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追跡

 ディーが廃鉱から王都の教会に戻った理由付けとして、こちら側の情報を少し流すことにした。

 教会の五才の登録から七才の洗礼式を迎える子どもの人数が王都周辺で減少している調査が入るようだ、実際にそんなことがあるのか、とディーに大げさに教会で名簿を探らせたのだ。

 頭皮発光で拘束された教会関係者の罪状は禁止薬物密輸入だけで、子どもの行方不明の件ではない。

 慌てた関係者をあぶり出す作戦が上手くいったようだ。

 教会内は治外法権でガンガイル王国の法律より教会の規律が優先されるので、ディーに接触してきた神官を教会の外に連れ出す必要があった。

 廃鉱の見学に王太子殿下のそっくりさんが居た。

 どうやら王太子殿下は王都の貧困層支援の財団を立ち上げて具体的に調査しているらしい。

 接触してきた神官が食いつきそうな情報を小出しにして、廃鉱に長く居たので街に出たいと誘いだした。

「今回の見学者が珍しい屋台を引き連れてきたから驚いてね。王都に戻るならこの店に行くべきだと勧められたけれど、一人では入りにくかったんだ」

「教会から出ることはほとんどないから、私も全く知らなかったよ」

 ディーの小芝居は滑らかで、スライムはなかなか上手だったと評価した。

 組織でディーより上層部に居る神官を拘束するための証拠固めは、先に頭皮発光で拘束された教会関係者にラウンドール公爵の自白剤が用いられ、誘拐の関与の疑惑が浮上したようだ。

 ボンクラ王太子を演じているハロハロに油断して、情報をぽろぽろと漏らす文官が居るので、宮廷内の様子はハロハロにつけたスライムが聞きつけた。

 ハロハロは王族スマイルで何も気が付いて居ないよう装っているのだが、公務のほとんどを影武者に任せて、教会関係者に移動制限をかけたり、王宮内の秘宝が紛失したとして王都から出る積み荷を徹底調査させたりして、関係者の逃亡を阻止していた。

 魔法学校のカフェテリアの空いている時間に、これが噂のプルプルチーズケーキか、と小芝居を打つディーがチーズケーキを口に含むと、客も従業員も全員騎士で、二人はあっという間に取り囲まれてしまった。

 お洒落なカフェテリアが、男性だらけの時点で気付くだろと思うけど、そこのところは神官も世俗に疎かったようだ。

 神官はお前が嵌めたのか、とディーに迫るが、ディーはやましいことは何もない、瘴気に侵された廃鉱の浄化という王国のために身を挺して働いて、やっとの休息に食べるケーキを邪魔されるいわれはない、と突っぱねてお茶とケーキを楽しんだらしい。

 茶番でお茶を楽しんだんだ。

 ディーは優雅にお茶を楽しみ、神官に帝国の美味しいお菓子を尋ね、自分の学生時代はお茶一杯を楽しんでいる余裕もなかった、と語った。

 王国の生徒は人生に余裕がある、と平然と語ると、神官に口づけされるかと思うほど顔を近づけられて、貴様舐めとんのか、と怒鳴られたらしい。

「私たちは愚直な神の信徒に過ぎないのです。この王国でどこか、誤解があったようです。ですが、神の御使いを拘束することは何人であっても許されないのですから、どんな誤解があろうと必ず誤解は解けるのです。そうして、私はこの地で疑惑が晴れ拘束が解かれてしまうと、別の地に派遣されることになる。つまり、このチーズケーキを味わえるのはこれが最初で最後なのです」

 ディーは真顔で、神々は私たちの献身をご存じなのだ、神に感謝を、と叫んで茶を啜った。

 孤児院で教えられた通り、神の信徒だと主張することで己の我を通すディーの小芝居は、狂気じみた孤児院の教育の一端を現していて、捕縛に来た騎士にも神官にもディーがこちら側のスパイだと気付かせない迫力があった。

