苔の力
子どもたちは全員参加を希望した。
聖女先生も、これが成功した暁には自分の来年の勤務地が変わるので立ち会えるならば立ち会いたい、と言った。
ハルトおじさんとハロハロは、宿泊施設の食堂に屋台で買ったデラックス海鮮お好み焼きを持ち込んで、ラーメンスープで流し込んでいる。一体どれだけ炭水化物を摂取する気なのだろう。
イカが俺のところに無いからくれ、だとか、それは私のエビだから取るんじゃない、だとか、なんだか大人気ないような会話を交わしながら食べていた。
そんな最中にも、ハルトおじさんは、エリアDの封印の扉を瘴気の発生源の手前まで移動させ、拘束した状態で封じている、と現状を教えてくれた。
内密な話が出そうな気配がしたので、内緒話の結界を張った。
「さすがに今日はこれ以上カイルやキュアに魔力を使わせるわけにはいかないので、ゆっくり休んでくれ。明日王宮から特別な魔術具を借用することになった。宮廷上級魔術師が偉そうな顔してやって来るが、無視していいぞ」
危険度が減少してから介入してくるやつにロクなやつはいない、とハロハロも言った。
未来の欠片の中でも見ているので動揺はないが、伝説の魔術具に頼ると失敗してしまう。
「伝説の古代魔術具を完璧に整備できていない状態で、使用するのは事故の元ですよ。雑魚瘴気で検証してからじゃないと反対です」
伝説の魔術具自体には興味があるから是非ともお目にかかりたい。
「ああ。その辺りは大丈夫だ。御大が自らお出ましになる。イシマールの飛竜と嫁の飛竜で辺境伯領主と国王陛下によく似た人物をお迎えに行くことになった!」
一番面倒くさい選択肢が選ばれた。
ぼくとケインはうんざりして顔を見合わせたが、他のみんなは驚きで声も出なかった。
伝説の魔術具を稼働させることが出来るのは建国王の直系のみなのに、現国王一家は誰も動かすことが出来ないのだ。
辺境伯領主が稼働させてしまうと国王の威信が揺らぐので、二人一緒に行動しなくてはいけないのだ。
本当の発動条件は建国王の直系ではなく全属性の魔法を行使できるかどうかなのだ。
キュアでも動かせる代物だ。
「カイルはあんまり驚いていないね」
ウィルに指摘されてしまった。
ぼくはハルトおじさんに目で口外していいか尋ねると、頷いてくれた。
「辺境伯領主様はキャロお嬢様のじいじとして、うちで催し物をするとよくお忍びでいらしていました。ぼくたちが今回使用した魔術具は辺境伯領騎士団で採用されることが内定しています。こうなる可能性はあるなとは考えていました」
「私も想定はしていましたが、陛下に似た方がお見えになるなんて驚きですわ」
キャロお嬢様でも、じいじが来るかもしれないとは考えても、陛下がお出ましになるとは思わなかったようだ。
「ハロハロのお父上ですからね」
「……私では頼りなかった、ということにしておいてくれ」
いたたまれないようにハロハロが言った。
「瘴気の発生源が暴走したらとんでもないことになりますね」
初級魔法学校一年生のケインがまともなことを言った。
「さすがに私は明日も来ることは出来ません。宰相が居ればこの国は問題なく回るので、父に何かあってもよく似た人が公表しても問題ない時期まで何とかしてくれます」
子どもが心配しなくていいよ、とハロハロは何でもないことのように言った。
王家の闇を軽く語ったように聞こえるのに良いのだろうか?
