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聖魔法

 キャロお嬢様の入学にあわせて魔獣カードとスライムの使用制限が解除されたので、校庭のベンチがある所ならどこででも、魔獣カード対戦をするのが流行した。

 入手できなかった生徒たちも観戦して盛り上がっている。

 初級卒業相当になるまで顔色の悪かった新入生たちも、中級からは個人の能力差にあわせて、キャロお嬢様の御学友兼護衛役を分散させるようにしたから負担が減ったようだ。

 中級の素材採取の授業ではケインの護衛役をキャロお嬢様が買って出たことが上級学校でも話題になった。

 お嬢様の武勇伝というよりは、ケインがキャロお嬢様の攻撃を一度も食らったことが無いので、護衛の方が弱いじゃないか、というアンチが沸いているのだ。

 ボリスが神妙な顔で去年のぼくは話題にさえならなかったけれど、ぼくもカイルに一撃も入れたことは無い、と言った。

 ボリスとウィルが魔法学で上級まで追いついた。

 ぼくが上級で梃子摺(てこず)っていたわけではなく専攻に迷っていたのだ。

 魔導師。

 語感もカッコいいし、魔方陣を介さず神の言葉を行使する、と言われたら心が擽られる。

 だがしかし、神学を学ぶと国家に属さない教会の縛りを一生かけられることになる。

 世界中に配属されることに異議はないが、ぼくに拒否権が無くなるのが頂けない。

 どうにか魔法師と魔導師の両方学べないか、祠巡りのついでに教会に立ち寄り司祭に話を聞き打開策を探っていただけなのだ。

 魔導師については教科書を手にするためには教会に誓約する必要があるので、抜け道はなかったが、ぼくが回復薬をあげた家族の続報を聞くことが出来た。

 あの少年は洗礼式で鐘を鳴らし、ハルトおじさんが新設した奨学金を得て無事に魔法学校に進学し、回復した母親が働けるようになったので家計もマシになったようだ。

 少年は祠巡り以外に教会の慈善活動にも積極的に参加しているので、司祭から詳細を聞くことが出来た。

 教会は国家や都市の政策の支援から外れて苦しむ庶民を慈善活動で支援しているが、予算が足りないとストレートに言われたので、家族の法人を通して寄付をした。

 ハロハロに私設支援団体を作らせて、同じ金額で同じ活動してもらい、教会の言い分が正しいか検証してもらうことにした。

 教会を信用していないわけではないが、お金の集まる所には蜜に集る虫が湧くのが常識だ。神様の名のもとに行われている中間搾取者を探すのだ。

 そんなことや新しい魔術具を作ることに時間を割いていたのだ。

「ぼくたちが追い付くのを待っていてくれたんだね」

 ウィルが爽やかな笑顔でそう言うと、教室のお姉さま方の口が、可愛い、と動くのがわかった。

 王国は帝国への留学を勧めているが、外国の治安を心配して留学を躊躇う女生徒が多くいるため、上級学校の男女比が4:6で、女子の方が多くなっているのだ。

 十三才の女生徒には八才のぼくたちは愛玩動物のように見えるのだろう。(ボリスは九才)

