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コートニー先生

 鉱山から出ると、イシマールさんと飛竜たちが見学の時間が長かったため心配していた。

 飛竜たちに精霊言語でダイジェストの映像を送るとキュアが褒められた。赤ちゃんなのに上手に魔法が使えたんだって。

 入り口の広場では屋台の準備が整っていて、美味しそうな匂いを漂わせている。

 金魚すくいはいないけど、型抜きが魔力使用不可と書かれたのぼりを上げていた。

 屋台のおっちゃんは娯楽のない廃鉱に楽しみを届けるんだ、と息巻いている。

 山で娯楽と言えば温泉卓球だ。

 卓球台の製作はイシマールさんに任せて、ぼくは適切な場所を探して土魔法でボーリングをして温泉を出そうとした。

 鉱山入り口から少し離れた結界で保護されている山の中から間欠泉を引き当てた。

「何やっているんだ!」

 ボリスがお目付け役らしく騒いでいたが、土魔法で浴槽を作ると、下ごしらえを終えた屋台のおっちゃんたちが脱衣所と洗い場と四阿を制作してくれた。

 一度大浴場を経験した仲間には言葉で伝えなくても分かり合えるものがある。

 キャロお嬢様は女湯も欲しい、と言い出したので浴場製作に加えて、のぞき魔対策の魔術具の制作もした。

 所長が惜しげもなく素材提供をしてくれたので、そこそこ優秀な犬型警ら魔術具が出来あがった。

 “……ご主人様。モデルが私なのですか?”

 可愛いけれど獰猛なイメージがシロだったのだ。

 キャロお嬢様が真似して機能を少なくした自分の愛犬バージョンを制作すると、ハロハロも愛犬型の魔術具を制作し始めた。

 所長は歓喜のテノールの美声を響かせ、ランスは坑道探索用の小型魔獣の魔術具を制作するも形だけ整っているが性能がいまいちな鼠だった。

 ディーが小型魔獣なら兎一択だろ、と喚いていたが、暗い、狭い、潜る、といったら土竜だろう。

 実物の土竜を見たことが無いランスには難しかったようなので、初級魔獣使役師の資格を取りに行って下級魔獣を観察するようにハロハロが助言をしていた。

 魔獣の生態を知らずに模倣しても、ただのぬいぐるみにしかならない。


 ぼくたちの準備が万端に整った頃エリアBにいた上級魔法師の部隊が戻ってきた。

「ここは天国か?俺たちは一回死んだのか……」

 屋台が立ち並び、湯上りでうなじを湿らせた聖女先生とキャロお嬢様が、たこ焼きをフーフーしながらぱくついている。

 鉱山入口で茫然とする隊員たちをランスが(匂いが無い、と驚愕されながら)露天風呂へと案内した。

「清潔にするだけなら清掃魔法で済ませられるが、心の栄養も必要だろう?」

 隊員たちに入浴指導をしてから湯船に浸かったランスから感嘆の声があがった。

「ああ。天国だ!」

「明るくて広い場所に出るだけで、生きていることを実感するが、湯に浸かると体の緊張がほどけるようだ」

 隊員たちも温泉の魅力にうっとりとしながら湯に浸かっている。

「薬効成分のある湯なんだ。そこの少年が湯脈を掘り当てたから、これからは地上に出たら毎日入れるぞ」

「この湯に浸かれば体臭が変わるのか?」

 ランスは事情がわからない彼らに、これは全部今日半日の出来事だ、と前置きしてぼくたちが飛竜たちを従えて魔法の絨毯でやって来たところから説明した。


 温度の違う露天風呂を三つも作ったのはボリスとウィルが真似して浴槽を制作したからだ。

 ダンジョン見学でのトラブルを想定して、朝から子ども元気薬を服用していたぼくたちは魔力が有り余っている。

 ぬるめのお湯にゆったり浸かりながら、露天風呂から見下ろす景色は廃墟と化した町並みだったが、草木に浸食された町跡にはちょろちょろと動く魔力があり、この地に小型魔獣が戻ってきているようだ。

