小さな命、大きな力
飛竜の里でのんびりと遊びながら飛行の魔法を研究した。
敵はぼくの思い込みと重力だ。
スライムの方が自由に発想すると思い知らされたのだ。
タイルを螺旋階段のように出現させるスライムは小さくて軽いからだと思い込んでいるからか、ぼくがやるとタイルが地面に落ちてしまって乗るまでに至らない。
飛竜たちが心配そうに様子を見守っている中、みぃちゃんとシロは毎度のことだと静観している。
回復薬があったとしても痛いのは嫌だから、無茶なことはしないとわかっているのだ。
「なんだか面白そうなことをしているね」
ボリスとウィルがやってきた。
ぼくが庭でタイルを踏みつけて落としているようにしか見えないから、面白くはないだろう。
「飛べなくても、空中を歩けないかなと考えたんだけど、うまくいかないね」
ウィルは魔力量に任せて階段を作った。
「これでは空中散歩にならないね」
足場を作るとなると土魔法が適正かと思うけれど、いざ土魔法を使うと落ちるイメージがつきまとう。
「飛竜みたいに飛びたいよね」
ぼくたちは座り込んで飛竜たちを見上げた。
「あんなに重たいのにどうやって飛んでいるんだろうね?」
祠巡りでいたずらされたウィルがしみじみと言った。
「飛竜は全属性だから何魔法を組み合わせているのかわからないよ」
普通は飛竜に乗りたいと思うだけで飛竜になろうとは思わないよね、とボリスが言った。
飛竜に乗りたいわけでも飛竜になりたいわけでもなく飛んでみたいだけだ。
“……あたいの出番だね。魔力が切れたら落ちるだけだし、パラシュートになって落ちるからまかせて!”
スライムが飛ぶだけだったらドローンでいいじゃないか。
“……あたいは落ちるなんて考えない。一緒に高く飛ぼうよ”
ああ、そうだ。ぼくは一人じゃない。
イシマールさんのスライムは比喩じゃなくてイシマールさんの左腕だ。
そうか、スライムと一緒に飛べばいいんだ。
ぼくはスライムにあるイメージを伝えるとスライムも乗り気になった。
スライムはすぐさま飛びたがったが、ぼくは事前準備を入念にしたい方なので、スライムを可愛がるふりをしてたっぷりと魔力を与えた。
みぃちゃんが恨めしそうにスライムを見ている。
精霊言語で聞かなくても言わんとしていることはわかる。
ぼくは子ども元気薬を一気飲みした。
「「何やっているんだ!!」
回復した魔力をどんどんみぃちゃんとスライムに与えた。
結果を先読みしたシロがにやけている。
笑っている犬のシロが可愛くて、撫でまわしたら魔力をちょっぴり持っていかれた。
便乗されてしまった。
「「なんでいきなり魔獣ペットたちを可愛がるんだ!!」」
「飛竜も可愛いけど、うちの子たちが最高に可愛いからだよ」
ボリスのスライムが羨ましそうにボリスの首にスリスリした。
「可愛いのはわかるけど、ぼくはアレを飲んでまでは可愛がりたくないよ」
ボリスは魔力奉納のポイントでスライム用の回復薬を購入できないか交渉してきた。
販売のことはよくわからないから、お婆に手紙を書くよ、なんて言っていたらお婆に送っていた鳩が帰ってきた。
解析が済んだのだろうか。
ぼくがワクワクしながら鳩の足に取り付けられた魔術具を開けようとした時、浮かれた二体の魔力が接近してくるのを感じた。
新婚旅行くらいゆっくりしてきたらいいのに、イシマールさんの飛竜が戻ってきたようだ。
ボリスも気が付いたようで、何か連れてきているから大騒ぎになるぞ、と言った。
正解だ、ボリス。
二体と小さな一体、おそらく怪我をしている。
…あいつら、新婚旅行で子どもを拾ってきているんだ!
