大救出
ディーに自分が拐した子どもたちの行く末を見届けさせている間に、光る苔に興味を示したキュアが水槽ごと丸呑みしてしまった。
シロが焦って亜空間を広い真っ白な世界に変更したということは、キュアのお腹がぺったんこに消化したら、変身が始まるのだろう。
ダンジョン見学が決まる前にシロが心配していた、坑道の瓦解って、もしかしてキュアが成体化して引き起こしてしまうのかな。
“……ご主人様。最悪の事態は坑内エントランスで巨大化して未浄化の五つの扉の封印を破壊し、瘴気が流出するのをキュアが防ぐために坑道を破壊しながら瘴気の発生元に行き浄化することです”
なんだか怪獣映画みたいな事態もあり得たのか。
みぃちゃんとスライムが固唾を呑んで見守る中、キュアの角張っていたお腹が丸い幼児体型に戻ると、突然蹲って小刻みに震えはじめた。
ぼくたちは成体化したキュアに押しつぶされないようにキュアから離れた。
キュアの体が光り出し眩しさの目を閉じると、キュアの歓喜の思念が溢れ出した。
目を開けていられなくても、キュアの魔力が巨大化しているのがわかった。
みぃちゃんとスライムが羨ましいと考えているうえ、みぃちゃんのスライムは下剋上を思案している。
実家では一部屋が光る苔の養殖所と化している。みんなの分が無いわけではないけれどキュアの変化次第だ。
光量が収まったのを瞼の裏で感じたので、ぼくは目を開けた。
山のように大きなキュアが居た。
……ぼくたちはキュアの後足の爪より小さいかもしれない。
怪獣映画の例えのようだがこれを廃鉱のエントランスでやられたら、ぼくたちは間違いなく圧死だ。
飛竜の成体よりずっと大きい体積と体重はどのくらいあるのだろう?
王都の教会の鐘の塔より確実に大きいだろう。
つまり国で一番大きい生物なのだろう。
“……ご主人様。キュアを信じてあげてください。あの子なら人間を圧死させるより鉱山を破壊する方を選びます”
亜空間内で良かったね。
調子はどうだい?
“……絶好調よ。味が無かったから楽勝ね。このみなぎる力で全ての瘴気を浄化したら、みんなと温泉に入り放題になるよね“
え゛え゛え゛え゛。
全ての瘴気を浄化できるのか!
動機が温泉リゾート開発なのか!!
今のキュアが入れる浴槽なんて作れるわけ……というか、みぃちゃんたちが縮めるのだからキュアだって縮めるはずだ。
今のキュアの大きさなら寮の厩舎も破壊してしまう。
というか毎晩同じベッドで寝ている。
“……小さくならないと一緒に寝れないの?!大変だわ!!”
キュアが現実を理解して、みぃちゃんとスライムたちに小さくなるコツを教わっている。
魔力を体の中心でためろ、とか、気合だ、気合で何とかしろ、なんて根性論もある。
シロは参加していないけれど、どうやって体の大きさを決めているのだろう。
“……犬の姿はご主人様の想像を具現化しているにすぎません。ご主人様が妖精型、と仰る私の姿が実体化した等身大の大きさです。精霊の大きさに魔力量は関係しませんから、今回のキュアの件では参考になりません”
上級精霊は人間サイズだったけれど、そこのところは置いておこう。
光る苔本体を摂取した検体はキュアしかいない。
キュア自身が克服すべき課題なのだろう。
それでもヒントになるものが欲しい……。
……体積と質量だ。
キュアがこの体で現実世界に戻れば、自重で地中に埋まるだろう。
“……ご主人様。安心してください。埋まりません”
キュアはボックスダンスのステップ軽快に踏んで、体の軽さをアピールする。
体積と密度が大きさに比例していないなら、風船の空気を抜くように縮まないかな?
ぼくのイメージにキュアが応えるように体を縮めて、通常の成体サイズになった。
「体は重くなっていないかい?魔力の変化は?」
“……体は軽く動かせるし、魔力は大きくなったままだよ”
圧縮されて苦しくないなら良かった。
「元の赤ちゃんサイズに戻れたら、鞄に入ってぼくの行くところに大概ついて行けるよ」
キュアはさらに体を縮めて元の大きさに戻ると、置いていかれないように鞄に入った。
打ち出の小槌なしに大きさを変えられるなんて便利だな。
みぃちゃんとスライムたちが瞳を輝かせてぼくを見た。
まさかとは思うけど、おまえたちも巨大化したいのか……。
廃鉱の処理が全部済んでから考えようね。
最初に対処しなければいけないのは、子どもたちの救助だ。
「シロはディーを連れていれば帝国にも行けるかい?」
“……ご主人様。ディーが訪れたことがある所なら行けます”
究極に苦しい環境から救いの手を差し伸べて洗脳している孤児院の子どもたちは今すぐ命の危険があるわけではないから、今回は保留だ。
助けても感謝されずに恨まれるだろう。
虐待と人体実験の子どもたちの救助が最優先だ。
ディーを懲らしめている間に調整をする時間はあるかな?
