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過保護

「子どもたちの情緒を安定させるのにスライムを飼わせてあげたいんだよね」

 お婆が母さんと交代で一度帰るから父さんに相談してみる、と言った。

 ぼくたちのスライムはグルメに育ってしまったが、基本的にスライムの餌は何でもいいし、抜け毛も飛び散らないし、躾ければお掃除もしてくれるから、集団生活のペットとしては最適なのだ。

 問題はスライム飼育の際のおまるの魔術具の貸し出しの制約を変更できないと、辺境伯領が魔力目当てで孤児たちを強奪したかのようになってしまう。

「砂鼠で良いじゃないか」

 ウィルがポケットから砂鼠を出そうとしたところを、みぃちゃんが猛ダッシュでウィルの手に猫パンチを見舞った。

「ディーが鼠嫌いになった理由を聞きたいかい?」

 精霊言語でみぃちゃんとぼくのスライムからディーの妹の最期の映像を見たケインが、ウィルを奥に引っ張って行って小声で状況を説明した。

 ウィルの砂鼠は可愛いし頑張り屋さんだけど、不衛生な環境に一時期でも居た人には不快な魔獣になってしまうのは仕方がない。

「この子たちに専用に特例を作れば良いのではないかしら。精霊神のご加護を損なう行いをしない、くらいの曖昧な表現にしておけば、心に傷を負った子どもたちへの特別支援らしくて良いでしょう?」

 キャロお嬢様が柔軟な対応策を出してきた。

「素敵な発案ね。特例の人数も明記して他に転用出来ないようにすれば、認められるかもしれないわ」

 お婆がどうせトイレは増設しなければいけないのだからとっとと許可を得てくる、と息巻いた。

「ぼくも特例に紛れ込むことは出来ませんか?」

 ケインに奥に連れられていったはずなのに、聴力強化でもしていたのか、ウィルが叫んでいる。

 ウィルについては微妙なところだ。

 ウィルは味方として積極的に支援を申し出てくれている。

 ウィルは、新しい孤児院の制服と新しい学校の制服を作ってもまだ余り、個人の私服も作れるほどの布を寄贈してくれるようなのだ。

 村の女性たちが喜んでデザインを考えている。

「それは私たちでは判断できない政治的領域なので、お話だけは上にあげておきましょう」

 お婆はこの場での明言は避けた。

 辺境伯領主とラウンドール公爵に任せてしまおうということだ。

「ウィルにスライムを飼育させるかは政治的判断の前に、教育的指導をしてからでいいかしら?」

 支援物資の整理を終えたメイ伯母さんが部屋の隅っこに居るウィルに、調査員を付けるということは監視している事なのだ、とお説教を始めた。

「無罪です。港町に居るのは調査員ではなく本当に商人です。彼はお寿司が美味しすぎて港町に定住するために乾物の仲買人に転職したんです。ラウンドール公爵家は彼から、昆布や干し貝を購入して綿や麻の生地を帝国の輸出用に卸しています。今回は本当に子どもたちの行方を心配して力になれればと先走っただけです。港町にも辺境伯領にもぼくがどうこう出来る調査員は居ません。神に誓えます」

 前科があると疑り深くなる……ウィルがどうこう出来る調査員は居なくてもラウンドール公爵の調査員が居ないとは言っていない。

 親の倫理観が諸悪の根源なんだよな。

「ウィリアム様に肩入れするわけではないのですが、帝国留学を見据えますと、ガンガイル王国の生徒にスライムの使役者が多い方が今後何かと有利だろうと、兄が言っていました」

 オシムもクリスもぼくへの手紙ではエロいことしか報告してこない。

 帝国の魔法学校の勤務医が美人の巨乳で、担架で運ばれたら医務室で鼻血を吹く、といった知っていてもどうしようもないような役に立たない情報を書いてよこすのだ。

 そんな美人さんが独身なわけないだろうし、ぼくが入学する時には転出しているかもしれない情報はいらないよ。

 ボリスの兄たちは妹にはカッコつけた手紙を送っていたようだ。

「ぼくの兄たちは辺境伯領に敵愾心があるのか、辺境伯領出身者の活躍を知らせてくれません。ハロハロが留学予定者に合宿までさせるのは、協調性を身につけさせたいからかもしれませんね」

