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避暑地は大盛況

「世界中を旅する映像をどうやって作るの?」

 VRゲームを作ろうとケインに相談したら現実的な話をされた。

 弟がしっかり者過ぎて兄ちゃんがバカみたいじゃないか。

 VRと言っても現在作れた映像は領都近郊の森を撮影したものしかなく、撮影したものを加工する魔術具が馬鹿みたいに魔力を消耗するものなので、気軽に使えない代物なのだ。

 二段ベッドの上下は入れ替えたまま上段のベッドの縁に腰掛けたケインは足をブラブラさせながら言った。

「立体的な魔獣図鑑を作るという案は採用したいし、世界に目を向ける兄さんの視点も好きだよ。だけど外国は危険すぎるよ」

 ケインは真面目に語り続けた。

 自分にはぼくのような突飛な発想はないけど、家族で楽しく工作する中に加われたことでVR魔獣図鑑がいつかは出来ることだと信じている。でも現状では世界中を撮影しに行けるほど安定した情勢じゃない、帝国のやり方に疑問を感じる、と熱く語りだした。

 ケインと帝国の話はしたことがなかったが、ぼくが進学してから起こったトラブルを聞くと、常に帝国の影があり飛竜たちの王国での扱いが酷いことになったのも帝国との協定が出来てからだと、少なからず聞きかじったことから考察していた。

 ケインは幼いころから物事の本質にいきなり切り込んでくる。

「国内が安定したから、まずは国内のゲームで良いかと思うんだ」

 ケインは領都から出たことがないから知らないだろうが、王国内では飛竜の里くらい独立していないと地方独自の文化が残っていない。上位貴族が王都に右倣えしてしまったせいで各領主館に祀られている祠の神の由来さえ意識していない貴族が居るのだ。

 精霊神信仰が残る辺境伯領を田舎者扱いしているが、本質を見失っているのは他の地方貴族の方だ。

「国内は安定したようでもまだ改善が必要なんだ。今の発展した辺境伯領から他の地方を描写すると嫌味になるよ。ゲームを実際に作るのはずっと先のことになるよ」

 神様の記号である魔法陣を使って魔力と精霊素で魔法を行使しているのに、神様は形骸化して精霊は認識されていないなんて、世界が歪んでいるとしか思えない。

「ぼくは帝国に留学しようと考えているんだ。世界の常識はどうなっているのか知りたいんだ。歴史の中に大国が台頭して衰退していくのは良くあることで、帝国がどこまで国土を広げていくかが、王国に住む家族の安全にもかかわってくるから、探って来るよ」

 ケインはちょっと眩しそうにぼくを見た。

「兄さんは視野が広いよね。ぼくはマナさんと過ごしていた期間にいろんな質問をしたんだ。兄さんが緑の一族の出身で精霊のご加護を得ていることも聞いたよ。三つ子は自力で妖精を捕まえるし、ぼくは普通の子どもとして王都に行くのに少し不安がある小心者だ。去年の今頃、ぼくは頑張ればまだ兄さんに追いつけると思っていたんだ…」

 入学試験で史上最高得点を出すなんてぼくにはとても無理だ、とケインは呟いた。

「ケイン。この先何が起こるかは精霊たちも確かかもしれない予測でしかわからない、神様の領分なんだ。ただ毎年恒例の人の営みはある程度なら予測がつく。入学試験の内容は言えない制約だけど、明らかにおかしなことがある。深追いするな。ぼくが試験の後で職員に問い合わせたから試験内容が前年と違う場合もあるけれど、おかしなものが出てきた時はそれ以上問題を解かない方が良い」

 読んではいけない文字に関わらない方が良いのなら、試験官たちは関わらないことで難を逃れているのかもしれない。

 もしそうだとしたら、ケインの受験問題はそのまま出てくる。

「あの文字があるんだね」

 貸本屋のゴイスさんはぼくたちの成長にあわせていろいろな本を紹介してくれるようになっていた。

 古い神話の本を借りた時にあの声に出して読んではいけない文字の本があってケインも目にしてたのだ。危ないものだからそのまま返却していた。

「兄さん。神様は人間に何かしらの役割を与えることがあるのじゃないかと思ったことは無い?」

 神様の話になるなんて、ケインは魔導師になりたいのだろうか?

