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頼りになる存在

「何でも一人でどうこうしようとしないで少しは人を頼れ、ということだ」

 子ども用の低い椅子で優雅に足を組んだ上級精霊は学習机を人差し指でコツコツと叩いた。

「いや。何でも一人で勝手にやってるみたいだけれど、暴走したのは子どもたちの救出だけだよ。あんな環境に一日でも長く過ごすことになるなんて見過ごせないじゃないか」

 上級精霊の手助けを願う時は、自分が死ぬか生きるかの緊急時に願うことで、自らトラブルにツッコんでいったのに上級精霊を召喚するのは何か違う気がしたのだ。

「カイルとディーが接触した時点で、帝国のあの組織をカイルが許さないのはわかっていたから呼ばれるのを待っていたのだ。あの孤児院で生きのこった子どもは帝都の魔法学校に進学したらディーと同じようになるが、ほとんどが地方の魔法学校で資格だけ取らせて暗殺者に育てている。請負の仕事を多くさせてから、顔を潰して帝国内の要人に成り代わらせている。お前の両親を殺した彼は、人殺しの才能しかないから成り代わりにはなれなかった。今でもどこかで誰かを殺しているよ」

 優雅に足を組み替えた上級精霊は、ぼくが望めばいつでもあいつを殺せると言外に伝えている。

「あいつが死んでも、あいつの代わりはいくらでもいる。そういう環境を撲滅しなければ、個人的懲罰ではぼくのような思いをする人が続いてしまう。今回はあのシステムの一番下を破壊したに過ぎない。そしてあの組織は不毛の地を生み出している帝国に抵抗している組織なんだ。ぼくには何が正解なのかわからないよ……」

「兄さん。不毛の大地は神々の約束を守らなかった人間の因果だって、古書に記載されていたよ」

 地脈に関する文献を読み漁っているケインならではの着眼点だ。

「あはははははは。さすがカイルの弟だ。私がここに居る理由もまさにそれなんだよ。人の子の暮らしなど、我ら精霊には関係がない。人の子だろうと魔獣だろうとこの世界に生きるものが世界の理に則って生死を繰り返し、魂の練成をなしているだけだ。世界の理に則っているのは精霊たちとて同じなのだ。だがね、流れに逆らうように数千年の規模で世界の理に逆らおうとするものが現れる。いずれ神々の鉄槌を受けるだけなのだが、世界の有り様が文字通りひっくり返ってしまうのだ。まだ、しばしこの世界の行く末を見てみたい神々が、止めれるものなら止めてみよ、と私をお遣わしになった。カイルを駒として探していたのは私の方なのに、お前はいつまで経っても私の手に落ちてこない」

「落ちる果実は熟しているからです。ぼくはまだまだ青梅です。世界の理の一端さえ理解していない。そんなぼくがただ一度ととはいえ上級精霊召喚するなんてあってはいけないことだと思うのです」

 幼児にスーパーカーを与えるようなものだ。

「いや。カイルは世界の理の一端を掴んでいるよ。お前の疑問を声に出してごらん」

「……神様は身に余る力を与えない」

 光る苔の洞窟で感じた疑問だ。

 ぼくたちが食べた光る苔の塊はキュアが食べたものより小さかった。

 だとしても、誰もキュアのように巨大化するほどの魔力を得ていない。

 神々はこの世界の生き物に、己の器以上の魔力を与えないのではないか、と考えたのだ。

「間違いではないが、あり得ないわけではない。それが世界の理だからだ」

「蟻に象の力を与えても、蟻の一撃が象の一撃ほどの衝撃あったとしたら、蟻の体は反動に耐えることができないからですね」

「当たらずとも遠からずだ。カイルは魂の練成時の記憶に縛られて『物理の法則』から思考が逃れられないのに自由な発想をする。その両方が成り立つのがこの世界の理なのだ。蟻が象の一撃を放っても蟻は反動に耐えられる。」

