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本の本懐

「……これはまた可愛らしい文字だね」

 本を覗いたゴイスさんがケラケラと笑いながら言った。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんが立ち上がって伸びるチーズのように細長くなって本を覗きこんで、自分の前足の肉球をまじまじと見比べた。

 スライムたちは、ぼくとケインとみぃちゃんのスライムが自分の絵があることに喜んだが、選ばれなかったみゃぁちゃんのスライムが哀しそうに項垂れた。

「これなら神罰を受けることなく古文書が読めそうだね」

 可愛らしい暗号を解読するためには、現代語で比較できるものがあると作業効率が格段に上がる。

 そもそもこの本は何が書かれているんだ?

 “……私は古代の魔法書です。魔法学校に入学した際の誓約が済んでいる方ならどなたでも読んで構わない本です。現代のように魔法学が細かく分類されていませんでしたから、世界の理に反しない事を誓約すれば誰でも魔法書が読める時代の本です”

 古代は魔法がそんなに自由に学べたのか!

「この魔本が魔法学の本だったなら教科書と比べるだけで解読出来るかな?」

 ケインは動揺するより現実的な対策を先に考えたようだ。

「それはいい案だけど、時代が違い過ぎると流行りの魔法陣も違うから、古い魔法書も貸してあげよう。二人とも上級魔法を学ぶ資格を持っているから貸し出せるよ」

 ゴイスさんがそう言って奥の本棚に探しに行った。

「気になったんだけど、さっきまでカウンターの上に本は乗っていなかったよね」

 “……私が適当な本を見繕っておいたよ”

 それは便利だが、ゴイスさんがわざわざ奥まで探しに行ったのは無駄足なのか。

 “……魔法陣の本はゴイスが持って来る。私が選んだのは神話だよ。祝詞は神話がもとになっているから、解読するには神話と比較した方が良いよ”

「「!!」」

 この言葉はケインも動揺を隠せなかった。

 祝詞を使うのは神学だ。

 教会に忠誠を誓わなくては学べない学問だ。

 “……昔はそんな区別はなかった。魔法学は魔法学だよ。教会の偉い人たちが神々と対話できるわけでもないのに、自分たちの利権を主張するために出来た区分だ。まあ、祝詞の書き換えに何人もの神官が犠牲になったのだから、そのくらい主張したって良いのかも知れないが、何世代も経った現代人が主張するのはどうかと思うよ”

 ごもっともな意見だ。

 神罰が当たらないように魔法陣を改良したのが魔法師で祝詞を改良したのが魔導師だったのか。

 “……昔はみんな魔法が使えたからあえて呼び名なぞ無かった。魔法が使えたら魔法使いだ。名残と言えば、身体強化に魔力を使うことは禁止されていないだろう?”

 ぼくたちは幼少期から使っていた。

「参考になりそうなのを二冊見繕ったよ。……ああ。この本もお勧めなようだ」

 ボイスさんはカウンターの上の本を、何の躊躇も無しに自分が選んだ本と合わせて貸してくれた。

 代金を市民カードで支払おうとしたがポイントは移動しなかった。

 ゴイスさんは愉快そうに肩を揺らすと、管理人の奢りだよ、と言った。

 いつかお会いしたらきちんとお礼がしたい。

 ぼくたちはゴイスさんに管理人さんによろしくお伝えてください、と言って転移した。


 経由地点の亜空間ではシロは現実時間を止められるので、ぼくとケインは魔本とゆっくり対話することにした。

 “……私が見込んだだけのことはあるね。カイルの下僕はこんな短期間で時止めの魔法を会得したんだね”

 シロは話しやすいように妖精型で姿を現し、みぃちゃんとみゃぁちゃんとぼくとケインは、スライムたちを頭の上に乗せ、兄貴も実体化した。

 キュアがその上を飛んで魔本を取り囲んだ。

「ご主人様のお役に立てるように研鑽するのは当然です」

 “……時止めと時戻しは人間はやらない方が良いから、この中級精霊か、あの上級精霊に任せるのが良かろう”

「ずいぶんぼくの状況を知っているんだね」

 “……文字に書かれた情報なら何だって知っている。と言いたいところだが興味のないことは知らん。本気を出せば世界の果てで書かれた文章も見れるかもしれないが、興味のないものに魔力を使いたくないね”

「兄さんに協力する上級精霊について書かれた文章が存在しているのか⁉」

 精霊については情報が規制されていることが多いから、文章になっているなんて意外だ。

 “……辺境伯領主は精霊が関わることはどんな逸話でも書き残しているからな。カイルの存在に気が付いたのも、領主の記録に幼子が上級精霊に関わっているなんて珍しい記述があったから、興味を持ったのだよ。珍しい存在と黒板で筆談するから見つけやすかったよ”

「そんなに小さい頃に見つかっていたのか」

 “……精霊言語をあっさり取得して筆談しなくなったから、何度もカイルに近づこうとしたが、精霊に魔力を奪われるから近寄れなかったのだよ”

「ご主人様が禁止の文字を克服されるまではあなたの存在は危険極まりないですから、当然の処置です」

 どうやらぼくはシロに守られていたらしい。

 “……廃鉱で古代魔術具の魔法陣を解析する時に、猫の足型を使ってメモ書きをしてくれたおかげで、私も真似してみようと思いついたのだよ。魔力で上書きしてみたら出来ちゃったから、早くカイルに見てもらいたかったんだ”