 無条件に可愛がられている。

「待っているとしたらケインだろ」

 ボリスはウィルに釘を刺した。

 ぼくは上級の騎士コースは体格差を理由に講義の一部は受講資格なしとなっているが、ボリスは認められるくらい背が伸びた。

 一部の男子生徒の間で、ぼくは魔力を使い過ぎているから背が伸びない、と噂されている。

 成長期がまだ来ていないだけだよ。

 上級魔法の授業ではそんなに魔力を使った気がしないくらいの魔力量はある。

 魔法陣を読み解けば使用魔力量も予測できるので、十三才のクラスに混じってもきついとは思わない。

 それはボリスもウィルも同様なので、このクラスは帝国留学に行かなかった味噌っかすたち、という噂があるので、魔力量の一般常識がわからない。

 あのアレックスでさえ留学できたのだ。

 家庭の事情もあるだろうから一概には言えないけれど、残りかすのように見えてしまうのは仕方がない。

 僻んだところで、結果が出せなければどうにもならないのにね。

 上級魔法学校では生活魔法の域を超えて広域魔法や聖魔法を学ぶ。

 母さんは広域魔法の知識をもって細工師として縮尺させ、父さんは生活魔法程度の魔法陣を広域に作用させる魔法陣を構築させた。

 自己の魔力量に関わらず知識を得ることで、そこから生まれる試行錯誤は有意義なものを生み出せるのだ。

 ウィルは授業についてきているが、ボリスは理論が頭に入らずいっぱいいっぱいになっている。

 上級の騎士コースの受講を認められたのだから、そっちに力を入れるように助言をした。

 ボリスに上級魔法学の学習が無理なのではなく、基礎を十分に習熟させた方がのちの理解力に差が出るから、今は騎士コースで習熟度を高めればいいのだ。

 こうして上級魔法学の授業に参加する飛び級した生徒はぼくとウィルだけになった。

 聖魔法の授業は難しい。

 光と闇の魔力を両方絶妙なバランスで魔法陣に組み込むことで瘴気を浄化することが出来るのだが、成功させるには精神力を使う。

 ぼくは成功させることは出来たが、瞬時に使えるようにするにはまだまだ練習が必要だ。

 鞄の中の赤ちゃん飛竜は授業で扱う程度の瘴気は、吐息一つで浄化してしまいクラスのヒーローになった。

「聖魔法を使いこなす飛竜を人間の戦争に投入するのは間違っている」

 誰が主張したわけでもないのだが、赤ちゃん飛竜と接した生徒たちはそう考えるようになっていた。


 聖魔法の実習には鼠を使う事が多いのだが、ウィルは初級魔獣使役師の試験で砂鼠と契約しており鼠に愛着があるせいで治癒も浄化も積極的にして、鼠を助けた。

 ウィルの中級の使役魔獣はチンチラのようなしっぽがふさふさな栗鼠と鼠の中間なような魔獣でとてもかわいくて賢い。

 そのため試験体となった鼠を必ず蘇生させ、その個体がまた試験体になることを繰り返した鼠は、生徒たちがミスをするとブーブーと文句をつけるプロの試験体になった。

 ぼくは鼠に愛着はなかったが、その愛らしさを知ってしまえばついつい構ってしまう。

 寮に帰ればみぃちゃんが居るのでお前は連れて帰れないよ、と内緒で可愛がったりした。

 衛生的な環境で暮らせば病気を媒介することもないし、貯蔵食料を荒らさないように自動餌やり機まで作ってしまったので、うちのクラスに居る鼠はもう害獣ではなくクラスのアイドルだ。

 みぃちゃんが寮に帰る度に、浮気相手の香水を確認する奥さんのようにぼくの匂いを嗅ぎまくる。

 シロとスライムに無罪をいちいち説明してもらうのも面倒なので、赤ちゃん飛竜のようにみぃちゃんを連れて歩けるキャリーバックの魔術具を開発した。

 参考にした魔法陣は貸本屋の金庫のような保存の魔術具の魔法陣だ。

 読み解いた魔法陣は内部の時間を止めることで本の劣化を防ぐもので人間などの生物が間違って閉じ込められないように後世の人間によって書き換えられた跡があった。

 東の魔女の伝説を思い出して人間や生物が魔術具に閉じ込められたらどうなるのか、という検証を昆虫で試していたから、みぃちゃんの移動用の鞄に応用してみることにした。

 いくら猫が狭いところが好きだといっても、猫が好きな時間に好きな隙間に入るだけなので、ここに授業中ずっと入っていなさい、と言ってはいけないだろう。

 それでは猫の自由気ままという本質を損なってしまう。

 鞄の中の時間を自在に操り、みぃちゃんが飽きて外に出る時刻がみぃちゃんが外に出ても問題ない時刻になるように調節する魔術具だ。

 ぼくのベルトにつけている収納のポーチの魔法陣と組み合わせて、新たな魔法陣を開発した。鞄の中に居る魔力保有の生命体が、自分が出たいときに丁度良い時間経過になっている魔法の鞄を制作したのだ。

 飛竜の赤ちゃんが真っ先に入りたがったが、これから大きくならなくてはいけない赤ちゃんが時間を止めるような魔術具に入ってはいけない。

 ベルトのポーチをもう一つ付けるくらいの大きさに仕上げることが出来たのでこれからはみぃちゃんも寮で留守番しなくても済む。

 安全の検証が済んでいなかったのでケインにも打ち明けていなかったが、開発を嗅ぎつけたみゃぁちゃんにドスの効いた顔でにらまれた。

 兄貴もケインの分はないのか?と黒い塊の状態なのに無言で圧をかけてくる。

 素材採取の実習ではみゃぁちゃんも連れていけるし、貴族の大きな派閥の二つが瓦解したから今年は危険が無いだろうに……。

 ああ。

 だけどなんだか臭うのだ。

 辺境伯寮の大審判とは違う、羨望が歪んで嫉妬に転じたような悪臭が、実際は匂いを発していないのに匂うのだ。

 大躍進の影に強烈なヘイトを生み出すのはわかっていたから静観していたのだ。

 “……ご主人様。ケインの実力なら問題ありません”

