それぞれの変化
アリサに、カイル兄、と言われると心がとろける。
お土産は全員平等に作って来たけれど、紅一点の妹に甘くなるのは許してほしい。
アリサにはクリクリのピンク色の巻き毛をツインテールにしたら、ドリルみたいな縦巻ロールになるので、みぃちゃんの飾りをつけた輪ゴムを二つ。
ケインとクロイとアオイにはベルトにつけるシロのチャーム一つずつだけだ。
父さんと母さんとお婆には、右前足を上げたみぃちゃんの招き猫型のペーパーウエイトにした。
王都に行ってから何度も帰って来たけれど、明日から堂々と街に出られると思うと格別だ。
王都は都市として規模も格段に大きかったが、流行の品にも観劇にも興味がないぼくにはそれほど感動もなかった。
魔法の資格を取りに行っただけなのに、トラブルに巻き込まれたよ。
赤ちゃん飛竜は新しい厩舎を確認した後ぼくの部屋までついてきて、ケインと相部屋の二段ベッドの上の段をみぃちゃんとシロとスライムが占拠したことに、キュー、と抗議しているが、ぼくのベッドは寮でもこんな感じだった。
ただぼくのベッドは寮のベッドより狭かっただけだ。
大きくなったな。
父さんに頭をわしわしされながら客間のベッドで寝るか、と言われたが、今日はケインと同じ部屋が良い。
ぼくたちが大人になったらいつまでも同じでいられないのはわかっているけど、この部屋は兄貴に初めて気が付いた部屋で思い入れもある。
キュイキュイ。
シロが実体化を消せば一緒に寝られるよ。
ぼくがそう考えた瞬間、シロが妖精型に変化した。
母さんから、その姿で男子の部屋で夜を過ごすことに、教育的指導が入った。
男女七才にして同じ部屋では寝ないよね。(魔獣ペットを除いて)
父さんとケインとクロイとアオイとで、父さんの高速洗浄の後お風呂を満喫した。
クロイとアオイが浴槽で泳いでいる。
「お風呂で泳ぐとのぼせるよ」
ぼくがそう言うとケインが笑った。
二才の記憶なんてないだろうからきっと偶然だ。
ぼくが最初にこのお風呂に入ったときを思い出すとグッとくるものがある。
……確かに家族って増えるものなんだ。
家族が増えると幸せが増えるんだ。
あの日のぼくはよくわからなかった。
三つ子の誕生も嬉しかったけど、こうして普通の日常を送れることが単純に嬉しい。
家族全員のスライムたちが魔獣カードの競技台でバトルしている。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは再会のダンスを踊っている。
赤ちゃん飛竜は鞄に入ることもなく、猫たちのダンスに歌うようにキュキュと鳴きながら見入っている。
三つ子たちも妖精たちを肩に乗せて、みぃちゃんとみゃぁちゃんの真似をして踊るので、お婆は嬉しそうにカメラで撮影している。
父さんと母さんは増えた家族全員が食卓に着けるように、テーブルの配置をどうするか話し合っている。
みんな、ぼくの家族なんだ。
夕飯はイシマールさん夫婦も合流して、食堂に換気ダクトを装備して焼肉と鉄板焼きをした。
中庭に新婚飛竜たちがやって来て、ここの厩舎の鶏のボスは気が強い、と言っていた。
チッチは厩舎の女王だよ。
クロイが身体強化をかけてお好み焼きをひっくり返したときに、ぼくが噴き出したら、イシマールさんに、お前ほど驚かされた子はいない、と言われてしまった。
ぼくも四才で身体強化は使っていた。
「イシマールさんこそ最高の飛竜騎士だよ。ハネムーンまで見送った飛竜騎士はイシマールさんくらいだよ」
ぼくがそう言うと、イシマールさんの奥さんが涙を浮かべながら本音を語った。