「ぶっちゃけ、あの魔術具が発動することが立証されれば、帝国に対して強力な切り札になるのだ。カイルの留学の前に伝説の魔術具が発動して世界三大瘴気を抑えられれば、カイルは普通の優秀児として留学できる。それにしたって目立つのは間違いないが、まだガンガイル王国国王の庇護下として振舞うことが出来る」
ハルトおじさんはぼくが留学時の入学試験の結果だけで上級学校卒業相当生として研究所に留学することになるだろう、と推測していた。
ぼくの今後の研究成果を皇帝に献上する形にならないように、上級研究員ではなく、未成年の生徒で王国の魔法学校所属の留学生と言う立場を明確にしておきたいから、今回の瘴気の浄化は王家との共同研究とすることで落としどころにしたようだ。
はたから見たら成果の横取りに見えるので、ウィルは憮然とした顔をしているが、成果を献上することに慣れている辺境伯領の面々は納得している。
ぼくはハルトおじさんに暴走事故防止の魔法陣について質問したり、追加で必要な素材を発注したりしていたら、頭を使うと甘いものが欲しくなるだろう、とイシマールさんがアイスクリームを試作してくれた。
温泉で新鮮なミルクが飲みたい、とルカクさんにこぼしたら牛舎が出来たので、イシマールさんは乳製品の加工に積極的なのだ。
試作なので量が無く、最中に白玉団子と餡子を添えてくれたのでみんなで味見が出来た。
「冷たいアイスクリームに餡子がとてもあっています」
「このもちもちしたお団子はもっとたくさん食べたいな」
「団子と餡子はまだありますから、あんみつでも作りましょうか?」
イシマールさんの言葉に底なしの胃袋のハルトおじさんとハロハロは喜んだが、女性陣は明日食べたいです、とお腹を撫でた。
ぼくたちは満腹を口実に部屋に下がって休むことにした。
熊に魔法論を語っていたスライムたちを回収すると、熊に寂しそうに見つめられた。
相当なつかれたな。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアはお散歩で情報収集をしてきて、国王陛下の件は本当に機密事項であることを探ってきた。
ケインと部屋に戻ると魔獣たちはみな留守番を嫌がったので、全員で光る苔の洞窟に行くことにした。
まずは亜空間を経由して洞窟の水場に転移した。
ケインとケインの魔獣たちが熱望したからだ。
「兄さんたちはここの水を飲んで、浄化無双をしたんだね」
「浄化無双をしたのはキュアだよ」
「蝶の魔術具に兄さんも魔力を補充していたじゃないか!」
港町の時は家族総出だったのを兄さんとキュアで何回もやったんだよ、と言いながらケインは湧き水をがぶ飲みした。
みゃぁちゃんとケインのスライムたちも浴びるほど飲んでいる。
つられてぼくたちもやっぱり飲んでしまった。
みんな負けず嫌いなのだ。
問題は光る苔だ。
日没前のこの時間帯は光る苔はまだ光っていない。
洞窟の入り口から入る光が奥まで真っすぐ差し込んでいる。
精霊たちは光っていなかったがぼくたちがここにきたことで集まり始めた。
あの日を思い出してぼくとケインは微笑んだ。疲れてお腹が空いていたはずなのに心穏やかで居られたのは精霊たちのお蔭だ。
シロもあの時ここに居た精霊の一つなんだよな。
随分無茶をして中級精霊になったもんだね。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちはすぐに精霊たちと戯れだした。
スライムがジャンプをして輪っかを作ればみぃちゃんとみゃぁちゃんがくぐり抜け精霊たちが後に続いた。
キュアも真似して飛び込もうとしたらスライムは重力に負けて落ちた。
ぼくのスライムがドローンに変化してみぃちゃんのスライムを吊るすと、ケインのスライムも負けじとドローンに変化してみゃぁちゃんを吊るした。
くぐり抜けるみぃちゃんとみゃぁちゃんや精霊たちも楽しそうにしていて、精霊たちの大きさに合わせてスライムが輪を縮めるとキュアも大きさを小さくしタツノオトシゴサイズになれるようになった。
スパイ活動に目覚めたみぃちゃんとみゃぁちゃんも小さくなっても運動能力を維持するように訓練しているようにも見える。
坑道内の先行調査がスライムたちと砂鼠だったことを根に持っていたようだ。
「シロは混ざらないのかい?」
「私は中級精霊ですから若い子たちの遊びは邪魔しません」
妖精型シロは幼顔なのでぼくとケインは吹き出した。
孤児たちの救出や廃鉱での後始末に心の底に溜っていた澱が洗われていく。
こんな時間が必要だったんだ。
「……綺麗だね、兄さん」
「うん。綺麗だ。この世界はどこにでも精霊が居て、ここはどこにでも繋がっているらしいよ」
「精霊たちの憩いの場です。精霊素から精霊になれるとここに来ることが出来るようになります」
「魔力として使われてしまった精霊素はどうなるのかな?」
「魂の練成を繰り返すだけです。私にはそうとしかお伝え出来ません」
「……魂を鍛えるのかな?」
見当のつかないケインは魂の強化と受け取ったようだ。
……転生して魂を練成するのだろうか?
ぼくたちがそんなことを考えていると、魔獣たちは遊びに満足したのか戻ってきた。
目的を思い出したようだ。
ぼくとケインはお土産に光る苔をもらった時を真似して、二人で精霊たちに光る苔を食べても良いか聞いてみることにした。
「「ぼくたちが強くなるために光る苔を食べても良かったら少し分けてください」」
精霊たちがつむじ風を起こし、立ち上がった小さな竜巻が拡散すると魔獣たちの分までアーモンドチョコレートサイズの丸い苔が降ってきた。
ぼくたちはそれぞれ一つずつ受け取った。
ぼくとケインは手で受け取ったのに、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちとキュアはそのまま飲み込んだ!
