表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/809

光の先

 飛竜の厩舎の見学を終える前に主犯は特定された。

 港町の元領主の親族の新入生だった。

 初級魔法学校生の辺境伯寮生の飛び級、黒っぽい髪に緑の瞳、(緑の一族に緑の瞳が多いだけでぼくは灰色)というだけでケインを対クラーケンの際の結界補強者と勘違いしたようだ。

 あの時僕は名乗っていないし、場を統制したのはハルトおじさんで、関係者の親族ならば緑の一族の関与も聞きかじったのだろう。常日頃から兄貴が寄り添っているため陰りのあるケインの容貌は、ぼくよりメイさん親族の特徴に似ている気がする。

 本家が没落してから魔法学校に入学したとしても、昨年の辺境伯寮の大審判のことくらいは聞きかじっていただろうに、何故うちの寮生を襲撃したのだろうか?

 朝礼で頭が光り出した彼女は追跡の土蜂に刺されて眠ってしまったので、事情聴取は後日となった。

 頭皮発光物質(ぼくが練成した粉)は商業ギルドや特定の商家に飛来し、関係者の屋敷から光が漏れ出して話題になった。

 魔香や麻薬を組織的に仕入れて、輸出制限品を帝国に流していた組織に関与した全員の頭が光り出したのが午前中の早い時間だったのが幸いして、内部による証拠隠滅が行なわれる前に騎士団が取り押さえることが出来た。

 悪いやつらは朝寝坊なのか。

 押収品の中に潰された鍋や薬缶が多数あったと聞いて、誘拐事件の市場の騒動を思い出した。

 辺境伯領の鉄製品が高騰したため、屋台の大鍋を賭けて大騒ぎになったのが、ぼくたちの誘拐のきっかけになったのだ。

 酷い目にあったけれど、みぃちゃんとみゃぁちゃんに出会えて精霊たちに好かれる事態になり、ぼくたちの運命を変えたのだ。

 今度のダンジョン見学も厄介ごとに発展しそうな案件であっても、得るものが大きいのだろうか。

 “……ご主人様はダンジョンに行くことになれば、新しい魔術具の作成に余念なく取り組まれますし、御学友の皆様もそれぞれ成長なさいます”

 だよね。強くなるための通過儀礼のように必要なことなのだろうか。

「兄ちゃんって呼んでいたころを思い出すよ。鍋にはぼくも思うところがあるよ」

 みゃぁちゃんを撫でながらケインが言った。

「ぼくもいろいろ気になることがあって、図書館や研究所の図書室を覗いて、地脈の流れを追っているんだ。なんで辺境伯領の鉱山はあんなに良質な鉱石を産出するんだろう?とか、魔獣暴走を起こしたあの鉱山は書類通りの採掘計画で進行していたなら魔獣暴走は起こり得ないはずなのにどうしたんだろう?と調べてみたけれど、盗掘があった形跡も確認できなかった。だから、マナさんが言う通りに地脈のずれと採掘計画のずれが重なってしまう事があったのかな、と考えてしまうと現場を見てみたいんだよね」

 ケインの発言に騎士団長とハルトおじさんがいち早く反応した。

 精霊素の塊である地脈は生物の魔力の量や人の活動でずれていく、緑の一族は地脈のずれに対応するように人や魔獣を促していく使命を帯びている。そんな緑の一族が予知できなかった魔獣暴走の引き金はいまだ解明されていない。