 ぼくが常識を捨てなければいけないのか。

「ぼくたちが光る苔を食べてもキュアのようになれなかったのは、ぼくたち自身が限界を決めてしまっていたからということですか?」

「そうでもあるし、それ以外もある。魔法は無から生まれることは無い」

 上級精霊の言い方には含みがある。

 素質が無ければだめだとも聞こえるが、素養がまだ伴っていないともとれる。

 魔力を持たないものがこの世に無いのだから、努力次第でどうにでもなる気が……。

「全く魔力を通さないものは、この世界の理から外れているのではないですか?」

 話が飛んだのにケインは違和感なく黒い布を思い出したようだ。

 上級精霊はぼくの思考を遮る魔力ボディースーツを簡単に無効化するからここでは思考を遮っていない。

 ケインは魔力がない素材だから魔力を通さないのではないかと考えている。

「世界の理からは外れていない。魔法を通さないものが必要だから生まれた、魔法を通さない魔法にかかっている状態だ」

「「魔法にかからない魔法があるのですか!!」」

「神々に魔法の攻撃が効くと思うかい?」

 神々は魔法を無効化できるのか……。

「魔法自体が神様にお願いして行使しているのだから、当たり前ですね」

「不毛の地は魔力も精霊素も少なくなっているので、その辺りが産地なのかと考えたのですが、違っていたようですね」

「無から生まれることは無いよ」

「あの布はあのつるはしの素材を抑え込むために特別に進化した植物からできているのだよ。つるはしはエドモンドに任せておけば悪いようにはしない。お前たちが幼少期に被った布もエドモンドが管理する石の封印の魔術具の補強用のものだった。お前たちに遠からず縁があるのか、安心安全な世界を目指すから遠からずかかわることになるのか、私にもわからない、神々の領域だ」

 ぼくが目指している世界は家族や親しい人たちが安心安全に暮らせることで、それは世界が平和でなくては得られない。

 世界の理を乱す『あれ』と呼ばれるものは精霊が干渉できないものなので、上級精霊でも説明も予見も出来ないとのことだった。

 世界各地に点在していて、それぞれの地の王家が管理していたが、帝国の台頭に伴い消失した王家から流出したと推測できる。

 諸悪の根源が帝国の台頭に由来しているように見えるのは、ぼくが帝国国民ではないからなのかもしれない。

 違う視点から見てみないと正義なんてわからない。

「多角的に判断しようというのは間違いではない。だから偶には私を呼びなさい」

「一回しか来てくれないのにですか!」

「義務で出向くのは一回だが、こうして何度も会っているだろう。必要があれば応じるぞ」

 そんなお友達感覚で良いのだろうか。

「人と精霊は本来そう言った関係だ。お前たちの弟妹が妖精と付き合っているようなものだ。何の契約もなく気に入ったからそばに居るだけだ。いくら妖精がどんくさくても赤ん坊に捕まったりしないだろう」

 アリサたちの可愛さに妖精の方が捕まりに来たのか。

「そこの考えなしだった精霊たちのような干渉をはねのけたかったのだろう」

 シロは妖精型になり、ぼくの背中の後ろに隠れた。

 黒歴史を何度も持ち出されるのは、いたたまれないよね。

「上級精霊さん。ありがとうございます。シロたちの上司のような方だと思っていたので、気軽にお呼び出来ないと考えていましたが、相談に乗ってもらえると思うと心強いです。勢いだけで救助しちゃった子どもたちのことや、瘴気で心を病んでしまった騎士とか、助からない方が良かったなんて本人が考えていたらどうしようか、と気がかりなことばかりだったのです」

 上級精霊は穏やかに、ふふ、と笑った。

「カイルの判断は結果だけ見たら間違いないよ。子どもたちはあのままでは半数以上が死んでしまったし、あの騎士の家族は廃人でも生きて帰って来たことを一瞬でも喜んだ。今後の彼が家族の負担になることになっても、一瞬でもよかったと思えたことは真実だ」

 まあ、そこまで悲観的にならなくても彼を飛竜の里に連れて行けば心穏やかな人格になるぞ、と上級精霊は言った。

 精霊がたくさん居るから心が落ち着くのか!

