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大脱出

幼児の”粗相”に関する描写があります。ご注意ください。

 どれほど荷馬車は走ったんだろう。ぼくたちは三人かたまって塩の袋に座るのが一番楽な体勢だと気が付き身を寄せ合って座りながらなけなしの知恵を出し合う。幼児三人では文殊の知恵は湧いてこない。

「馬車が止まったら麻袋を被って、隙をついて三人一斉に走り出す」

「三人ともつかまるね」

「つかまるね」

「敵はなんにんいるんだ?」

「ぼくを攫った人たちは鳩尾を殴って担いだ人、後ろから猿轡をかました人、麻袋をかぶせた人の三人はいたと思う」

「みぞおちってなに?」

「胸の真ん中らへん」

「さるぐつわって?」

「騒がないように口を縛ること」

「おれも腹殴られた。いたかったぞ!」

「ぼくはかごをなぐられた」

 三人同時に捕まったのではなく、流れ作業で黒っぽい髪の子どもを捕まえていたのか?

 荷馬車に乗せられるときに聞いた情報を整理してみると、今の御者っぽい人が指示役で、実行犯は攫ってくる子どもの詳細は知らされていなかったのだろう。ボリスは五才、ぼくは四才、ケインは三才。体の大きさは三人そろって少しずつ違うだけ。今日はぼくもケインも余所行きの上等の服を着ている。ボリスに至っては日頃から上等の服装なので、今日なら三兄弟で通用するだろう。

「おまえのかごになに入っているんだ」

「かいものまえだもん。からっぽ」

 ケインが買い物かごの口を大きく開いて見せてくれた。

「なぁんだ、カラか」

 空っぽじゃないよ。居たんだ。黒いのが。だからケインの殴られた感覚が弱かったんだ。

 あああ、黒いの居たんだったらポーチ開けるの手伝ってくれたらよかったのに。町を出る前に拘束が解けていたら門のところで逃げられたのに……って、黒いのは今日はケインと一緒に居たからぼくがナイフ持ってきているの知らないよな。それに黒いのは物を動かせるけどなんでも動かせられるわけではない。

「兄ちゃん、うんこ」

 ケインがお尻をもぞもぞさせている。たくさん食べたあと、拘束の緊張感が緩んだ上に荷馬車の揺れがきたら、生理現象だってもよおすだろうさ。

「ちょっと待て」

 幌馬車は風通しがいいとはいえ、荷台にうんちと一緒は嫌だ。どうする?麻袋一つを犠牲にするか。

 酒樽の影に隠れて用を足してもらおうかと考えていたら、酒樽の後ろに木箱があった。鍵はかかっておらず、中には高級そうな白い生地が入っていた。中身を出してこれをおまるにしよう。

「こっちの影で、これにして、蓋をしておくれ」

「おしりもふきたい」

「ちょっと痛いだろうけど、これで拭きな」

 猿轡に使われた縄でお尻を拭くことにしてもらう。

 ぼくとボリスは御者台側、風上に逃げてにおいを回避する。

「きちんとふた閉めろよ」

「………ちゃんとできたよ」

 手を洗えないのは残念だがトイレは確保できた。

「これどうする?」

「めいわくりょうだ。もらっていこう」

 ボリスはちゃっかり白い生地をケインのかごに入れている。逃げれる算段も付いていないのに………。

 急に荷馬車が減速し始めて、荷台後方にあったトイレの箱がこっちに寄ってきた。

「ぎゃあ、うんこが!!」

 ボリスが大きめに声を出したので慌てて口を塞ぐが、御者台の方でも大声で怒鳴り声が飛び交っていたからか助かったようだ。

「なんで速度を落とすんだ!!」

「ぜ、前方に馬車が数台まとまって速度を落としています。脱輪かなんかで渋滞が起こっているんでしょう。どうしましょうか」

「迂回するぞ。もたもたしていたら追手が来る。あっちに向かえば大沼があるが、沼地を抜ければなんとかなる」

「そんな無体…馬がもちませんよ!」

「人通りがなければ、速度を落としても構わない。何とかするんだ」

 御者台では二人の男が言い争っている。人通りが少ない方に行かれるのはまずいが、速度が落ちるのは有り難い。

 ぼくたちも身を寄せ合って小声で作戦会議を再開する。

「街道からそれて道が悪くなれば速度が落ちる。その時に飛び降りよう」

「おちたら痛いよ」

「草が生い茂っているところならそこまで痛くないかもしれない」

「じゃあ飛びおりてもだいじょうぶなところまでまってようよ」

 道が悪くなったので速度は落ちたが揺れが酷い。荷台後方で覚悟を決めるのだが、いざとなったら、三人ともびびって体がこわばる。せーので、飛び出そうと決めたけど言い出そうとするたびにどちらかが服の端を引っ張って止めてしまう。

