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本の意思

「虫干しに本が自分から出てくるのですか?この厳重そうな魔法陣を抜け出せるのですか⁉」

「外から許可なく開けることはほぼ不可能だが中から外に出るのに規制はないらしい。俺は馬鹿みたいに魔力を消費するこの魔術具に魔力を注いで維持しているだけだからよくわからん」

「それなら虫干しに出てきた古文書は中に戻れないのですか?」

「それがな。戻る奴は戻るし、戻らないやつは小型の魔術具に入れておくことになっている。好事家の管理人が来た時に戻してくださる。手違いでお前に貸した本は自分で戻ったぞ」

 中級精霊に能力差があるように魔本にも能力差があるのか、それとも記載されている内容が関係しているのだろうか?

 魔法陣に興味があるんだろ、と言ったゴイスさんが魔術具に触れると金庫のように重厚な扉の魔法陣が光った。五つの魔法陣が重ね掛けしてある。

「ぼくも少しだけ魔力を注いでいいですか?」

「ああ。それは助かる。少しで手を離すんだぞ」

 菱形に並んだ魔法陣の真ん中の魔石に手を当てた。凄い勢いで魔力を吸い出されたが、精霊言語で記憶が出来たところで手を離した。

「大丈夫か。かなり持っていかれただろう?」

 ゴイスさんが心配そうに言った。

「大丈夫です。七大神の祠の魔力奉納と同様に供給者の魔力量で加減されている気がします」

 祠の奉納か、とゴイスさんが納得した。

 扉の魔法陣の光り具合から見ても、ゴイスさんの魔力量はハロハロに匹敵する。

 キュイ。

 飛竜の赤ちゃんが鞄から顔を出した。

「あはっは。これはまた稀代な魔獣を飼っているな。ああ、何で俺が番人をしているときに伝説通りのことが起こっているのに、相手が少年なんだ!」

 ゴイスさんが手を叩いて笑った。

 この貸本屋はとある没落貴族の持ち物で、本は読まれるために存在しており、読み手の元にたどり着くように出来ていると考えていた。その信念を受け継ぐ者にこの本たちは引き継がれており、現在の所有者も自分は次世代に引き継ぐための管理人と名乗っているそうだ。

 虫干しのために本が出てくるときは時代が動いており、知識を求めて人が動く、と申し送りされていた。

 ゴイスさんが、時が動いたと初めて感じたのは、お婆が初めて来店した際に自分が番人になってから一度も動いたことのなかった魔術具の中の本が、お婆の目の前に積み上げられた本の一番上に移動したのを見た時に、鳥肌が立つほど実感したそうだ。

 病の時を止める魔法陣が記載されたものだった。

 お婆はそれを一瞥して、自分にこれを行使する魔力はない、時が来れば朽ちるだけの身で出来ることをやるだけだ、とゴイスさんにその本を返したらしい。

 お婆が帰るとすぐにオーレンハイム卿がやって来て、貸し出し禁止のその本を研究するために奥のテーブルを年契約で借り受けたのだ。

 管理人は知識を求めて人が来るのなら開放すべきだと認め、そうこうするうちに四才になったばかりのぼくがいきなり騎士物語の短編を読みだしたのだ。

 それ以来、この店は本が読めるものなら年齢も種族も越えて受け入れるようになったのだ。ゴイスさんはしたり顔でみぃちゃんを見ながら言った。

 うちのペットは全員字が読める。

 いや、赤ちゃん飛竜はまだだ。

 ぼくが大きくなってからで良いからね、と赤ちゃん飛竜の頭を撫でているとゴイスさんが言った。

「あはっは。そいつともう一つ何かがあの古文書の出現を拒んでいる。本が地団駄踏んでいるんだ。じたばたする本なんて初めてだよ。くっくっく」

 それは面白そうだ。

 雑音をシャットダウンしている魔力ボディースーツを全身タイツに切り替えた瞬間、膝をついて後悔した。

 オーレンハイム卿の()()()()()()とフィギュアを作りたくて興奮しているウィルの思念をもろに受け取ってしまったのだ。

「魔力枯渇が遅れてきたのか!」

 膝をついて両腕を床につけて項垂れたぼくにゴイスさんが駆け寄った。

「いえ、現実を思い知っただけです。ぼくは読めない古文書があるのを確認しに来ただけなので目的は達しました。地下街の支店を見てから帰ります」

 学習館の影響で子どもたちの読書熱が高まり、両親や関係者もよく本を借りに来るようになったので回転率の良い本を集めて、冬季間でも足を運びやすいように地下街に出店したそうだ。あっちは流行の本しか置いていないらしい。