「あっ。栗鼠だ。魔力が満ちてきたのか低級魔獣が増えているようだね。自然がこの地を再生することを望んでいるみたいだ。良くここまで蘇ったよね」

 湯船に浸かりながらウィルがしみじみと言った。

「ここで働く人たちが瘴気を抑え込んでくれたからだよ。見て、狩りの姿勢に入った鷹が居るよ!幼い時はこの影に攫われるかもしれないって怯えたんだ」

 ボリスの言葉にぼくとケインが肩を震わせて笑った。誘拐事件の時は鳩の魔術具の影で怯えていたのだ。

「ぼくたちの幸せは現場で必死に働いてくれている人たちのお蔭なんだよね」

 ケインがしみじみと言うと、エリアBから引き揚げてきた上級魔法師たちが隣の岩風呂ですすり泣いた。

「お前たちの新しい魔術具が完成したら、この廃鉱の諸悪の根源が解明されるだろうな」

 ランスの一言で、ぼくたちは裸の男たちに、どういうことだ、と囲まれて問い詰められることになった。

「「「「「瘴気を除去できる魔術具ができるのか?」」」」」

「瘴気の流れを解析する魔術具を制作する予定なだけです!」

 湯船に浸かりながら魔術具の概要を説明する羽目になってしまった。


 新しい魔術具についてはあったら良いね、という程度の説明で済ませて、湯上りの牛乳を堪能した後、屋台で腹ごしらえをして、卓球で遊んだ。

 木と石を混ぜ合わせて錬金術で制作したボールは良く弾み、こぼれ球をみぃちゃんとみゃぁちゃんが拾ってくれるが返してくれないので、いくつも製作する羽目になった。

「職業体験の実習のはずなのですが、すっかり遊んでしまっていますわ」

 いいのでしょうか、と聖女先生が呟くと、ハロハロが焼き鳥をつまみながら、言った。

「職員との交流会ですよ。緊張する現場にこういう一日があって良いはずです」

「……あなたはお変わりになられましたね」

「…以前何処かでお会いしましたか?」

 聖女先生はようやくハロハロが先生のことに気が付いていなかったことに気付いたようだ。

 ぼくとケインとボリスで少し冷やかしてやることにした。

「ハロハロがナンパしてるよ」

「ナンパって何だい?」

「女性を口説くことだよ」

「聖女先生が口説かれているの?」

「『お嬢さん、以前何処かでお会いしませんでしたか?』って、女性に話しかける定番のセリフでしょう」

「まあ。ハロハロは妻帯者なのに聖女先生を口説いているのね。不潔!」

 キャロお嬢様まで寸劇に参加してきた。

「「大人をからかわないで!!」」

 乗り遅れたウィルがハロハロを見ながら聖女先生の名前を呼んだ。

「コートニー先生はハロハロと魔法学校時代に学年的に接点がありませんよね」

 名前を聞いてハロハロは合点がいったようだ。

 恥ずかしそうに右下に顎を引いた。

「コニー先生は私が帝国に留学してから魔法学校に入学したので、在学期間は重なりませんが、上級学校のパーティーでお会いしたことがありますよ」

 ぼくたちが年齢上の理由で参加できない晩餐会のマナー講座の授業かな?

「思春期というのは恥ずかしい時期なんですよ。私は親の威光で敬われていただけなのに、全ての女性は私に恋をしていると思い込んでいたんですよ」

「ああ。それはイタイ男子ですわ」

 キャロお嬢様がわざとらしく顎を引いて言った。

「道理で当時の貴方は、私が愛人になって当然だというように、腰に手を回そうとなさったりしたのですね」

 セクハラ王太子だったのか。

 しかもスルーしかけたけどコニーって…。好かれていないとわかりきっている女性を愛称で呼ぶのはいかがなものだろう?