 あの環境を生きのこるには自分に陶酔できる才能がないと難しいよ、というのがスライムの感想だった。

 こうしてディーは神官と共に王国の騎士団に拘束された。

 これはシナリオ通りだ。

 教会の上位者を王国で裁くことは難しい。

 ディーと神官どちらが二重スパイなのかをわからなくさせて帝国に放つのだ。


 今日は一日寮の研究室に籠もるとウィルに伝えてあったので、迎えに来ることは無かった。

 いつもの日課で精霊神の祠に魔力奉納をするのだが、ウィルが居ないことに少し寂しく感じたことに、寒気がした。

「兄さん。疲労がたたっているのかい?」

「毎朝学校に行く前に魔力奉納をしていると、後ろにウィルが居るのが当たり前だったから居ないことで寂寥感を感じたことに、悪寒がしたんだ」

「……うわぁ~…。それは悪寒がするよ。ああ。ぼくが感じていた違和感の正体に、今気が付いて背中がぞわっとしたよ」

「まあ。言わなければ気が付かなかったのに。私も悪寒を感じました。……居ても居なくても存在感のあるウィリアム君はさすがラウンドール公爵子息ですわ」

「ウィルが大人しくしているとは思わないけど、悪いようにはしないんじゃないかという信頼感はあるよ」

 ボリスは子どもたちによろしく、と言って、自分の魔獣カードのコレクションの一部を寄付してくれた。

 初期の木製の魔獣カードは現在プレミア価格になっているが、金銭的価値よりも子どもたちが多少乱暴に扱っても大丈夫だから選んでくれたのだろう。

 その気持ちがとても嬉しい。

 いつもはキャロお嬢様がぼくの研究室を訪れると、男女が……、とうるさい寮監も辺境伯領主直々に研究の邪魔をするな、という一言をもらっていたので、お目付け役はミーアだけで、お弁当を持参して研究室に籠もることが出来た。


 飛竜の里に行くメンバーは、ぼくとケインとキャロお嬢様とミーアだ。

 お嬢様とミーアは女の子用の玩具や、小物を籠一杯詰めてきてくれた。

 女の子の視点があるのは有り難い。

 亜空間を経由しての転移に、キャロお嬢様とミーアはキャアキャア言ってはいたが、ケインと三人手を繋いで楽しそうだった。

 鳩の郵便屋さんでお手紙を出していたので、ポアロさんのうちの中庭に転移すると、ポアロさんが待ち構えていた。

 子どもたちの宿舎の外装は完成しており、朝から村人総出で内装に取り掛かってくれていた。

 イシマールさんは昨晩から来てくれていたようで、主に男の子たちを見てくれており、女の子は母さんとメイ伯母さんが気を配ってくれていた。

 キュアの治癒魔法や光る苔の洞窟の水で子どもたちは健康こそ取り戻していたが、自分たちの置かれている状況の激変に戸惑っている子がほとんどだった。

 イシマールさんとお婆は、部屋分けしたグループ単位で食事や掃除の当番を分けて、たった一日で子どもたちにちょっとした秩序を生み出していた。

 ぼくはメイ伯母さんに必要な追加物資を転移で輸送すべく捕まってしまったので、子どもたちのアイドルと化しているみぃちゃんとみゃぁちゃんやケインたちに子どもたちを任せた。

 ポアロさんご夫婦に、ハルトおじさんから子どもたちの戸籍を用意してもらえること、王都の学校に進学させるのは精神状態が安定するまで難しいだろうから、臨時で学校を開設したいことを改めて伝えた。

 学校を開設すると、外部から教師や教会の司祭か神官が派遣されることなるので、里の人たちが受け入れてくれるように調整を頼んだ。

 面倒ごとばかり持ち込んで申し訳ない。

「申し訳ないことは無いよ。たくさんの子どもたちが来たことを里の人は喜んでいるよ。里に学校が無かったせいで、子どもたちは年頃になったら町の学校に通うようになるが、大人になると半数以上が里を離れてしまう。みんな寂しかったんだよ。あの子たちを笑顔にすることに喜びを見出しているんだ」

