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帰途#2 ~ラウンドール公爵家にて~

 全属性の魔法が使える飛竜の鱗を白金に混ぜると光の当たる角度によって煌めきの色が変わる美しい金属が出来上がった。

「アクセサリーにするだけではもったいない出来だ」

 攻撃力が、防御力がどうしたなどと、ラウンドール公爵が呟いている。

 帰宅したら何か作ってみよう。

 ぼくはみぃちゃんとみゃぁちゃんにお揃いの首輪用チャームを作ることにした。

 チャームのみぃちゃんの首輪に魔石をつけて魔術具に仕上げる予定だ。

 米粒のように小さな魔石を日に透かして、偉く細かいのに隠匿の魔法陣も完璧だ、とラウンドール公爵が呟いた。

 どうやって刻むのだ、と顔面を近づけて詰め寄って来たので、スライムに針になってもらってみゃぁちゃん用の魔石に魔法陣を刻んで見せた。

「スライムが万能過ぎて羨ましい」

「ぼくのスライムも針になるまでは出来るけれど、そこから先の腕がありません」

「「「練習あるのみ」」」

 嘆くボリスに、ラウンドール公爵とウィルとイシマールさんが励ました。

 王都に居るついでにイシマールさんも初級錬金術師の資格を取っていた。そのことを公爵が絶賛した。

 傷痍騎士は年金を使い果たして没落することが多く、辺境伯領の元騎士のように転職して成功するのは王都では稀だとのことだった。

「ジェニエさんのように幾つになっても出来ることを全力で取り組んだら、結果が自ずとついて来る方を目の当たりにすると、なんでも挑戦したくなります」

「おお。ジェニエさんの製品は王都では入手困難で、ウィリアムがカイルの友人になって妻が一番喜んでいる」

 公爵夫人にメイ伯母さんの親族の商会を紹介したから定期購入できるようになったのだ。

 大量生産、大量消費が出来ないこの世界では品薄を解消することは困難だ。

「辺境伯領では努力が美徳とされています。成人の魔法学校への再履修率なら、流行りの魔獣使役を除いても国内最多と自負しています」

 領主様にかつてお買い物ごっこで発破をかけて以来、文官も騎士も、はたまた農民や市民であっても必要に応じて魔法学校や研究所に行くことを領主様主導で進めているので、寮にはいつも成人が滞在している。

「ジュエルさんを掻っ攫っていった手腕は見事だと思ったが、卒業時の成績に拘らず、仕事の必要性に応じて学び直しをさせる辺境伯は天晴だ。御仁が王立騎士団の団長であったらと悔やまれるよ」

 そこのところは精霊たちに、してやられたとしか言えない。

 問題は王都で精霊に好かれる人物が台頭していないことだ。

「王都の人材育成に問題があるだけですよ」

 イシマールさんの言葉にラウンドール公爵が項垂れる。

「派閥も何とかなったし、これから育てるさ。子どもに負けているようではいかんだろ。ほら」

 ラウンドール公爵はみぃちゃんが大きな魔石を抱え込んでいるペンダントトップを制作した。

「父上、流石です」

 ウィルも前回の招き猫よりみぃちゃんらしいチャームを作ったが、愛らしさが足りない。

「悪くはないのに、前回作ったやつの方が、何か可愛い」

 ボリスでもそう思うようだ。

「これではまだまだオーレンハイム卿の師事は受けられないぞ」

 ラウンドール公爵がウィルに発破をかけるが、オーレンハイム卿に師事すると一流の芸術家というより特級のヘンタイになれそうだ。

「こっちの方が可愛いのは、可愛いみぃちゃんを作ろうと、みぃちゃんらしい仕草をちゃんと表そうとしているからだよ。写実に拘らず、ウィルはウィルらしい作品を作れば良いよ」

 ウィルとオーレンハイム卿は、混ぜるな危険、の予感しかない。

 みんながそれぞれのみぃちゃんを作る中、イシマールさんだけが自分のハスキー犬を作っていた。

 それを見たボリスが自宅に帰ってから自分の猫に作り直す、と張り切った。

 ボリスの猫は、ほとんど妹のミーアの猫になっていると思うけど、黙っていた。


 ラウンドール公爵が夫人に、ウィルがエリザベスにプレゼントをして、ぼくはみぃちゃんの首輪にチャームを取り付けた。

 みぃちゃんが強いのは知っているが、念のためのお守りだ。

 スライムがポケットで、あたいも、あたいも、あたいも、と呪文のように唱えている。

 変形するスライムに似合うアクセサリー……ピアスかな?