 問題はなくても弟が襲われるなんて許せない。

 “……ご主人様。この実習が終わればケインが上級魔法を学べるようになります”

 ケインと同じクラスで学べるのは楽しいだろう。

 だけど、去年と同じ薬草学での素材採取の実習で、もう一度事件が起こるなんて学校側の管理体制を疑ってしまう。

 ケインの当日の荷物にお守りや回復薬をたくさん入れて万全な状態で送り出すことにした。


 ケインとキャロお嬢様は実習で土蜂の襲来にあった。

 土蜂自体はどこにでもいる蜂なので、採取の際に巣をうっかり踏んでしまうことは無いわけではない。

 だが、採取の前に入念に魔力探査をするケインが気付かなかったという時点で去年の罠を思い出す。

 今年の騎士コースの試験は往復のどこかでの奇襲を想定したもので、騎士課の不手際ではなかった。

 そうなると王都の魔法学校の森に何らかの仕掛けが広域にされている疑惑が出てきて、校外実習の全てが停止される事態になった。

 土蜂の襲撃に大げさなという声はあったが、公表できない事実は封印された。

 今年も怪我人は居なかった。

 キャロお嬢様がまだ習っていない聖魔法を使用して狂った土蜂を浄化してしまったのだ。

「強めの防御の結界を発動したら、偶々聖魔法が発動しちゃったのよ」

 寮の談話室で内緒話の結界を張り、寮長と女子寮監とぼくがケインとキャロお嬢様に事の経緯を聞いているのだ。

 ケインを含む採取者三人に護衛三人、引率教員二人。

 騎士コースの試験は往路に盗賊役の教師が襲撃するはずだったが、ケインの魔力探査にひっかかり護衛三人が待ち伏せして騎士コースの試験は終了した。

 素材採取をのんびりするはずが土蜂の気配に気が付いたケインが生徒全員で入れる進入禁止の結界を張ったところ、結界にびっしりと蜂が張り付いてお尻の針を結界に刺しているのを見たキャロお嬢様が慌ててケインの結界の上から防御の魔法陣を重ね掛けしたら聖魔法が発動したのだ。