 飛竜の里の人たちが子供好きだというのは里の祠巡りをしている時に、ぼくたちに優しくしてくれたことからからわかっていた。

「この子どもたちも大きくなったら里を離れるだろう。だけどいつかこの子たちの子どもや孫がこの里を訪れてくれたらと思うと、この里が存在している意義があるじゃないか。それだけ時間が経過してもまだ厩舎の飛竜は独り立ちしていないんだよ」

 やっぱりこの里の人たちの時間感覚は普通じゃなかった。

「教会関係者は年に一度は訪れてくれている。常駐してくれるのならば里の人たちは喜ぶよ」

 ポアロさんと教会と学校を立てるならどこが良いかと話し合っていると、ちびっこ飛竜と遊びに行っていたキュアが戻ってきた。

 “……早馬で()が来た!”

 里の人も知らせに来た。

「やはりカイル君が先に来ていたんですね。()()()が早馬で駆けつけてくれましたよ。王都を朝出発して昼前に着くのだから、馬に癒しをかけながら休みなく飛ばしてきたに違いないね」

 ぼくがどうやって里に来たのか聞かない里の人たちは、子どもたちの存在が秘密だからこそ聞かないでいてくれるのだろう。

 お友達の名前を言わないけれど、思い当たる人は一人しかいない。

 ウィルが来るのは構わないけれど、彼が来るということはラウンドール公爵家の調査員もいるだろう。

「付添いの人もいるんでしょう?」

「どうやら遅いからと、途中で振り切って来たようです。里に入る前に他言無用の誓約書を書くので入れてやってほしいと言っていますが、族長、どうしましょう?」

「誓約書を書くのなら入れてやろう。ラウンドール公爵家に恩を売るのも悪くないよ」

 ラウンドール公爵は高値で飛竜の鱗を購入してくれる上客のようだ。

 魔術具オタクだから素材にもこだわりがあるだろう。


「やっぱりカイルは先に来ていると思ったんだ」

 ウィルはいっさいの説明を省いて、子供服の古着を集めると目立つかもしれないからと、支援物資は制服を仕立てられるようにと生地をたくさん集めたんだ、と話を進めていく。

「荷物は後からゆっくり来るから、足りないものがあったら教えてくれれば追加できるよ」

 鳩さん郵便は便利だね、とまるで昨日から話を聞いていたかのように言った。

「ちょっと待って。廃鉱でディーの組織が連れ去った子どもたちを保護する話はしたけれど、どこで保護したかは言っていなかったよね」

 子どもたちを保護した後は瘴気の発生源の浄化をすぐにしたので、詳しい話をウィルには全くしていなかった……はずだ。

「孤児院から救出するなら一人二人のはずは無いから、預け先の候補は辺境伯領が一番の候補地だったんだけど、気候の差を考えると弱っている子どもを保護する先ではないだろうと考えて、港町か飛竜の里だと踏んだんだ。港町でメイさんが食料と子供服を集めている情報はあったけれど、屋敷に人の動きはなかったから、飛竜の里で保護してメイさんが支援物資を集めていると予測してきたんだ」

 ご明察だ。

「正解だけど、推測だけで行動してぼくが居なかったら無駄足じゃないか」

「無駄なことは何もないよ。ここに来れば確実にぼくの知らない情報を仕入れることが出来るんだ。王都からイシマールさんの飛竜が居なくなっていたんだから、新情報はここにあることは間違いないんだよ」

 ウィルは爽やかな笑顔で言い切るが、実家の調査員をフル稼働させたのだろう。

 メイさんの自宅にラウンドール公爵家の調査員が張り付いていなければわからないであろう情報をサラッと口にしたのが怖かった。

 この世界にプライバシーという言葉を定着させなくてはいけない。

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[気になる点] 人の髪の毛にスライムを忍ばせておいて、「この世界にプライバシーという言葉を定着させなくてはいけない。」はこわい
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