イシマールさんが戦地に赴いては、殉職や四肢欠損状態で階級が上がる騎士たちの式典に参加するたびに、ただ生きて帰って来てくれたことを声に出して喜べない雰囲気に胸が押しつぶされそうだったこと。
引退後は生きがいと言えるほどの仕事もなかったのに、気が付けば美味しいお菓子を作ってくれるようになって、犬を飼って、笑顔が増えたこと。
お酒造りの時は何日も帰って来なくなってびっくりしたけれど、帰ってきた時には若返ったかと思うほど生き生きしていたこと。
もう一度新しい人生が始まった。それもこれもぼくの家に手伝いに来るようになったからだ、とお礼を言われた。
「イシマールさんは頼りがいがある人だからですよ」
新年度にはイシマールさんは王都にいないのだから、ぼくもしっかりしなくてはいけない。
そんなぼくを甘やかすように、イシマールさんが飛竜を呼ぶ魔術具の笛をくれた。
「カイルはまだ子どもなんだから甘えてもいいんだ」
イシマールさんがそう言うと奥さんも頷いてくれた。
「明日学習館を覗いてみたら良い。新年度も大騒ぎになるぞ」
ケインは真面目なイメージだけどキャロお嬢様は……。
お婆が何とかなるわよ、と言ってぼくのお皿に焼きそばを取り分けてくれた。
二段ベッドの上がぎゅうぎゅうになっていると落ち着かないから、とケインが言い出して上下を入れ替えて寝ることになった。
ぼくの左右はみぃちゃんとシロ。頭の上にスライム。足元で赤ちゃん飛竜が眠っている。
幸せって物理的に重たい。
学習館は去年と教育課程に変化はなかった。
違うのは体操着の女子が増えたことだ。
お作法やお茶会の練習の時以外、アリサも体操着で過ごしている。
スカートで雲梯するようなら、ぼくも止めるからそうなるのは仕方がない。
まだ四才の三つ子と別れて訓練所に足を運ぶと、キャロお嬢様に勝負を挑まれた。
自慢の金髪をポニーテールにして、シンプルな体操着姿で、柔軟体操では180度開脚をどや顔で披露した。
五才で訓練所に来たばかりの頃はそこまで柔らかくなかったから、毎日練習したのだろう。
「毎日張り合ってくるんだよ。今日は兄さんに全部任せられるね」
ケインが笑いながらそう言うが、投擲で前回のケインの記録を越えた、とキャロお嬢様が高笑いしている。
飛距離の記録はケインが上だが、命中率は互角だ。
学年が違うからぼくと比べるよりケインと競った方が良いよ、と言い逃れをした。ここは見学に来た態でいた方が無難だ。
ケインに裏切者!と言われたが、ぼくとボリスは初級魔法学校の騎士コースは終了相当生なので、幼児を相手にしてはいけないのだ。
老師様に初級騎士コースが修了相当になったことを報告すると、新年度が始まったらすぐ中級も卒業相当になるだろうと言われた。
確かに、ここの訓練所で二年間修業してから魔法学校の授業を受けるとレベルが違い過ぎてただ資格試験を受けに行っただけになってしまった。
ケインとキャロお嬢様が魔術具の剣で手合わせを始めた。
ケインは精霊言語の取得手前の状態で、キャロお嬢様の攻撃を全て見切っている。
キャロお嬢様はダンスでもするようにリズミカルに途切れず攻撃しながら時折、変則的に攻撃のタイミングをずらしてくる。
ケインは全ての攻撃を受け流しながら、致命傷にならない攻撃を的確に決めていく。
「これじゃあなぶり殺しでしょう!」
「一発で決めたら怒るじゃないか!」
キャロお嬢様は呼吸を整えると、渾身の一撃を決めるべく全身の身体強化を強めた。
誰もがここでケインも勝負の一打を繰り出して勝敗が決まるだろうと考えていたとき、ぼくのスライムがポケットから飛び出した。
ぼくも気配を感じた。
自宅で育成している、ぼくのスライムの妹分がなにかやらかした。
