亜空間とVR
ぼくのスライムがみぃちゃんのスライムに、まず学習と経験が足りない、と文字カードを引っ張り出してきて学習させ始めた。
“……あたいのレベルになるための特訓は容赦なくやるわ。ついてこられないようなら諦めなさい”
“……お姉様。頑張ります!”
みぃちゃんのスライムだけど、みぃちゃんがスライムと魔獣使役契約をするわけにはいかないので、ぼくがみぃちゃんのスライムと魔獣使役契約を結んだ。
これで勝手な行動は出来なくなる。
父さんと母さんのスライムは魔力消費量の少ないパラシュートを広げる練習をしている。
父さんは、もう今日は仕事に戻らずにVRヘッドセットの研究の時間をもらっていた。
VRを疑似体験するために父さんと一緒にシロの亜空間に行くことにしたが、シロはまだ亜空間に居る間も現実の時間が経過してしまうから、タイムキーパーにみぃちゃんを任命してケインや三つ子たちが帰宅したら戻ることにした。
シロに港町で釣りをした場所を再現してもらった。
海を初めて見る父さんは潮騒や磯の香りを楽しむより、魔法の絨毯にボリスやマークやビンス、ウィルが乗っており、漁師が良い漁場を指し示し、ぼくたちが釣りを楽しんでいる最中に居ること事態に驚いた。
これはぼくとシロの記憶から再現した亜空間だからまだマシだよ。
自分の触れたくなくて封印していた記憶の中にいきなり放り込まれるのはきつかった。
シロがごめんなさいと思念を送って来るが、きっかけはマナさんの精霊だった。
あんなに長生きしていてもやらかすのだ。
何事も学んでいくしかない。
目の前に父さんが居るのにみんなは気付かず、餌のつけ方をぼくに聞いてくる。
ぼくは父さんが居ないものとして振る舞い、みんなとあの日と同じ会話をしながら、父さんと一緒に竿を持って引きの感覚を共有した。
リールの改良を要求したり、釣った魚の活〆を見たり、と父さんが充分釣りを堪能したところで、山小屋に墓参りに行った日を再現した亜空間に移動した。
山小屋周辺の草木は強い日差しを受けた濃い緑色で、蝉や野鳥の鳴き声、そして入学前の身長に縮んだぼくを見て、父さんはあの日の自分になっていることに気が付いた。
「これを魔術具で再現するのか……」
あの日のようにすべてのお墓にお参りしてから父さんが言った。
「視覚と聴覚だけしか再現できなくても、奥行きある空間を視覚化できるだけで臨場感が出ると思うんだ」
ぼくは石碑を触りながら、VRでは触り心地は再現できないね、と父さんに説明した。
「立体感のある空間の再現ができれば死霊系魔獣の討伐訓練には充分だ。切ったり、爆破させたりといった物理攻撃は効かないから、聖属性の魔術具を投擲して討伐するので死霊系魔獣に直接接触することは無いからもってこいだ」
ぼくと父さんはしゃがみ込んで、必要な魔法陣や魔術具本体と子機を作って連動させる仕組みを、地面に枯れ枝で書き込んでいった。
「騎士団の死霊系魔獣の討伐班には教会から魔導師が派遣されるのが通例だ。十中八九、この魔術具の試作の段階から教会が介入してくることになるだろう。教会は国境を越えて展開する国とは違う組織だ。情報流出の防止方法を確立するまで、迂闊にメモ書き一つ残すなよ」
電子メモパットが欲しいな。
出来れば父さんにメールが送れると良いな。
みぃちゃんからケインたちが帰ってきたと、思念がきた。
「帰る時間だよ。父さん」
ぼくたちは父さんの工房に戻った。
居間に戻るとケインと三つ子たちが詰め寄ってきた。
家族のスライムたちがテーブルの上で二組に分かれていた。
ぼくと父さんと母さんとみぃちゃんのスライムたちと、ケインと三つ子たちのスライムたち。
使役スライムと、ただのペットに分かれている。
「空飛ぶスライムは一般公開していない魔法陣を使っているから、魔獣カードの魔法陣のように簡単に教えたりできないのよ。魔法学校に入学して初級魔獣使役師、初級魔法学校卒業相当にならなくては絶対に教えられません」
母さんがスライムを飛ばすために必要な最低限の資格を並べ立てている。
ぼくだって家族だからといって、知識のない子どもたちに教えたりしないよ。
「私は初級魔獣使役師の資格も取得したし、初級魔法学校も卒業しているから教えてもらえるのかい?」
帰宅したお婆が事情もわからないのに会話に参加してきた。
再びスライムに翅に変化してもらって居間で少し浮きあがったら、飛ぶのは外でしなさい、と母さんに怒られた。