「光と闇の神の魔法陣がいい塩梅で重なったんだね」

 初級魔法の授業でケインは闇の神の魔法陣が美しく発動し、キャロお嬢様は光の神の魔法陣の発動が他の魔法陣より美しかったと聞いている。

 本当に偶々聖魔法が発動したようだ。

「二人とも中級魔法は卒業制作を残すのみになっているから、おそらく上級魔法の授業に急遽参加させることで聖魔法を使用したことの整合性をとることになるだろう」

 寮長が学校側から聞いた情報とあわせて推測した。

 学習前の魔法の使用は禁止されているが、今回は偶々なのでお咎めはないからサッサと履修してしまえという事だろう。

「兄さん。これが浄化された蜂で、こっちが浄化する前に捕まえた蜂だよ」

 ケインはポーチから二つの小瓶を取り出した。

 ぼくが浄化前の蜂が入った瓶を手に取ると寮長がギョッとした顔になった。

「しょっ、証拠なんだから学校に提出しないと!」

「提出済みです。素材として持ち帰る許可はもらっています」

「浄化した蜂の亡骸ならいっぱい集めましたわ」

 キャロお嬢様が顎を引いて口角だけを上げて微笑んだ。目が笑っていない。

 やられた方は面白くない。

 やられた分だけやり返したい。

 寮長と寮監が口をパクパクさせて一か所を見ている。

 内緒話の結界の外側にハルトおじさんとハロハロが居た。


 ハルトおじさんとハロハロの話を要約すると、駆逐したはずの隠れ帝国派を洗い出すいい機会だから追跡魔法を使うのなら立ち会いたい、という事だった。

 カッコつけた理由をいろいろ言っていたが、二人の顔には復讐の魔法を見たいとでも言うかのようないい笑顔が浮かんでいる。

「ハルトおじさんはともかくとして、ハロハロがこんなところに居ていいのですか?」

「影武者に仕事をさせているからいいのだ」

 切れ者になったのか、非凡ならざる状態のままなのか判断しかねる返答だ。

「今回は魔術具を制作します。匂いを香水で誤魔化すような事なんて出来ないような、はっきりとした刻印をつけます」

 騎士団が即座に捕縛できるように、明日騎士団の訓練所で実行することになった。

 ハルトおじさんとハロハロは認識阻害の魔法を使って、食堂でカツカレーを堪能して帰った。

 王族って自由人だな。

 研究所にケインと籠ろうとしたらキャロお嬢様が手伝うと言い始めた。

 寮監が、男女が同室で夜を過ごすのは……、と叱責するので、ミーアと寮監が交代で監視することになった。

 研究室が人口過密なので、蜂の魔石を取り出す作業は廊下でミーアや寮監も交えてやってもらった。

 寮監がこの小さな魔石にはキャロお嬢様の魔力の残滓が……、と長々と言い出した。

 ケインの魔力も混ざっているので、キャロお嬢様とケインのスライムにそれぞれの主の魔力を吸い出してもらった。

 蜂の死骸を乾燥させて粉砕する作業は簡単なのでキャロお嬢様やミーアに任せて、ぼくとケインは固い飛竜の鱗を粉砕する方法を検討した。

 ブレンダーで粉砕できるとは思えない。

 キュイ。

 赤ちゃん飛竜がぼくのスライムを掴んでふよふよ浮いてアピールした。

 “……変身したあたいの刃の部分だけに強化の魔法をかけてくれるよ”

 “……ご主人様。赤ちゃん飛竜と契約したら魔力の親和性が高まります。ご主人様と契約した方が飛竜の赤ちゃんの安全性も高まります”

 上級魔獣使役師の講義は受講済みなので、赤ちゃん飛竜と契約したら試験も合格になるだろう。

 ぼくの目の前でふよふよと浮いている赤ちゃん飛竜に契約する気があるのか聞いてみた。

 いいのかい?

 “……ケイヤク…ナマエ…”

 嬉しそうに羽をパタパタさせてクルクル回った。

 ぼくのスライムは邪魔にならないように床に落ちた。落とされたわけではない。

 君の名前は*******。愛称はキュア

 精霊言語で使役の魔法陣を刻んで契約を済ませた。

 “……やったー!言語能力が向上したわ”

「兄さん今赤ちゃん飛竜と使役契約したの?一瞬で!?」

 キャロお嬢様と監視人一同は廊下でブレンダーと格闘しているから目撃されなかったが、ケインが刻印を刻むのが早すぎる、とうなっている。

 刻印を刻むのが早いで思い出した。

 蜂の魔石にも魔法陣を刻まなくてはいけない。

 ケインに精霊言語を説明するのは面倒なので、カッコつけて魔法の杖をひと振りして魔法陣を刻んだ。

 ケインがあわあわと言って動揺しているが、明日の朝までに魔術具を仕上げるのだから作業の手を止めない。

 ブレンダーに変身したスライムにキュアが魔力を注いで飛竜の鱗を粉砕した。

 素材が全部そろったら後は錬金術で仕上げておしまいだ。

 出来上がった魔術具はアヒルの卵のような大きさと形になった。

 朝日が昇る前に終わったので全員自室に帰って泥のように眠った。

 ウィルが迎えに来る前に出発する予定なのだ。


 身支度をして食堂に行くと、ウィルがお刺身定食を食べていた。

「おはよう。カイル、ケイン。今日はどうしても朝から気合の入った食事をしなくてはいけない気がして食堂にお邪魔させてもらったんだ」

 寮長が追い返せなかったんだ、と目で訴えかけている。

 仕方がない。どうせ後から根掘り葉掘り聞かれるのだから、連れて行こう。

 騎士団に断られたら追い返せば良い。

 魔法の絨毯にケインとキャロお嬢様(当事者)と寮長と寮監(保護者代理)とウィル(野次馬)を乗せて騎士団の訓練所まで飛行した。みぃちゃんとみゃぁちゃんは移動用ポーチに入れて隠密で参加した。

 さあ、辺境伯寮生に危害を加えたやつらを成敗してやる。

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[気になる点] キャリーバックの中の生き物の時間は止まっているけど、中では自由に動ける。かつ外に出すタイミングは外の使用者が任意に決定できる。って感じ?
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