廃鉱へ行こう!
キャロお嬢様の二度目の実習、しかも前回は土蜂の襲撃にあったため私設警護が増えることは念頭にあった。
お目付け役がボリスの時点でウィルもそう考えていたようだ。
馬車で移動するより、二匹の飛竜を従えて魔法の絨毯で移動した方が安全だとするキャロお嬢様の主張を、二年連続素材採取の実習の事件を防げなかった学校側は認めざる得なかった。
キャロお嬢様が魔法の絨毯で遠出をしたかっただけなのではないか、という疑惑もある。
寮監が、男女が……云々うるさいので、本日の引率は聖魔法を得意とする外部講師(教会所属の聖女)が担当してくれたが、寮長が教会の介入をみすみす許すなんて、と本気で怒っていた。
聖魔法の使い手は世界的にも少なく、七才で片鱗を見せたキャロお嬢様の注目度は急上昇中なのだ。
辺境伯領的には第三子がまだ誕生していないのにキャロお嬢様を教会に取られるわけにはいかないのだ。
「こんな移動は初めてです。空を飛ぶこと自体初めてなのに、飛竜二匹に護衛されて、地上からもこんなにたくさんの騎士が追随してくださっているんですもの」
聖女先生は二十代半ばの若い女性らしく、初めての体験に心躍らせているようだ。
新婚飛竜二匹はぼくの飛行の護衛は自分たちの職務だと認識しているようで、キュアに笛で呼ばずに出かけたら一生恨まれる、と言われたので笛を吹いたら、イシマールさんも来てくれた。
地上で身体強化をかけて馬並みな速度で走っているのは、屋台のおっちゃんたちだ。
見学の私たちだけ美味しいお弁当を食べるのは、現場で真剣に働いている方々に申し訳ない、とキャロお嬢様がこぼしたのを聞き逃さず、領主のポケットマネーを引き出したのだ。
今日は鉱山で働く職員全員に奢るために食材を大量に仕込んで、走っているのだ。
職業体験実習の場が午後からお祭り騒ぎになるだろう。
金魚すくいは居ないけれど、綿あめの屋台が走っているもん。
「辺境伯領はとても興味深いところです。教会でも噂になっているのではないですか?」
こういう情報収集はウィルに任せておけばいい。
「辺境伯領は職員たちにも人気があって、赴任の倍率が高い地域です。洗礼式の巡回も辺境伯領を経由するルートは人気が高いですね。私も一度は訪れてみたい土地です」
水が美味しくて、ごはんも美味しくて、住民たちも気さくで、面白い魔術具が沢山あると伺っています、なんて25才の美女が朗らかな笑みを浮かべて自領を絶賛するので、ボリスが赤面している。
褒められているのはボリスではない。
自分の生き方に疑問を持っているキャロお嬢様が、いい機会だと怒涛の勢いで生々しい質問を聖女にし始めた。
聖魔法に目覚めたのは何才?
十四才。上級魔法学校の魔法学で出来るようになった。
教会に入ろうと思ったのは何故?
両親が特殊な生地を開発して、その功績を認められて準男爵の爵位を賜ったけれど、自分は平民で、聖魔法の使い手というだけで王太子の側室候補にされそうになったので、一生を神に捧げるべく教会に入った。
側室は国王にならなければ認められないから、王太子時代はただの愛人だ。
非凡ならざる王太子時代のハロハロの愛人なんて、教会に駆け込みたくなる気持ちはわかる。
魔法の絨毯の子どもたちの支持が自分に集まっていることに聖女先生は驚いた。
両親や支援者の期待を裏切って教会へ逃亡した自分の生き方に自信がなかったようで、聖女先生の目尻には光るものがあった。
キャロお嬢様は聖女の両手をとり、間違った選択ではない、と力説した。
若さゆえのキャロお嬢様の熱弁は眩しかった。
政略結婚が七才にして決まっているのに、自分の結婚が国家を変えるなんて言う胡散臭いものは無視して正解だ、と言い切った。
国王が健在で譲位の意向は数十年無いだろうと言われている段階で、恋愛感情無しで愛人になるメリットが無い、と七才の少女が語るのだ。
ぼくはごっご遊びの内容がメロドラマ化した弊害だな、と軽く聞き流していた。
ダンジョン攻略ではなくただの見学だからこんなノリで良いのだろう。
やる気満々のケインは魔術具の調子を整えるのに余念がなかった。
鉱山の町はただの廃墟だった。
かつては賑わっていたであろう廃鉱の町の上空を飛行すると、魔法学校の職業体験実習に、諸行無常の残骸を目撃する寂寥感を味わった。