「申し訳ない。ごめんなさい。若気の至りです。子どもたちの前で暴露しないでください」

 往路の魔法の絨毯の上で概要はもう聞いちゃったよ。

「あなたのその態度のせいで、簡単に押し倒せる女扱いされて、学校生活が苦痛でした。卒業単位を取得すると、教会に逃げるように駆け込んだのです」

 聖女先生はハロハロのせいで人生が変わってしまったんだ。

「…謝って済む問題ではないのはわかっています。青春時代は戻ってこないのですから。当時の私は愚かでした。いや、今だって賢くなれたわけではないのです。愚かであることを知っただけの人間です」

「神に仕える身になったことを恨んではいませんよ。もう少し楽しい学校生活を送りたかった、という願望、いえ、未練があっただけです。ハロハロさんは、もう別人のように視野が広くなられましたのね。あのときの貴方でなくなったことは、この国にとって喜ばしい事です」

「私はコニー先生が、来年この廃鉱できつい任務をこなさなくてはいけないことに罪悪感を覚えます」

「……誰かがしなくてはいけない仕事です」

「危険の少ない楽しい職場になれば良いのですわ」

 キャロお嬢様は、広大な廃鉱前の広場がお祭り会場と化して職員たちが寛いでいる姿を見て、温泉宿泊施設に遊園地を併設して訪れる人たちに祠に魔力奉納をしてもらえばいい、と言い始めた。