「地脈のずれとか採掘計画のずれとは何なんだ?」

 少し前まで非凡ならざる王太子殿下だったハロハロが訊いた。

 ケインはぼくの方をチラッと見たけれど、今の発言は王太子殿下というよりはハロハロの発言なので、内緒話の結界を発動してケインに自由に発言していいと目で促した。

 いざ出陣か、と慌てる飛竜たちにキュアが内緒話の魔法陣だと説明してまわった。

 地脈のずれについてはぼくが説明しようとした。

 厩舎の地面にヤンキー座りをして魔法の杖で引っ搔いて図解説明をしようとしたら、何のためにメモの魔術具を制作したのかとケインにツッコまれた。

 メモパッドの大きさでポーチの収納量を推測されないように、魔法の杖をひと振りして左手にメモの魔術具を出現させた。

 なんだこれはとざわつく大人たちに、地脈のずれ以外は説明しない、と宣言して本題に集中させた。

 メモの魔術具に地域Aと適当な大きさで記入した。

「地域Aに魔獣甲という優秀個体が出現しました。魔獣甲は地域Aの魔力の多い個体をどんどん取り込んでしまいました。地域Aの生態魔力量は魔獣甲が相対的に吸収した分の魔力を保持しているので変化はありませんが、吸収すべき魔獣がいなくなった魔獣甲は地域Aから地域Bに移動します。地域Aの生態魔力量は極端に減少するでしょう。でもこれはまだ、一地域の生態魔力量の話で土地が持っている魔力量とは違います。そして、ここからお話しするのは緑の一族の仮説です」

 精霊素を理解していない人たちに精霊素の説明をするのはナンセンスだ。

 精霊素と比例関係にある土地の魔力量のみで説明するしかない。

「魔獣甲の居なくなった地域Aでは小さな魔獣たちが活性化して地域Aは元の生態系に戻ろうとしますが、土地の魔力は地域Bに引っ張られて移動してしまうのです。魔力はより多く消費しようとする方に引かれてしまう性質があるようなのです」

 騎士団長はそれ程巨大な魔力を持つ魔獣の移動に遭遇していないから頭に?のマークが浮かんでいるようだが、王族教育を受けたハルトおじさんとハロハロは合点がいき、領主教育の始まっているキャロお嬢様も心当たりがあるようだ。

 大きな魔力が動けば結界を張りなおす必要があるのだ。

 ラウンドール公爵の御子息と言っても三男のウィルは教わっていないようで、騎士団長と変わらない反応だが、精霊素についてマナさんから聞き及んでいるケインは話についてきている。

 今回の話はレベルを下に合わせないで、そのまま進めることにした。

「土地の魔力が減少した地域Aでは回復するはずの生態魔力量も、土地の魔力が減少したため魔獣が充分に育たないから減少します。そうするうちに移動できる魔獣は地域Bに移動してしまい益々地域Aの土地の魔力も地域Bに移動してしまいます」

 実際には、人間が何世代も交代するような時間経過で地脈の移動が起こるから、人間は地脈の移動に気が付かない。

 魔力の移動をメモの魔術具に矢印の太さを変えて説明したので、騎士団長もウィルも理解できたようだ。

「土地の魔力量の変異で鉱山から採掘出来る鉱物の産出量が変わるのかい」

 ぼくは頷きながら、その先の説明をケインに任せた。

「土地そのものの魔力量の推移は正確に計測された記録が無いのであくまで憶測ですが、産出量や品質に影響すると思われます」

 ケインは魔力量を地図に落とし込む研究にのめり込んでいて、初級の卒業制作は動かない植物の分布図を地図上に表す魔術具だったが、地脈まで再現したジオラマを制作するのが夢なのだ。

