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審判の光

 魔法の絨毯で騎士団に乗り込んだためか身体検査も口頭で済み、関係者でも何でもないウィルも顔パスで入場できた。

 訓練場にはたくさんの人が集まっており、ハルトおじさんとハロハロとラウンドール公爵もいた。

 ウィルが顔パスだったのも納得出来る。

 騎士団長が挨拶に来たので、アレックスの帝国留学を祝う言葉を述べたら、お蔭様です、と両手で握手して感謝された。

 港町から帰宅後、アレックスは人が変わったように真面目に勉強し始め、なんとか合格ラインの最低点で突破できたらしい。

 騎士団長と縁故だというだけで、その後の騎士たちのぼくたちへの扱いが変わったので、コネは作っておくものだ。

 騎士団、学校関係者、王城の文官たちが、どんな魔術具が出てくるかと固唾をのんで見守っているのだが、ポーチから取り出したアヒルの卵のような魔術具に、小さい、とあちこちで囁かれた。

 蝶の魔術具がそれなりに大きかったのに、装飾一つ無いこの魔術具は見た目が貧相すぎる。

 ベルトに付けたもう一つのポーチから、みぃちゃんが顔を出したことの方が驚かれた。

 胴体のない猫が生きている!とか、収納の魔術具に猫が入ったのか!など、猫猫猫……、話題をみぃちゃんが掻っ攫った。

 ハルトおじさんがみぃちゃんを引っ張り出し、チーズのようにみょんと胴が伸びて全貌を晒すと、おおお、と歓声が上がった。

 大山猫のみぃちゃんは顔の大きさでは推測できないほど大きいのだ。

 ぼくはみぃちゃんのお蔭で集まった耳目を活かして、声を魔法で拡散させて半径五メートルほど魔術具から離れるように指示を出した。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんがここまで下がれ、とでも言うように、周回してスペースを確保した。

 キュアは人の多さに怖気づいて鞄から顔だけ出して、ぼくに身を預けている。騎士団の面々が怖いのかもしれない。

 群衆が下がって出来上がった円の真ん中に魔術具を置いた。

 前回の追跡魔法が広範囲に及んだので、騎士団も地域別に警ら隊を配置して、異変に備えている。

 今回は匂いではなく目視できる追跡にした、と事前に説明しているので、何が起こるかとみんな卵を凝視した。

 騎士団長が発動の合図に右手を上げたので、ぼくは魔法の杖で卵をこつんと叩いた。

 卵が割れると土蜂の魔石が無数散らばり魔法陣を展開した。

 魔石が適切な位置に配置され輝くと、卵の上部に空いた穴から、ケインとキャロお嬢様が浄化しなかった蜂が這い出てきて飛び立ち、さらに光り輝く粉末が噴出した。

 粉末は光る霧のように上空へ拡散したが、王城方向に棚引いていかなかった。

 ハロハロは王族スマイルのままだったが、ホッとしているのを察した。

 光の粒子は下町の方に多く流れており、今回の事件は貴族が関わっているかもしれないが、実行犯は平民が多いことが推測された。

 王都でも本格的に商売を始めたから、そっちの恨みも買っていたのかもしれない。

「あの光は何の効果があるのですか?」

 散々手伝ったのに何も説明されていなかったキャロお嬢様に聞かれた。

「今回の事件に関わった、もしくは知っていたのに放置した、噂で何かありそうだと思っていた人たちに、隠せない印をつけたのです」

 見物人の中に頭部が光り輝く人が数人現れた。

 河童のお皿のように頭頂部が眩しいほど光っている。

 どよめきが起こり、光り出した頭の人物を騎士たちが取り囲む。

 帽子や頭に上着をかけても、光は物体を通過して隠しきれないので逃げようがない。

「派手な目印を付けたな。これなら騎士団も探しやすいな」

 光りはじめた人たちを騎士たちが職務質問をして一か所に集めていく。

 輝く頭皮、とハルトおじさんが呟いたが、ぼくのイメージは蛍の光で、人間の臀部が光るよりは頭部の方がわかりやすいと思っただけだ。

「光の点滅に個人差があるのは何故なのかしら」

「悪意の度合いに分けて点滅するように設計しました。光が点滅せずに光りっぱなしの人物は今回の襲撃を計画したり、土蜂を仕込んだり、凶暴化する工作に関与したりした実行犯です。知っていて噂した人、知っていたのに放置した人、知っていたのに本気にしなかった人で、点滅の間隔が違います」