倒壊した家屋に草木が茂り、枯れ葉が堆積して層をなし、残骸を覆い隠している。
魔獣たちが一直線に王都の方角を目指したのが、辛うじて倒壊せずに残っている建物から判断できる。
魔法の絨毯で軽口を叩き合っていたぼくたちは無言になった。
かつてここで生活していた人々はたった数時間で町ごと破壊されてしまったのだ。
そんなゴーストタウンを抜けると、新設された建物がいくつか並んだ鉱山の入り口に着いた。
飛竜二匹に挟まれた飛翔体の出現に、建物から続々と人が出てきてぼくたちを見上げた。
まずは山の神の祠の参拝を先にしたかったので建物裏に着陸して、祠に魔力奉納をしてから、慰霊碑に追悼の祈りをささげた。
「こちらに先に来ると思っていましたよ」
背後から声をかけてきたのはハロハロだった。
聖女先生の肩が小さくこわばった。
「飛んで来ることは事前に知らされていましたが、実際に目にすると驚くものですね」
鉱山の管理をしている財団の理事長兼廃鉱研究所所長が、挨拶もそこそこに魔法の絨毯の質問ばかりし始めた。
飛竜部隊の隊長が所長に代わりに管理棟に移動しながら鉱山の現状を説明してくれた。
魔獣暴走の起点である鉱山は魔獣が町を襲った後も瘴気を出し続け、飛竜騎士部隊と魔導師たちで鉱山入り口を魔術具で封印した。
王家の直轄領地となった鉱山では、原因究明と希少鉱物の現状確認のため、封印を少しずつ奥にずらしていく事業が行なわれているのだ。
坑道はアリの巣のように内部で広がっているので、エリアごとに封印を分割し、更に細かく坑道の一つ一つを封印していくので、この事業が始まって十年以上過ぎたのに、進捗状況がまだ二割に届いていない。
ハロハロは第二の課題として、廃鉱の視察に来ていたので、ぼくたちの背後、というか、聖女先生の真後ろで隊長の説明を聞いている。
今日は王族扱いしなくて良い日なので、ウィルとぼくは声を出さずに、ハロハロ、と口だけ動かした。
ボリスは小さく肩を揺らし、キャロお嬢様と聖女先生は表情を変えずにぼくたちに何のことだ、と目で聞いた。
「ああ。今日の殿下はハロハロさんだと父から伺っております。皆さん気さくに接していただいて構いませんよ」
応接室まで魔法の絨毯を運び込んで魔方陣を探そうと格闘していた所長が、顔を上げてようやくまともにぼくたちを見た。
ハルトおじさんの遺伝子を強く受け継いだ容姿の所長はハルトおじさんの次男で、王位継承権を持つれっきとした王族だった。
最新鋭の魔術具が集まるこの研究所に一職員として入所したのに、見えざる力が働いたのか気が付いたら所長になっていたという経歴の主だった。
ケインと気が合うようで坑道の模型と地図を比較して、エリアごとの瘴気の濃度の規則性について熱心に語り合っている。
「所長はこんな具合ですが研究員としては優秀で、所長が入所されてから死亡事故は一件もありません」
入所されてからは無いということは、以前は死亡事故もあったのだろう。
「遅くなりました」
応接室に入室してきたのは、祭服のような衣装の青年だった。
「上級魔導師のディーです。本日の見学者の案内役です。よろしくお願いします」
「いえ、こちら側が予定より早く到着しただけですので、かえって急がせてしまって申し訳ありません。」
聖女先生はディーと顔見知りらしく、ウィル、キャロお嬢様、ボリス、ぼく、ケイン、と流れるように紹介した後、自分も紹介されるつもりで王族スマイルを浮かべるハロハロを見て固まった。
ここまで空気が読めないハロハロは愚鈍な王太子を演じているのではなく、聖女先生が自分の愛人候補だったことを本当に知らないのだろう。
「こちらはハロハロです。王太子殿下の代理として視察にいらした方で、扱いは生徒たちと同様でかまいません」
所長は要所要所で覚醒したように滑らかに状況説明が出来る人だが、言い終わると自分の出番は終わったとばかりに、ドローンの観察に戻ってしまった。
ディーは説明を隊長から引き継いで封印したエリア内での作業方法を教えてくれた。
魔導師は魔術師とペアを組んで、魔術師が瘴気の侵入を防ぐ結界を張り魔導師が瘴気を払いながら坑道を浄化した後封印していく、人海戦術がメインなので時間がかかることを教えてくれた。
