消えた子どもたち
坑道内の明かりが消えるとすぐに、スライムたちがポケットから飛び出し発光した。
キュアも鞄から飛び出したが、同じくポーチから飛び出したみぃちゃんとみゃぁちゃんに魔法の使用を止められた。
検証が進んでいるのか確認しようと魔術具を見ても変化がない。
所長の手元の瓶が消えていた。
誰かがネコババした!
「一人いない!」
ボリスが叫んだ!
所長もディーとランスにハロハロもいる聖女先生と……。
キャロお嬢様がいない。
「キャロの魔力の気配がない!スライムも居ない!!」
ケインが立ち上がって叫んだ。
「いや、居るよ」
ぼくは立ち上がってキャロお嬢様がしゃがんでいた後方に歩み寄った。
ケインも異変に気が付いたようにハッとした顔になった。
「何言ってんだよ。キャロライン嬢の魔力はどこもない!早く捜索隊を結成しなくては!」
ランスの声が上ずっている。
聖女先生は両手を口に当てたまま何も言えずに震えている。ハロハロが聖女先生を気遣うように立ち上がると、ディーが間に立った。
子どもたちが所長の指示を仰ぐかのように見つめると、所長が入り口に向けて手を振ろうとしたが、ぼくはそれを語気を少し強めて止めた。
「だから居ますよ。転移の魔法陣を使用した気配もないのに、こんな短時間で居なくなるわけないじゃないですか」
ぼくは坑道内で唯一魔力を感じない場所に手を触れた。
ぼくが触れた地面はツルンとした触感で、握ると一枚の黒い布になった。
布をめくると横たわったキャロお嬢様と魔術具の瓶が転がっていた。
「「「「「「「「おおおおおおおお」」」」」」」」
お嬢、キャロお嬢様、とどよめきと安堵が同時に起こった。
キャロお嬢様に意識はなかったが、首筋に触れると温かく脈も力強く打っている。
キュアが飛んで来ると即座に癒しの魔法をかけた。
キャロお嬢様は目覚めると、騒ぎ立てる皆を茫然と眺めていた。
ポケットから這い出て来たキャロお嬢様のスライムも、何が起こったかわかっていないようだった。
みゃぁちゃんがキャロお嬢様のスカートの裾を整え、みぃちゃんがしっかりしろとでも言うようにキャロお嬢様の膝をポンポン叩いた。
「お嬢様を安全なところに移動しましょう」
騒ぐボリスをキャロお嬢様が片手で制した。
「私がこの状態でここから出たら事態は大変な方向に動きます。その前に何がどうなっているのかの説明をお願いします」
キャロお嬢様の受け答えはハッキリしている。
キュアの癒しで全快したであろうが、その瞳は怒りで輝いていた。
犯人はこの中に居る。
「辺境伯領主の孫が人前で意識を失った。まさかこれを口外できると思っているものは居ないだろうな。」
所長の瞳も怒りに燃えている。
廃鉱の再開発のスポンサーとしての辺境伯領主の支持を失う事より、従姉の子が襲われた私怨に燃えているようにも見える。
「私は攫われかけましたが、気を失ってはいません。そういうことで、宜しいですね。乙女の腹部を殴打するなんて信じがたい暴挙です!」
キャロお嬢様は暗転と同時に腹部に強い衝撃を受けた記憶しかなく、キュアの癒しで完治しており魔力の残滓を追うことは出来なかった。
「怖い思いをしたでしょう。ひとまずは宿舎に戻った方が良いかと。きちんとした医者にも診てもらわなければ駄目です」
「それこそ駄目ですわ。扉を開けたら犯人が逃げてしまいます」
ハロハロの気遣いを、完璧な癒しをいただいたから問題ありませんわ、とキャロお嬢様が制した。
「貴方は今ここで犯人を見つけるつもりなのですか?」
聖女先生が無茶せず騎士団に託しましょうと言った。
「犯人が捕まれば、おじい様に殺されてしまいます。そんなわかりきったことを何故するのでしょう?」
