町のくらしは刺激的…!?
目抜き通りに戻ると、光と闇の祠がある噴水広場に行った。
前回は日没後だったせいで人通りもまばらだったが、今日は市がたっているとのことでにぎやかだ。
噴水前では子どもたちが数十人ぐるぐる輪になって踊っている。笛や太鼓、竪琴みたいな楽器を弾いている人の前には小銭を入れる帽子が置かれている。歌は誰でも知っている曲らしく、通りすがる人たちも口ずさんでいる。
「あれはなんの踊りなの?」
「七才の洗礼式の後教会で踊る踊りの練習だよ。この町の子どもたちはもれなく全員踊ることになるから五才の登録後あたりからみんな練習を始める。天気のいい日はだいたいいつも誰かが踊っているから、市がたっていない日も吟遊詩人や楽隊がよく立ち寄るよ。気前のいい親でもいたらひと稼ぎできるからね」
「ぼくも覚えなきゃいけないんだ」
「離れに子どもたちが集まっているから、いずれ誰かが仕切りはじめるよ。真ん中で違う踊りをしているのが7大神の配役の子だね。だいたいいつもお貴族様の子どもたちだけど数人で1柱の大神役をするから一般市民の子どもも当たることがある。当日いきなり指名されるからどの大神役でも踊れるようにしなければいけない」
お貴族様の子息令嬢に囲まれて踊るとかどんな罰ゲーム、いや虐めだろ。
真ん中で踊っている子の中に男の子なのに天女の羽衣のようなものを被って女性のようなしぐさをしている。
「当日に配役が決まるってことは、男の子が女神役をすることがあるんだね」
「男女の入れ替えは当たり前にあるよ」
「やらなきゃダメなの?」
「やらないと市民カードがもらえないよ。この町出身の人は全員やっているよ」
「お婆も踊ったの?」
「私は王都出身だから、外周を回っている眷属神の踊りしかしたことがないよ。大神役を子どもが演じるなんて不敬だって言われていたからね」
この町限定の風物詩なんだ。
「ジュエルもジーンも王都出身で教えることができないから、時々見学に来よう」
そういう層が一定数いるから商売人も繁盛するんだ。経済回るね。
「おーい、カイル!!」
お婆が二つの祠に魔力奉納する列に並んでいると。後方からボリスに声をかけられた。
「カイルもここで待ち合わせかい?」
「こんにちは、ボリス。屋台でお昼ご飯にする約束をしているけど、ボリスの家族も?」
「うちは妹が教会登録の日だから市で待ち合わせしたんだ。なにか買ってもらった?」
「まだ来たばっかり。貸本屋さんに行ってきたよ」
「うわぁ本も読めちゃうんだ。あっ、うちの母さんには言わないでね。勉強しろってうるさいから」
「ボリス!お友達の前で言葉が乱れていますよ。…申し遅れました、ボリスの母のミレーネです。いつもお世話になっているからお母様にご挨拶したいのですが、どちらにおられますか?」
明らかに豪勢なドレスの美しい女性に丁寧に挨拶されてしまった。…ボリスは父親似に違いない。ボリスは少し鼻が上を向いていて愛嬌がある顔なのだ。
「父と母は弟の登録に付き添っていて、ぼくは祖母と来ています。祖母は祠に奉納する番が来たようで、僕もそちらに行きます。終わってからご挨拶に伺って宜しいでしょうか」
「まあ、順番が来てしまったのですね。神様へのご挨拶が先になるのは当たり前です。私たちも奉納の後でお話しさせていただきたいわ。あちらのテーブルを今日は予約してあるので後ほどよろしくね」
「宜しくお願い致します」
ぼくは会釈をしてお婆を追いかけた。
「あの方はこの辺境領騎士団の副師団長の奥様だったかも。身分の高い方はすぐ肩書が変わるから確かではないけど」
やっぱりお婆は挨拶したくなくて、逃げたんだな。
「後ほど挨拶がしたいからって、あっちのテーブルを予約しているから待っててってさ」
「屋台のテーブルを予約しているお貴族様だからそこまで礼儀にうるさくないだろうけど、気が重いね。ジュエルを昼からお城に連れていく任務でもあるんだろうか。お昼は別々で取りたいね」
今日は息抜きの一日になるはずだったのに、どうしてこうなった?
