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瘴気の泉源

 ぼくが魔法陣を描き変えた掃除機型の魔術具を背負おうとしたら、ハルトおじさんに止められた。

「子どもにさせることではない。私が行くよ。私の子どもたちは全員成人した。未婚の子どももいるが、本人に甲斐性がないだけだ。人生に未練がないという訳ではなく、私が伝説の魔術具の第一使用者になりたいだけだ!私は子どもの手柄を奪い取る、大人気ない大人なのだ!!」

 ハルトおじさんらしくてぼくは声を出して笑った。

 ハルトおじさんは初めてうちに来た日から、床に寝そべってトロッコの線路を一緒に引いた仲だ。

 食いしん坊で新しい物好き。

 王族だなんて全く気が付かなかった。

「何言っているんですか。一緒に行きますよ。ぼくが行けば、キュアもついてきます。記録撮影はぼくのスライムの担当です。……駄目だよ、ケイン。ケインはここで廃鉱全体の瘴気の濃度を見ていてほしい。あの瘴気の発生源は新たに生まれた瘴気も引き寄せるかもしれないだろう」

 立ち上がってついて行こうとしたケインに留守番を頼んだ。

 兄貴がついて居るうえに、二人とも光る苔を食べているから陛下の護衛より強い気がする。

 そんな二人がエントランスに残れば心配事が減る。

「私が立ち会おう。うちは息子が立派に育っておるから、後の心配はない。それより、この検証は失敗しない。私の勘がそう言っておる」

 この人の場合、どんな都合のいい未来を見せられているのだろう、とそっちが気にかかる。

「キャロは留守番だ。じいじの活躍を見せられないのが残念だが、坑道内は狭いからついて来てもどのみち後方では何も見えない」

 立会人が活躍する気でいるが、本当にこの人はどんな未来を夢で見たのだろう?

 “……ご主人様。おそらく活躍されることもあるかもしれません”

 おそらく、なんだね。

 “……魔術具が失敗する可能性はほとんどありません。瘴気の正体の扱いを間違うと、事故がないとは言い切れません”

 未来が決まっていないのは当たり前の事だ。


 エリアD の瘴気の発生源には、ぼくとハルトおじさんと辺境伯領主と護衛二名、そしてなぜかウィルがいくことになった。

 国内のパワーバランスのせいかもしれない。

 昨日の段階で決まっていたのだろう。

 茶番のようにも感じてしまう。

 もう数十年この瘴気と戦ってきた研究所のメンバーが居ない。

 彼らの死闘があったから、エリアで区分けして浄化を進められたのだ。

 彼らの進捗状況が思わしくなかったとしても、彼らの仕事の今までの活躍を蔑ろにしていいわけじゃない。

 彼らの誠実な仕事のお蔭で、ぼくは死霊系魔獣に遭遇することなく浄化作業をすることが出来たのだ。

 ぼくの表情から察した所長が小声で言った。

「見てはいけないものは、見る人が少ない方が良い。うちの職員は弁えているけれど、辺境伯領主の方が王家よりも王家らしいなんて見ない方が良いのさ」


 エントランスには伝説の魔術具の外側が片付けられ、重箱型の瘴気の流れを追う魔術具が設置され、研究所の職員が国王陛下のそっくりさんという設定の本人に説明している。

「また新たな瘴気が湧くことは無いだろうけれど、この場は今度こそ私たちが何とかするよ」

「わかりました。行ってきます」

 スケートボードの乗り方をレクチャーしてから、ぼくたちはエリアDに潜入した。


 先頭をぼくとハルトおじさんの護衛騎士、その後ろにハルトおじさんとウィル、最後尾が辺境伯領主と護衛騎士という配置で坑道を進んだ。

 キュアはぼくの頭上をうろちょろ飛び、みぃちゃんを肩に乗せスライムは頭のてっぺんに居る姿にハルトおじさんの護衛騎士は戸惑っていたが、振り返ればハルトおじさんも辺境伯領主もその護衛もスライムを肩に乗せて居たので、常識が違う、と呟いた。

「こんなに狭い坑道なら小柄な上級魔術師が重宝されるのがわかるな」

「瘴気にやられて死霊系に乗っ取られる場合も、生前の本人の魔力が死霊の魔力量になるから、ほどほどの上級魔術師しか送りこめなかった。というか、募集に応じる魔術師がそもそも居ないというのが問題だった。多少難ありなやつらの寄せ集めになるのは仕方ないだろう」