「厩舎に新しい敷き藁を!厨房に居るイシマールさんを呼んできて!!」
ぼくはボリスとウィルに指示を出して、厩舎に急いだ。
野良飛竜なんて、レアな魔獣を新婚旅行で見つけるなんてあり得ないだろ。
家族って増えるものだから、と父さんは言っていたけれど、自分の子どもが先じゃないのか。
イシマールさんの飛竜は傷口を治癒魔法でふさいだだけの状態でちびっこ飛竜たちより小さい飛竜を背中に乗せて帰ってきた。
新しい敷き藁に横たえられた幼い飛竜はラグビーボールサイズでしかなく、ポアロさんによれば生後一か月と言ったところだった。
新婚飛竜たちの話をダイジェストにすると、外国で人間に襲撃にあっている飛竜を助けたら赤ん坊をかばって動けなくなったと泣きつかれたらしい。
奥さん飛竜に彼女がシングルマザーになった経緯を切々と語ったそうだが、割愛する。
ガンガイル王国が飛竜部隊の派遣を断っているせいで、帝国は飛竜狩りをしているようだ。
野生の飛竜と契約できるような上級魔獣使役師が帝国にいるのだろうか?
とりあえずぼくが学んだ医学の最初の患者はこのちび飛竜となった。
回復薬は首を振って拒否された。
舐めてもいないのに激マズなのがわかるのだろうか。
確かにマズいけど、飲んだら元気になるよ。
“……イヤ…”
母飛竜は傷と魔力回復のために眠りについたとのことなので、ママが来るまでに元気になろうなんて気休めは言えない。
そう、眠ると言っても人間とは規模が違う。
百年単位で眠ることもありうるようなのだ。
ぼくは回復薬を塗り薬として擦りこみながら、微細な魔力を流し血管や筋肉や神経を繋ぎ合うように誘導した。
幼体の飛竜は回復魔法を使えるようになるまで親にこうしてもらうのだが、この赤ちゃん飛竜はイシマールさんの飛竜の魔力を嫌がったので、傷口を塞ぐだけにしていたのだ。
ぼくの掌に頭を預けてスリスリしている。
ぼくの魔力は嫌じゃなかったようだ。
もう、痛がってもいないので、大丈夫なんだと思うけど……。
「頭をよけてもらっていいかな?」
赤ちゃん飛竜は掌に頭をぐりぐり押し付けて抵抗した。
「「「「「「なつかれたな」」」」」」
ポアロさんの奥さんはぼくに肩掛けの布製の鞄を持ってきてくれた。
飛竜の赤ちゃんはぼくがかけた鞄に入り込みカンガルーのようにスポンとおさまった。
「赤ちゃんはお母さんの足元で丸くなって眠るから、うちでは鞄で代用しているのよ」
「しばらくカイル君が抱っこしてください。じきに眠りますから、そうなれば私たちが代わりますよ。里ではこうやってみんなで飛竜の赤ちゃんをそだてます」
飛竜の赤ちゃんは鞄の中で眠ってしまうまで鞄をさげて行動することになった。
眠った赤ちゃん飛竜をポアロさん夫婦に託して、ほったらかしになっていたお婆の手紙をみんなで読んだ。
薬の成分は魔獣討伐の際に使い、対象の魔獣の判断力を弱らせて暗示にかかりやすくするものだった。依存性もあるので、魔獣より比較的効き目のある人間が長期間使うことで廃人になる危険性があるものだった。
「依存性がある…。でも、ハロハロが大丈夫なのはなぜだろう?」
ハロハロはハッキリとした顔つきで、もう飴は食べていないのがわかる。
「精霊のご加護じゃないかな」
そうかもしれないということで、ぼくたちは精霊神の祠にたっぷりと魔力奉納をした。
みぃちゃんとスライムも参拝させろと言うので、ぼくが抱っこして魔力奉納をした。
周りはギョッとしていたけれど飛行の魔法を完成させたいスライムは本気だし、みぃちゃんはスライムに対抗して魔力を増やしたいようだ。
シロはおとなしく見守るだけだった。
イシマールさんとハロハロはハルトおじさんからも手紙が来ていたから何やら相談事があるようだったので、子どもたちで里の祠を回ることにした。
新婚飛竜たちが赤ちゃん飛竜を預かって来たことは里の人たちを喜ばせた。
どこの祠を回っても、怪我は治ったのか?と赤ちゃんの様子ばかり聞かれた。
里の人たちに任せておけば赤ちゃんはすくすくと育つだろう。
翌日も元気になった赤ちゃん飛竜は飛べない羽をバタつかせながら鞄を咥えてよちよち歩きでぼくのところにやってきた。
可愛い。
だからこうして赤ちゃん飛竜を入れた鞄を持ち歩いてしまうのだ。
母親飛竜との約束は飛竜の里で預かることになっているから、ぼくの滞在中は面倒を見てあげるけど、連れて帰るのは無理だよ。
赤ちゃん飛竜はクリクリの大きな瞳で見つめるけれど、飛竜の成長が遅すぎてぼくが老人になってもまだ幼体なのだから、里のように代替わりで育てられるシステムじゃないと駄目なのだ。
里のちびっこ飛竜と仲良くさせようとすると、すぐに鞄に引っ込んでしまう。
ご飯とトイレの時以外鞄から出てこようとしない。
「これは、まずいだろう」
ウィルとボリスもこのままでは王都までついて来ると心配している。
鞄をポアロさんの奥さんに預けると鞄から出てぼくのところにやって来るのだ。
飛行の魔法を試してみたかったのに、どうしようかな?
