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閑話#14ー2 ~公爵子息三男の邂逅~

 光彩の輝きも、考え込むときに人差し指を口元に当てる仕草も、手首に寄る皺の位置も、完全にジェニエさんその人なのに、ジェニエさんの親戚のジュンナさんだと紹介を受けた。

 オーレンハイム卿もジュンナさんと呼んでいる。

 ぼくは世間話をして動揺を誤魔化したが、詳細を聞くにはオーレンハイム卿が適任だろう。

 卿がジェニエさんを見間違うはずはないのに、話を合わせている理由があるはずだ。

 ぼくは自分がいかにオーレンハイム卿の作品のファンであるかを切々と語ったら、ジェニエさん、いやジュンナさんが、ヒェッ、と喉を鳴らした。

「どれだけたくさんわた、いえジェニエお婆をモデルにした作品があるのですか?!」

 オーレンハイム卿は頬を赤く染めながら、手が空いた時はすぐ作品を制作するから数は数えたことは無い、どこにいてもジェニエさんを見つめていたいから、自分が滞在する屋敷の全てに多数保存している、と自白した。

 数千点では利かない量があり、初期の作品は満足いく出来ではないが、ジェニエさんの姿をしたものを破棄することは出来ない、と真面目に語った。

 ああ。これが同じことを言っているのに、意思疎通ができていない状態なのか。

 オーレンハイム卿は、ジェニエさんがモデルの作品がたくさん出来上がることは息を吸うのと同じくらい自然なことなので、どこにでも置いておくのが当たり前だが、ジェニエさんは自分の写真を不用意に撮影されたくないカイルと同様に、自分の知らないところに自分の絵姿や人形が無尽蔵にあることが嫌なのだろう。

 メイさんがカイルの話をぼくにしながら小首を傾げて訝しんだ理由はわかった。

 だが、ぼくはオーレンハイム卿の心情に寄り添いたい。

 好きな気持ちが心の底から湧いて出てくるのは自然なことで、止めることは出来ない。(たとえ本人に嫌がられたとしても)

 本人に知られなければ問題ない、とぼくの心が叫んでいる。

「ジェニエお婆は控えめな性格で、自分の絵姿や人形が大勢の目に晒されることは望まないはずです。せめてご自宅だけに留めて人目に触れぬようご配慮いただけませんでしょうか?」

 ジュンナさんが両手をお胸の前で握りしめて小首を傾げると、オーレンハイム卿は所持することが許されたと喜んで、自分の死後はエントーレ家に作品を全て寄贈すると言い出した。

 ジュンナさんはオーレンハイム卿の作品は市場価値が高いので、寄贈ではご家族に納得されない方がいるかもしれないので、適正価格で全品買い取ると約束させた。

 交渉事が上手な方だ。

 今のエントーレ家の資産状況ならオーレンハイム卿の作品をまとめ買いすることも可能だし、エントーレ家に恩のあるオーレンハイム卿のご家族が暴利に走ることもないだろう。

 話がまとまりオーレンハイム卿が誓約書をしたため、ぼくがオーレンハイム卿の別荘へ招待されたところで、本を探しに奥へ行っていたカイルが戻ってきた。


 地下街という冬期間積雪に閉ざされる辺境の地にふさわしい発想による都市の発展は、灼熱の南方の地でも有効ではないかと思われた。

 そんなぼくにオーレンハイム卿はまだまだ視野が狭いと言った。

 この街が素晴らしいのではなく、ジェニエさんがこの街に居るから素晴らしいのだと言った。

 大げさではなく事実だ。

 エントーレ家が辺境伯領に来てから目覚ましい発展を遂げており、立役者であるカイルの義父はジェニエさんが居なければ存在しなかったのだ。

 世界の中心に常に彼女が居る、そういう視点になっていないうちは、まだまだただ入れ込んでいるというだけだ、と言われた。

 ぼくとオーレンハイム卿とでは格が違い過ぎた。

 ぼくはカイルの居る世界に夢中になっているに過ぎない。


 調査員に頼らず、自分で街を歩き、彼が今どこに居るかわかるようになってから君の話を聞こう、そう言われたぼくは街を一人で(家庭教師が後ろからついて来ている)散策し始めた。