「カイル兄が考え出したことを真似るばかりじゃなくて、ぼくたちだってこれから魔法学校で学んだら新しい魔法を考え出せるんだ。今回の蜻蛉の翅のように身近にいる生き物から発想が出るのは、小さい頃から色々な物をよく観察していたからだよ。魔法の勉強をしたからと言って新しい魔法は作れないよ」
ケインが三つ子たちに自分で努力しないでずるいと言ってはいけないと諭している。
「ケイン兄はもうじき入学だからすぐに資格が取れていいな」
「うん。入学は楽しみだけど、カイル兄のような活躍は期待しないでね。ぼくはぼくのできることをするよ」
三つ子も大変だろうけど、年子は辛いんだぞ、来年の自分がカイル兄のようになれると昔は信じていたんだよな、とケインがアオイにこぼしている。
精霊言語を取得間近で黒い兄貴がついているケインは、新入生の中ではすでに飛び抜けていると思う。
“……ご主人様。精霊言語を取得間近といっても、マナさんがその状態からカカシを襲名するまで五十年以上かかりました。ご主人様が別格なだけです”
ぼくが規格外な自覚はあるが、ケインも充分規格外だ。
「普通のスライムは飛べない。お前たちがスライムを飛ばすには、心と体が成長しないとお前たちのスライムは時期がきたからといって出来るようになるとは限らないぞ」
父さんはスライムの能力の限界は飼育者の能力の限界だ、と三つ子たちを宥めた。
それから、みんなが早く帰って来たから、と母さんが手間のかかる餃子を作ることを提案して、みんなの興味は餃子に何を入れるかに移った。
みゃあちゃんがケインの足元にやって来て、ケインなら出来る、待っているよ、と視線で訴えた。
精霊言語で聞かなくてもわかる。
みゃあちゃんだって飛びたいのだ。
食後はみんながみぃちゃんのスライムの学習に付き合って魔獣カードで遊び始めた。
ぼくと父さんは工房に下がって、VRの研究に勤しんだ。
VRの研究前にビデオカメラと記録の魔術具を作り、父さんは騎士団を伴って山間部の風景を撮影しに行った。
ぼくは電子メモパットに通信機能をつけて、父さんに携帯してもらい通信の限界距離も検証してもらった。
まだ王都まで通信できる距離ではないが中継地点を算出するのに役立つデータが取れた。
騎士がうちに頻繁に出入りしたことで、自宅の庭の騎士用のアスレチックで鍛えてやる、と絡まれたのでボリスと一緒に体験した。
綱一本で川を渡る最中に複数の矢で襲撃されたり、塹壕を抜けて頭を上げたら太い丸太が飛んできたりする当たれば死ぬような罠がたくさん仕掛けられていたので、防御役の騎士と二人一組でなくては挑めない過酷なコースだった。
ぼくは罠に一つも当たらずに避けることが出来たが、ボリスは散々な目にあっていた。
罠の発動位置が毎回変動するので、ぼくはボリスの護衛になって防御の魔法の練習するのにはちょうど良かった。
ボリスはイシマールさんに、兄たちよりは動けている、と褒められたが嬉しくなさそうだった。
自分で先に罠の気配を探れるように魔力探査の練習を始終するようになった。
ぼくに負けないようにというよりも、自己研鑽して自分の限界を越えたいようだ。
VRの試作品は小型の死霊系魔獣を再現することに止めておくことで、教会には知られないように考慮した。
一角兎の亡骸を死霊系魔獣が乗っ取ったので、魔術具を投げつけて浄化させるゲームのような代物になった。
VRのヘッドセットはフルフェイスのヘルメット型が採用された。
日没が早い冬の雪原の夕刻に真っ白な一角兎が多数出現する。
死霊系魔獣に乗っ取られているのは三匹で、正常な兎を傷つけたら死霊系魔獣に吸収されて凶暴化してしまう。さらに、討伐に時間がかかって日没になれば、他の死霊系魔獣が出現して討伐失敗、つまりゲームオーバーになるそこそこの難易度のゲームになった。
実際の聖魔法は上級学校で学ぶ内容なので、ぼくは本物の魔術具は扱えないがVRゲームの中では使用できた。
討伐に失敗するとぼく自身が死霊系魔獣に乗っ取られたり、強力な死霊系魔獣が出現して部隊を全滅させたりと、えげつないエンディングが多数用意されていた。
死霊系魔獣を討伐する際の基本行動や基礎的な思考を身に着けることが出来る、とボリスの父のマルクさんにはかなり好評だった。
魔獣討伐は騎士団の仕事だから、基本行動を徹底させた実用性があるものが良いのはわかるが、せっかくのVRなのだから、もっとエンターテインメント性のあるゲームがしたい。
実用性は大人に任せて、子どものぼくはエンタメに走ろう。
ケインを巻き込んで、ゲームのシナリオを考えた。
スライムを連れて新しい魔獣カードを作るべく世界を冒険するゲーム。
面白そうでしょう?