「やっぱり、カイルは帝国に留学するのかい?」

 末の息子が帝国に留学したきり、帰国していないお婆は心配そうに言った。

「一度帝国に行けば転移が出来るようになるから、叔父さんを連れて帰って来られるようになるよ。ぼくは帰りたくなったらいつでも帰って来られるから心配はいらないよ」

 お婆は少女のように一瞬顔をきょとんとさせてから、鈴が転がるように笑った。

「未来に楽しみが増えるのは良い事だね。ここの子どもたちにもそんな明るい未来が想像出来るようになるように頑張らなくちゃ」

 お婆が力こぶでも作るように腕を曲げて見せると、ウィルの頬が赤くなった。

 ピンクブロンドが好みなのか、二の腕と一緒に揺れた大きなお胸が好みなのか?

 アリサはまだまだ幼児だからお胸は無い。ウィルの本当の好みは年上なのか!

 若返ったとはいえ祖母に顔を赤らめる友人を見るのは辛い。

 いたたまれない空気を換えるためにケインが切り出した。

「それはそうと手伝いに来てくれている里の人も多いのに、お昼ご飯はどうするの?」

 イシマールさんが居ると厨房を任せきりに出来るので誰も知らなかった。


 中庭でご飯を炊く竈に火が入り、ポアロさんと六人の子どもたちが付いて居る。

 どの子も米を炊くのは初めてのようで目をキラキラさせている。

「ぼくたちが初めてご飯を炊いた時もこんな感じで楽しかったね」

「パンが焼ける時やご飯が炊けるときって幸せの匂いがするよね」

 中庭でみんながご飯を食べられるようにイスやテーブルの用意をしていると、イシマールさんが鉄板の用意を始めた。

「焼きそばですか?お好み焼きですか?」

「私、大きなお好み焼きでもひっくり返せますわ」

「いや。今日は誰でも簡単に焼ける、もんじゃにするよ」

「「「もんじゃ?」」」

 見た目が美味しそうに見えないので、もんじゃは自宅で家族としかしたことがない。

「キャロライン嬢もミーアちゃんも知らないのか!」

 キャロお嬢様もミーアも知らない料理だと気が付いたウィルのテンションが上がっている。

「もんじゃに……ご飯ですか?」

 ケインがその違和感に気付いた。

「もんじゃとおにぎりだよ。後はご婦人たちが各家庭のカレーを持って来るから、ご飯だけは沢山炊いておくんだよ」

 残ったご飯は全部おにぎりにしてしまうと片付けが楽だ、とポアロさんの奥さんが言った。

 里の人たちはすっかりカレー好きになり、集まりがあると各家庭の自慢のカレーを持ち寄ってくれるのだけれど、スパイスが苦手な人たちも少数ながらいるので、おにぎりにカレーを無断で掛ける人はいないので重宝するらしい。

 スパイスハラスメントがあるのか。

 もんじゃは見た目は気にしなくても良いけれど、炭火で黒焦げになっては可哀相なので、コンロに土魔法でやけど防止の魔法陣を施し、鉄板には熱伝導を良くして温度調節もできる魔法陣を描いた。

