太陽柱
「光る苔を食べたキュアを羨ましがって、みぃちゃんとスライムたちが光る苔の洞窟の苔を食べたがっているから、早く廃鉱の件を片付けてしまいたい、と言うことなんだね」
「まあ、そんな感じだ」
「ちょっとだけ待って。情報を整理したいんだ。兄さんは鉱山全体を浄化しようとしているの?」
「だって、残しておいても害しかないでしょう?それにあの瘴気の発生源がなんだか不気味なんだよね」
ぼくがエリアDの浄化で感じた不自然さをケインに説明した。
地脈が魔力のある方に引かれるように、瘴気は瘴気の強い方ではなく魔力の強い方に引かれていくはずなのだ。
エントランスに沸いた新しい瘴気は王族と上級貴族が集まる所で沸いた。
エリアA、Bは無視した状態だ。
ほとんど封印されかかっているエリアDの瘴気の元に集まるより、魔力が多い方へ流れて自分の生息域を増やしていくものじゃないかと推測できるのだ。
「兄さんは瘴気にも自我があると考えているんだね」
「自我を持つ魔剣や魔鏡が伝説とは言え存在しているなら、自我を持つ瘴気があっても不思議じゃないだろう?」
“……ぼくの存在が、全ての事象にあり得ないと考えるなという見本のような気がするよ”
事例が少なくて確認されていないことだってあるだろう。
「兄さんは瘴気の意思、と言うか思念は聞いたの?」
「そんなものは聞かないようにするものだよ。精神攻撃があるかもしれないじゃないか」
「そうなのか。瘴気に怯えて負の感情を持たないためにチョコレートに例えたんだよね」
「チョコレートは南国に生える植物の種から製造されるから、帝国が落ち着かないと手がかりさえ探せないよ。そんなことより、エリアDから拡散した瘴気たちが本体に集まって来ているということは……」
「融合して拘束している魔術具を取り込んでしまう?」
“……死霊系魔術具が出来上がるのか?”
“……ご主人様。あり得ないとは言い切れませんが、この短時間では無理でしょう。魔力を抜き取って瓦解させるのがせいぜいです”
“……何で今日は犬になってカイルに侍らないの?”
思念しか送ってよこさないシロに兄貴が突っ込んだ。
「あんたがたの感動の対面に付き合って、存在感を消していたんでしょ」
妖精型で出現したシロは下僕になってから初めて聞く、汚い口調だった。
あれ?シロと兄貴ってこんなに仲が悪かったっけ?
「今までしおらしくしていたのに、ケインに認められたら途端に図々しい質問をするからです」
“……兄貴は元々こんな感じだよ”
“……あんたよりずっと長くカイルの友達だったよ”
“……兄弟の誓いをかわした相手に、下僕が何を言っているのよ”
“……下僕が参謀気取りで生意気だね”
「兄さん。みぃちゃんとみゃぁちゃんスライムたちは、いつもこんな会話をしていたの?」
「世間知らずだったシロを躾けしてくれていたからね。でも、シロはイシマールさんの影響を強く受けているよ」
「そうだった。イシマールさんに頼んでいたね」
ぼくの魔獣たちは、魔力ではない力関係を、古参のみぃちゃんやぼくのスライムがお姉さんで、キュアとみぃちゃんのスライムが妹で、シロは下僕扱いとしているようだ。
みんなに散々責められたシロは困ったような表情をした後言った。
「私がいつも、どれほど熟考しているか、お見せいたします」
亜空間はいつもとは違う真っ白な亜空間に変わった。
真っ白な世界の中にダイアモンドダストが輝いている。
その静謐な空間を更に神秘的にしているのが、中央に鎮座している聳え立つ太陽柱だ。
光の粒で構成されている柱は視力強化で確認すると、一粒一粒が未来を現す無数の動画だった。
「これが未来に起こりうるかもしれない事象の欠片だ」
圧倒されているケインに説明した。
光り輝く世界では兄貴はケインの袖口に隠れている。
「未来のお嫁さんとか見れるかもしれないね」
ぼくが何気に言った一言に、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちは血眼になって光柱を見つめだした。
キュアは楽しそうに遥か上部へ飛行していった。キュアの未来はかなり遠くにありそうだ。
ぼくは落ちている欠片を一つ拾ってケインに見せた。
その欠片のなかではディーがボリスに私刑されているビジョンが流れていた。
「現実のボリスがこうなるような選択をするとは思えないよ。ただ、こうなる可能性が無いわけじゃないという程度だ」
「これだけ無数の未来があるのに、ぼくたちの選択一つで残りは全て消えてしまうんだ……」
感慨深げにケインが言った。
「ああ。そうだろうね。そうしてぼくたちはここに無い未来も、生み出していくんだ。未来のお嫁さんなんて、まだ出会っていないわけだし。ぼくの選択肢一つで一生出会わないかもしれない人なのかもしれないよ」
ぼくの一言で、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちは正気に戻ったかのようにぼくたちの側に寄ってきた。