「息子を送り込んでおきながら、酷い言い様だな」

「アレは自分で志望したんだよ。権力の影響力が低くて、最新の魔術具を取り扱うことが出来る理想的な職場なんだとさ。王家の末席でも廃鉱処理に王家が直接かかわることは世間体にもいいだろうって生意気に言ってきたんだ」

 所長の気概は本気だった。

 ディーは所長が赴任してきてから死亡事故が無くなったと言っていた。

「所長はカッコいいですよね。ぼくは三男だから、家督を気にせず、好きな仕事に就きたいけれど、家族に貢献できる仕事もしたいと思いますよ」

「真摯に仕事と向き合うことで、王国の平和を陰ながら支えて、かつ好きな魔術具を作るなんて、所長は生き方がカッコいいよね」

 ぼくとウィルが所長を褒めていると、最近の子どもたちの憧れの対象がわからん、と大人たちが首を傾げた。

「キャロの好みはわかるかい?」

 ぼくとウィルは顔を見合わせた。

 昨日話したのは女友達が欲しいという相談だったはずだ。

 じいじが聞きたいことではないだろう。

 ここは無難な回答にしておこう。

「「乙女心はわかりません」」

 ハルトおじさんは笑って、それは永遠にわからないものだ、と言った。

 こんな風に和やかに瘴気の発生源の手前の封印の扉まで進んだ。


「ここまでお膳立てしたのが研究所(かれら)の仕事だ」

 ハルトおじさんが護衛騎士に淡々と言った。

 護衛騎士という名の王家の監視員なのだろう。

「見ておけ、ここからが私の仕事だ」

 辺境伯領主はハルトおじさんが背負っていた掃除機型の魔術具をもらい受けた。

「ガンガイル王国ガンガイル領ガンガイル家当主エドモンドがすべき仕事だ。この瘴気の発生源は精霊神に誓いを立てた建国王から続くガンガイル家の存在理由そのものの可能性がある。ガンガイルの名に懸けて封印しなければいけないのだ」

 辺境伯領主エドモンドは王家とガンガイル家の役割分担を話した。

 精霊神との密約は国政を担う王家では果たせないことがあるので、本家としてガンガイル家が存続していること。

 精霊神とガンガイル家との約束なので、王国の端っこにあっても辺境伯領の名称はガンガイル領であり、便宜上辺境伯領と呼ばれているだけだ、と語った。

 王国は周辺国と併合して国土を広げたが、ガンガイルの地はガンガイルであり、精霊神のご加護が篤いガンガイルという国名を維持し続けているのだ。

「陛下がお越しになられたのは対外的な面子を保つためだ。邪気との戦いは我が一族の使命である。国の混乱を抑えるのは王家の使命だ。邪気について語れないのだから、王家を立てることも必要なのだよ」

 邪気とは何かを、エドモンドは一切語らなかった。

 だけどぼくはなんとなく心当たりがあった。

「カイルがまだ五歳の登録をする前に、洗礼式の鐘の音で街の結界の波動で遊んでいたことがあっただろう?」

 ハルトおじさんが小声で言った。

「あの時カイルが気付いた違和感の正体だ。詳しくは語れないがガンガイル家は“邪気”といわれるものを封印管理しておる。精霊たちは邪気を嫌うと言われている。それ以上の事は私も知らない」

 精霊たちが邪気を避けるから太陽柱の欠片の中にこの瘴気の正体が写らなかったのかな?

 “……ご主人様。私にはまるでわかりませんが、あの瘴気に近づいてはいけないことだけはわかります”

