後始末
エントランスに戻ると、ディーの扱いについて話し合うことにした。
ディーには詠唱をしなければ声が出せなくなる魔法がかけられていた。
解かないと事情聴取も出来ない。
「廃鉱内に居る間、詠唱を唱えない誓約書に記名してもらったら魔法を解除してもらえますか?」
皆穏やかに理性的に判断して、反対意見はなかった。
ぼくとケインは頷きあった。
きっと瘴気の影響があったのだろう。
ディーが誓約書にサインすると所長が魔法を解いた。
「私は審判神に誓って、嘘はつかないと宣誓する。私は帝国の準国民ではあるが帝国にも皇帝にも忠誠を誓っていない。私の所属する組織は創造神によって定められた世界の理に則った世界に戻すことを目的とした、秘密結社だ」
「その世界の理と言う言葉は本来の意味から逸れているよ」
「世界の理とは人間がどうにかできるものじゃないよ」
「……君たち兄弟は何を知っているんだい?」
「「何も知らないということを知っています!!」」
ぼくたちの問答に聖女先生が終止符を打った。
「神学の基礎に自分たちで気が付いたのですね。神が創り給うた世界は神の理によって維持されています。ここから先は神学を選択して学んでください」
「それじゃあ、ディーの秘密結社の目的自体が、意味不明ではないか」
ハロハロがもっともなことを言った。
「意味不明に聞こえるかもしてないが、今の神学は歪められている。神聖なる神の言葉を言い換えて魔法として行使しているのだ!」
「……それって口に出して言ってはいけない言葉を、今の言葉に言い換えているだけでですよ」
「……そのまま語れないから置き換えているだけでは?」
ぼくとケインが同時に口をはさんだ。
「使ってはいけない古代文字ですね」
聖女先生が反応した。
キャロお嬢様と所長とハロハロは頷いたが、他のみんなは何のことだかわかっていない。
「これが教育の偏りなんだ。声に出して読んではいけない文字は焚書にあった。後世に伝えなくてはいけないことは言い換えられた。伝えられているところには伝えられている。古代言語の真実を突き詰めていくと神に裁かれるだけなんだ。組織の上層部が真理に到達しているならば生きているはずがない」
「失われた文字なんて言われているけれど、その辺にまだあるんだよね。入試に出てきた時は冷や汗が出たよ」
ぼくとケインが危ないよね、と言いあっていると、キャロお嬢様も一教科だけあった、と言い出した。
誰にも言えなくて怖かったが、新入生代表がケインだったから一人じゃないはず、と気が楽になったらしい。
「……辺境伯領の神童たちか」
ディーが自嘲気味に言った。
「私はそう思わない。決してカイルたちは特別な機会を得て学んだ子どもたちではない。好奇心を手助けする大人と一緒に学んでいったんだ。君の書類上での生い立ちは知っている。帝国で少数民族の孤児が才覚一つで成り上がった苦節の人生だ。だが、カイルの短い人生も君の幼少期と大差ないんだ」
違う。保護された先が全く違う。
「ああ。君は孤児だったね。私は君たちが断罪の鞭を揮う瞬間に、酷く長い夢を見た」
ディーは亜空間でぼくに会ったことを伏せて、長い幼少期の追体験を語り始めた。
苦労の続く人生に、擦りこむように入る思想教育。
当時は疑問に思わなかったことが、大人になった自分が見たら仕組まれた人生だったこと。
それでも自分はこの道が正しいと信じて、子どもたちを誑かしていたこと。
妹が生きのこれなかったのは、弱かったからだ。弱いものが生きのこれないのは自然の摂理だ。
そう考えていたのに、余計なことを考えられなくするために毒を盛って弱らされていた。
洗脳しやすい子どもにするために、洗脳されなかった子どもに毒を強めていた。
そんなことも知らずに、自分が連れてきた子どもたちは能力が高いから試練を生きのこるはずだ、と都合のいいように考えていたこと。
自分の仕事の周辺に司祭が居たこと。
司祭が実際にどんな手口を使っているか知らなかったから、頭皮発光事件で頭が光らなかったことを包み隠さず話した。
「私は神の名を借りて罪を犯した。裁かれるのは当然だ」
「まだ組織に任務の失敗がバレていないうえに、今回は所属が違うとはいえ司祭クラスが王国で捕縛されているから動けなかった、と言えば不信感を与えずに組織に戻れるから、二重スパイにはもってこいなのですよ」
ぼくの一言にみんながハロハロを見た。
「ディーの使い道を考えたらここで拘束したことを公表しない方が良いが、拘束を解けるほど信用できない」
「兄さん。裏切ったら頭皮が光るようにでもしてみるかい?」
「詠唱禁止も重ね掛けできると逃亡防止になるでしょう」
魔法の使えない魔導師はただのおじさんだよ、とウィルは容赦ない。
「身体強化もかけられ無くしましょう」
キャロお嬢様が被害者なのだから希望はかなえよう。
「そこまで出来るのだったら逃亡の恐れはないだろう」
同僚だった所長とランスは終始無言だ。
ぼくは素材を収納ポーチに仕分けてあるので魔法の杖をひと振りするだけで練成して、ディーの頭にかけた。
「おそろしく優秀な子どもだろ。こんなことが出来る上級魔法師は世界中探しても居ないぞ」
魔法の杖はぼくのオリジナルで、その場で考えた魔法陣を杖に仕込んだ魔石に精霊言語で刻めるから、こんなことが出来るのは確かにぼくしか居ないだろう。
ハロハロがディーの拘束を解除すると、廃鉱の扉が開いてハルトおじさんがしびれを切らして押し掛けてきた。
「結果はどうだった?追跡は成功したのか!」
「追跡は成功して、瘴気の発生源は抑え込み、坑内のほとんどを浄化することが出来ました」
所長の報告にハルトおじさんはあんぐりと顎をさげて、浄化済みとはどういうことか、と所長に詰め寄った。
「お昼ご飯は何を食べようか?」
「屋台のおっちゃんの誰が来ているか次第だよね」
ぼくの午前中は酷く長かった。
光る苔の洞窟より先に屋台飯にすることに、みぃちゃんとスライムたちも納得したようについてきた。
ぼくはふと思いついてウィルの砂鼠のネクタイピンを手早く練成した。
「何これ!可愛い‼」
ウィルが見せて見せてと寄ってきたが、ぼくはハロハロとハルトおじさんに挟まれているディーの名を呼んで投げ渡した。
「記念品だよ。常時身に着けて、今日を忘れないでいてね」
ディーは砂鼠を見つめて複雑そうな顔をしたが、ありがとう、といった声に嫌悪感は無かった。
「なんであいつにあげるんだ?」
ボリスが不機嫌そうに言った。
「ぼくの魔力の残滓を誤魔化すためだよ。苦手な鼠にしたから一見、ただの嫌がらせだろう」
ぼくたち子どもは引率の聖女先生と一緒に廃鉱を出て、入り口広場屋台のおっちゃんたちと合流した。
坑道内は上を下への大騒ぎになっていたが、ぼくたちは空いている今のうちにお昼を済ませてしまうことにした。
屋台の方まで行くと、見覚えのある顔がぼくらに“よう”とばかりに手を振っていた。
やった!豚骨ラーメンのおっちゃんが来ている!!