 市電と馬車と人が行き交う街並みが綺麗なのは排水溝にスライムの魔術具が埋設されており、市民が片づけをしたら市民カードにポイントが付くため馬糞一つ落ちていなかった。

 市電や地下鉄の利用が増えたから馬車の需要は下がり、市民は市電と辻馬車の出発時刻を把握して行動しているので事故も混雑も極端に少ないようだ。

 馬に乗る警ら中の騎士団を市電が追い越していく風景は奇妙でいて美しく、ぼくは夢中になって写真を撮った。

 噴水広場で踊る子どもたちの中には貴族の子どもかと思えるほどの魔力量の多い子どもがいるが、この領地なら平民と貴族の子どもたちが一緒に踊っていても不思議ではない。

 噴水広場にケインの魔力がないことだけはわかった。

 魔力を隠すことが出来るカイルもここには十中八九いないだろう。

 七大神の祠のそばには茶店や土産物屋が並んでおり、木製の魔獣の像は迫力があるものもあり数点購入した。

「多趣味になられるのは良い事ですね」

 家庭教師が安堵するかのように言った。

 いつかカイルと魔獣ペットたちの像を作りたいから参考にと購入したのだ。

 購入した像の中でも出来の良い不死鳥の木彫を持参してオーレンハイム卿の別荘に伺った。

 ただカッコよく見えるだけの像とオーレンハイム卿の作品を比較するために持って来たのだ。

「カイルがどこに居るかわかるようになったかい?」

「カイルは街の北東部に居て、よそ者のぼくが散策しているとラウンドール公爵家の偵察にしか見えない地域なので、近づけません」

「正解だ。来年も来たいなら、行動には気をつけなくてはいけない」

 夫人は観劇に出かけており不在だったので、オーレンハイム卿と気兼ねなく話すことが出来た。

「ジェニエさんはどうなっているのですか?」

 オーレンハイム卿は愉快そうに笑うと、君は違いの分かる男なんだな、と手を叩いて喜んだ。

「どうなったのかは私からは話せないし、君が真実を見たというのならそれを肯定も否定もできない。私は嘘つきではないからね」

「ええと、正直混乱をしています。オーレンハイム卿が事情をご説明できないのは理解しましたから、ぼくの独り言としてお聞きください」

 貸本屋で出会った女性は、卿の作品で見たジェニエさんそのもので、別人ということはあり得ないと確信したこと。

 ぼくはカイルと旅することで精霊たちを何度も見かけたこと。

 もしかしたら精霊たちは人を若返らせることが出来るかもしれない、という考察まで話した。

「精霊たちはいる。私も不死鳥の貴公子がご誕生された時に見た。精霊たちが人を若返らせるかどうかは判らない。人が不老不死を期待してはいけないと教わってきた身としては、あってはならないとしか言いようがない。ジェニエさんはジェニエさんで、ジュンナさんはジュンナさんだ、と私は解釈している」

 解釈している?

 舞台の芝居のようにそういう設定として接しているという事か!

「わかりました。あの方はジュンナさんですね。失礼いたしました」

「頭の回転の速い子は嫌いじゃないよ」

 ぼくはジェニエさんの件を深追いするのを止めた。カイルの祖母がジェニエさんで、大切な親戚がジュンナさんだという事で良い。

 ぼくが知りたいのは創作の秘訣だ。

「火の神の祠の土産物屋で購入した不死鳥の木彫です。細工の出来も良く迫力もあって十分な品なのですが、卿の作品のジェニエさんのような真実味というか魂が無いのです。ぼくの作品にも何かこう足りないものだらけで未だ愛着が沸くところまでいきません」

 不死鳥と自作のみぃちゃんのチャームをオーレンハイム卿に見せた。

「それは説明できることではないよ。君は秘密が守れる男だから、私の工房を見せよう。ジュンナさんには内緒だよ」

 公開しないと約束したが、アトリエを見学させないとは明言していない。

 白か黒かと聞かれたら限りなく黒に近い、白だ。

 オーレンハイム卿は制作する手を止められない。

 ぼくは技術を学びたい。それだけだ。

 別荘の東北の一角に作られた工房は、庭の木立の向こうにカイルの家があることが想像できた。

 描きかけの老女姿のジェニエさんの絵も大きかったが、現在制作中の像は等身大の今のジェニエさんだった。

 粘土を中心にした素材を錬金術で練成して、大まかな形を作ってから細部を完璧に仕上げているようだ。

 特筆すべきはその肌質だ。

 ジェニエさんの肌の色を忠実に再現しているだけでなく、透けて見える血管、肌のきめの一つ一つまでまるで生きているかのような艶があるのだ。

 髪の毛が仕上がっていないから像であることがわかるが、すべてが出来上がればこの作品はジェニエさんそのものであろう。

 これは間違いなくオーレンハイム卿の最高傑作になる。

「君はあの不死鳥に真実味と魂がないと言ったね。私のジェニエもどれほど細部にまでこだわっても、このジェニエにはジェニエさんの魂はない。このジェニエにあるのは私のジェニエさんへの愛と憧れだ」