「あの文字の時代の本が教会の焚書を逃れて、現存しているのがおかしいし、ぼくたちが普通に頁を捲れる保存状態なのはおかしいから、ゴイスさんに訊いたんだ」

 ぼくは毎日やることがたくさんあったから忙しすぎて忘れていた。

 ケインはちゃんと確認していたんだ。

「ゴイスさんはね。古い本には意思があって適材適所に出現するっていうんだ」

 付喪神か?

 無機物でも魔力を纏えば意思を持つ、と上級精霊が言っていたあれだ!

 魔剣を見てみたいと思っていたが、魔本に出合っていたのか。

 精霊言語で雑音を聞かないようにシャットアウトしていたから気が付かなかったのかな?

 “……ご主人様。あのとき、ご主人様があの本を解読するのは危険でした”

 魔法の知識が何もなかったからか。

 “……ご主人様。おそらく今のご主人様にもまだ読むのには早いと思われます”

 まだ学び足りないのか。

 ゴイスさんに挨拶して、本の存在を確認できるだけでいい。それ以上は踏み込まないよ。

 “……ご主人様。それでしたら問題ありません”

「街の様子も見てみたいし明日貸本屋さんに行ってみようよ」

「それだったら地下街に出店している支店にも行こうよ。お洒落な内装で同じ店とは思えないよ」

 ゴイスさんとお洒落が等式として成り立たない。

「可愛い店員さんも居てなかなか繁盛しているんだよ」

 ケインは祠巡りのついでによく行っているようだ。

 みぃちゃんのスライムが祠巡りをしたい、と訴えかけている。

「明日、学習館を休んで祠巡りをして、広場の踊りに参加してくるよ」

 三つ子が羨ましがるだろうけれど、洗礼式の踊りの練習は大事なのだ。

 キュィ

 お留守番が続いた赤ちゃん飛竜が連れていけ、と鳴いた。

 ペットたちは全員ついていく気のようだが、お店に入れてくれるかな?


 三つ子たちが学習館へ行くまでは母さんもお婆もいつも通りに仕事をこなしていたから祠巡りについて来るとは思わなかった。

 母さんとお婆は出勤途中に祠巡りをする父さんのスライムに差をつけられていることに奮起して、自分たちのスライムも魔力奉納させたいとのことだった。

 そんなに飛んでみたいのか。

「飛んでどこかに行くつもりはないけれど、何かあった時に飛んで逃げられると良いじゃないか」

「子どもたちが飛べるようになるのは時間の問題ですもの。負けていられないわ」

 ぼくが口に出す前に、お婆と母さんが言った。

 相変わらずぼくは考えていることが顔に出ているようだ。

「買い物に行くときに交代でみぃちゃんとみゃぁちゃんがお店の外で見ていてくれるから助かるよ」

 使役魔獣になっていないみゃぁちゃんは一番誘拐の危険がある。可愛いペットは需要があるから盗難事件があるらしい。

 大所帯なのでシロは姿を消して同伴している。

 自宅に近い土の神の祠を参拝した後、みぃちゃんとみゃぁちゃんも市電の切符を買ったら乗車できた。鞄から顔を出さない赤ちゃん飛竜は手荷物扱いで切符はいらなかった。

 スライムたちも手荷物扱いになったが、辺境伯領ではスライムの飼育が珍しくないので頭や肩に乗せたり車窓で風を受けたり寛いでいるスライムをそこここで見かけた。

 便数が増えた市電は停車駅も増え、各駅停車と祠巡り用の快速便が出来た。買い物や各種ギルドにも立ち寄っていたぼくたちは各駅停車だったので、複線の駅のホームですれ違う快速の市電を待っていると、その快速便の車窓で辺境伯領では見かけない銀髪の少年が満面の笑みで手を振っているのが見えた。

 思わず二度見した。

「兄さん、知り合いなの?」

「「あの子が噂のウィル君なのね!!」」

 見間違えではない。魔力の気配もウィルだった。

「滞在予定を早めたんだったら連絡してくれたらいいのにね」

 洗礼式前後の予定だったはずなのに、ひと月も早く来ている。

「ケイン。ウィルは悪いやつではないのだが、ぼくの行くところにはどこにでもついて来る執着心が強い少年なんだ。祠巡りは噴水広場で合流することにして、ゴイスさんの店に先に行くよ」

