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タイフーン少女

 王都に旅立つ日、三つ子たちがわんわん泣いたが、ケインにぼくたちが見えなくなったらすぐに立ち直るよ、とそっけなく言われて、ちょっとがっかりした。

 すぐに帰れるのだから当たり前なんだけどね。

 ケインは魔法の絨毯の両側に飛竜を引き連れた空の旅を楽しんだ。

 飛竜の赤ちゃんの大きさは変わらないが、魔法の絨毯の上で羽をパタパタさせて浮いているから、自分で飛行しているつもりらしい。

 癒される。

 ウィルはみぃちゃんの側に新しいスライムが居るのを見て、必ず父上を説得して自分のスライムを手に入れる、と息巻いている。

 スライムの初期飼育用の魔術具の誓約書は他領の人間にはハードルが高すぎるようだ。

 ボリスのスライムが、今ならみぃちゃんのスライムに勝てるとばかりに魔獣カードの技を繰り出しているが、家族のスライムに鍛えられて予習万全のみぃちゃんのスライムに返り討ちにされる姿をウィルは真剣に見ていた。

「これは面白いね。スライムは魔獣なのに魔法陣を学習して規模の小さな魔法を行使できるんだね」

 イシマールさんのスライムのように使役者の能力次第でとんでもない魔法を発動できるのは内緒だ。

 ケインはいつでも冷静沈着だが、みゃぁちゃんは初めての魔法の絨毯での旅に落ち着かないようで絨毯をうろうろしたり、絨毯を操縦するみぃちゃんに張り付いて学習したりして、スライムたちの遊びにも集中できないようだ。

 ケインの学習のために素材採取に立ち寄るのは、黒い兄貴に小指の影からほんのりではなく辺境伯領の外の世界をじっくりと堪能してもらいたいからという一面もある。

 王都の寮に着くと、ラウンドール公爵家の迎えの馬車が来ていた。

「夢のように楽しい時間を過ごせたことに感謝します」

 模範的な上位貴族らしく、ウィルがいつもの冷笑で寮長に挨拶している姿にケインが驚いている。

 うちで三つ子たちと戯れていた気さくなお兄さんは、三大公爵家の中でも一歩抜きん出たラウンドール公爵家三男で、冷笑の貴公子なんて異名があるのだ。

「対外的には公爵子息っぽくカッコつける必要があるけれど、ぼくはいつだってカイルの親友のウィルだよ」

 ケインに囁くウィルのそんな気さくな姿さえ演技に見えるのは、ぼくの心が汚れているのだろうか。

 アリサの行く末は本人が決めるのだ。ぼくがウィルを査定してはいけない。

 辺境伯領に置いていった家庭教師を気にすることもなく、ウィルは自宅に帰った。きっと公爵夫人と帰都するのだろう。

 今年度の部屋割りは、ぼくはケインと相部屋を選択したので、また一階の初級魔法学校生最奥の昨年度と同じ部屋になった。

 一階の方が研究所に通いやすいから同じでも構わない。

 女子寮はキャロお嬢様の入寮に向けて上を下への大騒ぎになっていたが、本人の希望は至って単純に普通の初級魔法学校の新一年生らしい生活がしたい、というものだった。

 学習館の前身であるうちの遊び部屋の経験者以外、キャロお嬢様には『我儘公女』の印象が少なからずあり、あたふたしているのだが、当人の言動を実際に目の当たりしなくては理解が及ばないだろうから、誰も口出ししなかった。

 今年度はタイフーンが魔法学校を襲撃するだろう。

 辺境伯寮内の話なのに女子寮なので、ぼくはどことなく他人事のように感じていた。

 タイフーン少女が君臨するまでは。


「私と一戦交えてください!」

 騎士コースの訓練服を着用し、灰色のハスキー犬みたいな犬を従えたキャロお嬢様は、男装の麗人と異名が付くのも尤もらしい勇ましさで、ぼくに手合わせを要求した。

 あれ?