 ポケットの中で嬉しそうに震えている。

 鞄の中から赤ちゃん飛竜が顔を出して、ぼくをじっと見つめた。

 お前も何か欲しいのかい?

 こくこくと頷く。

 ぼくが死んでからも成長し続ける飛竜のアクセサリーはピアスくらいしか思いつかない。

 母飛竜の鱗とかあればいい素材なんだか……。

「……かわいいです…!」

 エリザベスが鞄からひょっこり顔を出す、赤ちゃん飛竜に目をキラキラさせて感激している。

 ぼくはせっかく顔を出した赤ちゃん飛竜のご機嫌を取るべく、中庭で魔法の絨毯を披露した。

 みぃちゃんが絨毯に飛び乗ると、赤ちゃん飛竜も鞄から出てヨチヨチとついていき、絨毯の上で早く飛べ、と羽をパタパタさせた。

 あまりの可愛さにみんなほっこりとした笑顔になる。

 レディーファーストという事で、公爵夫人とエリザベスを先に案内した。

 公爵夫人はじかに座ることも厭わず、エリザベスを膝に座らせた。

 公爵は四基のドローンに釘付けで、揚力と推力を推測し始めた。

「難しいことを考えるのは後にして、まずは飛行を体験しましょう」

 夫人に誘われて絨毯に乗ったが、ドローンが良く見える端っこに座った。

 低空飛行で庭を一周すると、ご婦人たちを降ろして、公爵は高度を上げることを要求した。

 夫人が心配するので、ボリスが自分のスライムを貸すから大丈夫だと請け合った。

 ボリスのスライムはドローンに変化をするのは無理だが、パラシュートにはなれるのだ。

 ボリスの作ったみぃちゃんのチャームの魔石を大きいのに取り換えた。

 魔石に風魔法の魔法陣を刻みボリスの魔力を目いっぱい込めて公爵が持つことでスライムを使役しやすくした。

 地上で風魔法を使ってパラシュートが開く練習をすると、イシマールさんのスライムも義手から出て自主練を始めた。

 それでも心配する夫人に万が一落下したら、庭師には申し訳ないけれど、土魔法で庭の一部を柔らかくして受け止めるから、と保証した。

 見本として水たまりサイズのトランポリンを作るとウィルが喜んで跳びはねた。

「辺境伯領の二人が驚いていないという事はこの魔法は領地では一般的なのかな?」

「子ども用の遊具に似たようなものがあります」

「騎士団の姿勢制御の練習用にもありますよ」

「教育過程そのものが王都の上を行っているようだ」

 夫人も納得してくれたので、女性とボリスとウィルを残して、公爵家のお屋敷よりも高く上昇した。

 操縦はみぃちゃんに任せて、赤ちゃん飛竜はシロの担当にして飛び出していかないように見張っている。

 公爵は、高い高い、と子どものようにはしゃいでいる。

 高所恐怖症でなくて良かった。

「落下防止の魔法陣は使っていますが、乗っている人が強引に飛び降りたり、物理的に攻撃を受けて絨毯がひっくり返ったりしたら、結界よりも重力が強いので落下します」

「「重力?」」

「物が下に落ちる力ですよ」

 面倒だから引力と遠心力の説明は省いた。

「ああ。落ちる力な」

「無茶なことをしない限り安全なのはわかっているのだけど、男ならやっぱり挑戦したいじゃないか!飛び降りよう!!」

 なんとなく、こうなるかなと思っていた。

 地上でスライムとパラシュート練習をしているときに、とても楽しそうに生き生きとしていたからね。

 ぼくは飛竜の里でポアロさんの家の屋根から飛び降りて怒られた事があるので、トランシーバーでボリスに確認した。

「ラウンドール公爵が飛び降りる気満々です。どうぞ」

『……地上班…了解です。****!!!!どうぞ』

 後ろで夫人が何やら叫んでいたけれど、男のロマンは認められるべきだ。

「後でどうなるかわからないが、やってみる方が面白そうだ」

 ぼくたちがスライムをスタンバイすると飛竜の赤ちゃんがヨチヨチやって来た。

 “……トブ…トブ…トブ”