 それでも今ぼくの側にシロが居るのは、何があってもぼくを助けるつもりなのだろう。

 抜かりなく準備してきたんだ。

 ぼくたちは負けない。


 魔力を通さない布を頭から被り直し、魔術具の準備を万全にしてから扉を開けた。

「綺麗に包み込んで抑えたものだな」

 繭を重ね掛けした瘴気の発生源は、ぼくが坑道を出た時より少し小さくなっていた。

 これなら用意していた魔術具を広げやすい。

 キュアは自分が飛んで運んであげる、と思念を送ってきたがキュアと分断されるのは避けたい。

 だてに投擲の腕を磨いてきたわけじゃない。

 分銅鎖のように投げるだけでなんとかなるように設計したのだ。

 ハルトおじさんと設置場所の検討をして、五つの分銅鎖型の魔術具を投げつけた。

 鎖がほどけて瘴気を抑える魔法陣を描いた。

「事前準備完了。記録用カメラ設置完了。次の段階に移行します。どうぞ」

 ウィルがエントランスとの通信を担当した。

 みぃちゃんもスライムたちも瘴気の暴走に備えて魔力を通さない布の影に退避した。

 ハルトおじさんが蟻の魔石でほんのりと輝く繭に、掃除機のノズルを突き刺す場所に泡状の瘴気の漏れを塞ぐ浄化剤を塗りつけた。

「始めるぞ!」

 領主エドモンドが一切の躊躇なしに掃除機の魔術具に魔力を流した。

 誰もが息をのんで神の裁きを待ったが何も起こらず、魔力が充填された掃除機が轟々と音を立てただけだった。

 領主エドモンドが瘴気を閉じ込めた繭にノズルを差し込んだ。

「浄化を開始しました……」

 小さくなる繭にウィルが、順調に浄化をしていると実況中継を続けたが、分銅鎖の魔法陣が反応している。

「瘴気が漏れている可能性あり!全員結界を強めろ!!」

 個人で展開する防御の結界を強めるように注意喚起したが、ハルトおじさんの護衛の瞳の色が真っ黒になった。

「一人やられた!」

 ぼくの声に領主の護衛が抜刀したが、それより先にぼくは小型手榴弾を投げつけた。

 新型魔術具を全面的に信頼しているウィルが報告を放棄して、鞭の魔術具で護衛の太刀筋を変えた。

 手榴弾は瞳の色を変えた護衛の手前で炸裂し、取りつかれた人間から瘴気を引きずり出した。

 魔法の杖を振って浄化の魔法を出し、反対側からキュアも挟み撃ちで浄化したので事なきを得た。

「どこから漏れたんだ?」

 ハルトおじさんは慌てることなく鎖分銅の魔法陣を点検し始めた。

 キュアが遠慮することなく次々に浄化を始めたので、みぃちゃんとスライムたちが布から飛び出して瘴気を探し始めた。

『自然発生した瘴気の欠片がエリアDに集結している。何かあったのか。どうぞ』

 実況が止まったことで、所長が焦ったように通信してきた。

「想定内の状況です。不安を感じた人物に瘴気が攻撃を仕掛けてきましたが、新型手榴弾の効果が立証されました。どうぞ」

『それは良かった。浄化の進捗状況はどうなっているんだ。どうぞ』

「順調に縮んでいる。繭はみぃちゃんより小さくなった。どうぞ」

 みぃちゃんが自在に大きさを変えられることを知らないウィルの実況は、成体サイズのみぃちゃんの大きさを表している。

 楕円形に縮んでいた繭が、最終的にはつるはしを真空パックしたようにかたどった。

 鉱山にあたりまえにある道具が瘴気の発生源だった。

「……これは、人為的に持ち込まれたもので間違いないだろう」

 鉱山一つと王都へ続くいくつかの町を破壊した魔獣暴走は、人為的に起こされた、テロだった可能性が出てきた。

「これは口外法度だ。このつるはしを調べられる防御室を備えている研究所はガンガイル領にある。このつるはしのどこかに、使ってはいけない素材が含まれているのは、火を見るよりも明らかだ。それを管理するのが我が一族の使命だ」

 領主エドモンドは自身を覆っていた黒い布でつるはしを包むと腰のポーチにしまった。

 収納の魔術具だったようだ。

「何、危ないものの一時保管場所としてご先祖様から伝わる秘宝だよ」

 収納の魔術具が貴重だとは聞いていたけれど秘宝扱いなのか。

 マナさんのお蔭でうちの家族は全員携帯している。

 うちの家族は秘密が多いな。

「瘴気の発生源は浄化完了。撤退の準備に入ります。どうぞ」

 ウィルが通信で告げた。

『成功を祝福する。自然発生した瘴気がまだ各所にあるので、帰りも気をつけるように。どうぞ』

 所長の祝辞の後ろで歓声が起こっていた。

 エントランスはお祭り騒ぎだろう。

 ハルトおじさんが分銅鎖の魔術具を片付けてくれているので、ぼくは失禁して腰を抜かしている護衛騎士に清掃の魔法をかけた。

 瘴気に乗っ取られて、生きたまま死霊になることは避けられたが、瘴気に浸食された心の傷は消えないだろう。

 この人は自分の足で歩いて帰ることが出来るのだろうか?

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