「土地の魔力、魔力の塊である地脈が移動していないと仮定しても、地震や火山活動で、鉱山自体が測量した当時よりずれていく可能性もあるのです」

「正確な地図は重要機密として領外に出さない領主も多い。採掘計画と実際の地図とずれていることが無いとは言い切れないな」

 ハロハロはあっさりと認めた。

「この程度は先んじる研究者が調べていると思って、文献をあさっているのですが、まだ資格がないからなのか目にすることが出来ないのです」

「研究所は出資者の意向を反映した研究をするし、公表することが出資者の利益に反する時は隠匿されてしまうのだよ」

 ハロハロは幼き探求者に現実を突きつける。

「それでは何人も同じ研究に、足止めされてしまうではありませんか」

 新しい発見までたどり着くのが遅くなる、と若年者らしい正論をキャロお嬢様が言った。

「そうして最新の研究にたどり着かないように足止めするのも賢いとされる世界なんだ」

 研究を盗まれないようにするのも技術なんだよ、とハルトおじさんが言った。

「キャロラインは辺境伯領で、カイルやケインのように惜しみなく技術を披露してくれる人たちに囲まれて、その優しさに包まれて育ってきた。そのこと自体はキャロラインの人格形成にとってとても良かったと思っている。だからキャロは自分が与えられた優しさを他人に与えられる子に育ち、尚且つ、環境に甘えず己を鍛えていくことも当然だと考える子になった」

 ウィルが羨ましいほど恵まれた環境だと頷いた。

「だがね、世界はそんな綿あめで包まれたような生易しい世界じゃないんだ」

「うん。知ってる」

 キャロお嬢様は叔父と姪の立場で返事をした。

「カイルの両親が虐殺されたのも、親族が引き取らなかったのも、世間の不条理じゃなくて領主一族や国家の責任なの。孤児として教会の孤児院に入っていたら、今頃は魔術師じゃなくて魔導師になっていたって、お父様が仰っていたわ」