 キャロライン嬢のお母様は素敵な淑女だったはずだ。何故あの脳筋領主の遺伝子を濃く受け継いでしまったのか。

 おや?

 キャロお嬢様は誘拐事件の後の領城の精霊神の祠への参拝の時に、一緒に精霊たちと遊んだ仲間だ。

 ぼくは精霊たちの思念だけ聞こえるように、魔力ボディースーツの標準装備であるヘッドセット調節した。

 “……私たちに都合のいいようにキャロラインを扇動していません…”

 キャロお嬢様に付いている精霊たちの震えるような思念を受け取った。

 ぼくは別に精霊たちに怒っているわけではない。怯えなくても良いよ。

 ぼくはシロに威嚇するなよ、と念を押した。

 “……ご主人様。お上りさんが委縮しているだけです”

 王都の辺境伯寮は精霊たちがたくさん集まっており、精霊密度の高さに委縮しているだけらしい。

 シロが圧力をかけているわけではなかった。

 キャロお嬢様は精霊たちの影響を受けているのではなく、元々負けず嫌いのお転婆気質で頑張り屋さんだっただけだった。

 帰省の際にVRの開発に夢中になって学習館に行かなくなってしまっていたから、ぼくたちと手合わせすることがなく鬱憤が溜まっていたのだろう。

 初級騎士コースで卒業相当になったら相手にするよ、と言ったら火に油を注いだようでケインに小言を言われてしまった。

 入学試験はケインとキャロお嬢様は同日に受験したが、二人とも二日目に持ち越した。

 試験内容は話せないから二人とも黙っているけれど、声に出してはいけない文字までたどり着いたのだろうか?

 キャロお嬢様は夕食のヒレカツ定食に、キャベツにまでとんかつソースとマヨネーズをかけている。

 エネルギーを消費したのはわかるが、塩分過多だよ。

 ケインはあの試験で生徒に何を求めているんだろうね、と呟いていた。

 うちの弟はいつからそんな裏を読もうとする子どもになったのだろう。

 二日目に備えて早めにベッドに入ったケインを気遣うようにみゃぁちゃんがケインの枕元に蹲った。

 黒い兄貴は相変わらずケインに添い寝していた。

 ケインが自分の限界と戦っているのなら見守るしかない。

 ぼくはこの場をみぃちゃんに任せて、赤ちゃん飛竜を連れて亜空間を経由して研究所に行った。亜空間を経由するなら、寮の部屋が一階である必要が無いじゃないか。


 今年度も入学式の前日に新入生代表挨拶の連絡が寮にきた。

 寮長がもじもじしている様子を見てキャロお嬢様が一喝した。

「二年連続我が寮から新入生代表を輩出したことはとても誇らしい事です。私は領主の孫として生まれましたが、ここでは一新入生です。一番が私でないことは問題ではないのです。新入生および在校生諸君。私は今年度、学年を越えて学習することを誓います。ですが私は諸君たちが私の成績を配慮して手を抜くことは許しません。ケイン。あなたはよくやってくれました。私との約束を守り全力で入学試験に挑んでくれました。もちろん私だって本気で取り組みました。私たちは手加減も忖度も全くなく、己の全力を出したのです。私は勝っても負けても、この寮から新入生代表を出したことを誇りに思います。寮長、新入生代表のお名前をお知らせください」