「懲罰の内容は昨年同様だが、この基準では隠密活動中の騎士も光ってしまっている」

 騎士団や関係者の中に頭が光る人物がいるのは、警戒に当たって隠密に活動していた騎士まで含まれてしまったからだ。

「やり過ぎましたか?」

「隠密がこういった誤解に巻き込まれることは、起こり得る。逆恨みはされないだろう。昨年が下痢だったから、今年は嘔吐くらい覚悟していただろう。頭が光る程度で済んで良かったはずだ」

 ハルトおじさんこう言ってくれたが、騎士団長は渋い顔をしている。

 スパイが身バレするなんて致命的だよね。

「常時使える魔術具じゃないのか」

 ハロハロは王族スマイルを崩していないが、内心で点滅する頭に大爆笑しているのは精霊言語を使わなくてもわかった。

「飛竜の鱗を贅沢に使用しましたから、飛竜騎士団なら入手可能でしょうが…、一般販売は出来ない価格ですね」

「「「一般販売はするなよ」」」

「しませんよ。でも夜間の照明代わりになりそうですね」

「頭の光る奴らを集めて晩餐会の照明にするかい?」

「悪趣味だな」

 ハルトおじさんとハロハロがくだらない話をしている横で、ケインに服の裾引っ張られた。

「どうやってこの事態を収拾するの?」

 ケインは小声で囁いたのに、ハルトおじさんたちも振り返った。

「今年は誓約書を書かなくても、ケインやキャロライン嬢に敵意が無く、魔香の流通に関与せず、帝国とのつながりが無いことが確認されたら消えるように設計しました」

 寮長が安堵したように息を吐いた。

 去年のように寮に謝罪に来る馬車が大渋滞を起こさないように、ぼくだって配慮したのだ。

「どうやって確認するんだい?」

 ぼくは割れた卵の魔術具を魔法の杖でこつんと叩くと、魔法陣を展開していた魔石が卵の中に戻り割れた殻も跡形もなく綺麗に閉じた。

「これを使えば消えますよ」

 卵の魔術具には複雑な魔法陣が浮かび上がっていた。

 騎士団長に、冤罪がかかってしまった隠密騎士を指さしてもらって、その人の頭に卵の魔術具を当てると光は卵の中に吸い込まれるように消えた。

「これは騎士団で預かっても良いのかな?」

「はい、そのつもりですが、今回はキャロライン嬢が被害にあっているので辺境伯領主様のご意向を伺いたいです」

「その辺の調整は任せてもらおう」

 卵の魔術具はハルトおじさんに預けることにした。

 やる事の済んだぼくたちは騎士団に来たついでに、飛竜の厩舎の見学を申し出た。

 騎士団の飛竜たちにキュアをお披露目したいのだ。

 見学は認められたが、騎士団長と(責任者)ハルトおじさんとハロハロも(部外者)ついてきた。

 事情聴取が終わるまで光は消さないから、今のうちに現役の飛竜部隊を激励しに行くのだ、と王族らしい理由付けをしていた。


 騎士団の敷地が広いので、魔法の絨毯で移動したら騎士団長に感激された。

 軍事転用は出来ないけれどパレードにはうってつけだと考えたようだ。


 飛竜の宿舎に近づくとキュアは鞄から出て自分で飛び始めた。

「この子はカイル君が一生を終えてもまだ赤ちゃんのままなんだね」

 騎士団長が確認するというより、飛竜の時間の単位に感動するように言った。

 ぼくに何かがあったら、キュアが飛竜の里に帰ることは明文化されているので、騎士団所属にはならない。

 個人で飛竜を所有することは開国以来初なんだぞ、と騎士団長が繰り返し呟いている。

 王都の騎士団員は飛竜騎士を目指して入団するものが多く、ぼくは騎士団の一部で『飛竜の寵児』と呼ばれていて、熱烈なファンもいるらしい。

 会ったこともない人たちに好かれているといわれても返答に困る。

 厩舎に着くなり、飛竜たちの熱烈な歓迎を受けた。

 国王が帝国に飛竜部隊の派遣を断るようになったので、飛竜たちはぼくたちに嬉しそうに鳴き声をあげて感謝の意を示した。

「これが『飛竜を一瞬で虜にした少年』の実力か」

