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町のくらしはちょっと刺激的

 朝目が覚めるといつもと違うことにすぐ気が付いた。

 黒板に、よろよろとした文字が大きく書かれていた。

『しょうてんがいがわからない』

 初めて木札以外でコミュニケーションがとれた。軽石は動かせないけれど、チョークならできる。違いはなんだろう。天然物と加工品の違いなのだろうか。

 ぼくは興奮していたが、ケインを起こさないように静かに二段ベッドを降りた。

 雑巾で消し去ってケインに気づかれないように証拠隠滅を図る。

 雨戸をあけていない室内は朝日が隙間から差し込んでいるだけで影になるところはたくさんある。気配を探るとケインの寝ているベッドの下いつも木札を置いてあるところにいる。

 こっちを見ている。たぶん。

『商店街とはお店がたくさん集まっているところ』

 書き終わった時には、黒いのはぼくの足元の影にいた。

 ぼくが置いたチョークが勝手に動き出す。

『おみせがわからない』

 ぼくは浮いているチョークを掴んでそのまま書き込む。

『色々な物を売っているところ』

 ぼくが手の力を抜くとチョークが動いて書き続ける。

『いったことない』

『今日出かけるよ。ケインが教会に行く間ぼくは商店街に行くその後待ち合わせするからどっちについて行ってもいけるよ』

『ついていく』

 先に書いた方を左手で消しながら書き込んでいくのでコミュニケーションが楽にとれる。

『ケインが好きなの?』

『すきがわからない』

 好きの説明が難しい。好きな食べ物を例に出すこともできない。

『ぼくとケインならどっちが気になるかい?』

『ケイン』

『ケインの方が好ましいようだね。好きな人や好きなものを考えるとうれしい、楽しい、明るい気分になるんだ』

『ケインが好き』

『この家に住んでいる人は好きかい?』

『みんな好き。カイルも好き』

『ぼくも君が好きだ。いつもどこにいるか探してしまう』

『しっている』

『他の人が君に気が付かないのはなんでだろう?』

『わからない』

『説明しにくいから君のことを他の人に秘密にしていていいかい?』

『いいよ』

『もうケインを起こすから雨戸を開けるよ』

『いいよ』

「また後でお話ししようよ」

 声に出して話したのに黒板には『いいよ』と書き込みがあった。



 馬車は見ている分にはかっこいいけど、乗ってみると揺れが酷くて不便なものだ。

 ぼくとお婆は商業ギルドの前で降ろしてもらって、ジュエルたち三人と別れた。

 お婆はアポがあったようで、受付らしき人からすぐに別室に案内された。応接セットの向こう側に身ぎれいな男女二人がいた。

「おはようございますジェニエさん。こちらが噂のお孫さんですか」

「おはようございます。どんな噂か知りませんけど、この子は四才で、上の孫のカイルです」

「おはようございます。カイルと言います。はじめまして」

「お行儀のよいお孫さんですね。私は商業ギルド薬師部部長のクミル、こっちが副部長のシムです。部長、副部長と言っても二人しかいないから気にしなくてもいいのよ」

 クミルさんはややふくよかな40代くらいの女性で、シムさんは白髪だけど肌つやがよくクミルさんより年上に見える。

「まあ、かけてください。ジェニエさんの納品が最近すごく品質がいいと評判で、お孫さんが増えてから何かがあるじゃないかって、勘ぐる人もいるんです」

「カイルは森で育ったから、この年でも薬草に詳しくてね、仕分けを手伝ってもらっているよ。小さい手で魔力のむらを探って切除してくれるから品質だって上がるよ。孫におこづかいをあげたいから買いたたかないでしっかりと査定しておくれ」

「この年で仕分けができるのかい。こりゃあたまげた。ちょっと見せてもらってもいいかね」

 シムさんはそう言って立ち上がると後ろの戸棚から乾燥したニガヨモギを取り出した。

 ぼくはお婆に目で仕分けしてもいいか尋ねると、視線でやっておしまいと指示してきた。

「作業台を貸してください」

 無言でシムさんがニガヨモギを作業台に乗せてぼくの前に置くとナイフを渡そうとするので断った。ベルトにつけたポーチに自分のナイフを入れていた。

 手慣れた作業なのでいつも通り手早く済ませると、シムさんはぼくたちが入って来た方と違う扉を開けて作業台ごとニガヨモギを持ち去った。

「来た時からできたのですか?」

「いや、教えたからできるようになった。よく手伝いをするいい子なんだ」

 お婆の孫自慢に少し照れる。

 シムさんが粉末にしたニガヨモギを瓶に入れて慌てた様子で戻ってきた。

「高品質のニガヨモギになっています!!…なんてこと…」

「そんなに慌てることじゃないさ。細かくダメなところを取り除いただけだよ。言われていたような土地の魔力量の減少が原因で低品質の薬草になったわけではなく、薬草が魔力むらのできやすい個体が繁殖したんだろう。採取の際にいい個体ばかり採取するから残った悪い個体が繁殖するんだ」