 荷馬車はどんどん奥地へ入っていく。このままではダメだ。

 今だ、そう思ってぼくは覚悟を決めて声をかけた。

「せーの!!」

 ぼく、ボリス、ケインの順で飛び降りたのだが、ケインだけきれいに受け身が取れていた。黒いのがケインの体全体に広がっている。ケインの動作を補助したのか?黒いの…。順番に飛び降りたのだからぼくの動作も補助してくれてもいいだろうに………。

 強かに体を打ったが、骨が折れているような痛みではない。まあ、興奮しているからわからないだけなのかもしれないけどね。

「ボリス、ケイン大丈夫かい」

「おれは痛いけどだいじょうぶ。ケイン、おまえすごいな」

「ぼくはきたえているから平気だよ」

 ああ、いつも騎士団の人たちに鍛えてもらっているよな。こういう万が一を地で行くこともあるし、ぼくも体を鍛えないと…。だからといってもう誘拐されるのは御免だけど。

 ぼくたちが飛び降りたことに犯人たちに気が付かれている様子はなく、荷馬車はそのまま遠ざかっていく。

 ひとまず安心できる。

「ぼくも大丈夫だ。荷馬車が通った跡は草が倒れているからそれをたどって街道にもどろう。街道まで出れたら通りかかる人に助けてもらおう」

 街道まで出たら渋滞している馬車が沢山あるはずだから間違いなく救助されるはずだ。日が暮れる前に保護されなければぼくたちは魔獣の格好の獲物だ。

 迷子になるはずはない。馬車の跡ははっきり残っている。



 馬車の跡ははっきりと残っているはずだったのに、なんでこうなったのだろう?

 ぼくたちは自分たちの背の高さより高い草に囲まれている。明らかに遭難した。

 馬車の跡をたどっていても下草はぼくたちの背丈に近かったので、ボリスが木の枝を拾って下草をはらっては踏みつけて道を整備してくれたのだ。年長者らしく先陣を切って下の子のために働いてくれるなんって優しい男の子だ。迷子になったのはボリスのせいじゃない。子どもの視野は狭いのだ。やれ虫がどうしたとか、こんなところに薬草がとか、ワイワイやっているうちにわからなくなってしまったのだ。

 ぼくたちの影が長くなっている。日没が近づいているのだ。

 今日助かるのは無理かもしれない。魔獣対策を考えなければ……。

「こんなはずじゃなかったのに………」

「ここはどこ?うちに帰れるの?」

 まずい。全員の体力と気力が底をつきそうだ。

 この先起こりそうな出来事を考えると絶望しかない。

 魔獣は魔力の多い弱そうな生き物を狙ってくる。森の中の小石のように気配を消して一晩過ごせる場所を探さないと、ぼくたちは魔獣の晩御飯になってしまう。

「おなか空いたな」

「兄ちゃん、おしっこ」

「その辺でしなよ」

 魔獣は他の生き物の排せつ物をたどって獲物の生活圏を特定する。自分たちで存在場所を知らせてはいけないだろう。

 気配を消せないのならどこか隠れる場所を探さなくては………。

 どうしよう……。

この辺りで安全そうな場所は………。

 突然ひどい頭痛がして、立っていられなくなる。

「カイル?どうした、大丈夫か?!」

 両ひざをついて頭を抱え込んだぼくを心配して、ボリスが覗き込んだ。

 視力がおかしくなっている!

 色とりどり不規則に塗りつぶした後黒のクレヨンを上塗りした画用紙に釘でひっかいて色を出す絵のように、真っ暗な視界に色の暴力のように様々な色で輪郭が強調されて物が見える。押しつぶされるように頭が痛い。

 座り込んで頭を低く地面につけた時、不意に頭痛が消えた。

 頭の周りに黒いのがいる!