 キャロお嬢様がイケメンすぎる。

 こんな領主様に付いていきたいのに、キャロお嬢様は王家に嫁ぐ順番なのだ。

 これは不死鳥の貴公子がよほどしっかりしていなくては、領民たちはキャロお嬢様を手放したくないだろう。

 実際、女子寮を掌握したキャロお嬢様ファンたちが、キャァキャァ黄色い声を上げた。

 学習館の学習発表会でキャロお嬢様が名実ともにトップアイドルのように扱われていたことは気付いていた。

 寮長は咳払いをして、新入生代表者を発表した。

「ケイン。おめでとう。君に新入生代表の挨拶の依頼が来ている」

 談話室に集まっていた寮生たちが歓声を上げて拍手をした。

 ケインはホッとしたように息を吐いた。

 今年度の辺境伯寮の快進撃はここから始まったのだ。


 入学式にはキャロお嬢様のお母様が理事として列席していたので、今年度の新入生代表はキャロお嬢様だろうと会場内のほとんどの人が考えていた。

 去年に似た雰囲気だ。

 ぼくは首席卒業相当生という席を用意されたから会場内に居る。

 もう一人去年は居なかった人がいる。

 王太子殿下こと、ハロハロが魔法学校改革する宣言をして臨席しているのだ。

 教育課程を一新したから新入生も在校生も良く学びなさい、と祝辞まで述べていた。

 ハロハロは御子息の入学の前に魔法学校に影響力を持ちたいのだろうと噂されていた。

 魔法学校のカリキュラムは本当に今年度から変更されており、生徒の祠巡りが必修になった。卒業までに七大神の祠巡りを終えなければならなくなったのだが、辺境伯寮生は新入生以外全員終了している。

 新入生代表者の名前を呼ばれると会場内がざわついた。

 そこここでエントーレと囁かれ、ぼくとケインを見比べている。

 キャロお嬢様のお母様は上機嫌に微笑まれた。

 女の子が代表になると社交会では風当たりが強いので丁度いいのです、と入場前にぼくに教えてくれていた。

 ケインは堂々と壇上に上がり、自己研鑽に励み社会に役立つ人材になる、と抱負を述べた。

 兄ちゃんは鼻高々だよ。


 光と闇の神の魔法陣の受講が始めから解禁されていたので、ケインとキャロお嬢様は初級魔法学校の課程を史上最速で終了相当目前になった。


 キャロお嬢様が初級の受講を全て終えるまで寮内はこのタイフーン少女に翻弄されていた。

 キャロお嬢様の御学友兼護衛とされていたミーアたち同級生は、受講すると一発合格を出し続けるお嬢様に付いていくため、目の下を黒くして予習をして授業に臨むのだ。

 ほとんど寝ていなかったのだろう。

 寮生以外の騎士コースの受講者が一見可憐な女生徒に一度コテンパンにやられて、覚醒したかのように鍛錬している姿を目撃されることで、お嬢様たちが二年次、三年次と順調に受講しているのがわかると、中級学校でも噂になった。

 ぼくたちは騎士コースに中級の受講を残していたので、追いつかれる前に終了させた。

 タイフーン少女の疾風をまともに食らわないためにサッサと中級卒業相当にして、上級学校の校舎へと活動の場を移した。

「兄さんに追いつくのは至難の業だ」

 ケインがこぼしているが、寮の研究所で卒業制作に取り組んでいる時期がぼくよりずっと早い。

 ケインは魔力探査の結果を地図上に示す魔術具を作成している。

 中級の素材採取の授業で使えそうな便利な魔術具だが、ストーキングの道具にならないかな?

「魔力の対象を動かない植物に限定しているから大丈夫だよ。ウィリアム君の手に渡っても問題ないよ」

 ボリスとウィルはまだ中級の卒業相当まで終わらせていないので、ケインが追いついたから顔を合わせる機会がぼくより多いのだ。

 とは言ってもウィルは毎朝迎えに来るから、毎日会っている。

 ウィルが放課後に騎士コースの訓練に余念が無いので学校内ではあまり遭遇しなくなった。

 キャロお嬢様が手合わせでウィルを翻弄したから、悔しくて鍛えなおしているようだ。

 灰色の凛々しい犬を従えて真珠の輝くスライムを肩に乗せて騎士装束で校内を闊歩するキャロお嬢様は、男装の麗人として男女ともにたくさんの生徒たちを魅了し、熱烈なファンクラブまで結成されてしまったのだ。

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