“……ご主人様。子どもたちの苦悩をたっぷり見せてあげるので大丈夫です”
シロに保護する子どもたちの人数と収容されている孤児院を聞き取り、計画を練った。
協力者が必要だが、直接会いに行けば廃鉱の時間が経過してしまい大騒ぎになる。
手紙だけ書いて、鳩の魔術具を送り込んだ。
廃鉱に戻る時が緊張の瞬間だ。
ディーが死んでしまったら、計画がおじゃんになる。
“……ご主人様。ご兄弟を信頼なさって大丈夫です。この計画は必ず成功させて見せます”
みぃちゃんとスライムも鞄の中のキュアも居る。ケインを信じて大丈夫だ。
ディーは十分反省したころかな?
“……ご主人様。ギャン泣きしていますがそのまま戻します”
濁りのとれた水晶の中のディーは、孤児院の職員が子どもたちの食事に盛る毒を調合しているのを止められずに、ただ泣いている。
良い頃合いだろう。
“……ご主人様。戻します”
さあ、行くぞ!
キャロお嬢様とケインとウィルの鞭の魔術具がディーに当たり電撃が走る。ぼくも鞭の魔術具を取り出して三人の鞭を払おうとするが、一足先に黒い兄貴が三人の放った電撃を空中の埃に分散させて坑道エントランス全体へと拡散させた。すると、バチバチ、と音を立てて閃光が弾けた。
全員がぼくに何をしたんだ、と驚異の目で見たが、やったのは兄貴だ。
ぼくは間に合わなかった。
兄弟を信頼しろ、とはこういうことか!
「なんで邪魔するんだ!」
「殺してしまっては、罪を償わせられない。消えた子どもたちを探す手がかりだよ」
ぼくは鞭の魔術具でディーを縛り上げると、全員にぼくのアリバイ作りに協力してもらうため説得を始めた。
「ディーが所属している組織は子どもを攫って人体実験をして、生きのこった子どもを洗脳して構成員にしているんだ。ディーは現状加害者だけど、同時に被害者でもあるんだ。詳しい説明は子どもたちを救助してから話すから、みんなはこのまま検証を続けて、ぼくとディーがここに居るふりをしていてほしいんだ」
「ツッコミどころが多い話だけれど、現実問題として瘴気の欠片が流出してしまったから、検証の継続が出来ない」
魔術具の検証を最初に気にするところが、所長らしくてブレていない。
「瓶の魔術具には安全弁がついています。所長の手が離れた時点で内蓋が閉じています」
ぼくは詳細を説明すると質問が止まらなくなる予感がしたので、瓶を手に取ると封印の扉の鍵にドバっと瘴気の欠片をかけた。
「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」
「瘴気の追跡をよろしくね!」
皆には、ぼくがディーとみぃちゃんたちを伴って突然消えたように見えただろう。
真っ白な亜空間でディーの鞭の拘束を解いて、光る頭皮も解除した。
「何をさせるつもりなんだ」
涙で濡れた顔を拭うことも無く言ったディーの口調は、もう組織への忠誠心は窺えなかった。
「今は道案内だけだよ。組織を裏切る覚悟があるのなら、やってもらいたいことはあるけれど、子どもたちの救出が最優先。だから終わってから話すよ」
シロにぼくとディーとみぃちゃんとキュアに顔や体格の印象が残らなくなる認識阻害の魔法をかけてもらい、帝国の孤児院に転移した。
黄砂に霞む孤児院の食堂に転移すると、職員たちが、誰だ、と誰何したが、答えることはもちろんしない。
ぼくは子どもたちを片っ端から亜空間に送り込み、部屋から出られずに動けない子どもをみぃちゃんとスライムたちが探し出す。
ぼくたちは職員たちが止めに入れないスピードで移動し、我に返ったディーが職員たちの動きを止める魔法を行使したことで、楽に全員保護することが出来た。
次はキュアの出番だ。
キュアが鞄から飛び出ると、スライムたちはぼくとみぃちゃんと合体した。
「自分の身は自分で守ってね」
ディーにはまだ死なれては困るから声だけかて、ぼくとみぃちゃんは窓から飛んで脱出した。
蜻蛉型の翅をはためかせ上空に退避すると、魔法の杖をひと振りした。
それを合図にするようにキュアが巨大化して、木造の孤児院を木っ端みじんに破壊した。
大量の埃が舞い上がり、衝撃波で辺りに瓦礫の木っ端がはじけ飛んで行った。
