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帰途#3 ~新しい家族~

 山桜が彩を添える春麗らかな風景を上空から眺めながら、ぼくたちは帰郷した。

 通行税は前納して新婚飛竜たちと共に飛行していたら、襲ってくる魔獣もいないし、夜間飛行の実証も兼ねて夜通し飛んだ。

 イシマールさんは三日寝ないで大丈夫という鉄人で、鉄人じゃない子どものぼくはみぃちゃんとスライムと操縦を交代して飛行した。

 魔石の交換はボリスの担当で、今までマークとビンスに頼り過ぎていた、と嘆いていた。気が付いたのならば学べば良いだけだ。

 七大神の祠の上は飛行しないなどのルールがあったので直線で最短距離の移動ではなかった。正確な時速や消費魔力は帰宅後算出する予定だ。

 衝撃波が起こらなかったので、音速には到達しなかったようだ。お弁当と簡易トイレを用意して、無着陸での帰領を目指すのだ。

 簡易トイレで新たなスライムを育成したら、ぼくのスライムが怒り出したので、妹だよ、と言うとおとなしくなった。

 もしかしたら出来るかな、と思いついたらどうしても試してみたくて父さんにも相談したんだ。

 誰もやったことがないだけで、やってみたら出来るかもしれない、というので挑戦してみることにしたのだ。

 ボリスは今回の実験には参加しないと決めた。

 どうしてぼくのスライムと差がついたままなのかを考えたら、そもそも自分もぼくに追いついていないのに、スライムにそれを求めるのはどうかと気が付いたらしい。

 シロが採取計画を出してきた素材は冒険者ギルドに鳩を飛ばして採取の依頼をだし、ぼくたちは一目散に帰途に就いた。

 死霊系魔獣の出没がないからできた強行軍だ。

 死霊系魔獣の出現が減ったとはいえ、真夜間まで起きている人間は少なく、夜の地上は真っ暗闇で、暗黒世界を照らすのは天空の月や星々の光だけで、昼間とは全く違う世界の様相だった。

 飛竜たちは魔法の絨毯の両側で少し前を飛行して先導してくれた。

 地上では夜行性の魔獣たちが人里の結界ギリギリまで山を降りってきている気配がする。

 夜鷹も蝙蝠も来ない高度を飛行しながら、魔力探査で地上を探るのは楽しい。

 この世界では人類は死霊系魔獣が肉体を乗っ取ることを避けるために、死後すぐ火葬される。

 だが、野生の獣たちはそうはいかないから必ず死霊系魔獣が出現するはずなのに、新しい神の誕生以来、目撃例がない。

 新しい神のご加護がいつまで続くのかわからない中、死霊系魔獣の出没がない期間が続くと、人類は油断し討伐方法を喪失してしまうことも起こり得る。

 何しろ新しい神が誕生した過去の記録がないので、ご加護が終了する時期の推測さえできない。

 神様の時間の感覚が飛竜のように長いことだってあり得るのだから、出現しない敵を想定して訓練し続けるのは難しい。

 ぼくが寿命や狩られてこと切れた魔獣がどうなるのか探る方法を思案していると、スライムがあっさり結論を言った。

 “……あたいの仲間が頑張っているよ”

 “……ご主人様。死霊系魔獣が死体を発見する前に、スライムが精霊に連れられて分解しています”

 野生のスライムも進化しているのか!

 “……野良スライムはまだ精霊言語を取得していません。本能で死霊系魔獣を排除しています。ただし、辺境伯領周辺に限ってのことです”

 辺境伯領でスライムの飼育が盛んになって、知能を上げたスライムが多発していることも関係あるのだろうか?

 “……あるとも、ないとも言えないわ。あたいもあの子たちが森で活躍しているのがわかるように、あの子たちもあたいたちの活躍を感じているのかもしれないけれど、喋れないからはっきりしないわ”

 スライムが光る苔の雫を摂取する前の実験でスライムには知能がある様子だった。

 光る苔の水をぼくのスライムが初めて取り込んだ時、明らかに他のスライムは嫌そうに震えていた。

 光る苔の雫で知能を上げたのかと思っていたけれど、スライムは元々、知能と共感性があるのだろう。

 知られていないことは、ないこと扱いになるのは精霊たちも一緒だ。

 “……ご主人様。着眼点は良いのですが、スライムについて回っている精霊たちは自分が死霊系魔獣に取り込まれたくないからです”