 人口が増えることで瘴気の発生を抑えられるのならば、魅力的な提案だ。

「靴底に付く白金を目当てに大勢の輩が集まること、待ったなしですね」

 隊長が現実的なことを言った。

「隊長が適当な小石を拾ってください。おそらく白金は含まれていませんよ」

 ディーの発言に隊長がしゃがみ込んで必死に小石を選び始めた。

 全然見当違いの方向を探している。

「この中から希少鉱物を含有している小石を見つけ出すことが至難の業なんですよ。少年たちの能力が特異なのです」

 私もカッコつけるために涼しい顔をして必死に探しました、とディーが言った。

「君たちの新しい魔術具を上級学校の卒業制作に出来るように校長に掛け合おう」

 所長が約束してくれた。

「瘴気の欠片を学校に持ち込めないのなら、ここに通ってもいいですか?」

 現場で制作できれば検証もすぐにできて便利だ。

「そうしてくれると私も嬉しいよ」

 一緒に作る気満々で所長が良い声を響かせた。

「明日からエリアBに潜らなければならないのか……」

 おれも参加したかった、とランスが嘆いた。

「いくつか検証してほしい魔術具を持参してきたので試してもらって、毎日帰ってきてもらうのは無理ですか?」

「今日戻ってきた部隊より俺たちが潜る坑道は奥なんだ。往来で取られる時間が無駄なんだよ」

 ぼくとケインは顔を見合わせた。

 父さんから解禁された魔術具の一つを、魔法の杖をひと振りして取り出した。

 実家の体育館でしか使用していなかった、スケートボードだ。

「「「「「「「「板!?」」」」」」」」

「それは飛ぶのかい?」

 タイヤが付いている時点で飛ばないのはわかるだろう。

 ケインがお手本として軽く蹴って前進した。

「「「「「「「おおおおおおお」」」」」」」

 前進しただけでどよめきが起こった。

 凸凹の広場を滑らかに前進しているのは確かに驚愕に値するよね。

「おいくらで販売していただけるのでしょうか?」

 所長が揉み手で聞いてきた。

「二台しかないから販売はしません。貸出するだけです」

 所長はがっかりしたけれど、ディーとランスは喜んだ。

おまけ ~とある上級魔法師の呟き~


坑道の浄化は六日に二日は地上にも戻れる。

こんなきつい仕事に従事するのは訳アリの貴族の子弟か、最先端の魔術具を現場で使用したいが、戦場に行きたくない魔術具オタクばかりだった。

王国の平和は俺たちが支えている、そう声高に言える職務なのに、廃鉱の後始末、と言われてしまうと、出世街道に難ありの人たちの巣窟だと世間は見ている。

あながち間違ってはいない。

魔法学校を上位の成績で卒業しても、城の文官になれるのはコネがある上位貴族とその僕だ。

研究所への就職も教授の覚えめでたいことをしなければ声がかからない。

自分の心赴くままに魔術具の研究をして暮らしたいけれど、現実はそうはいかない。

廃鉱の後処理の研究所の求人に応募したのは就職浪人をしたくない焦りと、三年務めて金を貯めたいという願望からだった。

書類選考に面接は何の滞りもなく進んだ。

何の後ろ盾もなく、魔法学校の成績も上の下くらいの俺は、ここ以外は全て書類選考の一次審査で落ちていた。

選択肢なんて贅沢なものは、俺にはなかった。


そうして決まった職場は過酷以外の何物ではなかった。

同期の半分が一年で殉職した。

瘴気に浸食された同僚を何人葬ったか覚えていない。

如何に瘴気を抑えながら活路を見出すか、生きのこるためにはどうすべきかを基本的に考えて、ただ生き永らえた。

入所三年目で目標金額の貯蓄が出来た時、辞表を胸ポケットに入れて坑道に入った。

次に地上に出る時にはこの職場から解放される。

それが最後の仕事への意気込みだった。

未来の所長と言われている新人が部隊に居ることは知っていた。

希少金属のスプーンを咥えて生まれてきた人間だ。

彼が傷つくことがあれば俺の退職が円滑にいかないだろう、という苦い気持ちしかなかった。

……彼は普通の上級貴族ではなかった。

彼が持ち込んだ全ての魔術具は隊員を死なせないためのものだった。

浄化の効力を上げるものではなく、防御を強化するものばかりだった。

「私の立場で最前線にたてるのはこれが最初で最後になる。だからこそ全員が生きて帰ることが大事なんだ。もっと効率よく瘴気を浄化できる魔術具を私はこれから制作することをここで誓う。だが、使用するのは私ではなく君たちだ。君たちが生きて帰って来なくては、私の魔術具は瘴気を抑えたとしても、それは失敗作なんだ。現場に行く人間は必ず五体満足で生きて帰って来なければいけないのだ。だから、私が最初に完成させる魔術具は何があっても全員生きて帰って来られるようにする魔術具なんだ」

俺はきっと馬鹿なんだ。

ポケットの辞表を握りつぶしていた。

この人と共に坑道を完全に浄化する未来を見てみたいと思ったんだ。


彼はあっという間に俺が気軽に声をかけられない立場になった。

だが彼は相変わらず現場の安全を最優先にしてくれた。

前髪の後退は彼の苦節の証だ。

若くしてあらゆる苦悩を引き受けてくれたのだ。

名前で呼べば殿下と称号を付けなくてはいけないので役職名で呼んでくれ、と誰にでも気さくに接してくれる、優しい人だ。

魔術具オタクの傾向があり、何日も見かけない時は研究室に籠っていからだ、と言われている。


魔法学校の生徒たちの見学が決まってから、所長室から歌うような歓声が何度も聞こえたそうだ。

きっと面白い魔術具を制作した生徒が来るのだろう。

俺は穴に潜っている期間だから関係がないと思っていた。


鳩の魔術具が手紙を運んできた。

どんな急事態かと思ったが、革新的な魔術具で今すぐ現場に活用したいから、きりの良いところで戻ってこい、と書かれていた。

俺たちは即座に撤退した。

生きのこる確率が高い方の行動をするのが習慣化しているからだ。


明るい外に出ると信じられない光景だった。

「日頃より厳しい現場で働いて私たちの暮らしを守ってくださっている皆さまに、辺境伯領主からの差し入れです」

美少女の言葉にここが天国ではなく、いつもの坑道の入り口であることに気が付いた。

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