魔術具で浄化して少しずつ奥へと進めていく魔術師だけの班もあるが、こちらも牛歩の如き進捗に留まっているらしい。
魔術具による浄化は所長を中心に行われているから自分は詳しく知らない、とディーは言った。
「ディーさんは大変優秀な上級魔導師ですが、王国での活動の任期がもう残り一年を切ってしまいました。次は私が担当することになりますのでディーさんのようには浄化が進まなくなるでしょう」
聖女先生は浄化の魔法は得意ではなく一日働けば翌日は休まなくてはならず、ペアを組む予定の魔術師は魔術具も併用して先に進む計画なのだそうだ。
一度坑道に入れば六日程戻らずに作業を続ける過酷な労働環境だった。
坑道内での生活の様子をディーは面白おかしく話してくれたが、来年には可憐な聖女先生がその生活をするのかと思うと、ぼくたちは心苦しく感じた。
ハロハロも顎を引いて考え込んでいる。
「浄化済みの坑道を封鎖しているのは何故ですか?」
ウィルが質問した。
「これ以上瘴気が侵入しないようにすることと、盗掘の対策を兼ねているんだ」
「せっかく浄化したのにまた瘴気に浸食されたらたまりませんね」
「廃墟の町の植物を見たところ、土地の魔力は充分にありますから、小型の魔獣はもうだいぶん復活していそうですね。盗掘で魔力バランスを崩されては、もう一度小規模でも魔獣暴走が起こり得ますわ」
ボリスとキャロお嬢様も積極的に意見を出す。
「君たちは小さいのによく物を見ているね。偶々聖魔法を発動した子どもたちだと侮っていたよ」
ディーは帝国の属国の孤児院出身で、魔力が多く属性も多かったので魔導師の勉強を勧められたそうだ。帝都で能力が高い子どもたちが集団で魔術の練習をしていると、魔力量の多い子どもに引っ張られて、属性の適性が無い子どもでも魔術を発動することが稀にあったから、ぼくたちもそのパターンだと思い込んでいたようだ。
帝都で魔力の多い子どもを集めて、という件が気になったけれど、廃鉱の浄化から離れた話題なので質問を控えた。
「君たちはそれぞれ違う聖魔法が得意なのかい?」
「ウィル君は低級小型魔獣の浄化と治癒、調教に実績があります。カイル君はそれに加えて広域聖魔法の成功の実績があります。キャロライン嬢とケイン君は広域浄化を偶然ながら成功させた実績があります。本当に偶発的なものなので再現できる保証はありません」
聖女先生は的確にぼくたちの実績を紹介した。
「……じゃあ、ボリス君は?」
「彼は一般生徒代表です。優秀ですが、普通の子どもです」
厳しい評価だが、ボリスは上級魔法学では実績がない。
「ボリス君はストッパーとして参加しているのですよ」
後方で控えていた隊長が口を出した。
「この子どもたちは優秀過ぎるので、所長と意気投合したら何が起こるかわからないからですよ。彼らが鞄から何かを取り出そうとしたら、それを止めるのがボリス君の役目です」
ケインの肩がびくついた。
ついさっき坑道の模型を前に所長と話に盛り上がっていた時に、最新作の地図の魔術具を取り出そうとしてボリスに注意されていた。
職業体験実習といっても今日はただの見学なのだ。
「うーん。そうは言っても万が一のことを想定して訓練してきたから、浄化済みの坑道だけでも見学できるかと期待をしていたんだよね」
授業中は一番真面目なふりをするウィルが、使役魔獣の砂鼠を掌に乗せて言った。
「うわっ……、ねっ、鼠を使役しているのかい!?」
ディーは椅子を引くほど驚いた。
鼠は苦手なのかな?
ウィルは気にせずテーブルの上に砂鼠を放つと、ディーは下唇をかみしめて悲鳴を押し殺したような変な声を上げながら立ち上がって、奇妙なステップを踏みながら椅子の後ろに回り込んだが、ウィルの砂鼠が瘴気の侵入を阻止する結界を己の周囲に張っているのに気づくと、嘘だろ、と声を上げて鼠を見つめた。
「ケインのスライムほど優秀ではないけれどなかなか頑張れる子なんだよ。小さい魔術具なら投擲もできるんだ」
椅子に座りなおしたディーが頭を掻きむしった。
「ちょっと待て。俺の聞き間違いでなけりゃ、今スライムって言ったのか?優秀なスライムって言ったのか?」
隊長がこれが本当に優秀なんですよ、と言ったことで、ディーは疑問の籠った高音交じりのため息をつきながらもう一度頭を掻きむしった。