 スライムは精霊たちにより魔力の多い餌へと導いてもらい、精霊はスライムに死霊系魔獣の出現を抑えてもらう共生関係が出来上がっているのか。

 “……精霊たちも性格が悪くなる前ならいい子たちなのよね”

 中級精霊になる前のシロも大概なやつだった。

 “……ご主人様。申し訳ありません。浅はかでした”

 人間だって良い人も悪い人も居る。精霊だって全部がいたずらっ子じゃないのは理解できるよ。

 “……ご主人様。無条件には信頼してくださらないのですね”

 今だってウィルに何かしている気がする。

 “……ご主人様。私は健康的な睡眠を提供する以外、干渉していませんが、好奇心旺盛な子が気に入ってつきまとっています。彼が精霊言語を理解できるようになるとは思えませんから何も起きないか、あったとしても精霊に誘導されることくらいでしょう”

 辺境伯領主のような夢への干渉があるのか。

 …キュワ

 みぃちゃんのお腹に寄りかかってしっぽにくるまれた赤ちゃん飛竜が寝言を言っている。

 辺境伯領を半周するように取り囲んでいる山脈の真っ白い山肌が朝日を反射して光り輝いた。

 ぼくはボリスを起こして少し眠ろうとしたが、神々しいほどの美しい風景に息をのんだ。

 ただいま。

 ぼくの家族が暮らすこの町がぼくの故郷だ。

 ボリスを起こしてこの景色を一緒に楽しんだ。


 上空から見る領都は目覚ましく発展していた。

 七大神の祠を繋ぐ市電は往復で運航できる退避所が増えており便数が増えているのも確認出来た。

 それに加え東西南北を十字に交差する路線が新たに開通しており、地上がこれだけ発展しているのだから地下街はどうなっているのかと思うとワクワクが止まらない。

 亜空間経由で帰宅したときは、自分のことで精いっぱいで街の発展まで気にしていなかった。

 ボリスと二人で新しいところと変わっていないところを見つけては、はしゃいで報告しあった。


 先にボリスの自宅に着いたら家人や使用人全員が庭で手を振って待っていたから、ボリスが声を出して泣いた。

 そうだよね。

 ぼくはちょくちょく帰っていたけれど、ボリスは手紙だけだった。

 素材採取で死んでもおかしくない目にあって、港町の旅行でクラーケンに遭遇し、王太子殿下と一緒に飛竜の里に見学に行く初級魔法学校二年生なんて希少だよね。

 ボリスの家に降り立つとミレーネさんとミーアが駆け寄ってきた。

 オシムさんも良く生きていた、と呟いた。

 みぃちゃんは久しぶりに会った姉弟猫に首輪のチャームを見せびらかしている。

 頑張れボリス。可愛いのを作ってあげてね。

 (つがい)の飛竜に従業員たちが目を丸くしている。説明はイシマールさんに任せた。

 騎士団内での飛竜の恋愛は前代未聞なことで、みんな好奇心丸出しで質問している。

 赤ちゃん飛竜は知らない人たちだらけで鞄に引っ込んでしまったので、スライムが鞄に入って落ち着かせている。

 ボリスの家族は、長男次男が帝国に留学中で帰って来られないから、なおさらボリスの帰郷に感無量になっている。

 こういうのを見ると早くうちに帰りたくなる。

 ボリスの荷物と各地の名産品を詰め合わせたお土産を置いて、そそくさと家に帰った。

 うちの中庭で家族全員が手を振って待っていてくれたのだが、良く知っているけれど居てはいけない人が紛れ込んでいた。

 キャロお嬢様のじいじだ。

 まったく、馬車まで紋章なしにするような、ハルトおじさんの真似をして、うちでいったい何をやっているんだろう。

 中庭に着陸すると三つ子が弾丸の様に駆け寄ってきた。

「「「カイル兄おかえり!!!」」」

 三つ子がぼくの首にぶら下がる。

 これがあると帰ってきた実感が湧く。

 父さんは新婚飛竜に初めましてと挨拶をしている。

「お帰り。兄さん」

 ぼくと背の変わらない、ケインの足元に兄貴の本体がいた。

「お土産がたくさんあるんだ。キャロお嬢様のじいじの分はありません」

「土産話でかまわんよ。まだ、魔力に余裕があるのなら、この庭の中でも良いから飛んでみたいだけだよ」

 目的は魔法の絨毯だったのか。