 オーレンハイム卿はジェニエさんの像の右頬に愛おしそうにそっと触れた。

「私はこうやってジェニエさんに触れたことは一度もない。今後も決してないだろう。初めてジェニエさんに会った時、魔法学校の初級魔法学の教室のドアに手をかけた彼女を一目見て彼女が私の人生の女神であることがわかった。そして彼女が私の生涯の伴侶ではないこともわかった。彼女が平民だったからではなく、彼女の瞳の中に私を見る輝きがなかったからだ。彼女にとって私はただの同級生でしかなかった」

 オーレンハイム卿は人差し指でジェニエさんの像の目尻を拭うように触れた。

「それを変えようと考えたことは無い。ありのままのジェニエさんが一番美しいのに私の欲望でその顔を歪めてほしくなかったのだ」

 私が家督を弟に譲ってジェニエさんを攫うように駆け落ちしても、彼女の瞳に私が輝いて映っていなければ、その行為は誰も幸せにはしなかっただろう、と自嘲気味に呟いた。

「私の全ての作品のジェニエには制作時の私のジェニエさんへの愛を表現している。それだけなんだ」

 ぼくがカイルへの愛情を全て込めれば、こんな作品が作れるようになるのだろうか。

 造形の完成度だけじゃない、この鳥肌の立つような不思議な力を持つ作品をぼくも作れるようになりたい。

 オーレンハイム卿は名残惜しそうにジェニエさんの像から手を離すと、家庭教師の待つ応接間に戻った。

 カイルのあの屈託のない笑顔の瞳の中に映る自分。

 侮蔑の目で見られるのは嫌だ。

 オーレンハイム卿がジェニエさんに嫌われないぎりぎりの行動をしているのは、ジェニエさんの目を見て限界を見極めているのかもしてない。


 カイルの家のガーデンパーティーに招待された。

 母上は手土産に南方の乾燥させた果物を選んだ。

 母上はカイルの好みを良く調べているようだ。カイルは珍しい食べ物に目がないのだ。

 ハルトおじさんが臨席されるというのに母上は簡素なサマードレスで、特別な下着を着用しているらしく、胸がジェニエさんほどではないが、ジーンさん程度には大きくなっている。