 飛べないぼくたち人間が飛ぼうとしているのだ、これは連れていくしかない。

 ぼくは赤ちゃん飛竜の両脇に手を入れて一緒に飛ぶことにした。

「せーので飛び降ります。どうぞ」

『了解。どうそ』

 ボリスの返答に昔のことを思い出した。

 誘拐された馬車の荷台から飛び降りる時に何度もせーの、と言ったのになかなか飛び降りられなかった。

 イシマールさんもあの話を知っているので笑っている。

 公爵が言った。

「行くぞ!せーの!!」

 三人とも勢いよく飛び降りてパラシュートのスライムがぶつからないように風を操る。

 ぼくの手の中で赤ちゃん飛竜がパタパタと羽を動かし歓喜の声を上げた。

 飛ぶって、気持ちがいい。

 フワフワと降りてくるぼくたちに、子どもたちは手を振って喜んだが、夫人は両手を口元に当てて心配そうに見ている。

 地面にすとんと降り立つと、みぃちゃんの操縦する魔法の絨毯もゆっくり着地した。

 スライムのパラシュートは片付けが無いのが(らく)チンだ。

「あなた!安全装置の実験でしたら、飛び立つ前に知らせてください」

 公爵は夫人に詰め寄られていた。

 手順を守るのは必須事項だ。


 公爵家ではウィルの予定を聞いてお開きになった。

 ウィルは馬車での移動は時間がかかるからと、荷物だけ馬車に乗せて、早馬を使って移動することにしたようだ。

 ほくが王都に戻るタイミングで辺境伯領に来て、帰りは魔法の絨毯に便乗したいとのことだった。

 帰りを一緒にするくらいなら構わない、と言いかけて、今度王都に戻る時はケインも一緒だと気が付いた。

「弟が同乗することになるから、洗礼式直後になるけどいいかな?」

「まあ。弟さんが来年度入学なのですか」

 公爵夫人は、これは新年度が楽しみだわ、と呟いた。

「カイルの兄妹に会えるのが楽しみだよ」

 ウィルが断ることはないと思っていたよ。

 ウィルは洗礼式の前後十日間辺境伯領に滞在することが決まった。


 帰宅の飛行許可が下りる頃、赤ちゃん飛竜は飛び立たないまでも、ドスンと落ちない程度に浮き上がっていられるようになった。

 寮の部屋は一年ごとに部屋替えがあるので、すっきり片付けた。

 片付けたと言っても、素材は寮の研究室に入れて厳重に鍵をかけてあるだけた。

 同行はボリス、護衛はイシマールさん。

 みぃちゃんが早く来いと鳴いたけど、少しくらいしんみりさせてほしい。

 ぼくの魔法学校一年生の終わりに飛竜たちを三匹も引き連れて魔法の絨毯で帰るなんて、来た時には想像もできなかったのだから。

おまけ ~とある村人の自戒~


 農民の長男の長子は農民の長男でしかいられない。

 痩せた土地の耕作権だけ親から受け継いで、次男三男から恨みがましい視線を受けたとしても、一族を養う収穫量がこの地にはない。

 父はそう嘆くばかりだが、山を切り開くと魔獣の襲撃が待ったなしになる。

 そうして何の打開策もないまま冬がやって来て俺たちは死ぬはずだった。

 領都から一人の文官がやって来て、村の書類をひっくりがえして、村長一族の不正を暴くと、何かしらの奇跡が起こる予感に俺たちは震えた。

 とある慈善家が、この村を援助してくださる。だが、そのためには課題を乗り越えなくてはいけない。

 課題はこの冬に老衰等の明らかな理由のない死者を出すなという事だった。

 冬を越すのにギリギリな食糧援助だけで、栄養失調状態のこの村で死者を出さずに冬を越す。

 そのためには村の体制そのものを見直す必要があった。

 成功したら春以降に進める新しい農作物の試験地として領をあげて支援される。だが、失敗したら、働けるものは炭鉱夫送りとなり村人を入れ替えるという荒唐無稽なものだった。


 …生きのこるためにはこの条件を飲むしかなかった。


 成功しても新しい作物はほとんど俺たちの口に入ることはなく、旨いものだけ作っては買いたたかれる、作っては買いたたかれる、作って買いたたかれる、その繰り返しを淡々とこなすだけの人生。

