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輝け!スライム

「お前の仕業かランス!」

 スライムたちと戻ってきたディーが扉を開けた時の匂いだけで決めてかかった。

「浄化済みのエリアに行くやつなんて盗掘目的に決まっているだろう。罠を仕掛けて何が悪い」

「所長の許可は……ああ。所長が忘れていたのか…」

 所長はディーの視点を避けるようにゆっくりと左下を向いた。

 報連相を受けたのに、所長が下に伝え忘れていたのか。

「そのことも大切ですが、先ずは誓約書に記名してください。幾ら今すぐトイレに駆け込む状態ではなくても、おならが止まるだけでだいぶん体が楽になるはずです」

 聖女先生は、去年教会に腹痛の癒しを求めて大枚をはたく人たちの治療に失敗した、苦い経験を語った。

「誓約書の内容は辺境伯領出身者とラウンドール公爵家に害意を持って接しない、または知っていて放置しないという内容です」

 隊長が要約してくれたが、本人が読まずにサインしてはいけないので、上級魔法師ことランスが誓約書を熟読している間に、昨年の辺境伯寮の大審判となった素材採取の実習の顛末を所長とディーに説明した。

「「猪の暴走を解除できたのか!!」」

 所長とディーが声を合わせた疑問に隊長が答えた。

「きっかけとなったウリボウが完全に治癒されて解放されたことで、狂乱の連鎖が安堵の連鎖に変化したようだ。低級魔獣の実験でも立証されたよ。感情の起伏が激しいほど新しい暗示にかかりやすくなるようだ」

 騎士団ではその後の検証もしていたのか。

「暗示に使われた薬品は帝国由来の物で、教会関係者にも臭う人がいたようでした。私は直接存じ上げない方でしたので、一部の神よりお金を選んだ他人事のような気がしておりましたが、頭皮発光事件では知人の教会関係者の頭が光りました。どうやら買収でなく脅迫行為にあっていたようです」

 薬害の検証から話が飛んだが聖女先生から頭皮発光の発言が出ると、誓約書を読んでいたはずのランスも所長の額を見た。

 お婆特性の増毛剤を服用前のハルトおじさんより所長のおでこは広い。だが、光ったのはおでこではなく頭頂部なのだ。所長の光り方とは違う。

「ああもういい。この悪臭から解放されるのなら何にだって記名するよ。要するに俺の罪はこのまま放置していたら誰かが害を受けるのに気にしなかった罪だ。こんな幼い子どもたちの実習に、死者を出してもおかしくない事態を起こすきっかけを放置したことだ。自分は関係が無いと思っていた事が自分に返って来ただけだ。カイル君たちは俺がこんな廃鉱で世間と隔離されていることを知らなかったから、こうして俺が一年も腹痛と悪臭に苦しんだことに責任はない」

 知らなかったから救済しなかったのではない。そういう人が存在し得ることは想像に難くない。帝国にも悪臭を放つ人がいることを知っていても放置している。

 個人個人に着目すれば同情の余地はあるが、悪意の連鎖を放置した因果なのだ。

 罪が許されるタイミングがきっとどこかにあるはずだ。

 いつかぼくは東の魔女にも会うことになるのだろう。

「誓約書に違反したとしても、元の状態に戻るだけなので死にはしないから大丈夫だよ」

 隊長はあっけらかんと言うけれど、誓約書を書いた後元に戻った人がいるのだろうか?