ぼくはお婆の後ろをついて回り二つの祠に今日一日無事に過ごせるように祈った。
やっぱりこうなったか。
お婆と指定されたテーブルで待っていると、ボリスたちはすでにケインたちと合流しておりご挨拶の後一緒にお食事を…となった。
たくさんの大皿にいろいろな屋台料理がテーブルに所狭しと並べられ、ぼくたち子どもには食べやすいように串焼きは串まで外して取り分けてくれた。
ボリスの妹は母親似で可愛らしかったが口数が少なく、取り分けられたしょっぱい煮豆をもぐもぐ食べている。綺麗なドレスなのもおかまいなくぽろぽろこぼしている。ボリスもあまり変わらない不器用さだったので、マナーの気遣いはいらなくて良かった。
ボリスの一家は親子四人以外連れもなく、上品な装いはお貴族様のお忍び衣装ぐらいにおさえられているのか、周りの人も同じような衣装なので悪目立ちしている様子ではない。
「先週がおれの五才の登録日だったから、妹の登録日は市を見に行く約束をしたんだ」
「お勉強も頑張るお約束もしたでしょう。カイル君のおうちに行っても遊んでばかりいるようだから、家での学習時間を増やしましょうね。カイル君はもう貸本屋の本を読めているんですよ」
ぼくと比べたらいけないよ。この世界の文字と常識を知らないだけで、前世の学習経験があるから覚えるコツがわかっている。
「おれだって読めるさ」
「言葉遣いも気をつけて。日頃からきちんとしていないと、いざという時に話せなくなってしまいます」
親の言うことは聞いておいた方がいい。大人になって苦労するから。
そんなことを考えながら黙々と食べていると、大きめのお肉だけ上手に食べられないから残ってしまった。ケインも食べこぼしに気をつけていたのか同じ状態だ。
「あら?大角鹿のお肉は苦手だったのかしら?私たちがてきとうに選んでしまったからごめんなさいね」
ミレーネさんに気遣わせてしまったが、なんのお肉なのか気にしていなかった。鹿か。……鹿のせいで一度死んだんだよな。
「ちょっと大きくて食べにくいのかしら。大角鹿のお肉は二人とも好きですよ」
なんだ、もうとっくにうちで食べていたのか。ジーンは料理が上手だからなんでも美味しい。
「それなら両手をテーブルの下に下げて、ちょっと待っていてくださるかしら」
ミレーネさんの指示に従っておとなしく待つ。ミレーネさんの口がごにょごにょ動いたと思ったら皿の上のお肉がサイコロステーキのようにカットされていた。
ぼくはその手際の良さに茫然としたがケインは拍手して喜んでいる。
「ありがとうございます。これで食べやすくなりました」
大角鹿の味はウェルダンというには焼き過ぎてかたく岩塩がたっぷりかかっていて塩辛い。うちで出てくるお肉はハーブの効いた絶妙な塩加減で、噛めば肉汁があふれてくる、ミディアムレアくらいで美味しい焼き加減なのだ。
「二人ともお行儀がいいのね」
ミレーネさんが観察しているので、残すわけにはいかない。干し肉よりは柔らかいと自分に言い聞かせて、頑張って全部食べた。
成人男性たちは山盛りあった料理もあっという間に食べきって、午後の仕事に向かうのを嫌がるジュエルをなだめるといったルーティンという名の予定調和をしている。
なんとかケインも食べきった。ボリス一家は屋台のお皿の返却も自分たちでする庶民的なお貴族様で、ボリス父はぐずるジュエルに耳元で何かささやくだけで仕事に連れていけるテクニックを持っていた。
ぼくたちがミレーネさんに別れの挨拶をしようとボリスと妹を見ると、二人とも顔や服についていたソースがすっかりきれいになっていた。二人のお行儀に問題があるとしたらミレーネさんが魔法で手をかけすぎているからかもしれない。
ミレーネさんがしきりにぼくたち二人を褒めるから、お婆もジーンもボリスたちを褒め始めてしまって、ご婦人方のトークに終わりが見えなくなっている。
「なあ、カイルたちはもう少し市を見ていくのかい」
「そうなるはずだけどね…」
ケインは買い物かごをもって市を見に行くのを楽しみにしているのに、ご婦人方のお話が終わらない。
その時市場の奥の方の売り子がベルを鳴らしてなにやらがなり声あげた。
近くいた人たちから「売り尽くし…、半額?…」というざわめきが起こったかと思うと、ぼくたち子どもはバーゲンセールに群がる人波にはじきとばされた。
ケインを探そうにも後ろからも人が押し寄せてくるから見えない。