 ぼくとお婆とみぃちゃんは環状線を下車して、南北線に乗り換えた。

 ウィルはぼくたちの進行方向から、風の神の祠に向かうはずだ。

 調査員を連れてきているはずだからちょっとした時間稼ぎにしかならないけど、魔本の存在を確認しに行くときに付きまとわれたくない。

 ゴイスさんはみぃちゃんの入店を拒否しなかったが、貸本屋さんにセバスチャンだけでなくオーレンハイム卿も居た。

「久しぶりだな、カイル。とんでもない噂ばかりだけど、どれも事実らしいな」

 ゴイスさんは、ぼくが王都から魔法の絨毯で帰領して、学習館から全身を光らせながら翅を生やして帰宅したんだろ、と笑いながら言った。

 どれも誇張のない事実だ。

「魔法書は中級魔法まで解禁なんだってな。つまりカイルは上級魔法を使わないで飛行の魔法を完成させたことになる。今年の夏は王都から避暑に来る上位貴族がたくさん居て、貸別荘が満室になっているぞ」

 ウィルが早めに辺境伯領に来たのもその流行に乗ったのかな。

「カイルの活躍の恩恵は私も受けている一人だ。検証中の実験も上手くいっているようなので、本当にどうお礼をしたらいいかと妻とも相談しているのだ」

 オーレンハイム卿は良かったですね、ジュンナさん、と若返ったお婆に設定通りに声をかけた。

「カイルも王都で忙しく過ごしてやっと帰省できたので、穏やかに過ごせるようにご配慮いただけたら私たちも心安く過ごせます」

 お婆は遠回しにウィルをなんとかしてくれ、と依頼しているが、大丈夫だろうか。

 オーレンハイム卿とウィルは『混ぜるな危険』の劇物同士だと思う。

 毒をもって毒を制すというからこれが最善策なのかもしれない。

 ミャァ

 みぃちゃんが一声鳴くと、店の入り口にウィルとウィルの家庭教師がすでにいた。

 ラウンドール公爵の調査員はいったい何人派遣されているのだろう。

「久しぶりだね、カイル。辺境伯領は見るもの全てが新しくて驚きばかりだから、こういう古いお店を見ると落ち着くね」

 水の祠の駅で下車して真っすぐに身体強化で走って来たら追いつくことも可能だが、そんなところに魔力を使うなんて魔力の無駄遣いだよ。

 ぼくはオーレンハイム卿とお婆ことジュンナにウィルを紹介した。

「予定より随分早くに来たんだね。何かあったのかい?」

「母上が別荘を購入したから長期滞在が可能になったんだ。ここは暑さもほどほどだし母上の避暑にピッタリだからぼくもついてきたんだ」

 母上のお目当ては最新の美容品だから、ぼくがお土産に選ぶ品だけではなく、自分で選んで王都で見せびらかしたいみたいだ、と言われるとそういう需要があるのは事実だからウィルの執念でやって来たようには聞こえない。

「南部の御子息の領主館で、オーレンハイム卿の作品をたくさん鑑賞させていただきました。オーレンハイム卿はぼくの心の師匠です。ぼくの画力ではとてもまだ卿にお見せできるものは描けないのですが、卿が作品を制作する姿をいつか見学させていただきたい所存です」

 大きな瞳をキラキラ輝かせてウィルがオーレンハイム卿に詰め寄った。

『混ぜるな危険』がどうなるのかも気になるが、この隙にゴイスさんに古文書の管理について質問した。

 ゴイスさんは本棚の奥に無言で案内してくれた。

「この店はとある好事家の収集本の一部を貸し出しながら修繕保存をしているのだ。外に出したら劣化が進む本をこの魔術具の中で保管している。時々魔力を持った本が自分で虫干しに出てくる」

 大きな金庫のような魔術具には見たこともない魔法陣が施されていた。

 これは多分まだシロが出来ない時間にまつわる魔法の魔法陣だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い! 私は地下鉄も、VRも面白と思いますけどね 魔法がある世界なんだから それを伝えたくて 感想書かせていただきました [一言] とても好きな作品の一つになりました! 面白いので一気に…
[気になる点] 流石にvr技術は飛躍しすぎてはないかと感じました。 短期間で電車地下街地下鉄を完成させたのも結構なご都合かなと思いましたが…。 スッと覚めてしまった心持ちです。 [一言] ここまで楽し…
[一言] オーレンハイム卿に自領の祠に置いてあるお婆のフィギュアを撤去してもらうようお願いせねば。
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