「頭皮が光った人物の中に再び悪臭を放つ方がいらしたのですね?」

 キャロお嬢様が確認するように聞いた。

「「ちょっと待ってくれ。やっぱりわからない。頭皮が光るってどういうことだ?」」

 ディーとランスの疑問に、スライムたちがお手本とばかりにボディのてっぺんを地面と垂直方向に光らせて(顔がどこにあるかわからないのに)ドヤ顔をしているように見えた。

 頭皮発光の詳細を説明する前に、ランスに誓約書へ記名してもらってから、よく効く胃腸薬を処方した。

 服用後洗浄の魔法を施すと、悪臭は消え去り、ランスは美丈夫な貴族青年に戻り、一年ぶりに腹痛が消えた、と喜んだ。

 一年間狭い坑道の中で共に任務をこなしたディーも嬉しそうだ。

「頭皮が光った後に悪臭に戻ったのか、そもそも悪臭を我慢していたのに頭皮が光ったのか?」

「両方いた」

 隊長は明言を避けたが、悪臭を誤魔化すことは出来ても、家屋さえ透過してしまう光は騎士の夜間警らで確実に捕縛できたようだ。

 ケインとキャロお嬢様が襲われた顛末を聞くと、所長とディーとランスは、禁止薬物が二年連続で使用されたことに頭を抱えた。

「私は帝国出身だけれど、本件とは何らかかわりが無いし、今の帝国の在り方に疑問を抱いている。私の心は神に捧げているので、帝国の駒ではないと誓えるよ」

 匂いも光もしなかったディーの潔白は明言しなくてもみんな理解している。

 だが、教会関係者から二年連続で容疑者が出たことで宣誓したくなったのだろう。

「現状辺境伯領にたてついて無事でいられる人間はいないでしょうね」

 技術力でも経済力でも敵う領地ではありませんよ、とウィルが涼し気な笑顔で言いながらスライムたちが撮影してきた写真を並べた。

「鼠は勝手に進むし、スライムたちは好き放題振舞うし、ランスの罠はあるしで散々だったぞ」

 ディーは愚痴っていたが、みんな初めて見る写真に興味津々だった。

 ケインのスライムが魔力のちょっとした違いのある部分を感知して微量に坑道の土を採掘し、そして、キャロお嬢様のスライムは瘴気の欠片を瓶に詰めて持ち帰った。

 さらに、ぼくのスライムは魔力探査で瘴気の流れを読んだ。

 ボリスのスライムはディーが邪魔しようとするのを逸らす役割を果たした。

 スライムたちは大活躍した。

 ぼくとケインは地図上にデータを記載すると、所長が歓喜の歌声を上げる中、その数値はどうやって出したんだ、とディーとランスが噛みついた。

「結界を補強するために魔力を流すと反発しません。結界と一体化した後、結界の外の状況を探れば、スライムにだってわかりますよ」

 うちの砂鼠はそこまで出来ない、と言いながらもウィルの砂鼠が探査した魔力むらのデータも地図に書き加えていくとケインのデータと一致した。

「低級魔獣は使役者の能力次第でこうも活躍するのか……」

 スライムの実力はこんなもんじゃないよ、と言いながら所長がお嬢様のスライムを触ろうとするとスライムたちがてっぺんを光らせて所長のおでこを照らした。

「なあ、カイル。鉱山を封じている礎の魔術具に魔力を注いだら瘴気が発生している根本を辿ることが出来ないかな」

 ウィルの着眼点に反応したのはぼくとケインとボリスだけだった。

「うん。なんだろう。その相互理解の速さは羨ましいけれど全員にわかるように説明してくれないかな?」

 ハロハロが私もこんな少年時代を過ごしてみたかったよ、とついでのように言ったら聖女先生が目をそらした。

 港町でクラーケンの侵入を阻止した時に、町と港と海の結界に魔力を注ぎその魔力を使って補強の結界を上書きしたことを説明した。

 クラーケン、とか、結界を繋いで補強、とか、聖女先生とディーとランスが理解するまで激論を交わしていた。

 ぼくたちは所長に、廃鉱の全ての封印の結界に過剰なまでの魔力を行き渡らせることで結界内外の瘴気の濃度を把握できるのでは、という仮説を説明した。

「やってみる価値はあるな」

「検証のための魔術具を新たに作りたいですね。その為にも、ぼくはお嬢様のスライムが瓶詰めしてきた瘴気の欠片が気になります。土地の魔力は魔力の多い魔獣に寄っていく、という仮説を瘴気に当てはめてみると、自然発生している瘴気も大きな瘴気の方に流れていくのではないか、そうであるならこの瘴気で瘴気の追跡をする魔術具が出来るかもしれません。所長。試してみますか?」