「塩豚骨ニンニクマシマシ焦がしネギ油、紅ショウガ大盛りで」
満腹になると眠気が襲ってきたが、せっかく温泉地に居るのだから風呂に入って一休みしようと提案するとみんな賛成してくれた。
宿舎に戻ると管理人のイシマールさんの妹のルカクさんの使役魔獣の熊が入り口でぼくたちを待ち構えていた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちはぼくたちの前に出て、キュアが鞄から飛び出して頭上から威嚇した。
「ごめんなさいね。うちの熊ちゃんが、君たちが戻ってくるのをソワソワして待っていたものだから、そんなに気になるなら表で待っていたら、と気軽に言ったら本気にして待ち構えてしまったのよ」
ぼくの魔獣たちに囲まれても、ルカクさんの熊はぼくを凝視することを止めない。
“……カイル様。俺を弟子にしてください!”
使役者のルカクさんに鍛えてもらいなよ。
“……ルカクを守れる力が欲しいんだ。カイル様の使役魔獣はみな強い。手合わせしなくてもわかるくらい強いんだ。俺にもその秘技を教えてほしい!”
「ルカクさん。この熊は戦闘狂なのか、それともルカクさんに何かしらトラブルがあってこの熊が今すぐ強くなる必要があるのですか?」
「いえ。これといってトラブルもありませんよ。ここは男性が多い環境ですが、私も腕っぷしはそこそこだし、最近は兄が毎日来ていますから、ここで問題行動を起こそうとするバカは居ませんよ」
ということはこの熊は脳筋なのか?
“……今の俺はそのスライムにも勝てないだろう。何をしたらそんなに強くなれるのだ!”
ルカクさんは関係ないだろう。
“……俺が強くなればルカクも安全になる”
まあ、それは間違っていない。
“……文字を覚えて魔法書でも読ませてもらうんだね。理論を知ると効率的に魔法が使えるようになるよ”
“……ルカクに良く効く回復薬でも買ってもらうんだね。マズいけど魔力が増える薬があるよ”
「なんだか強くなりたいだけのようだから、イシマールさんの飛竜に遊んでもらったら良さそうですよ」
「そうですか。退屈だったのですね。最近の王国は平和で冒険者としての仕事が少なかったので体を動かす仕事も考えてみます」
「もしかしたら本を読みたがるようになるかもしれません。やる気があるようなら教えてあげてください」
「えっ!?本……ですか?」
ウィルの砂鼠もポケットから顔を出して、キィー、と訴えた。
廃鉱内でスライムたちと格の違いを見せつけられて焦っているようだ。
「私のワンちゃんも連れて来たかったですわ」
「魔獣風呂があるのだから、瘴気の問題が完全に解決したら、連れてきてもいいかもしれないね」
ぼくたちは熊を連れて中庭の魔獣風呂でスライムたちに熊の相手を任せて、自分たちも浴場に向かうことにした。
「瘴気が完全に浄化されたら、ここは鉱山として復活するのかな?」
「発生源を完全に浄化するまでは新しい瘴気も沸いて来るから無理だと思うよ」
ウィルの質問にケインが答えた。
「カイルは何で瘴気の発生源まで浄化しなかったんだい?」
「なんだか不気味な気配がしたんだよ。今やれば面倒なことになりそうな、そんな気配。」
「面倒なことって?」
「はっきりしないけれど呪詛か何かがありそうだったんだ。後は所長とハルトおじさんに任せようよ」
後はのんびりと湯船に浸かってから、お昼寝と称して部屋に戻り光る苔の洞窟に行けば良いだろう。
預けた子どもたちの様子を見に行くのは王都に戻ってからで良いだろう。
湯上りに腰に手を当ててミルクを一気飲みしていたら、ハルトおじさんが直々にぼくを探しに来た。
「カイル。ちょっと手を貸してほしいから、今日はここに宿泊してくれないか?」
ハルトおじさんは瘴気の発生源の浄化を一気に進める方を選択したようだ。
いずれ片付けなくてはいけない問題なんだ。
「わかりました。ぼくは構いませんが、他の子どもたちはどうしましょう?」
誰も帰りたいとは言わないだろうが、一応聞いてみた。
みんな見届けたいよね。