 ………………畜生め。

 こんな土地を継ぎたかったわけではない。

 数年こんな日々が続いたが、ある日突然文官に王都の魔法学校へ行けと言われた。

 俺が耕運機を動かす姿を見て、その魔力量があれば初級魔法師になれるというのだ。

 魔法が使えたら毎日の竈の火をおこす作業も簡単だし、何より、生活圏を守る結界を強化するために植えられた植物を売り払うような馬鹿な真似はしなくなる、と言われた。

 心当たりはある。

 でもそうしなければ飢え死にするような環境に居なかったやつが、何も知らないくせに何言いやがる。

 この村の奨学金の配当は一人分だ、お前が行かないなら別の奴に声をかける。

 そう言われたので、王都見物のつもりで冬季間だけ魔法学校に通うことにした。

 春先までかかっても俺の分の労働力の提供も奨学金の一部だと言われているので、何が何でも初級魔法師の資格を取得するしかなかった。

 寮の子どもたちが俺を落ちこぼれにしないために談話室で勉強をみてくれる。

 なんとか合格出来たら、予定期間までまだあるから初級錬金術師も取れと言われた。

 村の人には悪いが寮の暮らしが快適すぎてこのまま滞在できるならまだ勉強を続けるのも悪くない。


 ただどうしようもなく心が乱されるのはあいつがいることだ。

 良い家にもらわれてこの貧困を抜け出したくせに、義父の七光りで学校内の有名人にのし上がった。

 革新的な魔術具だって、義父の指導で制作してるんだろう。成績だって、面倒見の良い寮生たちに持ち上げられていいところを出しているだけだろう。

 あんな風にちょっとした偶然で貧困の村を脱出して、上位貴族やら王族やらと慣れ親しんでいる“人生の勝ち組”になりたいものだ。

 食堂の隅っこでそんなことを考えていたら、元飛竜騎士とかいう男に小声で言われた一言に背中が凍り付いた。

 ああ、こいつがイシマールか。

「カイルの両親の遺産をまるっと奪い去った男の長男がお前か」

 旨い話なんかあるもんか。

 俺はカイルの復讐にまんまとハマって王都に引きずり出されたのだ。

「馬鹿だな。お前は入学式でカイルにすぐ気が付いただろうけど、カイルはお前のことなんか微塵も気にしてはいない。お前は魔力量だけで奨学生になっただけだ。罪の意識があるから、黒髪の少年のことを覚えているんだろう」

 ああ。

 目をそらしていた真実がそこにある。

 両親を虐殺された少年の両親の遺産が思っていたよりも多くて父が喜んでいた。

 少年は街の金持ちのところに引き取られた、こんなことならもう少し親権の金をふんだくっておけばよかった、とぼやいていたことを思い出した。

 村長一族だけが下衆だったんじゃない、俺たち一族も十分に下衆だった。

「あの金が無ければ、お前の妹は死んでいた。弱いものから先に死ぬ世界だ。カイルは恨んでいない。両親を目の前で虐殺されたカイルに幸運が訪れたのは、カイルが過度に人を恨まないことに神様がご加護を与えたのだろう」

 イシマールは淡々と言った。

「お前が奨学生に選ばれたのはお前の魔力量で、奨学金の発案と出資の一部はカイルがしたことだ。親の協力があったとしてもあそこまで働く幼児は、俺はカイルと弟しか知らない。人をうらやむ前にお前が学んだことを村で活かせるかどうかを考えろ、でなけりゃお前の村には奨学金が下り辛くなる。自分の人生は自分でどうにかしろ」

 頭の中で全てが繋がった。

 都合よく慈善家なんて現れるわけがない。

 カイルが、カイルの親族が関与していたのだろう。

 俺は生きるために精一杯やって来たつもりだった。

 俺が、俺の家族が生きのこるために。

 それ以外の犠牲なんて気にしてはいられなかった。

 あいつは従弟なのに、弱いものが死ぬのは当たり前の世界だから見捨てた。

 自分にとって大切なものの枠を小さくしなくては、俺の心が死ぬからだ。

「村に帰って、村を豊かにすればいい。その時にカイルを思い出せば良い。あいつは感謝を期待していない。ただみんなが幸せであればいいと思っているだけだよ」

 食堂の片隅で男泣きするわけにもいかないので、無言で自室に下がった。

 一階の中間にカイルの部屋がある。

 成人はその奥を割り当てられている。

 毎日ここを通るたびカイルに嫉妬していた。

 俺はカイルを困難に追い込んだ一家の長男なのに。


 風呂にも入らず清掃魔法で済ませた。

 ……俺は魔法使いになれたんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イシマールさんが教育的指導している所。 [気になる点] 村の書類をむっくりがえして…ひっくりがえしてでは? [一言] 誤字報告できないのでこちらに書きます。
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