「採取地域の特定と採取者からの事情調査が必要ですね。買取の段階で他の地域のものと混ざらないようにしなければ」

「対処法がわかっても徹底させるのが難しそうですね」

「そこんところはギルドで買取の講習でもしたらいいだろう」

「問題が分かったのなら私らは帰りますよ」

「納品の増量の件はどうでしょうか?」

「老体に鞭打って働けと?」

「対処法が分かったとはいえ高品質の薬が不足しているのは急には改善しません。カイル君ほど丁寧に仕分けするのはすぐに身につく技術じゃありませんよ」

「カイルにもっと働けと言うのか?私らにできることはちゃんとしている。今こそ若手をきちんと育てる機会だと思って指導するんだね」

 そう言うとお婆は立ち上がりぼくに退席を促した。

 クミルさんとシムさんは残念そうな顔をしたが引き留めることはしなかった。

 帰り際にクミルさんに飴玉の瓶を貰って、なんだかこの先のお手伝いを期待した報酬の先渡しのような気がしたけど、お婆が貰っておいていいと言うのでポーチにしまった。普段家で甘いものが出ないということは飴玉はとても高価な物だろう。

 商業ギルドを出るとこの辺りは一等地らしく高級そうな店構えの店舗が並んでいる。

「少し歩くよ」

「見て歩くだけでも面白いよ。それよりいいの?飴玉、高そうだよ」

「あいつらはカイルが手伝うようになって品質が上がったのに値段をそのままで増産するように言ってきたんだ。しかも品薄で高騰しそうなときにだよ。差額はきっちり払ってもらったけれど、心情的に補填してもらわないと割に合わない。洗礼式前の子どもの労働は家の手伝いぐらいしか認められていない。飴玉は今日のカイルの仕分け方を見せた報酬だよ」

「それなら遠慮なくもらっておく」

 優しそうな顔をしていても商業ギルド人たちは結構あくどい。

 しばらく歩くと庶民的なお店が増えてきた。目抜き通りだからこの辺りのお店も高そうだな。

 お婆は横道にそれるといくつか曲がり、どんどん細い道に入っていくと古びた扉の前に立ち止まった。隣のお店は小綺麗にしているのに、このお店は最低限の修繕さえ放棄しているようだ。

 お婆は気にせず中に入っていく。

「おはようジェニエ。この子が噂のお孫さんかい?」

「おはようゴイス。噂ってのがどんなのかは知らないけど私の孫のカイルだよ」

「おはようございます。カイルです」

「いい子じゃないか。俺は貸本屋をやっているゴイスだ。ジェニエのカードで借りるなら保証金はいらないから好きな本を選べばいい」

 本棚があるのにもかかわらず無造作に積まれた本の向こうのカウンターにいた、ゴイスさんは貸本屋というより鉱山の人夫と言った方がいいような体格で声が大きい人だ。

 本棚の奥から身なりのよいお貴族様っぽいご老人が来た。

「ごきげんようジェニエさん。可愛いお孫さんですね。もう文字が読めるのですか?」

「セバスチャン様おはようございます。カイルは四才の孫でもう一人三才のケインは教会の登録に行っています。二人ともつたないけれど読み書きができます」

「おはようございます。カイルと申します。文字は覚えましたが書くのはまだ上手ではありません。家の本は難しい本か図鑑しかないので、軽い読み物があれば一人で読めると思います」

「これはジェニエさんがいつも自慢している通りの賢いお子さんだ。軽い読み物ならこの辺りがどうだろう、この騎士物語はお姫様に献上する魔石を求めて魔獣たちと戦うお話だよ」

「ありがとうございます。弟は騎士も魔獣も好きなので読み聞かせにもピッタリです」

「それは良かった。ちょっとジェニエさんとお話があるので少し待っててもらってもいいかな?」

「わかりました。他の本も見てみたいので大丈夫です」

 セバスチャンがお婆を本棚の向こうに連れて行ってしまったので、この辺りと言われたところの本を見ていくことにした。

 騎士物語もあるけど恋愛小説の方が圧倒的に多い。本を読む時間は女性の方が多いのかな。貸本屋があるくらいだから識字率も高そうだ。だけど路地裏の奥の方でこんな整理整頓もしていないところにお客さんなんか来るのかな?

 ゴイスさんはカウンターの奥の作業台で本の修繕をしている。本業はそっちなのかもしれない。

 ぼくは借りる予定じゃない騎士物語の短編を読みながらジェニエを待った。

 異世界で読む本は、常識のわからないぼくにはノンフィクションなのかフィクションなのか区別がつかない。夢中になって読みふけるが、知らない単語や言い回しがわからない箇所を声に出せばゴイスさんが説明してくれる。音声アシスタントみたいだ。ちょうど一話を読み終えたところでゴイスさんに続きが長編になっていることを教えられた。結構商売上手なのかもしれない。お婆が来た時には三冊もの本を選んでしまった。

「全部借りても大丈夫だよ。お金の心配はしなくていいよ、一冊はセバスチャン様のご厚意だから、カイルとケインの分とで三冊でちょうどいい」

「ありがとうございます」

 ぼくはセバスチャン様に深々とお辞儀をして感謝の意をあらわした。

「ゴイスさんもご鞭撻ありがとうございます」

「いやいや、俺も興味深かった。文字の読み始めの子どもが読めるようになるまで付き合うことなんてそうそうない。わからないことを声に出すことで読みの理解が進むんだな。面白かったぞ。また来いな」

「ありがとうございました」

 本はお婆の鞄にしまってもらって店を出た。

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