「ケイ………グフッッ…?!」
名前を呼ぼうとした刹那、鳩尾を強打されたうえ見知らぬ人物に急に抱きかかえられ、あれよあれよという間に後ろから猿轡をかまされた。
誘拐か?複数犯だな。なんて考えている間に麻袋に放り込まれて担がれてしまった。
抵抗なんてできない。犯人の顔も見れなかった。子どもの視線は低すぎるんだ。
腸詰のお肉のように麻袋にみっちり詰め込まれて、鳩尾が痛すぎて暴れることもできない。それよりものすごく吐きそうだ。犯人が何人いるのかも市場の喧騒で気配さえ探れない。
速足でしばらく運ばれた後、かたい床に転がされた。
動作が荒くて体中ぶつけたが、同じようにごろんと転がされる音が二つ続いて、嫌な想像をしてしまう。案の定、聞こえてきた男たちとみられる声がそれを裏付けてしまう。
「お前…なんで三人も連れてくるんだ!!」
「仕方ねぇだろうが。黒っぽい髪の子どもが三人もいたんだ。誰が誰なんてわかるかよ!!」
「……わかったわかった、そうカリカリすんなよ。悪かった。全員連れて行って後から仕分ければいいだろ。早く街を離れるぞ」
黒っぽい髪の子ども…。ボリスは濃茶色、ケインは濃紺、ぼくは真っ黒な髪の色だ。三人そろって攫われてしまったということだろう。
転がされた場所は荷馬車だったらしく、ガタガタと動き出した。土地勘なんてそこまであるわけじゃないし、町を出られたら最悪だ。なんとか脱出しなければならない。
ベルトにつけたポーチの中に小型ナイフは入っているけれど、揺れる荷台のぴちぴちの麻袋の中では手を動かすのも一苦労だ。焦るとポーチを開ける紐をほどくのに失敗してきつく結んでしまう。
荷馬車は町を出る門の行列に並んだのか速度をおとしている。
今がチャンスなのにポーチがあかない!
「ずいぶんと早く街を出るんだな。商売はうまくいったのかい?」
「ああ、全部売り切って、次の村に塩と酒を売りに行くんだ。少し遠いから早めに出ないとならんのだ」
「ああ、わかった。積み荷は塩と酒、っと」
荷馬車が止まって検査をされている!
ぼくは芋虫みたいに体を動かして存在感を示そうとしたが、荷馬車が動き出してしまった。
「お気をつけて」
きちんと調べて町から出せよ‼門番め、門番め!
門番らしき人を恨めしく思いながら、もう一度ポーチと格闘し始めた。
なんとか紐がゆるむと、すぐにほどけた。麻袋を切り裂いて、猿轡を外した。
荷馬車はごとごと揺れながらかなりの速度を出している。幌馬車で外の様子はわからないが、町を出てしまっただろう。
荷台には証言通り酒が入っているような樽と塩らしき麻袋がいくつかあるけど、形状の違う袋が二つもぞもぞ動いている。やや大きい方がボリスだろうから、小さい方から開けてみる。
涙目のボリスだった。
ぼくはボリスの猿轡を外す前にケインの袋を開けた。ケインは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で肩をひくひくさせていた。お腹に買い物かごを抱えていたから麻袋の体積が大きくなっていて開封順を間違えた。
「しーーっ、大きな声を出すなよ、ケイン。悪いやつらに気付かれる」
涙と鼻水を拭ってやりながら猿轡を外してケインを抱きしめた。ぼくの肩で顔を拭きながら声を殺して泣いているケインに、僕は背中を撫でてあげる。
「………ム゛…グゥッ…」
ボリスの猿轡がきついようで自分で外せず恨みがましい目でこっちを見ながら小さくもがいていた。
「悪かったな。弟の救助が先になって」
「いや、ありがとう…助かった」
まだ助かっちゃいない。拘束状態が解けただけで、町から遠ざかっていく今の状況は変わっていない。
荷台後方の幌を除けて、遠ざかっていく町を見てると切なくなる。飛び降りるにはあまりに速すぎて三人そろってぐちゃって潰れるに違いない。
「どうしよう?飛びおりる?」
「そのまま死にたいのか!?」
「あぶないよ」
三人で幌の隙間から顔を出すが後方から来る馬車は見えず、少し話せば舌を噛みそうになるほど揺れる。荷馬車が走り続けるいる間は見つかる心配はないが、止まっても犯人に知られずに脱出するのは難しい。領地双六は作ったけれど、各地の情報はまだ覚えていない。そもそも今出てきた門は何門だろう。農産物を売って塩と酒を仕入れたなら農村に続く西、東、南門…。選択肢が多すぎる。
三人そろってこの先生きのこるためにはどうすればいいんだろう。