 なんだかわからないけど守ってくれたようだ。

 ああ、黒いの、ありがとう。

「兄ちゃん大丈夫?」

「ああ、何とかなった。頭が痛かっただけだよ。もう大丈夫」

 顔を上げても視界は元通りになっていた。

 脳の血管でも切れたかと思うほど痛かったのに、疲労感が酷くあるだけで、もうどこも痛くない。何だったんだろう…。

 それより安全なトイレを考えなければ。穴でも掘って埋めればいいんだろうけど、道具も力も全くない。用を足した後に魔力が多めの草でもかけて誤魔化すとするか。

「おしっこ漏らしていないかい?大丈夫ならもうちょっと待って。魔獣除けになりそうな草を刈ってくるから、おしっこし終わったらかぶせよう」

 ボリスにケインを託して恐る恐る辺りの気配を探ってみる。黒いのはケインのそばにいる。

 昔母さんが頭に被せてくれた魔獣除けの薬草があれば最高だけど、そんなに簡単に見つかるわけがない。普通の草でも魔力だまりに育ったものは多く魔力を含んでいる。よいものがある気配を思い出せ。なんだか、空気が違ったんだ。そこに行くとああここだって、場所があるんだ………。

 見つけた!

 穂をのばすために背を高くしはじめたススキは魔力を多く持っている。小型ナイフを使って両手で抱えきれるだけの量を採取した。沢山の株中からさらに良質なものを探す。一番いいものは残して、良質な株の端から少しずつだけ。範囲を広げて全体のバランスに気をつけて、取り過ぎないことに気をつけて、慎重に作業しなくてはいけない。

 当初の予想より時間がかかった。漏らしていないといいな。

 二人のそばに戻るときに、ススキ原から何かが迫ってくるように見えたのだろう、ボリスが警戒した声を出した。

「だれだ!」

「ぼくだよ。カイルだよ」

 ススキを置いて返事をする。

 その時ふと気が付いたんだ。さっきのおかしな視界は魔力を可視化した状態だったことに。でもやっぱりどうして痛みを伴ったのか…、いや、今はそれを考えてるときじゃないな。

 今ボリスから感じる魔力がこの三人の中でいちばん多い。さっきの視界の中でもボリスから赤だのオレンジだのの色が大きく立ち上っていた。周りの植物やカイルからも様々な色が立ち上がっていたけれど、ボリスは別格だった。お貴族様のご子息だもん、魔力がいっぱいあるよね。

 どうにかしないと魔獣ホイホイになってしまう。

 とりあえず先に三人並んで小用を足すと、なぜかボリスが飛距離を競い始めた。ケインは敵わないことを悟ると横幅で対抗し始めた。こっちにかかるだろ、勘弁してくれよ。

 自分たちの痕跡を消そうとしているのに範囲を広げてどうするんだ。ススキの背丈分だけ飛ばす気なのか?

 ススキを散らしてなんとか全体をカバーできた。全くもって手間をかけさせやがる。ボリスの魔力が一番多いんだから気をつけないといけないのに。

 魔力が立ち上がるように上に漏れ出ていくのならなんか被ったら隠せるかな?手持ちの装備は………。

「ケイン、かごの中に何入れてた?」

「ふくろと白いぬのときずのやくそうと、カッコイイ虫」

 どうでもいいものも入っている。

 使えそうなのは麻袋と高級そうな生地だ。繊維の密度から考えても白い生地を被った方がいいだろう。

「布を出して。魔獣除けにみんなで頭から被ろう」

「どうしてまじゅうよけになるの?」

「体から漏れ出している魔力を隠すためだよ」

「いいな!それ」

 ぼくとボリスの間にケインを入れて三人並んでシーツのように大きな生地を被った。子どもがお化けごっこしているみたいだ。

「ススキを持ったら変身しているみたいで、かっこいいかも」

 かっこよくはないと思うけど、少しでもカモフラージュになるのならその案は採用してもいいけど、無駄な努力のような気がする。

 ケインとボリスはすでに残っていたススキを手に持っており、笑顔でぼくも持つように渡してきた。ススキをたくさん採ってきたのはぼくだ。諦めてへんてこな変装をすることにした。

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