あまりに豪快な破壊ぶりに、ぼくはかなり心配になった。
対策は上手くはたらいただろうか……。
“……ご主人様。安心してください。死者は居ません”
ぼくが魔法の杖に仕込んだ魔法陣は、人が瓦礫に押しつぶされないように人間の魔力に反応して衝撃を緩和する設定を施していたのだ。
計算通りに上手くいって良かった。
“……カイルがキュアを巨大化させたように見えるね”
みぃちゃんは自分が飛んでいることに物怖じせずに、笑いながら思念を送ってきた。
通常の成体の大きさに縮んだキュアが瓦礫の中からディーを咥えて飛んできた。
路上にあふれ出てきた野次馬に、飛竜が人間を食べようとして攫ったように見えないと良いな。
そんなことを考えつつも、まだ二か所も破壊しなければいけない孤児院があるので先を急いだ。
残りの孤児院でも同様に、子どもたちを救助した後、建物を破壊してきた。
真っ白な亜空間に集められた子どもたちは45人で、意識のある子は動揺していたが、キュアに癒しをかけられて全員が回復した。
回復した子どもたちはやつれていたが、みぃちゃんとスライムたちに笑顔を見せるようになったので、キュアは赤ちゃんサイズに戻って可愛らしさを子どもたちにアピールした。
アニマルセラピーで心の傷を癒してほしい。
避難所に転移する前に、ディーだけ真っ白い亜空間に残して、光る苔の洞窟に転移した。
解毒は出来たが、体力が戻っていない子どもたちに、幼児期のぼくたちがろくな食事もとらずに動き回れた誘拐事件の時を思い出して、洞窟の水を飲ませることにしたのだ。
水場に直接転移して順番に美味しい水を飲ませた。
みぃちゃんもスライムたちも浴びるように飲んでいたので、ぼくとキュアもつられて飲んだ。
ここで飲むと美味しいのに、どうしても持ち帰った光る苔の雫はあんなに激マズになってしまうのだろう?
“……ご主人様。洞窟を離れると、不味くなるようになっております”
みぃちゃんとスライムたちが光る苔が生えている方向をじっと見ている。
ここの苔なら不味くないかもしれないと思案している。
先に子どもたちの避難を完了させるよ。
真っ白な亜空間を経由して、実家とマナさんのうちから支援物資を受け取ると、お婆とマナさんが人手も必要でしょう、と言ってついてきてくれた。
子どもたちの一時避難所は飛竜の里のポアロさんの自宅だ。
里を訪れる人の宿泊所を兼ねているから六人一部屋なら何とか泊まれる。
なんなら庭に土魔法で簡易の宿泊施設を造ろう。
そう考えてポアロさんの家の中庭に転移したら、里の人たちが総出でポアロさんの自宅を増築していた。
「困った時はお互い様ですよ。カイル君は飛竜を救ったヒーローだし、村に新しい特産品を提供してくれた恩人だ。どういう事情で子どもたちを保護したのかは追々伺いますが、まずは子どもたちに元気になってもらわなければいけないでしょう」
どうやっていきなり中庭に現れたのかも聞かずに、ポアロさん夫婦は初対面のお婆とマナさんに挨拶すると、子どもたちの食事や風呂の用意を始めた。
頼れる大人がたくさん居て本当に良かった。
廃鉱の検証チームの時間稼ぎにも限度があるので、子どもたちの世話をみんなに託して、亜空間に置き去りにしていたディーを連れて、廃鉱に転移した。
「結果はどうですか?」
ぼくが拘束を解かれたディーを伴って魔術具をいきなり覗き込んで質問したので、全員が腰を抜かすほど驚いていた。
急に現れたら誰だってびっくりするよね。
急ぎ過ぎて配慮を怠ってしまった。
「かっ、各エリアの瘴気の分布を確認することが出来た。これをもとに瘴気を払う計画を見直せば相当成果を上げられる」
所長はすぐに衝撃から立ち直ると、魔術具の解析結果を伝えた。
ぼくが魔術具に示された瘴気の濃度を見ると、発生源が特定できた。
「ディーにはこれから二重スパイをしてもらう予定なので、逮捕と罪状はまだ秘密にしていてください」
そう言って、ディーをハロハロに押し付けた。
「発生源はここですから、ここの瘴気を払えばあとは楽です。ちょっと行ってきます」
ぼくは封印の扉の鍵を素早く所長から奪うと、エリアDの扉を開けて中に入ると即閉じた。
みぃちゃんとスライムたちとキュアも一緒だ。