 そんな声も聞こえてきた。

 ぼくは騎士団でどんな噂になっているのだろう。

 飛竜部隊の隊長から、現在の飛竜たちの任務が王国内を広く警らする本来の任務に戻ったことを聞いた。

 キュアは飛竜たちの間を飛び回って帝国での飛竜狩りを伝えた。

 飛竜たちは自分たちが騎士団に所属している間に帝国の問題を解決して次世代に繰り越したくない、と強い思念を送ってきた。

 飛竜の自分たちの世代は、人間の何世代分だろう?

 国家の存続がかかるような約束まで出来ないが、帝国に留学したら内情を探ってくることを約束した。

 飛竜たちはケインやウィルやキャロお嬢様にも愛想良く振舞ってくれた。

 飛竜は人見知りが激しく初対面の人間にこれほどなつくことは無い、と騎士たちは口々に言った。

「廃鉱の制圧、管理の任務に、今年は上級魔法学校生の見学の護衛もあったのですが、皆さんは参加されるのですか?」

 隊長の言葉にぼくたちはキョトンとした。

 ハロハロが進めている魔法学校の教育課程改革の一つに、上級学校生に現場の雰囲気を体験させる職業体験の実習があったのだが、ぼくたちは年齢の問題で受講不可になっていたので、誰も気にしていなかった。

 聖魔法の成績上位者は聖魔法の使用現場に優先的に派遣されるが、聖魔法を使いこなす生徒はほとんど現れないから見学者なし、と騎士団では考えていたようだ。

 先ほどの卵の魔術具は、審判の神の魔法陣に光と闇の神の魔法陣を強化して組み込んだ発展形の聖魔法だ。

 ウィルは鼠の治癒の達人にして優秀なブリーダーで、ケインとキャロお嬢様は偶然だが採取場全体に作用する浄化の魔法を放ってしまった。

 優秀な新人四人の所属は初級魔法学校生という奇特な事態になってしまった。

 優秀者を教会に取られる前にきちんとした地位を与え王国で確保したいので、上級魔法師の資格を早めに取得してほしいというのが王家の意向だった。

 魔導師の資格は上級魔法師になってからでも神学を学べば取得できるから、進路を保留にして上級魔法の課程をいったん終了相当にした方が良いようだ。

 カリキュラムの変更により職業体験実習が必修化したので、ぼくたちは王都にも被害をもたらした魔獣暴走の発端である廃鉱で現場の仕事を後方から見学しなければいけないのだ。

「飛竜部隊も参加するから万が一の事態に遭遇しても対処できる人数は揃える。現場には魔導師も派遣されているから話を聞ける機会も設けよう」

 カリキュラム変更の時点で、ぼくたちが初級魔法学校生のうちに上級魔法師の受講資格を満たすことも念頭にあったようだ。

 上級魔法師の資格が取れれば魔法の使用にほとんど制限がなくなる。

 魅力的な提案だが、魔力暴走の発端の地の廃鉱なんて、所謂ダンジョンだろう。

 危険な香りしかしない。

 “……ご主人様。何事もなく見学して帰るだけ以外にも、最悪は坑道の瓦解まで、確定できない未来が散乱しています”

 今回の騒動が解決していないようでは未来が定まらないのだろう。

 ダンジョン見学の話を聞いた時からキャロお嬢様の瞳が輝いている。

 ウィルとケインはダンジョンには興味があるが、ぼくの動向を気にしている。

 ぼくだって本心を言えばダンジョンに行ってみたい。

「今回の事件の詳細がハッキリしてからお返事するという事で良いでしょうか?」

 安全のためにもそうするつもりだった、とハロハロが言った。

「まあ。まずは実習に参加できる単位を修得しなければ参加できないんだぞ」

 ハルトおじさんはキャロお嬢様に釘を刺した。

 キャロお嬢様は騎士コースの中級終了相当を諦めて、魔法学の勉強に的を絞ることを決意したようだ。

 お嬢様が騎士になる必要はないから、ある意味まともな路線に戻っただけだ。

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