「兄さん。子どもたちの避難場所としても最適だったんだね」

「戸籍の問題も大人たちが何とかするから、カイルはお得意の子どもたちの教育を考えたら良い」

「飛竜の里に初級魔法学校があればいいのにね。里の人たちにも学び直ししたい人がいるだろうし」

「コートニー先生の赴任先が無くなったけど、教会所属じゃあ無理かな」

「そこのところはハルトおじさんに聞いてみよう。ハロハロを避けたいのだったら王都より地方勤務の方が先生も喜ぶかもしれないね」

 ぼくたちは子どもたちにどんなことをしてあげられるかを話し合った。

 明るい話題は心の栄養になる。

 ぼくとケインは表情も穏やかになりやる気に満ちてきた。


 上級精霊は兄貴のコサックダンスが気に入っていたようでリクエストをしたら、上級精霊の熱烈なファンであるぼくのスライムが足を伸ばしてチャレンジした。

 ぷっくりしたボディーに細長い足を出して腕組してちょこまかと踊る姿は可愛くって、上級精霊を爆笑させた。

 兄貴にコサックダンスをいつ覚えたのか聞いたら、ぼくが小さいときに下半身の身体強化の練習でやっていたらしい。

 がむしゃらに体を鍛えようとした時期があったけれど覚えていない。

 兄貴ほど素早く踊れない気がしたので、練習していたら真似したケインの方が上手かった。

 負けず嫌いなぼくたちは、そうこうしている間に、上級精霊の前で三人揃ってコサックダンスを披露していた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんも負けじとチャレンジしている。

 キュアは上空で短い脚を交互に出している。

 それはそれでとても可愛い。

 ……飛竜の里の孤児たちにも見せてあげたいな。

「カイル、ケイン。人生を楽しみなさい。君たちの幸せがみんなを笑顔にする」

「「はい!!」」

 ぼくたちが元気よく返事をすると、亜空間から本物の寮の部屋に戻っていた。

「なんだかんだで、楽しかったね」

「そうだね。朝からたくさん動いたからお腹が空いたよ」

 ぼくたちは汗もたくさんかいたので、朝風呂を浴びてから食堂に向かうことにした。


 食堂にはハルトおじさんとハロハロがお刺身定食を食べていた。

「「おはようございます」」

「えらくたくさん食べるんだな!」

 ハロハロがぼくたちのプレートを見て驚いたように言った。

 ぼくとケインは、焼き魚定食に納豆と生卵、ご飯大盛りなので育ち盛りとしてはそれほどでもない。

 ボリスはこれにカレーもつけている。

 納豆カレーは好みが分かれるよ。

「それ程でもないですよ」

 ぼくは勧められた席に着くと内緒話の結界を張った。

「難しい話をしに来たわけではないんだ。本当にここで朝食を食べたかっただけなんだ」

 ハロハロは王族スマイルでそう言った。

 その笑顔は朝食以外にも報告することでもあるのだろう。

「一夜明けた護衛騎士は昨日のことを忘れていた」

「それは良かったですね。後遺症はどうでしょう」

「情緒不安定なところがあって、しばらく休職になる。なにぶん症例がないので復帰の見通しはたたない」

「それでしたら提案があります。飛竜の里で療養してみるのはどうでしょう」

 飛竜の里は精霊が多いので、気分が落ち着くことを説明した。

 ハロハロは飛竜の里の精霊を実際に見たので納得はしたが、宮廷内で辺境伯領が廃鉱を乗っ取ろうとしているとの噂が立っていて、独立自治領とはいえ辺境伯領に近い飛竜の里に療養させるのはどうか、という意見が出た。

 自分たちで出来なかったことを処理してもらうと陰謀を疑うのか……。

「飛竜の里に45人の孤児をかくまっているのですが大丈夫でしょうか?」

「「……」」

 どうやら爆弾発言だったようで、二人とも黙り込んでしまった。

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