「カイルはなかなか過保護だな」

「父さんやイシマールさんたちがいつもこうやって、ぼくたちを見守ってくれていたじゃないですか」

 幼少期に料理に興味を持ったぼくが使う調理道具には概ね魔法陣が施してあった。

「自分の体と同じ大きさの鍋で、踏み台に乗ってラーメンスープを仕込んでいるのを見たら、誰だって事故防止の魔法陣を考え出すよ」

「カイルってそんなに小さい頃から料理を手伝っていたんですか?」

「兄さんは美味しいものに目が無くてね。とにかくいろんなものを食べられるようにしようとしていたから……笑い話も結構あるよね」

 前世日本人の血が騒ぐのだ。

 青梅の毒を抜くなんて可愛いものだ。

 ふぐはまだ釣ったことがないから試していない。

 危なかったらシロが止めるだろうという余裕があるから、山菜のあく抜きに励み蕨も食べられるようになった。

 わらび餅は家族みんなの好物なんだから感謝してほしい。

「……お砂糖……作っているよね」

 ウィルは自領で穀物の研究をしているから気が付いたのだろう。

「辺境伯領のお菓子の価格がおかしいんだ。砂糖は王都と変わらない値段で取引されているのだから、高価なので流通量は変わっていない。だけど、市中の甘味の消費量は王都より圧倒的に多いよね」

「まあまあ。そこのところは高度な政治的判断が必要なお話になるからもっと偉い人と話してね」

 メイ伯母さんが話をぶった切ってくれた。

 辺境伯領では麦芽糖も水あめも作っている。

 甜菜の栽培も始めているが、それらは砂糖という名前で流通していない。もちろん領外持ち出し禁止になっている。

 最近はお菓子にして持ち出す人も居るので、いずれバレると思っていた。

「メイ伯母さん、もんじゃにするなら例のものが欲しいんだけど……、出来たかな?」

「食べごろになっているのを冷凍してあるわ。ちょっと取りに行こうかい?」

 ぼくとメイ伯母さんは港町に転移してウィルの追及から逃げ出した。

 お餅も欲しかったので自宅に寄ると、昼時にぼくが来ると予測していた父さんが待ち構えていた。

 ポアロさんの中庭でもんじゃをやる、と言ったら、三つ子たちが涎を垂らさんばかりの顔でぼくを見た。

 飛竜の里には前から行きたがっていた。

 キュアより大きい飛竜が三匹も居るので、自分たちの人数と一緒だ、と思いあがった企みをしているかもしれない。

「人数が増えても何とかなる量のご飯を炊いているけど、心に傷のある子どもたちがたくさん居るから、言動には気を付けなくてはいけないよ」

「「「わがままは言いません。意地悪もしません。仲良くします」」」

 三つ子が右手を挙げて誓った。

「あそこにいる子どもたちは、悪い大人に騙されて親兄弟から離されたり、本当に親兄弟が亡くなって孤児になったりした子どもたちだ。お前たちが父さん母さん、と言うだけで泣き出す子もいるかもしれないんだよ」

 父さんの言葉に三つ子たちは俯いて下唇を噛んだ。

「そういう子どもたちは、寂しいのに我慢をしているんだよ。確かに仲の良い親子を見たら切なくなるかもしれない。でも、里の人たちも小さい子どもを連れてくると思うから、泣かせてあげようよ。我慢しないで思い切り泣いても良い日を作ってあげようよ」

 ぼくはこの家族に引き取られて、可哀想な子どもではなく普通の子どもとして接してくれたのが嬉しかった。

 子どもたちが日常に戻る為にも、普通の子どもとして接して、悲しいと感じるならば遠慮なく泣けばいいのだ。

 ぼくたちに出来ることは、泣いても笑っても良い場所を提供することだ。

「そうね、みんなでお土産を持っていきましょうか」

 母さんが賛成してくれた。

 メイ伯母さんがボリスとキャロお嬢様が玩具を寄贈してくれた、と三つ子に告げると、自分たちもお土産を持っていくのだ、と絵本や文房具を搔き集めた。

「父さんの仕事は大丈夫なの?」

「ああ。今日の仕事は明日に回した」

 いつものことだった。

「じゃあ、急いで支度をしてね」

 特製もんじゃの材料をそろえようとしただけなのに、家族全員で飛竜の里に行くことになってしまったよ。

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