「学校に瘴気を持ち込んで研究するなんて駄目です。絶対駄目!!」

 聖女先生が語気を強めて言った。

「ちょっと待て、本当にこんな瓶に瘴気を閉じ込めたのか?」

「浄化済みの坑道aに新たに瘴気が沸いたのか?」

 ディーとランスが話に入ってくると質問だらけで進まなくなる。

「普通の密閉瓶に見えますが魔術具です」

「「「欲しい!!!」」」

「自分で作ってください」

「瘴気は自然発生するものだからどこにでも湧きますよ。ただこれが新しく沸いたものか、浄化の際に僅かばかり残っていたものが成長したのかはわかりません。同じ場所で発生したものなので質も変わらないでしょう」

 精霊素の説明が出来ないのがもどかしい。

 発生した精霊素を取り込む生物が存在しない坑道内では鉱物が吸収できなかった精霊素を瘴気の素が吸収してしまうから瘴気が湧くのではないか?

 “……ご主人様。正解です。魔力を積極的に使用する生物が生息していると瘴気は湧きにくくなります。居場所を求めた瘴気は死に際の魔獣を求めて移動します。死霊系魔獣を生み出した瘴気はより魔力を求めて人里を襲います”

 人や魔獣が定住していると瘴気が湧きにくいが、死ぬと死霊系魔獣となり瘴気を呼び込むのか。

「「「「新たに瘴気が湧くのならば浄化した先からまた汚染されていくのか!?」」」」

「生き物がいない坑道内では死霊系魔獣が出現しないので瘴気がいきなり巨大化することは無いでしょう。照明の魔術具に光魔法の浄化を加えて定期的に点検すればこの程度の瘴気なら浄化されるでしょう」

 キュアが得意気に照明代わりにしている光の玉をクルクル回した。

「確かに、授業に使う瘴気より少ないというか、ショボいですわ」

 キャロお嬢様はスライムにあっさり捕らえられた瘴気を授業で浄化した瘴気と比べてショボいと感じたようだ。

「授業で使用している瘴気は伝説の魔導師と魔法師が捉えた瘴気を使用しています。魔法学校開校時からあるものだと伺っていますから、生まれたての瘴気とは違って当然です」

「ふむ。照明の魔術具に浄化の魔法を加えるのは即採用しよう。いまエリアBに入っている部隊にも使用させたいな」

「所長、浄化機能付きの照明の魔術具はいくつか作って来たので買い取ってくれますか?」

 鞄からゴソゴソ出すふりをして収納ポーチからヘッドライトを五つ取り出した。

「魔力は基本的には魔石から供給されますが、使い果たしたらおでこから自分の魔力を供給できます。別売りの小型カメラを取り付けたら坑道の内部の撮影もできます。ぼくにも写真を見せてくれるのならお安くしておきますよ」

「もちろん買うよ!ポケットマネーで全部買うよ」

 所長は独身だから稼いだ金の使い道がないからため込んでいるんだよな、とランスが言ったら、俺たち全員独身だろ、と突っ込まれていた。

 ぼくたちは子どもだから独身で良いのだが、大人たちは二十代から三十代に見えるのに独身なのか。(所長はおでこが広いだけで肌つやは若いのだ)

「廃鉱の後始末の仕事は、給料はそこそこ良いが出会いは無い。そもそも研究者気質の人間ばかりだから女性がいる場所に出かけ無い。家を継ぐ必要のないやつばかしが集まっているから紹介されることも無い。忙しすぎて家族に会えもしないのに結婚する必要が無い」

 ランスのぼやきにハロハロが労働環境は改善されないといけないよね、と考えこんだ。

 市民カードのポイントでヘッドライトの清算を済ませると、所長はヘッドライトをいじくりまわした後どうやって届けようか思案し始めた。

「「スライムはエリアBには入れられないよ」」

 ディーとランスが真顔で言った。

「お手紙を出して自分たちで取りに来ていただきましょうよ。引き上げてくるタイミングは浄化の状況によって無理かもしれませんが、今日のお昼ご飯は辺境伯領主の奢りなのです。せっかくだから全員に召し上がっていただきたいわ」

 おじいさまのお気持ちですから、とキャロお嬢様が微笑んだ。

「ああ。あの鳩の魔術具だね。あれも便利だからぜひ買い取りたい」

 通常の鳩と速達用の鳩までお買い上げしてくれた。

 ぼくたちが廃鉱での万が一を想定して作成してきた魔術具はこのままだと全部所長に買い取られることになりそうだ。

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