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兄弟の絆

 所長から鍵を奪うのが簡単に出来たのは茶番だからだ。

 スケートボードを取り出して飛び乗ると、肩にみぃちゃん、頭にスライムを乗せて、ぼくの真上を飛ぶキュアが呼吸するかのように浄化の魔法を放っている。

 小柄な子どもだから出来る配置だ。

『兄ちゃんずるい!どうぞ』

 ケインからの懐かしい呼びかけがヘッドセットから聞こえた。

 万が一の事故に備えてたくさん作った魔術具を所長が気に入り、何事もなく瘴気を追跡する魔術具の検証が済んだら、エリアCを検証後の実証試験と称して探索する予定だったのだ。

 置いていかれたケインと所長が扉の向こうで嘆いているのは見ていなくてもわかる。

 ぼくの装備が完璧なことを知っている二人が居れば、ランスが追ってくるのを止めてくれるはずだ。

 エリアDが瘴気の発生源なのだ、ディーの記憶の中のランスの実力では足手まといだ。

 同行者が少ない方が守る範囲が少なくていい。

「浄化ポイントに着くまで通信を控えます。どうぞ」

 スケートボードの速度制限を外して坑道内を移動中のぼくの位置は、瘴気の濃度を示した魔術具に表示されているはずだ。

 気になるならそっちを確認すれば……。

 やられた!

 鼠一匹さえいないはずの坑道で、ぼくのスケートボード先端にウィルの砂鼠が乗っている。

「ウィルが使役魔獣をよこしているぞ!どうぞ」

『そんなことより内部はどうなっていますの?どうぞ』

 キャロお嬢様はウィルの(しもべ)がついて行くのは当然だ、という口調で送信してきた。

「キュアが浄化しながら進んでいるので全く問題ないよ。どうぞ」

 その後の通信は羨ましいとか、迷わず進むのはどうしてだとか、愚痴と質問が交互に来た。

 瘴気の濃い方に進んでいるのだから迷うはずがない。

 幼少時から近づいてはいけないと言い聞かされていた、瘴気に向っていくなんて正気じゃない。

 ユナ母さんが怒るかなと脳裏をよぎったが、研究バカだったから自分から飛び込んでいくはずよ、とメイさんなら言いそうな気がした。

 “……ご主人様。間もなく到着します”

 ナビまであるんだ。至れり尽くせりだよ。

 ぼくは速度を落として、ボードの先端に居るウィルの砂鼠を呼び寄せて胸ポケットに入れた。

 みぃちゃんとスライムたちが文句を言うが、瘴気に侵されたらその場で殺すしかないのだ。

 可哀想だろ?

 そうやってこの廃鉱では多くの魔術師が命を落としてきたのだ。

 

 瘴気の壁のような塊の前で立ち止まった。

「到着した。魔術具の明かりさえ瘴気に吸収されている。本体は真っ黒い霧の塊のように目視できる。投擲の攻撃を開始する。どうぞ」

 スライムがビデオカメラで撮影して記録をとる。

 狭い坑道に手榴弾型の浄化の魔術具を光の神の魔法陣になぞらえて投擲した。

 瘴気本体の手前で炸裂すると、浄化の魔法陣が瘴気を塞ぐ扉のように構築された。

 ぼくたちに襲い掛かる瘴気を抑えることは出来るが、瘴気を小さくするには至っていない。

『兄さん。エリアBで有効だった攻撃が効いていない!どうぞ』

「瘴気の拡散を抑えている。他のエリアへの影響を確認してくれ」

 これは王都へも被害をもたらした魔獣暴走の諸悪の根源なのだ。

 一人で対峙出来ているのは坑道内という狭さゆえ、こちらに有利になっているだけだ。

 ぼくの計画では、この段階では瘴気を抑えることが出来ればいい、そのまま浄化が出来ればラッキーだね、という程度に考えていた。

『他のエリアの瘴気に異常なし。次の段階に移行してくれ。どうぞ』

 所長がゴーサインを出した。

 次の魔術具は成功確率が低そうで、作っては見たものの自信はなかったが、キュアに後方から支援をしてもらえれば成功率が格段に上がるだろう。

 頭皮発光事件の卵型の魔術具に、所長が大量に所有していた火蟻の砂粒のような魔石に精霊言語で魔法陣を刻み投網のような仕掛けを仕込んだのだ。

 砂粒ほどの魔石には飛竜の鱗でコーティングを施して、魔石が配置につく前に瘴気に取り込まれないように対策はしてあるが、瘴気が強ければ失敗してしまう魔術具だ。

 ぼくが右手に魔法の杖、左手に卵型の魔術具を取り出すと、スライムたちはぼくとみぃちゃんと合体し、万が一の移動手段の選択肢を増やした。

 ぼくのスライムは胸ポケットのウィルの砂鼠だけ合体から外した。

 他人の魔力だからはじかれただけで仲間はずれにしたわけではない。

 撮影はカメラをボードに固定して続けた。

 記録をとらないと所長に恨まれる。

 魔法の杖で卵をこつんと叩くと、割れ目から女王蟻の魔術具が飛び立ち、光る砂粒が拡散した。

 キュアが女王蟻をアシストするように浄化の魔法を放ち、光る砂粒は坑道の壁や天井を這うように進み、瘴気を包み込むように魔法陣を配置した。

「瘴気に取り込まれることなく魔法陣を配置できたようだ。どうぞ」

 適切に配置された砂粒の魔石は、蜘蛛の糸のように隣の魔石に糸をだし瘴気を包む煌めくネットになった。

『瘴気の動きが完全に止まった。成功か!どうぞ』

 所長の声は興奮している。

 目前の薄い繭に包まれているかのような瘴気を見れば成功に見えるかもしれないが、鉱山全体を覆う、怒りのように震えている負の気配が、ぼくたちに向けられているのを感じる。

