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最善策とは

 瘴気は人の負の感情に入り込んでくる。

 VRで訓練したときは心拍数や冷や汗で判定して死霊系魔獣が襲ってくる設定の子ども用でキモ可愛い死霊系魔獣に設定にされていた。

 ハルトおじさんの護衛騎士の瘴気を払うことは出来たが、彼は腰を抜かしたままで、目の焦点が合っていない。

 恐怖体験だけ忘れることは出来ないのかな?

 マナさんの精霊は、若返ったお婆をチラ見して一目ぼれした騎士からお婆を見た記憶だけを消せた。

 “……ご主人様。まだやったことが無いので、記憶を消しすぎるかもしれません”

 彼の人生の大切な記憶まで消してしまったら人生が狂うな。

「キュアの癒しでもなんとかならないのかな?」

「症例がないから何とも言えないが、瘴気の精神汚染は癒しではおそらく治らないだろう。そう言えるのは、お喋りなやつが精神汚染される状況を説明しながら死霊になったことがあったからわかっただけだ。今まで瘴気に侵されたら殺すしか選択肢がなかったのに殺さずに済むのは、俺たち周りの精神衛生上にも良かったんだ」

 辺境伯領主は背負っていた掃除機型の魔術具をハルトおじさんに返し、口の端から涎を垂らしたハルトおじさんの護衛騎士を背負った。

 自身の護衛騎士が止めようとしたが、護衛のお前が背負っては護衛にならない、自分が運ぶのが一番合理的だと言った。

 今日一日のことだけ忘れる薬が出来たらいいのに……。

 ぼくはその場に座り込んで、ポーチの中にサンプルの素材だけ入れていました、という(てい)で小分けされた薬草を取り出して錬金術で調合した。

「新薬ではありません。強力な痛み止めなのですが、副作用が記憶障害なのです。服用前後の記憶が無くなることがあるので、副作用に期待して服用してもらいましょう」

「ああ。酒の飲み過ぎのように一時(いっとき)の記憶が無くなる程度の副作用だったはずだ。早く飲ませよう。時間がたつと記憶が消えないかもしれない」

 辺境伯領主が知っていた薬だったので、素早く処置することが出来た。

 瘴気にやられた騎士は勧められるがまま薬を服用すると、うつらうつらと、瞼が重くなり、強張っていた体も脱力してきたので辺境伯領主が再び背負った。

「……これが…、瘴気と戦う現実なのですね」

 ウィルが真面目な顔で言った。

「ああ。君の領地でも瘴気と戦う騎士たちが居るはずだ。労ってやると良い」

「はい」

 王国に甚大な被害を与えた瘴気の発生源を浄化したのに、ぼくとウィルの表情は晴れなかった。

 やり遂げた達成感より、なんだかほろ苦い思いをかみしめた。

 瘴気を発生させていたつるはしは繭の魔術具が張り付いていたので直接見ることはかなわず、新型の手榴弾の魔術具は瘴気を引きはがすことは出来ても心は守れなかった。

「顔を上げろ、お前たちはよくやった。瘴気にやられたらたとえ親でも子でも殺すしかなかったのだ。亡骸は何一つ残さず焼き尽くすしかなかった。あのまま行けば髪の毛一筋さえ遺族に渡せないのに、こいつは生きている。まずはそれだけで大成功なんだ」

 騎士を背負いスケートボードを漕ぎながら辺境伯領主が語る内容に、ハルトおじさんと領主の護衛が頷いた。

 ぼくたちの疲労感を癒す言葉ではなかったが、これが現実だ。

 瘴気による精神疾患が問題ならば、瘴気にやられない防具を開発すればいいだけだ。

 ぼくがそう決意すると、ウィルがようやく微笑んだ。

「何を考えているんだい?」

「瘴気に負けない魔術具を考えていたんだ。課題が目の前にあるんだ。考えなくてはいけないのは、どうやって乗り越えるかだよ」

「ああ。そうだな。新たな課題が積みあがっただけだ。私たちの戦いは終わっていないんだ」

 ハルトおじさんがぼくの肩を叩いた。

「ウィル。次の目標が決まっただけだよ。ぼくたちは一歩一歩、着実な歩みを続けるしかないんだ。ぼくが今回使った魔法陣は、全て先人が考えた物の組み合わせを変えただけだけなんだ。ぼくたちの研究が今すぐ成果を出せなくても、記録を残せば跡を継いでくれる人が出るかも知れない。ぼくたちの今日に成果があったのは、十数年にわたる研究所の活動の上に出来たようにね」