 領主一族の教育をバリバリ受けたお嬢様の発言だった。

「厳しい現実を見ることは、同じように鉱山を持つ辺境伯領主一族の責務だわ。ハルトおじちゃま。今回の頭光事件は必ず早期解決をしてくださいませ」

 キャロお嬢様は可愛い姪の立場を利用しながらも、正論でアプローチ出来るようになっていた。

 子供の成長は早いな。


 寮に戻ると頭を点滅させた人が列をなしていた。

 魔法の絨毯で上から見ると蛍の光というよりは、LEDライトのように真っすぐ空に向かって光が伸びている。

 ぼくたちに気が付いて彼らが見上げると、頭頂部の光が真横に伸び、後ろの人の光っていない広めのおでこを照らし輝かせた。

 生真面目な寮監まで噴き出した。

 宥めていた騎士たちに今年は寮で謝罪を受け付けないことを彼らに説明してもらった。

「金になるから危険な商売をしていたわけじゃないんだ、あの薬を買わなければ香辛料の取引が出来なくなるんだ。仕方なかったんだ」

 魔法の絨毯の上のぼくたちに聞こえるように、上を向いて大声を出すおじさんの頭皮は光りっぱなしで、後ろの人が眩しそうに顔をそむけた。

 光りっぱなしという事は主犯格なので、騎士が張り付いている。

「おじさんの輸入した薬でどれだけの人が人生を狂わせたんだろうね。香辛料の話も含めた詳しい話は騎士団でしてください」

「この国から胡椒が消えても良いのか!貴族階級が一番消費しているんだぞ」

 そうだそうだ、と頭を点滅させたおじさんたちが呼応した。

「香辛料が欲しいのなら栽培すれば良いじゃないか。粉末だけでなく種の状態で輸入しているのでしょう?」

「お、王国内で栽培できるのか!」

 おじさんたちに動揺が走る。

 ウィルは心当たりがあったようで、顎を引いていつもの冷笑になった。

「兄さん。お米の時のように自分で栽培したの!?」

 ケインの言葉に、最近人気の米か、とおじさんたちも色めきだった。

 南国の植物だと思われていた米の生産に最北の辺境伯領が成功したことや、麦の品質が向上したことで穀物相場を狂わせたと聞いている。

「本格的に研究しているのは、ぼくじゃないよ。頼んだ人たちは熱意も根気もあるからいつか成功させるだろうね」

 カレーが気に入った飛竜の里の人たちに頼んだのだ。ポアロさんに種を渡して温室を作ってもらった。飛竜の里は精霊が多いからきっと成功するだろう。

 栽培環境は精霊言語で種に直接聞いたから、栽培方法はわかったのだ。

「試験栽培なら兎も角、流通させられるほどの収穫を極寒の辺境伯領では…」

 騒いでいた頭が光りっぱなしのおじさんがウィルを見た。

「ラウンドール公爵領ではまだ栽培していないよ」

「ねえ、カイル。香辛料の栽培用魔術具を私の卒業制作にしてもいいかしら?」

 一地域だけで国中の香辛料は賄えないのだから、どこででも栽培できるようにすればいいのね、とキャロお嬢様は息巻いた。

「領主様の許可を得て自分で主体的に研究するなら監修くらいはしても良いよ」

 中級魔法学の卒業制作を仕上げなくてはダンジョンに行けないキャロお嬢様は必死にやるだろう。

 騎士団から容疑者を護送する大型の馬車が到着したので、騒がしいおじさんたちは連行されていった。

 ケインはキャロお嬢様と残りの単位取得のため学校に戻り、寮長と寮監は報告書を書くために事務室に行った。

 ウィルは何故か残っている。

「ダンジョンに挑戦するために新しい魔術具を作りたいんだけど、相談に乗ってくれるかな?」

「ダンジョンは後方で安全に見学する予定だよ」

「カイルと一緒に遠出して何も無かったことが無かったでしょう?」

 飛竜の里ではイシマールさんの飛竜の結婚式?に参加して、飛行の魔法に成功しただけで、とても平和だった。

「瘴気の追跡をしてみたいんだ。死霊系魔獣は瘴気溜りから発生するのだから、瘴気の位置を正確に把握できればより安全に見学できるだろ?」

「発想はすごく良いけど瘴気の正体さえ解明されていないのに、そんなこと出来たら大発見だよ。現実的には魔力探査で探して、近づかないのが一番安全だよ」

 逃げ足の速さを鍛える方が現実的だ。

「魔力探査がいまいち得意じゃないんだよね。広範囲に探索をかけると類似の魔力の区別があやふやになるんだ」

 ウィルはボリスのほうが上手いんだよな、とボリスに勝てないことを気にしている。

「自分が出来ないなら、使役魔獣を頼れば良いじゃないか。ウィルの砂鼠は小さいからどこにでも潜りこめそうだよ。だけど瘴気や死霊系魔獣に捕まってしまったら使役契約を断ち切られて、取り込まれてしまうから、やっぱり逃げ足が速くないと駄目だね」

 ウィルを寮の研究所に連れて行くわけにはいかないので、ぼくたちも学校へ行った。

 砂鼠用のキャリーバックを作ることにしたのだ。


 ウィルには魔方陣を完全に隠匿したまま、砂鼠用のポーチを制作して、高額で売り付けた。

 バージョンアップした機能はみぃちゃんのポーチにも装備した。

 首輪のチャームに前足で触れたらお出かけ先でもポーチに戻れるようにしたのだ。


 “……ご主人様。私もレベルアップしました。亜空間に滞在後に現実世界に戻る際、時間を経過させることなく戻れるようになりました”

 シロもマナさんの精霊と同じようなことが出来るようになったのだ。

 ダンジョンに見学に行くことを父さんに相談したら、VRを廃鉱仕様にしてくれた。

 ケインと亜空間で死霊系魔獣に遭遇した時の対処法を訓練した。

 負の感情に敏感な死霊系魔獣には、己の焦りや不安を利用して精神攻撃を仕掛けてくるものもいるので、何があっても泰然自若としていられるように、防御の魔術具もたくさん制作した。

 ケインとキャロお嬢様が必要な単位の取得を終えたので、ダンジョン見学の日程が決まった。

 参加資格は聖魔法の成績上位者だけのはずなのに、キャロお嬢様のじいじが選んだお目付け役はボリスだった。

 お目付け役というよりは足手まといになりそうだよ、と不安げにボリスは言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ボリス、出番減ったけど好きです。 非常時に人の本性って出るよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