「犯人は上手くいくと思っていたんでしょうね」
「こんな布を用意していたんだ。計画的犯行だろう」
黒い布に仕掛けが無いか所長とランスが確認する中、ケインとボリスは、魔力を遮断する布だ、懐かしいね、と、自分たちの誘拐事件を思い出している。
「魔法陣も確認できないし、魔法が行使された跡もない。ただ暗いところに黒い布で隠されていただけなのか?」
計画自体が杜撰に見える。
「これほど魔力を強烈に遮る布が一般販売されていないだろうから、足が付くのも早いのではないか?」
ランスの発言に、聖女先生が俯いた。
「貴方の実家は確かこういった特殊な布を開発されていましたよね。頭皮発光事件でも……」
「憶測だけで頭皮発光事件の話を持ち出さないでください。王国の人間でしたら親戚縁者をたどれば関係者なんて、悪臭を放った人も頭が光った人もたくさん居るはずです!」
ハロハロが王族スマイルで聖女先生を詰問しようとしたが、発言を止められた上、ディー以外の大人全員が当てはまる、と論点をすり替えた。
ランスは本人がつい最近まで臭かった。
「実家とはもう数年も前に縁を切っています。皆さんだって最近王都に行かれていますから、つてさえあれば布の購入は誰でも出来ます」
初級魔獣使役師の資格を取得しに大人たちは全員王都に行った。
“……ご主人様。いつまでこの茶番を観察なさるのですか?”
密室で事件と言えば、当事者たちが検証して解決するのがミステリーの定番でしょう。
スライムたちもみぃちゃんとみゃぁちゃんもキュアまで何とかしてくれとぼくを見た。
ぼくは転がっている瘴気の欠片を入れていた魔術具の瓶を魔法の杖でこつんと叩いた。
杖には反応があった。
ちゃんと残っている。
「最後にこの瓶に触れた人に粉がかかります。所長かキャロお嬢様にかかるのは不可抗力です」
もう一度瓶を叩くと杖の先から少量の光り輝く粉がふわりと舞い上がった。
光の粉はぼくたちの真上で拡散し、再びゆっくりと集まり、ディーの頭頂部に降りかかると、柱を象るように垂直に光り輝いた。
キャロお嬢様とケインとウィルが鞭の魔術具で三人同時に攻撃した。
キャロお嬢様のじいじに殺される前に、三人にやられてしまう。
三人の鞭が当たる直前にディーを亜空間へ連れ出した。
ディーは真っ暗闇の方の亜空間に放り込まれた。
真っ暗闇の中ディーの頭頂部から神秘的な光柱が立っているが、ディー自身には全く見えてない。
“……ご主人様は殺生を嫌いますからこうしましたが、あのまま電撃でも食らえばよかったのですよ”
三人は死なない程度の電撃を出すつもりだったが、三倍になればショック死するだろう。
ディーを助けるためというより、ケインたちを人殺しにしないための処置だ。
「こ…、こ、ここはどこだ?!」
ディーが狼狽えて叫んでいる。
怯える人を鑑賞する嗜虐趣味は無いので、犬型のシロを発光させてぼくはディーの目の前で実体化した。
真っ暗な地面に両手両膝をついって四つん這いになったディーの頭頂部の光が顔面に直撃した眩しさに目を覆いながら言った。
「辺境伯領の人間に手を出せばこうなることくらいは、わかっていたでしょう。何でこんなことをしたのですか?」
ぼくの声にディーが顔を上げたので、光の直撃が反れてぼくも顔を覆っていた手をさげた。
「……カイル!…お前は何者なんだ!」
ディーがぼくの方に手を伸ばしたが、シロのひと睨みで動きが止まった。
「質問に答えていませんよ」