「……わかっているよ。伝説の魔術具をケインが読み解いたのは、年代別の魔法陣を理解していたからだ。古きを学んで新たな魔法陣に応用する。見た目の派手さに囚われていたぼくは反省しきりだよ」

「難しいよね。魔法陣には時代の流行りと個人の属性に合わせた癖がある。有名な人だと属性の推測も出来るけれど、一部にしか名の知られていない人の魔法陣は難解だよね」

「カイルの魔法陣が既に難解だよ」

 ぼくたちが反省会をしながらエントランスにたどり着くと、英雄を迎え入れる歓声が轟いていたので、ぼくとウィルは表立つのを、掃除機型の魔術具を背負ったハルトおじさんと、瘴気にダウンした騎士を背負った辺境伯領主に任せて、後ろからこっそり戻った。

 ケインとキャロお嬢様と少し遅れてボリスが外周を回ってぼくたちのところに来た。

 ぼくとウィルは詳細を何も言わなかったけれど、意識のない騎士を辺境伯領主が背負ってきたことで理解してくれた。

 ぼくたちは小さい頃から災難に遭うことは多々あったが、全員怪我無く帰ってきた。

 キャロお嬢様やボリスも現実を甘く見ていた訳ではないけれど、けが人や死人が出てもおかしくないんだと感じたようだ。

「お帰りなさい。そう言えることが嬉しいよ」

 ケインの言葉にぼくとウィルは笑顔になった。

「「ただいま」」

 国王陛下のそっくりさんへの報告は大人たちに任せてぼくたちは宿舎に戻った。


 ぼくは一人でのんびりしたいから、と皆に言いおいて露天風呂に入って頭を休めた。

 一人で、と言ったのに、スライムが露天風呂で浮いたり沈んだりしている。

 みぃちゃんとキュアは魔獣風呂以外許可が出ていないのに、スライムは抜け毛がないせいか一般のお風呂の入浴を認められている。


 …反省することだらけだ。


 勢いだけで行動してしまったので、やらなくてはいけないことが山積みなのだ。

 まずは寮に戻ったら、論文を仕上げていることにして、飛竜の里に行こう。

 やるべきことの順番を決めてお風呂を出ると、イシマールさんがおにぎりを持って散歩に誘ってくれた。

 露天風呂の少し先の方まで散策すると、覗き魔対策の魔術具のシロがパトロールをしていた。動きがまだぎこちなくて、本物の犬とは言い難い。

 ほくは犬型のシロをイシマールさんに躾けてもらったことを思い出して、くすっと笑った。

 結界の端まで来ると倒木に清掃魔法をかけて二人で腰掛けた。

「こういう日は簡単で馴染みのある飯が良いだろう」

 今日の詳細は何も話していないのに、察してくれた。

「瘴気を追跡する魔術具を検証してから、カイルとケインの魔力の雰囲気が変わった。たった一日で変化しなくてはいけない状況だったのだろう。今日はゆっくり休んだら良い」

 梅干しのすっぱさがイシマールさんに相談すべきことを思い出させた。

「イシマールさん。飛竜の里に洗礼式前の子どもを45人も保護してもらったのですが、無事に洗礼式を受けさせるためにはどうしたらいいでしょうか?」

「45人の子どもって……上級魔導師が王都に行ったきり戻ってこない件がかかわっているのか」

 イシマールさんにシロが亜空間を経由して転移出来たので、ディーを連れて子どもたちを救出して飛竜の里で保護したことを話した。

「王国の出身なら五才登録の教会をたどれば両親のもとに帰れるけれど、教会関係者を信用できない状態だから、それは勧められないな」

 ディーの所属していた組織の関係者ではなくても、教会関係者はまだ警戒した方が良いようだ。

「外国の子どももいることだし、飛竜の里で保護した子どもとして一旦、全員を里で仮登録してしまった方がいいだろうが、そうすると実の家族との戸籍上の縁が切れてしまう」

「両親たちは洗脳されている可能性があるので、両親のもとに戻らない方が良いような気もしますが、まだまだ親が恋しい年頃ですからね」

「わかった。本人たちに聞き取り調査をしよう。そっくりさんたちを王都に送ってから、飛竜の里に行くよ。いずれラインハルト殿下に相談するんだろ?戸籍の件はその時考えよう」