 本人はとても嬉しそうで父上に見せるのが楽しみだと言っている。

 招待状には動きやすい服装とあったので、ぼくも簡素な服に着替えなおした。

 カイルの家はこじんまりとした小さな二軒長屋の横に大きな体育館があり、その奥にたくさんの厩舎があった。一番大きいのが飛竜の厩舎だろう。

 体育館の方に人がたくさん集まっていたので、そちらの庭に行くと、たくさんの屋台が出店していたので母上が喜んだ。

 カイルの家族が集まって来て紹介をしてくれた。

 ジェニエさんは老婆の姿になっていて、その人は間違いなくジェニエさんだった。

 母上は本人に会えたことをたいそう喜び瞳を潤ませて、長生きしてください、と懇願に近い声で言った。

 カイルの弟のケインには先日会ったので紹介は済んでいた。

 驚いたのは同じ大きさの弟妹が三人もいたこと……それ以上に驚いたのはカイルの妹だ。

 『一目見て彼女が私の人生の女神であることがわかった』

 一瞬真っ白になったぼくの頭にオーレンハイム卿の言葉が響いた。

 カイルが制作したみぃちゃんの髪飾りを二つもつけた幼女の髪はジェニエさんそっくりのピンクブロンドで艶やかにクルクル巻かれている。

 エリザベスと同い年の彼女はカイルの愛を一身に受けた屈託のない笑顔で、アリサです、と名乗った。

 アリサ。

 可愛らしい声。可愛らしい名前。可愛らしい緑の瞳は好奇心があふれ出ていてぼくを面白そうな人として見ていた。

 興味、関心を得たという事は、出だしは上々だ。

 残る弟二人はそっくりな顔をしていたが、ヤンチャそうな子がクロイで控えめな子がアオイだ。もう覚えた。

 アリサはカイルが大好きで、カイルの後をついて回る。

 そんな姿も可愛くて、屋台のお好み焼きを小さめに焼いてもらったアリサの皿を代わりに受け取ろうとしたら、私は落とさないで運べるもん、とほっぺを膨らませた。

 可愛すぎる。

「ぼくにもアリサちゃんと同い年の妹が居るからついつい手伝いたくなるんだ」

「「「妹を甘やかしすぎたらいけないんだよ」」」

 三つ子たちは声をそろえて言った。

 三人とも可愛い。弟も良いものだな。父上と母上はもう少し頑張ってくれないかな。

 会場には天幕がいくつか張られていて、女性たちは秘密の話があるのか、一つの天幕に集まっている。

 ケインや三つ子たちの友人たちも招かれており、ぼくは子どもばかりの天幕に居るがお世話する大人が少ないのにみんなとても行儀が良い。

 アリサのためにお肉をしっかり焼いていたら、小生意気な子どもに、焼き過ぎて旨味の脂が流れ出てしまっている、と尤もな指摘をされてアリサのお世話を横取りされた。

 アオイがぼくは焼き過ぎくらいが好みです、と慰めてくれた。

 小生意気な子どもがアリサにべったり張り付いているのを、カイルとジュエルさんが心配そうに見ている。

 ああ。

 やはりアリサはぼくの女神だ。

 アリサの心を手に入れられれば、ぼくはカイルの義弟になれる。

 カイルの家族になれるのだ!

 幼いアリサに好かれるためにはアリサの憧れになれるようにならなくてはいけない。

 ボリスの父が挨拶に来て、騎士コースを受講済みなら是非この訓練所を利用すべきだ、と言って、防御の魔法陣を即座に出せなければ即死するような障害物訓練コースに駆り出された。

 護衛の騎士が付き添ってくれなければ、ぼくは二度死んでいただろう。

 天幕に戻るとアリサたち三つ子に囲まれて、英雄のように扱われた。

 カイルとボリスが魔法学校の初級騎士コースで教師以外が相手にならなかったのは当たり前だ。

 ……違う。騎士コースを受講していないとあの訓練コースには入れないと言っていた。

 入学前はどんな訓練をしていたんだ!

 お腹がいっぱいになった子どもたちは訓練コースのえげつない罠の話に目を輝かせて聞き入っている。

 恐るべき子どもたちだ。この子たちが王都の魔法学校に順次入学してくるのだ。


 ぼくは辺境伯領滞在中、この訓練コースとオーレンハイム卿の別荘を日参していたらあっという間に洗礼式の日がやって来た。

 王都に帰りたくないが、カイルと一緒に帰るからそう落ち込むこともない。


 洗礼式の晴れ着を着た子どもたちが誇らしげに市電に乗る様子を撮影した。

 カイルの弟を撮影するという名目でカイルと出歩けることが嬉しい。

 ケインが教会に入る所を撮影できなかったが、領主の紋章の入った馬車から降りてくる噂の領主の孫娘を撮影することが出来た。

 ガーデンパーティーでアリサとお揃いの格好をして、お好み焼きに自分好みの具を入れて自ら焼いていた、キャロと呼ばれていた少女が辺境伯公女だったのか!

 それならあの会場に不死鳥の貴公子が居たのだろうか?

 後でスナップ写真を確認してみよう。

 そんなことを考えていたら教会の鐘が鳴った。

 魔力量の多い子どもの洗礼を祝う鐘だ。

 辺境伯領はやはり鐘の音が鳴り続けたくさんの子どもが大量の魔力を持っていることを見せつける。

 カイルは微動だにせず、魔力探査を行っているようだ。

 洗礼式の鐘と結界の魔法陣は何か関係があるのだろうか?

 ぼくには何もわからなかった。

 だが、鐘が鳴りやんでからしばらく経つと教会から街の結界に力強く魔力が流れるのが、ぼくにもわかった。

 子どもたちの洗礼式の踊りが関係しているのだろうか?

 王国の北の端、いや、この世界の最北端の都市は失われた文化を復活させて結界の強化を図っているのだろうか?

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[一言] 祖母←変態芸術家 父←おじさん殿下 長男←自称親友 長女←変態予備軍貴公子new! この一家は厄介強火ストーカーに憑かれる呪いにかかっているのかもしれない…。 もしや読者が知らないだけで母…
[良い点] ウィルの推し愛は、毎回楽しんで読んでます。 意見はいろいろあると思いますが、私は、有りです!
[気になる点] ウィルの気持ち悪さ粘着質がそろそろ、こちらの許容できる範囲を超えてきて、嫌悪感が物凄いです [一言] 今後作者がウィルをどのような形に収めていくのか気になります
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