「洗礼式前後の能力の高い子どもなら誰でもよかった。ただし、お前たちには隙が無かった。だから、俺は考えたさ。経験上、人が多く出入りする日は隙が生まれやすい。お嬢が見つかる前に扉が開けば大勢人間が出入りする。そうなれば紛れてエリアAの坑道の一つにお嬢を閉じ込めて、ほとぼりが冷めてから運び出すことが出来る算段だった」
素質がありそうな子どもを攫うことが目的で、政治的に辺境伯領を狙ったわけではなく、ウィルでもケインでも良かったが、一番弱そうなキャロお嬢様に狙いを付けただけだった。
所長の掛け声で発動するように廃鉱入り口のエントランスに仕掛けをしてあったのだ。
坑道の明かりに聖魔法の魔法陣を施す作業中に点検と称して仕込んでいた。
「あんな黒い布をかけただけで隠しきれると本気で思っていたのですか?」
「混乱の魔法を施してあるんだ。雑であろうと見つかるわけがないんだ」
雑な仕事で成功した体験を積み重ねてきたんだな。
「王都で疑問に思うことがあったので、少し調べていたのですよ。祠巡りを熱心にする子どもたちが居るのに、魔法学校に入学してくる平民の子どもが少なかったのですよ。どこに行ってしまったんでしょうね?」
教会とハロハロの慈善団体に貧困層の子どもの死亡率を調査してもらったら、五才児登録されていた子どもが洗礼式で登録されない数が、三才児から五才児に登録されなかった数より多かったのだ。
その年代の子どもたちに特化して流行った病気もなく、居なくなった子どもたちは祠巡りの途中や商店街の魔術具に魔力操作の練習に行ったきり帰って来なくなったのだ。
市民たちも誘拐を疑い、子どもだけで祠巡りや魔力操作の練習に行かなくなると、洗礼式にやって来て鐘を鳴らした地方の子どもが突然消えるように誘拐されていたのだ。
教会関係者ならどの子にどんな適性があるかがわかるから選び放題だったのだろう。
「お前らのせいで、ブツが減ったんだよ。誰でも使える暗示の薬の流通ルートが断たれて出荷量が確保できなくなったんだ。俺は雑魚の仕事は引き受けないから関係ないが、この国を去る前に俺クラスの魔導師になれる子どもを一人攫う割り当てがあるんだ」
割り当て?組織的に活動していてノルマがあるのだろうか?
「どんな組織か知らないけれど子どもを攫って魔導師という名の戦闘員でも養成しているのですか?」
「ふん。どうとでも言えばいい。生まれの立場に関係なく、国家に忠誠を誓うこともなく、自由に能力を揮える機会を得るのだ。攫われた方が幸せになれる」
貧困層の子どもたちに毎日おなか一杯ご飯が食べられて教育の機会が与えられると言っても、家族と離れることを望むだろうか?
「キャロお嬢様は今のままで十分に幸せですよ」
「政略結婚の駒としてボンクラ王太子の長男と結婚させられるのにか?」
「彼女なら自力で何とかしますよ。ケインもウィルも自分の幸せは自力で掴み取ります」
ディーは両手をついて項垂れた。
「自分だけが幸せになっても、世界は変わらないじゃないか。俺たちの仕事はこの世界に恒久的な平和をもたらす大切な責務があるんだ。個人の幸せなんてちっぽけなことなんだ」
論点がずれていく。
これは本人から事情を聴いても自分の都合の良い事しか言わないだろう。
……あれをやるか。
“……ご主人様。彼の人生を追体験することはお勧めしません”
過酷な子ども時代を送っていただろうから、ぼくがディーに同情してしまうのかな?
“……ご主人様。かなり残酷です”
水晶玉で白い霧でぼかしても駄目かな。
“……ご主人様。場面ごとに早送りをしましょう”
VRの制作で映像の編集を覚えたシロなら上手く編集してくれるだろう。
ディー本人は未編集の世界に送り込んで自分が攫った子どもたちの実情を知らせれば、己の偏った正義感に気が付くかもしれない。