「ハルトおじさんには子どもを保護したことだけ伝えてありますが、詳しくは王都に戻ってから相談します」

 みぃちゃんとキュアがやって来た。

 お風呂に居なかったぼくをケインたちが探しているのだろう。

 ばくはイシマールさんに後日飛竜の里で落ち合うことを約束した。


 王都への帰還方法は、魔法の絨毯に乗るぼくたちの、右側のイシマールさんの飛竜に国王陛下のそっくりさんが同乗し、左側の嫁の飛竜に辺境伯領主が乗り、後方から飛竜騎士師団が護衛する緊張する飛行になった。

 ぼくたちは無駄口も利かずに最高速度で飛行して魔法学校で着陸し、解散した。


 寮のベッドは家の次に寛げる。ぼくとケインがそれぞれのベッドで各々の魔獣たちに囲まれて眠りについた。

 精神的にも肉体的にも疲れていたので、朝までぐっすり寝れるだろうと思っていた。

 だから眩しさを感じて目覚めた時はどれだけ寝坊したんだろう、と考えたが、そこは真っ白い亜空間で、ケインのベッドまであった。

 ケインもぼくと同時に目覚めたようで、みゃぁちゃんやスライムたちに兄貴も実体化しているのでケインのベッドはぎゅうぎゅうだ。

「お前のベッドも大差ないだろう」

 この麗しの美声は上級精霊だ。

 真っ白な亜空間に寮のぼくたちの部屋が再現されており、美貌の上級精霊がぼくの学習机を背にしてぼくの椅子に座っている姿はシュールだ。

「兄さん。この人は?」

 ケインは亜空間に居ることは理解しているが、上級精霊に会うのは初めてで、理解が追い付いていないながらも冷静さは失っていなかった。

「上級精霊で、シロよりずっと偉い精霊だよ」

 マナさんの精霊に初めて亜空間に閉じ込められて、中級精霊になる前のシロに嫌がらせをされた時に助けてくれた精霊だ、と紹介した。

 ケインもあの一件を覚えていたようで、兄がお世話になりました、と丁寧に挨拶した。

「今日はいったいどうされたのですか?」

「どうされたもこうされたもないよ。いつまで経っても私を呼び出さないから話を聞いてやろうとこちらから呼んだのだよ」

 精霊の時間は長いから三、四年の出来事なんて瞬きするくらいの時間ではないのか?

「ああ。数年も数日も変わらないと言いたいが、お前の周りは面白過ぎて目が離せないよ。実績だけなら数十年単位の出来事を、お前は数年で成し遂げているのだ。着目しないわけが無かろう」

 毎年何らかのトラブルに巻き込まれている自覚はある。

「兄さんは伝説の古代魔術具を数分で改修し、国を揺るがした瘴気を十日で浄化したことを甘く見ていますから」

「何かあれば私を召喚する権利を与えたのに、なかなか呼び出さないのだ」

「上級精霊を召喚出来る!?……そんな凄いことが出来るのに、一人で帝国に乗り込んで行ったりするのか……」

「弟でもそう思うだろう」

 ケインと上級精霊が顔なじみのおばさんたちのようにぼくのことを話している。

 みぃちゃんとぼくのスライムたちとキュアはやっちゃったものは仕方ないじゃないか、という表情でぼくのベッドの上でやましそうにぼくに身を寄せた。

 みゃぁちゃんとケインのスライムたちと兄貴がケインのベッドから、置いていきやがった、という念を送って来る。

「一生に一回のお願いというものは生涯使わないでいるのが正解だと思ったんだよね」

「「使わなかったら、権利を持っている意味が無いだろう!!」」

 ケインと上級精霊はどうしてこんなに意気投合しているのだろう…?

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― 新着の感想 ―
[一言] 上級精霊と契約したり、召喚回数に制限がなくなったり、いろいろな選択肢がありますね。 基本的に召喚回数の制限はなくなりそうです。
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