「ぼくたちは同じ太陽柱を見ているけれど、目につくのはどうしても自分の願望が反映したものばかりになってしまう。だから、ぼくは未来のことをシロにあまり聞かないようにしている。シロを信用していないのではなく、シロがシロのみたいものを見てしまうのは仕方がないからだよ。マナさんもそうしているよ」
「そうだね、兄さん。ここは目に毒だ。眩しいほどの未来と絶望が同時にある」
太陽柱の中から不毛の大地の一粒を拾った。
「そして、これが起こり得る未来の一つなんだ。大地の神の祠を見つけたら必ず魔力奉納をするようにしている。ぼく一人ではどうにもならないけれど、出来ることはやるしかない」
「未来の選択次第で世界が死の大地になるの!?」
「最悪の選択肢だ。その前に創造神が全てを創り変えてしまうだろうね」
ここにはない選択肢をぼくは言った。
「……諸悪の根源になった原因を抹消して、言葉を封じてしまうんだね」
「ここに知りたかった未来と知ることが出来ない未来があることがわかったよ。シロありがとう。神々が直接関与されたことは精霊たちには知り得ないことになるんだね」
「ご主人様。過去の欠片にもあの瘴気の本体はありませんでした。……私にはわかりかねます」
世界の理に反しない未来だけがここにある。
不毛の大地が世界を覆う前に彼を何とかしなくては、全ては神々の手に委ねられてしまう。
そうなるとこの世界がどうなってしまうかわからない。
シロは焦っているが、ぼくではどうにもならないよ。
ぼくは救世主ではない。
ただ、ぼくが、ぼくの家族が、ぼくの親しい人たちが、幸せに暮らしていけるように努力するだけだよ。
楽しんで暮らそう。
ぼくたちが世界を救うなんて意気込むことは無い。
目の前に起こる課題を真摯にこなして選択肢を誤らないようにするだけだ。
彼を断罪できる未来が今の選択肢の中に無くても、ぼくたちの選択次第で未来は変わる。
「……ご主人様」
「シロはぼくが孤児たちを救出すると今朝は考えていたかい?」
「帝国に直接乗り込むとは考えていませんでした。いえ、今朝の時点ではディーは作戦を実行させない可能性の方が高かったのです」
「ぼくもそう思う。ディーは兄さんに影響を受けていて時折洗脳が解けていたようなんだ。だけど、廃鉱に入ると負の感情の方が強くなってしまうんだ」
ディーの思念を受け取っていたケインが言った。
「それは気になっていた。ボリスが領への忠誠心を篤く持っているのは前からわかっていたけれど、ちょっときつくなっているような気がしていた」
ディーだって負の感情と言うよりは歪んだ正義感だった。
「これは戻ってサッサと瘴気を払って、比較してみようよ」
ぼくたちが戻る気配を察してキュアが下りてきた。
「所長から奪った鍵って返したの?」
「まだ持っているよ」
ぼくたちは光の粒の中から一番手早く浄化できそうなものを選んで作戦を立てた。
もちろん失敗した時の欠片を拾って充分検討した。
この亜空間を出る時に太陽柱が強く光って光の粒が一瞬で入れ替わったのを視界の端っこでとらえた。
気にしたって仕方がない。
未来は決まっておらず変わっていくものなのだ。
廃鉱のエントランスで魔術具を囲みながら浄化の手順を説明していた場に戻った。
「説明するよりみんなで見に行った方が手っ取り早いよ」
ぼくが唐突にそう言うと、ケインとスライムたちが広げてあった魔術具を片付け始めた。
全員を立たせると、有無を言わせず、ぼくが先頭で後ろにケインとキャロお嬢様、その後ろにウィルとボリス、両手だけ拘束されたディーと聖女先生、ハロハロ、所長とランスを最後尾にしてエリアCに潜入した。
全員を連れていくのが一番安全な選択肢だったのだ。
先鋒はキュアと蝶の魔術具だ。圧倒的な数の蝶が坑道の枝道を全て浄化していく。
スピードが落ちるとキュアが援護射撃のように浄化の魔法を連射したり、蝶に魔力を補給していく。
ぼくたちはただ蝶が飛び交う様子を見ているだけで、最後尾の所長とランスがエリアCの瘴気を追跡する魔術具を凝視して進捗状況を叫んでいる。
「…簡単に済んでいくもんだな!」
「この目で見るまで信じられませんでしたわ」
ハロハロと聖女先生が茫然としている。
「「終わったぞ!!」」
所長とランスが言い終わらないうちに蝶が魔術具に戻って来ていた。
「次もやっちゃいましょう!」
ぼくが提案すると全員が頷いた。
こうして昼食前に全てのエリアを浄化してしまった。
働いたのはほとんどキュアだったが魔力はまだまだ余裕がありそうだった。
「優秀な飛竜の幼体が一匹いるだけで全て簡単に片付いたという事か」
「いろいろ事情はあるので、どう公表するのかはお任せします」
「とても公表は出来ないし、公表したとしても信じられないだけだよ」
ハロハロがここは研究所として維持していかなくてはいけないのだから、浄化したと発表しなければ良いだけだ、と言った。
確かにそれもそうなんだ。
まだ瘴気の発生源を浄化したわけではないのだから。