少し離れて、みぃちゃんのところで待っていてくれるかい?
ミャァ。
“……あたしが子守をするのね”
みぃちゃんは右前足に魔力を込めておいでおいでと手招きすると、赤ちゃんはよちよちみぃちゃんの方に歩いていきペタンと座り込んだ。
みぃちゃんはよくできました、とばかりにふさふさしっぽで赤ちゃんを包み込むとご褒美の魔力をちょっぴりあげた。
「「おおおお」」
ボリスとウィルも感心するほど扱いがうまい。
“……ご主人様の魔力をもらっているみぃちゃんは姉妹のような関係ですね”
赤ちゃん飛竜は女の子なのか!
それは置いておいて、みぃちゃんになつくより、里の人たちに馴染んでほしいな。
“……あたいは早く始めたい”
そうだった。
赤ちゃんのことはみぃちゃんに任せて、スライムと飛行の魔法に集中することにした。
回復薬を服用したぼくとスライムは一緒に魔力ボディースーツを強化することにした。
スライムはぼくの体の上で薄くなって宴会用の全身タイツのように覆うと、ぼくの体が蛍光グリーンに光って見えた。
「「!!」」
ボリスとウィルは神々しいものでも見るようにぼくを見た。
光っているけれど、ぼくとスライムであることには変わらないから、そんなに驚かないでほしい。
ここからが変身の本番なのだ。
背中に蜻蛉の翅を四枚生やした。
蜻蛉の飛行能力は昆虫界でもピカイチだ。
出来るだけ省魔力で飛んでやる。
「「妖精か!?」」
うちにいるちび妖精たちの羽よりずっと大きいけれど、みんなは見たことがないからわからないよね。
「妖精とか言われるとちょっと恥ずかしいな。トンボの翅をイメージしたんだ」
光る翅はなかなか綺麗で、ウィルが触ろうとしたらスライムの意思でさっと避けた。
「まだ内緒の技術を詰め込んでいるから触らないでね」
魔法陣の隠匿はしているけれど、ウィルは記憶力がよさそうだから用心しないと。
「試してみるね」
シロの頭を撫でて、万が一の際下敷きにさせてもらおうとしたら、イシマールさんの飛竜夫婦がやってきた。
試験飛行を見守る義務があると思い込んでいる。
そうこうしていると中庭に人が集まって来てしまった。
「「カイルは何を作ったんだ!」」
イシマールさんとハロハロが大騒ぎをしている。
「作ったんじゃなくて、スライムですよ。試してみたい魔法陣があるので、ちょこっと飛んでみるだけです」
「ちょこっとって、無理するなよ!」
「わかっています。シロで何とかなるくらいしか飛びませんよ」
お説教が続きそうだったので、ぼくはサッサと飛び立つことにした。
翅をはばたかせるとすぐに足が地面から離れた。
全身タイツ仕様にしたおかげで体の一か所に負荷がかかり過ぎることもない。
ぼくは高く飛びたい気持ちを抑えて、イシマールさんより少し高く飛んだ。
「「「「「「すごい!!!大成功だ」」」」」
魔力は足りるか、辛いところはないか、もっと高く飛べるのか、など矢継ぎ早に質問された。
「魔力も体も今のところ大丈夫です。もっと高く飛べそうです」
ぼくがそう言うと、イシマールさんが飛竜に飛び乗って、一緒に飛ぼうと誘ってくれた。
ぼくは高度を上げて、二階建てのポアロさんの家の屋根より高く飛ぶとイシマールさんが楽しそうに笑った。
「スライムで空を飛ぶなんて、誰が思いつくものか!」
ぼくだって、飛竜の里に来るまで思いつかなかったよ!




