邪気
ディーから詳細を聞いていたハルトおじさんとハロハロは、子どもたちの救出は一刻も早くしなければいけなかったことだと認めてくれた。
「おいおいおいおい……破壊したのか……建物ごと破壊したのか……」
「うわぁ、転移できるんだ……うわぁ、隠してたんだ。おじさんショック…」
「仲良くしている精霊が居るなんて簡単に言えないでしょう」
ハルトおじさんはぼくの予想を超えた方向に反応した。
確かに小さい頃から何でも一緒にやって来たけれど、精霊に関することは秘密が多い。
「そりゃあね、血筋的に王家が精霊に好かれていなければいけないのに、この体たらくなのだから仕方ないですよ」
何処か吹っ切れているハロハロは、王太子の対立候補だったハルトおじさんを同類に巻き込んだ。
「ここでなぜか聞き役になっているぼくだって辛いですよ」
朝からカレーを流し込むように食べているボリスがぼやいた。
「ボリスは帝国留学組な上に、スライム所持の貴重な戦力じゃないか。帝国との速やかな情報交換の上でボリスは欠かせないのだから頑張ってね」
国境を飛び越える鳩さん郵便が許されないのなら、地上によるスライムネットワークを活かしたいのだ。
「なに。子どもたちに戸籍を与えるのは問題なく出来る。親族に教会関係者も多いので、過去の記録も用意できる。外国籍でも旅商人の子として対応出来るよ」
移民の子どもに国籍を持たせる手段があるから任せておけ、とハルトおじさんが請け負ってくれた。
良かった。
頼って良い大人だった。
「問題は帝国に抵抗する組織なのに、やり方がえげつない事なんだ。正直に言うと、ガンガイル王国は帝国を転覆させたいわけでも国土を広げたいわけでもない。だが、帝国の末路がガンガイル王国に与える影響は計り知れないのだ」
ハルトおじさんは帝国が末期の大国病に罹っていると推測している。
帝国は明らかに支配区域に十分な結界を巡らせることが出来ない。
それでも国土を拡大し続けなくてはいけない理由を王国は把握できていないことを、ハルトおじさんは問題視している。
「精霊たちは明言しませんが、世界の理を犯す存在に警戒しています。これはぼくが知ることが出来ない過去の出来事が影響しているようです」
「ああ。王家の申し送り事項に心当たりがあるよ」
本気にしていなかった伝説だとして、伝承の一端を教えてくれた。
世界の不条理は世界が崩壊すれば淘汰されると信じた古の神が、神々に反旗を翻し滅ぼされた神話だった。
封じられた神の名を現す文字も魔法陣も封印され、人々は文字と言葉と魔法を失った。
封じられた神は石の欠片となって地上に降り注ぎ、人々にあらゆる厄災を引き起こしたとされている。
建国王の子孫、ガンガイル家当主がガンガイルの地に落ちた邪神の欠片を封印した、とされていた。
世界各地に封じられた神の欠片を管理する王族がおり、協定を結んでいた時代もあったが、時と共に同盟は形骸化し、戦争以外でも統廃合される王家もあり、全ての邪神の欠片を追うことは出来なくなってしまったらしい。
「私だって辺境伯領主が王家の本家で、封じられた邪神を、邪気と呼んで管理していることは知識として知っていた。だけど、それは本家らしい逸話を盛っているように考えていたんだ」
そう言った齟齬を埋める意味でも、本家との婚姻関係を持続していたのに、辺境伯領主じいじの妹姫は病に伏してしまっているとのことだった。
王宮は伏魔殿か。
側室制度が無ければ血が濃くなりすぎるし、王宮の奥さんたちの実家の介入により血で血を洗う抗争になってしまったのだ。
「そんなにたくさん奥さんを娶って子どもを作るって、あんな危険な魔術具を使うための人身御供を育てる意味もあるんですね」
王族しか使用出来ない、使用したら使役者が死ぬ魔術具だ。
本音をぶち込んでくるケインの言葉のナイフは切れ味が鋭かった。
「王族の末席に生まれると、そういう王族教育を受けないとは言えないな」
「本来ならば魔術具の属性に沿った人員が配置されるべきだったのですが、属性不足で命拾いをしたことさえ実績として継承されていたのかもしれませんね」
全属性ほど死にやすい王家って危うすぎる。
「ぶっちゃけ全属性の魔法が使える貴族って……」
流石のケインも言葉を濁した。少ないのですね。
「ああ。辺境伯領で飛び級している生徒、つまりほとんど全員なんだが、偏りはあっても全員全属性の魔法を使える。数年前から魔法学校では公然の秘密だ。辺境伯領まで調査にいったものは、見たもの以外は信じられないようなことを言うのだ。現領主エドモンドこそ王にふさわしいというものさえ出てきているんだ」
あのじいじを国家元首にしてはいけないよ。
「得意不得意はあっても、使える属性は増えますよ。秘密でも何でもないです。魔法学校の授業にも取り入れられましたから、数年後には成果が出ますよ」
「「七大神の祠巡りか」」
ぼくとケインとボリスが頷いた。
「ぼくたちは五、六才から魔力奉納がご加護を増やすと信じて熱心に祠巡りをしてきました。洗礼式で鐘を鳴らして、七大神の役で踊ることは子どもたちの憧れです」
「洗礼式で鐘を鳴らすのは平民の子どもか、自宅に司祭を呼ぶ資金力のない下級貴族の子どもだけだろう?」
ぼくたちは顔を見合わせた。
ぼくたちは平民だし、ボリスは比較的裕福な地方貴族の名家だが、かなり庶民的な家風だ。
食堂を見回せば、キャロお嬢様が焼き魚定食にカレーをつけたトレイを持って窓際の特等席に移動しようとしていた。
キャロお嬢様は朝からがっつり派だった。
ケインが手を振ってこっちに呼んだ。
「ごきげんよう。ハルトおじ様。ハロハロ。お刺身定食は王都ではこの食堂でしか召し上がれませんもの。わざわざ足を運ぶ価値はありますわ」
内緒話の結界をもう一度張りなおしてキャロお嬢様に概要を説明した。
「辺境伯領がどのような疑惑を持たれても、領分を越えた主張は過去にもしたことがないことを強調すれば問題ないですわ。辺境伯領が歴史において領地を増やしていないが、いざという時は調停役になっていることを、おじい様も主張しているので、王家排斥派に利用されることは無いですわ」
負傷した騎士が飛竜の里に療養することに苦言を呈する人こそ、やましいたくらみがあるはずだから暴き出せ、とハルトおじさんを焚きつけた。
「私を王家に嫁がせまいとする抵抗力を感じることがあります。わざと失態をするように騎士棟の私のロッカーに細工をしたり、実験器具にいたずらしたり、痕跡の残る無様な小細工を下級貴族の新入生にさせて、私に学校側に抗議をさせて、身分差を笠に着て虐めをしている、と噂しようと企んでいたようです」
キャロお嬢様は相手の策略にハマることなく、脅されて細工をした下級貴族を逆に保護して熱烈な信者たちを量産していったらしい。
初級、中級学校は掌握済みですわ、とキラキラした笑顔で言った。
お友達が出来ないのは裏ボスだからなのではないのか?