「「食べた!!」」
食べに来たのだから当たり前なのだけど、そのまま食いつくとは思わなかった。
ぼくとケインは自分たちが食べることも忘れてそのまま見守ることにした。
キュアには変化がなかった。
“……元気になった気がするよ。魔力は……沢山貯めていられるようになったのかもしれない。初めての時のように溢れてくる感じはしないよ”
見た目はラグビーボールサイズのキュアだが実態は小山のように大きいのだ。増加がわからないのだろう。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちの思念は歓喜にあふれている。
「……兄さん。巨大化して洞窟を破壊したりしないよね」
ぼくたちは太陽柱で全ての未来を見たわけではない。
廃鉱の後始末に気を取られて光る苔の洞窟は何も見ていなかった。
「ご心配はいりません、ご主人様。さすがに洞窟を壊す量を精霊たちが与えるはずがありません」
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちは光り輝いたが大きさはそれほど変わらず、そのままのサイズで光を収束させた。
“……魔力が溢れそうになるほど湧き上がってくるわ”
“……巨大化することも出来そうだから亜空間で試してみたいね”
“……ほんのり甘くて、美味しかったよ”
それぞれの感想の思念を送って来るがみんな魔力の増加を実感してもコントロールが出来ないことは無く、健康状態に問題は無いようだった。
ケインと向き合ってぼくたちも苔を食べようかと言おうとした時、薄暗がりの洞窟を漂っていた兄貴が苔を持っていた。
食べるのか?
口が無いのに食べられるのか!?
「魔力を吸収するように意識してみたら何か変化があるかもしれないよ」
思いつくまま声に出していた。
「せーので三人で一緒に食べようよ。せーのっ!」
ケインの一声でぼくたちは同時に口に入れた。
コケはスライムの言う通りほんのりと甘く瑞々しく、じゅわっと溢れる雫を飲み込むと、口の中で消えてしまった。
兄貴の苔も消えていた。
ドクンドクン。
自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。
体の内側で魔力が膨れてくるのがわかった。
脳裏にキュアの巨大化やみぃちゃんとみゃぁちゃんが成体化したことがよぎったが、いきなり大人になると服が破けるだろうと想像して、巨大化だけはしないぞ、と念じた。
「ケイン。大きくなることを想像するな。大きくなったら着る服が無いぞ!」
ぼくの言葉にケインが光りながら笑った。
ケインも自分の服が裂けることを想像したのだろう。
光る兄貴が見たくて兄貴の方を見たが、兄貴は暗がりに広がることを選択したようで洞窟の奥の方まで気配が広がった。
魔力が膨れ上がる感覚が落ち着くまで座って洞窟の天井を眺めた。
魔力枯渇が心配で使えなかった魔法が使えるようになるかもしれないと考えるとワクワクが止まらなかった。
大規模魔法は魔術具を工夫して使用しなくてはいけないと考えていたが、選択肢が広がったのだ。
「兄さん。これは凄いね。イシマールさんの飛竜と模擬戦でも出来るような気がするよ」
ケインの言いたいことはわかる。
攻撃力も防御力も遥かに上がっている気がする。
魔獣たちが亜空間で試そうよ、と言っているのが思念を聞かなくても顔でわかる。
「兄貴は大丈夫だったかい?」
呼びかけに答えてやって来た兄貴は少年の体型をしたはっきりとした実体のある黒い影だった。
ぼくとケインは真っ黒で顔に目も鼻も口も無くつるんとした兄貴に恐怖を覚えることも無く二人で抱きしめた。
触れた。
体温は感じなかった。
冷たくも、温かくもなかった。
それでも触れられることが嬉しかった。
ぼくたちは三兄弟のように少しずつ年に合わせて背丈が低くなっていて、兄貴が兄貴の意地で少し大きく実体化したのかと少しだけ勘ぐってしまった。
“……せっかく実体化したのに顔が想像できなかったんだよね”
「誰かに見せるわけでもないから良いんじゃない?」
ケインは実体か出来たことだけで嬉しいよ、と続けたが、ぼくは帰ってからどうやって過ごせばいいんだ、と現実的なことを考えてしまった。
「兄貴、いつも通りに消えることも出来るの?」
兄貴は答える前に黒い霧になっていつものようにケインの影に隠れた。
日常生活は問題なく送ることが出来るようだ。
嬉しさに胸が震えた。
「兄さん。どうしたの?」
「ここに居られる時間の言い訳がお昼寝だから、今すぐ自宅に帰ってゆっくり出来ないのが残念なんだ。やっと兄貴を家族に紹介できるんだよ。時間を気にせず寛ぎたいじゃないか」
「ああ。そうだね!廃鉱の件を完全に片付けたらうちに帰ろう!!」
ケインがそう言うと、兄貴は黒い顔を赤らめてはにかんでいるような気がした。