 どんなジャンルであっても読書は健全な趣味だ。

 ぼくのフィギュア制作に熱意を見出すよりずっと良い。

 皆のところに戻ると、ウィルはオーレンハイム卿の別荘に招待されていて、お婆は人目に付くところに自分の姿絵とフィギュアを置かないこと、オーレンハイム卿の死後それらの売却先はエントーレ家のみと誓約書まで書かせていた。

 全面禁止にして行き場を失った情熱がおかしな方向に行かないように、お婆が最低限の譲歩をしたようだ。

 ウィルの歓喜の思念をシャットダウンすべく魔力ボディースーツを強化しようとしたとき古文書の強い思念がとんできた。


 ここに居る。必要になればここに来ればいい。

 魔本の魔力の質も確認できた。

 君はここに居る。


 地下街の賑わいに驚くウィルを無視して貸本屋の支店を覗いた。

 成人したての綺麗なお姉さんが接客する小洒落た店内では販売と貸し出しの両方をしていた。

 ウィルはエリザベスのお土産に綺麗な挿絵の絵本を購入していたが、三つ子たちがここの貸し出しの常連なので、ぼくの興味を引く本はなかった。

 噴水広場ではケインが洗礼式の踊りに参加しており、初めて見るウィルが興味深そうに観察していた。

 そういえば王都の広場で踊っている子どもたちはそんなに見かけなかった。

 オーレンハイム卿は若返ったお婆と母さんの間に入ってケインを見ている姿が、若い女性を侍らせたスケベ爺に見える。

 ウィルの滞在中に自宅の中庭で焼肉パーティーをする約束をして解散した。


 辺境伯領に滞在中のウィルはぼくに張り付く以外の趣味を見つけて、街中で市電の撮影をする撮り鉄になり、魔獣フィギュアの収集にハマり、オーレンハイム卿の別荘に入り浸っていた。

 すっかりお世話になってしまったお礼と、ウィルを招待したら公爵夫人も招待せざるを得なくなってしまった焼肉パーティーの参加メンバーのバランスを考えて、オーレンハイム卿夫妻も招待することになった。

 ボリスの家族やハルトおじさんも招待して、会場を体育館側の広い中庭にしたら、王都に行かなかった屋台の元騎士たちが会場の設営まで請け負ってくれたので、ちょっとしたお祭り状態になった。

 招待状には動きやすい服装で、というドレスコードにしたため、招待客はみんな平民に見える格好で来てくれた。

 ご婦人たちは憧れのジェニエに会えると、とても喜びコスプレ気分で簡素なドレスを楽しんでいるようだった。

 お婆は変装して挨拶だけ済ませると体調不良を理由に下がり、ジュンナとして戻ってきた。

 いつのまにか女性だけが囲んでいる七輪の席が出来上がり、美容品や下着の話をしているようだ。

 オーレンハイム卿でさえ近寄れない男子禁制の天幕が出来上がった。

 ハルトおじさんはオーレンハイム卿を政治経済について語る天幕に連れて行った。

 お忍びでキャロお嬢様のじいじも来ているのだ。

 という訳でケインや三つ子のお友達に紛れて、キャロお嬢様や不死鳥の貴公子もいるのだが、ウィルはまったく気が付いていない。

 騙してはいない。

 お忍びなんだから、紹介していないだけだ。

 お買い物ごっこが学習館の通年行事になっているので、場慣れしている二人は領主の孫のオーラを完全に消している。

 ぼくと父さんの心配事はそんなことではなかった。

 想定外の事というのは事前に予想がつかないものだ。

 公爵夫人をエスコートしてウィルが我が家にやって来て、うちの家族を紹介した時に公爵夫人でさえ、あらあら、と言ったのだ。

 みぃちゃんの髪飾りでツインテールにし、焼肉の後で遊ぶ気満々で選んだキュロットスカートはキャロお嬢様と双子コーデでキメている、アリサにウィルの視線が釘付けになってしまったのだ。

 ウィルの家格ならばキャロお嬢様のほうだろう!

 アリサはまだ四才なんだ!!

 うちの妹は妖精のように可愛い。

 ウィルはぼくにも妹がいるから、なんてエリザベスの話を持ち掛けながら、アリサのためのお肉を丁寧に焼いて甲斐甲斐しくお世話をしている。

 キャロお嬢様はそんなウィルの様子に、顎を引いて腹筋を震わせないように笑っている。

 入学後にいいネタになるとでも考えているのだろうか。

 不死鳥の貴公子は牛タンを焼き過ぎるウィルに蘊蓄を述べて、アリサのお皿に自分が焼いた牛タンを分けてあげている。

 アリサはモテモテなのか?