「みぃちゃんとみゃぁちゃんの肉球八個とスライム三匹だから文字数が多いね。メモパッドの落書きを参考にしたのか」

「兄さんの落書きって肉球を全部書いていたのか……」

「可愛いだろ、ちょっとずつ形が違っていて」

「みぃちゃんは所々に茶色が入っていてわかりやすいけれど、みゃぁちゃんは絶望的にわかりにくいよ。いや、肉球は全部ピンクで可愛いよ」

 みゃぁちゃんは自分が役立たずと言われたように感じて悲しげに斜め下を見たので、ケインが慌てて言いなおして、膝に乗せてなでなでした。

 みゃぁちゃんはケインに魔力をもらって機嫌を直した。

 みぃちゃんがぼくを見ている。

 みぃちゃんも可愛いよ。

 結局みぃちゃんに可愛いから、という理由で魔力をあげていたら、スライムたちが順番待ちの列を作り、最後尾にキュアが並んだ。

 キュアはこの亜空間の中で一番魔力を持っているのになぜ並ぶのだろう。

「ご主人様の魔力は特別ですよ。それにキュアは年齢だけならまだ母飛竜に甘えながら魔力をもらっている時期です」

 それもそうか。甘えたいお年頃なんだね。

 魔本がバタバタと暴れ出した。

 これが、ゴイスさんが前に言っていた、本が地団駄を踏んでいる状態か。

「誰よりも長く存在しているのに、誰にも躾されたことのない存在ですね。そうやって我を通そうとするなんてまるで幼児ですね」

 シロの言葉に魔獣たちが魔本に冷たい視線を向けた。

 “……だって私は足がないから並べないでしょう”

 神出鬼没に保管庫から飛び出してくるのに動けないのか?

「浅はかな魔本です。ご主人様に読んでもらうために並べばいいのです。魔力が欲しいという我欲では本であるあなたが動けないのは当然です」

 魔本は本としての存在意義がない事には魔力が使えないようだ。

 魔本はおとなしくキュアの後ろに転移した。

「読まれるためにはどこまでも転移できるのかな?ぼくも転移の魔法が使えるようになりたいよ。兄さんが一人で暴走した時について行きたいじゃないか」

 “……ケインはその黒いのが魔法を習得したら出来るようになるぞ。そもそも転移に近いことを自力でしているだろ”

 確かに兄貴は辺境伯領や港町にも瞬時に移動してきた。

「誰にでも出来るようになったら、私の価値が下がるじゃありませんか。ただでさえ上級精霊様が顔を出したがっているのに……」

 シロが悔しそうに顔を歪めた。

 “……烏滸がましい下僕だね。上級精霊様は、わんこのできないことをなさるのよ。同列のように語らないでちょうだい”

 ぼくのスライムは上級精霊の熱烈なファンだ。

 鼻がないのに鼻息を荒くしたかのようにプルプル震えた。

 可愛いから魔力を多めにあげてしまった。

 みぃちゃんのスライムがどうしたら可愛らしく震えられるか考えているようだ。

 感情豊かに震えるから可愛いのだ。君はまだ初心者だね。

 順番が来たキュアがみぃちゃんのスライムの上に乗った。浮いているから潰していない。

 キュアは眉間を掻いてやるように魔力をあげると喜ぶ。

 目を細めて嬉しそうにする姿は可愛くて癒される。

 みぃちゃんのスライムは自分に目がないから可愛らしく見えない、と考えたのか、キュアの下からすり抜けると、目力、目力、と念じ始めた。

 ケインにも魔獣たちに魔力をあげる列ができていたが、みぃちゃんのスライムに注目した。

 みぃちゃんのスライムは発想力が飛び抜けていて、最初に分裂を考え出したスライムだ。

 “……これがあるから早く仲間になりたかったんだ……”

 本の魔術具は、今まで文章でしか知り得なかったカイルと仲間たちの変化を一緒に体感できることの嬉しさを、精霊言語で過剰なほど送ってきた。

 本が文字情報を軽く扱うような発言があったのだが良いのだろうか?

 目力のイメージを固定化させたみぃちゃんのスライムは、水饅頭のようなボディーの三分の一の大きさで二つのぱっちりした目を作り出した。

「「目が大きすぎだ!!」」

 ぼくとケインの驚きの声にみぃちゃんのスライムはすぐに元に戻ってしまった。

 頑張ったことは認めてあげよう。

 ぼくはみぃちゃんのスライムを手に取ると、よしよしするように撫でて魔力をあげた。

 “……あたいを見てご主人様。あたいも頑張る”

 ぼくのスライムが真似して、このくらいが良いかな、と体のバランスに合った可愛い目を作り出した。

 ……何かに似ている。

 真ん丸なエゾモモンガだ。

 ぼくのイメージ画像を受け取ったスライムは蛍光緑のエゾモモンガに変身した。

「……ごしゅじんしゃま……口があるとしゃべれるようです」

 舌っ足らずではあるが、ぼくのスライムが喋りだした。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんが茫然とした顔でモモンガスライムを見た。

 “……あたし、口があるのに喋れない……”

 精霊言語が使えるから、みぃちゃんとみゃぁちゃんは喋れなくても良いよ。

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