 ぼくは総魔力使用量を計算するために、魔力の残っていた魔石を交換した後で、操縦をみぃちゃんに任せて庭一周するくらいなら良い、と返答した。

 三つ子たちも乗りたがったが、赤ちゃん飛竜の鞄を開けて、チラッと見せるとおとなしくなった。

 父さんと領主とみぃちゃんが乗った魔法の絨毯が浮かび上がると、領主がぼくに手を伸ばして、カイルも乗れ、と強引に引っ張った。

「「「ずるい!!!」」」

 三つ子たちがむくれている。

「後で乗せてあげるよ」

「「「約束だよー」」」

 三つ子たちに手を振って高度を上げた。

 ケインが三つ子たちに、飛竜たちを触らせてもらえるか聞いてみよう、と誘いだした。

 良いお兄ちゃんだ。

 父さんとぼくは領主に魔法の絨毯の簡単な仕組みと欠点を説明した。

「安全な空の旅が実現できれば、物流にも改革が起こるのにな」

「鳩の郵便の国際化に向けて調整中です。空路の利便性が広く知られるようになれば、防御特化の冒険者を護衛につけることが出来るかもしれませんね」

 実用化に向けての調整は大人に任せておけば良いだろう。

 ぼくは領都の発展の経緯を領主に質問したり、夜間飛行の時に考えていた死霊系魔獣が出没しないことで騎士団が弱体化しないようにする新しい魔術具の案を話したりした。

 VRヘッドセットで死霊系魔獣の討伐を再現して、訓練に生かすのだ。

「それは装着した者だけが死霊系魔獣が見えるのか?」

「どこまで再現できるかが研究のしどころですが、装着者はまるで亜空間にいるかのように、その世界観に入り込んでしまいます」

「「亜空間か…」」

 父さんが墓参りの時に経由した亜空間も、領主がマナさんの精霊に招待された亜空間も、どちらも真っ白な世界だった。

 シロに適当な亜空間を再現してもらうにしても、上空の魔法の絨毯の上からいきなり消えてしまう訳にはいかない。

「夏休み中に試作品を作ってみます。まあ、できたらいいな、くらいの考えですよ」

「その出来たらいいなで、市電が出来たんだぞ」

 何事もやってみないとわからん、と領主が言った。

「素朴な疑問なんですけど、鉱山の採掘に制限があるのに、市電を延線出来るほどの鉄鋼がよくありましたね」

「あれは領主申し送り事項に毎年の出荷量から少しずつ鉱石を蓄えておけ、いつか大量に必要になる、とあって、専用の地下倉庫に備蓄されていたんだ。市電の話を聞いた時に、これだ、と合点がいったぞ」

 そんなに蓄えこんでいたら帝国に狙われそうだ。

「これでもまだ全部は放出しておらん。次世代のために備蓄しておくことも領主としての務めだ」

 最近の領主は頼り甲斐がある。

「王都の膿も出し尽くした。東の魔女の件は魔女の助手に王妃の親族のものがおって、成り代わられていたようだ。国外に逃亡しているので、これ以上魔女の被害は起きないだろう」

「新年度からはもう大きな問題は起きなさそうですね」

「そうなるといいんだが……」

 父さんは飛竜の赤ちゃんが入っている鞄を見ながら言った。

 想定外の出来事はいつだって起こり得るものだ。


 領主は地上に戻ると、イシマールさんの飛竜に乗せてもらって城に帰った。

 憧れの飛竜に乗れて大満足のようだ。

 本人にお土産はないと言ったが、港町で仕入れた海鮮の乾物を待たせていた馬車に詰め込んで帰ってもらった。

 ようやく家族だけになったところで、お婆がチャーシューの入った瓶の蓋を開けると赤ちゃん飛竜は鞄から顔を出した。

 キュイ。

 一鳴きするだけで家族の心を掴んだ。

 三つ子たちが捕まえた(くだん)の妖精たちが姿を現すと、赤ちゃん飛竜は鞄から出てきた。

 ぼくの家族を気に入ってくれるかな。

 “……カゾク…カゾク!”

 こうして我が家の新しい家族はみんなに迎えられた。

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[気になる点] 三つ子がカイルのことをケー兄と読呼んでいますが、ケー兄ならケインでは?
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