『兄さん!他のエリアの瘴気が兄さんのいるエリアDに向っている!!どうぞ』

「ぼくたちにはキュアが居る。ケインたちはそこに新たな瘴気が発生する可能性に備え結界を強化しておけ。そっちにも向かっている!どうぞ」

『了解。結界補強の手榴弾を各自に配備済み。どうぞ』

「子ども元気薬に浄化の効果が予見される。在庫は充分かい?どうぞ」

『兄さん。こっちは大丈夫だから無茶しないで戻って来てね。どうぞ』

 ぼくたちの周囲の瘴気が濃くなっているのがわかる。


 瘴気の発生源をいちご大福のいちごに例えると、いちごにチョコレートをコーティングして餡子で包んだら、異質と感じ取った餡子が糖度を上げて、チョコレートの存在を無きものとしようとしているのだ。

 “ちょっと何言っているのかわからない。”

 合体したスライムからダイレクトにツッコミが入る。

 瘴気は恐怖する心が大好物なのだ。

 瘴気に襲われると考えるより、餡子に包まれると考えたら怖くないだろう。

 美味しそう。

 餡子は美味しいけれど、チョコレートはもっと美味しいぞ。

 食べてみたい!

 この世界のどこかにカカオの実があるに違いない。大人になったら探しに行こう。

 “……ご主人様。何が言いたいのですか?”

 チョコレートは餡子に包まれたら見た目は同じように見えるが、決して餡子にはならないんだよ。

 “チョコレートである、あたいたちは餡子に負けないのね!”

 問題は鉱山全体がイチゴ大福の餅だから、ケインたちも餅と餡子に包まれている状態なのに、キュアが居ないのだ。


『兄さん。悪い報告だ。ぼくたちは今新たに発生した瘴気に囲まれている。どうぞ』

「大丈夫だ。鞄から卵型の魔術具を取り出せ。どうぞ」

『あった。予備魔術具でどうするの?どうぞ』

「皆がその魔術具に包まれれば、瘴気に取り込まれることは無い。キュアを連れて戻るまで充分持つはずだ。どうぞ」

『兄さんの魔力がないと発動しないよ。どうぞ』

「兄弟の絆を信じるんだ。ケインなら出来る。どうぞ」

 ぼくの小指の指輪の影に兄貴の欠片が居るのだ。

「卵を指で弾けば割れる。信じてやってみろ。どうぞ」

『わかった。やるよ。どうぞ』

 ぼくは兄貴を経由してケインに魔力が届くと信じた。

 根拠なんて何もない。

 港町で家族の魔力の籠った魔石をぼくが行使しやすいように兄貴が触媒になってくれたんだ。

 きっとぼくの魔力をケインに届けて行使できるようにしてくれる。

 そんな希望的観測でしかない。

 お願いだ!

 ケインに届け!

 ぼくは小指の指輪を両手で包み込むように胸の前で握りしめて祈った。


『兄さん。魔術具が発動して、ぼくたち全員が結界に包まれたよ。成功した!どうぞ』

 ケインの送信の後方で喜ぶみんなの声が聞こえた。

 条件は整った。

 関係者は浄化済みのエリアA、Bにのみ居る。

 エントランスのケインたちは結界に守られた。

 キュアもぼくたちも光る苔の洞窟の水をたっぷり飲んでいるから魔力はたっぷりある。

 雑魚瘴気など一掃してやるのだ!

 瘴気の本体に、三重に追加の卵の魔術具を使用し、繭の強化を図った。

 こいつの始末は後回しだ。

 港町で活躍した蝶の魔術具の魔法陣を描き変えて瘴気を追跡して浄化する予定だったのに、向こうからやって来てくれるなんてラッキーだ。

 蝶の魔術具を発動させると狭い坑道は一瞬で蝶に埋め尽くされたが、キュアが浄化の魔法を連打させ気流のように流れつくった。

 その流れに乗って、蝶は坑道の枝道にまで拡散して、どんどん瘴気を払っていった。

『兄さん。エリアDに集まって来ていた瘴気があっという間に浄化されていくよ。どうぞ』

「一度エントランスに戻ってそっちを浄化しに行くよ。どうぞ」

『ああ、兄さん。この速さで浄化できたなら、今日一日で廃鉱全体の浄化が出来るかもしれないね。どうぞ』

 ケインの言葉には安堵というより自信が籠っていた。

 小指の兄貴の欠片も嬉しそうだ。

 ケインに何かあったようだ。

 悪い意味ではない……。

 “……ご主人様。お会いしてから確かめたいのですね”

 感動の予感しかしないのに、シロにネタバレされたくないよ。

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