ケインのスライムもポケットの中で反応していたらしく、出遅れたケインはキャロお嬢様の上段からの剣をまともに頭に食らっていた。
痛くない剣で良かったね。
キャロお嬢様が手加減された、とお怒りだったが、自宅の様子が気になるから、と断りを入れて訓練所を後にした。
家が爆発したような大きな気配ではないので、ケインには三つ子と馬車で帰ってくるように頼んで、ぼくはスライムを翅にして家まで飛んで帰った。
お婆は製薬所に出勤していたので、自宅には母さんとみぃちゃんみゃぁちゃんにあやしてもらっている飛竜の赤ちゃんしかいなかった。
事件はぼくの部屋で発生していた。
ぼくが王都の寮から引き揚げてきた荷物の中に光る苔の赤ちゃんの水槽があったのだ。寮の研究室に鍵をかけてきたけれど、貴重品過ぎたので持ち帰っていたのだ。
妹分のスライムはぼくとみぃちゃんの排せつ物を使って初期飼育をしていたのだが、ぼくたちが不在の間に自我に目覚めて自分も早く大きくなりたいと結論を急いでしまったのだ。
そう、光る苔の水槽の蓋を開けて浴びるように水を摂取して、もだえ苦しんでいたのだ。
原液摂取量としてはこの子が一番多く摂取したのだろう。
発見したぼくが水槽からつまみ上げて洗浄魔法をかけても、まだブルブルと震えている。
「水槽に鍵はかけていなかったの?」
「ぼくの魔力の鍵はかけていたけれど、ぼくの魔力で育ったスライムだから開けられたみたいだ」
「その子が回復したらサッサと使役契約をしてお説教してあげて頂戴」
母さんはぼくが光る翅を生やして中庭に飛んで帰って来たことに、腰を抜かすほど驚いて加工途中だった魔石を一つ駄目にしてしまっていた。
お騒がせしてごめんなさい。
シロはこうなることがわかっていたのだろうか?
“……ご主人様。選択肢の一つとして見えていましたが、あれほど激マズの水の中に自ら飛び込むことは、まずないだろうと考えておりました”
ぼくだってそんなことは起こらないと考えていたから、暗号付きの二重鍵にしていなかったんだ。
人のせいには出来ない。
赤ちゃん飛竜は大きくなりたいけどアレを飲むのは嫌だ、と首を振っている。
お前は治療のための回復薬も嫌がっていたから、原液は無理だよ。
みぃちゃんの魔力ももらっているスライムは蛍光緑より黄色が強い萌黄色だ。
ぼくのスライムが死なないから大丈夫だ、と慰めている。
母さんはそんな新しいスライムのことより、ぼくの生やした翅の方が気になるようで、もう一度見せてくれとせがんだ。
資格を持った家族には秘密にするつもりはないので、ぼくのスライムに変身してもらった。
魔法陣の出来を褒められて、何故蜻蛉の翅なのか、魔力消費はどのくらいかなど、細かく訊かれた。
そうこうしていると、父さんが早馬で帰って来て同じ話を二度することになった。
ぼくが個人で飛ぶ魔術具を開発したらしい、と噂が城まで届いたようだ。
飛行の魔法は目立つけれど、自領では自由に飛びたいと手紙では相談していたが、いきなり飛んだから大騒ぎになっているようだ。
根回し前に飛んでしまって、ごめんなさい。
「家の方から異変を感じたら、俺も手段は選ばないから、仕方がない」
父さんは理解を示してくれた。
父さんと母さんのスライムは形だけは翅を生やすことが出来たが、魔力量が心もとないから祠巡りをして魔力量を増やしてから検証することにした。
震えが止まった萌黄色のスライムは、ぼくとみぃちゃんにひたすら謝った。
“……早く飛べるようになりたかった…”
そうなのだ。
ぼくの魔獣ペットの中で唯一飛ぶことのできない、みぃちゃんを飛ばそうと、新しいスライムを育成し始めたのだ。