「王家に嫁ぐ嫁がないは、時期が来たら両家で話し合うことです。婚約者が軟弱者だったら鍛えなおして差し上げますし、あわない方でしたら破談にするだけです」
キャロお嬢様はハロハロの前でも言葉を選ばない。
じいじは自分で嫁を見つけたのだ。
キャロお嬢様にはそれが出来ると思う。
「まあ。私の話が先になってしまいましたが、貴族はそういう生き物なのです。誰かの足を引っ張って自分の地位を固めにようとするから、教会で子どもの洗礼式をあげることはしませんよ」
洗礼式で子どもの全てが決まるわけではないけれど、教会で司祭に宣託されるより個人の屋敷で宣託を受ける方がその後の話を盛りやすい、まして教会の鐘の音が鳴らないなんてことになったら子どもの未来は真っ暗だ、と見栄を張る文化があると説明してくれた。
「辺境伯領でもそういった傾向はありましたが、マークとビンスは対照的な貴族の子どもとして、辺境伯領内で話題になりましたよ」
マークは王都でも名の通った伯爵家の直系男児(本人は分家だと思っているが跡継ぎ候補らしい)ビンスは地方の下級貴族代表のような立場で、二人そろって同じように鐘を鳴らし七大神の踊りを踊り、魔法学校で大活躍したのだ。
家柄や血筋など関係なく、教会で良い音で鐘を鳴らした子供は出世するのでは、と噂になったお蔭でキャロお嬢様が教会の洗礼式に参加することに反対意見はなかったようだ。
学習館で洗礼式の踊りの練習をしていたのに、本番には参加できないと子どもたちが知ったら怒り狂うだろう。
「たった数年の間に風習が変わっただけなのか」
「教会側は上位貴族が一般の洗礼式に参加するのを歓迎しているようではない、と伺っています」
控えめなミーアが大事なことだから、と母親から聞いた噂を教えてくれた。
個人の邸宅で行われる上位貴族の洗礼式で教会関係者は謝礼で潤っていたのが、辺境伯領では個人で司祭を呼ぶことが無くなったので、気を利かせて教会に寄進をする新たな習慣が出来たようだ。
自分の子どもを七大神役に指名してほしい下心があってのことだが、魔力が少ないのに大神役を踊ると魔力枯渇で倒れることになって危ないのだ。
「上位貴族の子どもだからという人間の驕りで、七大神の祠巡りや洗礼式で魔力奉納の踊りもせず、神の記号を用いて魔力を行使するだから、全属性の魔法が使えなくなるなんて当たり前でしょう」
キャロお嬢様はケインよりストレートに言い放った。
「……ぐうの音も出ないよ。息子を鍛えたら、お嫁さんに来てくれるかい?」
「五才の息子の心配より、ご自身の進退を心配なさった方がよろしくってよ。三つ目の課題は頂けましたの?」
「ああ。なかなか難解だと思っていたが糸口が見えたよ」
ハロハロは晴れやかな笑みを見せた。
課題は属性がらみのものだったなら、今日の話を実行すればいいだけだ。
キャロお嬢様は王家の話はここで打ち切って、飛竜の里の話に話題を変えた。
「レポートは夜中に自室で書き上げますから、日中は研究室に籠もっているふりをして、飛竜の里のお手伝いに行きたいですわ」
考えることは同じだった。
ボリスは帝国留学の合宿があるので別行動になってしまうが、子どもたちのために何かしたいと言ってくれた。
朝食を終えるとハルトおじさんとハロハロはそれぞれの仕事に戻っていった。
ハロハロの髪の毛でスパイ活動をしていたスライムの分身を交代させた。
ハルトおじさんにはハルトおじさんのスライムがいつも一緒に居るから、スパイを送り込むのは諦めた。
戻ってきたスライムは、ぼくのスライムと合体して魔力を補給していたので、スパイに出した分身スライムの継続的な魔力補給が当面の問題になりそうだ。
“……ご主人様。ちびスライムを、亜空間を経由して交代させることなら誰にも気付かれずに実行できそうです”
それならディーに張り付いているスライムも交代させよう。
ぼくのスライムから分裂した交代するスライムにたっぷり魔力をあげてから、シロに入れ替えてもらった。
スライムの報告によると、王都の教会に戻ったディーに組織の接触があった。




