記述があるのに図形は一切なく、全て文字だけで説明されているのだ。

 ぼくとケインは魔法陣の説明を読むだけでは頭の中に?が浮かび、実際にメモパッドに描いて納得するのだ。

 苦労して読み解いた内容がコンパスを使わないで正三角形を描く方法で、二人でガッカリしたもん。

 図形に慣れていない魔本は。その図が何を現しているのかをいちいち説明しなくては理解できないのだ。

 ぼくとケインの二人で魔本を現代語訳にするより、魔本が現代語を理解してぼくたちが知りたいことを翻訳してくれた方が、効率的になる。

 急がば回れ、という訳でスライムたちも協力して魔本に発声を仕込んだ。

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