 ぼくと父さんが心配そうに見ていると、まだ四才だよ、とケインに冷静に言われた。

「アリサが魔法学校に入学する時にはウィリアム君は帝国に留学しているはずだし、クロイとアオイと一緒に進学するだろうから、何とかなるよ」

 ジャニス叔母さんところの従妹もいるしね、とケインは冷静に言った。

 従妹たちもお婆に似て二人ともピンクブロンドの可愛い女の子たちなのだ。

 きっとあの子たちもモテるのだろう。

 そう気持ち落ち着けようとしても、ついついアリサの様子が気になってしまう。

 アリサを追いかけるウィルをボリスの父がアスレチックへ連れ出した。

 食後にあのコースを回ればせっかく食べた美味しいものが逆流するに違いないが、ぼくとボリスは、きついコースだから気をつけてね、とだけ言って送り出した。

 屋台の元騎士が何人か付き添って行ったから大丈夫だろう。

 ウィルは相当絞られたようだが、魔法学校のカリキュラムより楽しかった、と領都に滞在中、何度も挑戦しに来るようになった。

 アリサが頑張れ、と声をかけているのに喜んでいるが、アリサはアスレチックの罠の種類と発動場所を聞き出したいだけだ。

 学習館の訓練所が五才から、うちの庭のアスレチックは魔法学校の騎士コースを履修してからしか入れないから、三つ子たちは口の軽いウィルに付きまとっている。

 アリサはお転婆だから騎士コースも受講しそうだ。


 自宅で過ごす楽しい時間はあっという間に過ぎていき、ケインの洗礼式の日になった。

 真っ白な晴れ着を着たケインを見送り、ぼくはお婆と三つ子たちと家で留守番をしている予定だったが、ウィルが教会まで見に行こうと誘いに来た。

「教会の中には洗礼式の子どもしか入れないし、教会の周辺は関係者の家族でごった返しているだけだよ」

「その混雑を見に行きたいんだ」

 ウィルは噴水広場に向かう市電に洗礼式の衣装の子どもたちが乗り込んでいる姿を撮影したい、教会に入るケインの姿を望遠レンズで撮影したいから貸してくれ、と言った。

 ケインの晴れの日の写真ならぼくも撮影したい。

 三つ子たちはお婆が見ていてくれるので、イシマールさんと一緒に教会に向った。

 市電は教会へ向かう南北線と東西線が優先されていたので、写真だけ撮って地下歩行空間と地下鉄を利用して教会に行った。

 広場で魔力探査をして父さんと母さんに合流した。

 ケインはもう教会に入ってしまっていたが、辺境伯領主の紋章を付けた馬車がやって来るのには間に合ってキャロお嬢様が教会に入るところは撮影できた。

 気分はパパラッチだ。

 売りつける先はゴシップ紙ではなく、キャロお嬢様のじいじだけだ。

 ウィルはうちで焼肉を一緒に食べたアリサとお揃いの格好をしていた女の子が領主様の孫のキャロライン嬢だと気が付いて、衝撃を受けていた。

 教会の鐘が鳴り、子どもたちの魔力が街の結界に流れていく。

 今年は鐘を鳴らす子がたくさん居るので精霊たちも楽しそうだ。

 ケインが鐘を鳴らしたのが魔力の流れでわかった。

 父さんと母さんとぼくは顔を見合わせて、大喜びしたいのを抑えた。

 ケインの魔力が領都を越えて広がっていくのを、ぼくの微細にした魔力が追っていく。

 それに続いてキャロお嬢様の魔力も広がる。

 父さんと母さんとぼくと三人で手を繋いで喜んでいる姿をウィルに撮影された。今日は家族の記念日だから記念写真は何枚あってもいいか。

 ぼくが養子なことを気にしているわけではないが、父さんと母さんの子どもが初めて洗礼式を迎えられたのだ。

 亡くなった、会ったことのない長兄の分も祝福されたら良い。

 ちゃっかり黒い兄貴もついていっているから一緒に祝福されたなら良いな。

 教会から街の結界に力強く魔力が流れた。

 洗礼式の踊りが始まったのだろう。

 この子どもたちの魔力はこの領の未来の象徴だ。

 ウィルもイシマールさんも結界に魔力が流れているのを感じることが出来たようだ。


 領主一族が百数年ぶりに参加した洗礼式は、領中の結界に微細ながらも影響を及ぼした荘厳な洗礼式の舞が後々まで話題になった。


 キャロお嬢様一人の魔力というより、学習館で鍛えた子どもたち全員の魔力に神々の祝福があっただけなのだが、一般市民にはそんなことはわからなかった。

 今年の光と闇の神役はキャロお嬢様とケインで、他の七大神役の子どもたちの中にも倒れる子どもは一人もいなかった。

 辺境伯領の未来は明るいに違いない。

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