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ハロハロ

 厳正なる抽選を寮で実施して決めたはずなのに、飛竜の里見学ツアーのメンバーが変更になった。

 ぼくとボリスとイシマールさんは決定事項で、残り二枠は抽選で、寮長(胃が弱いのに飛竜好き)と同学年の女子だったのに、王太子とウィルが買収していた。

 現金積まれたら仕方ないよね。

 それに飛竜の里では身分の差がなくても、これからも王都で暮らしていくのなら長い物には巻かれたほうがいい。

 飛竜の里にメンバーを告げても、王族扱いしないから構わない、と返答があった。

 ということなので、従者なし、手荷物は鞄一つ、称号はつけない、出された食事に文句を言わない等の誓約書を書かせて、同行することになった。

 ハロハロは背水の陣なのだ。

 文句を言える立場じゃない。

 ハロハロと呼ばれることになった経緯は、ボリスが恐れ多くて殿下を呼び捨てにできない、と言ったから、それなら愛称を決めようとなったのだ。

 ハルトおじさんのようにハリーおじさんと呼んだら本人が露骨に嫌そうな顔をした。

「ハルでも、ハリーでもハロでもいいじゃないか。おじさんなのは子どもが生まれた成人既婚男性を、お兄さんと呼ぶ方が子ども扱いになるでしょう?」

 ウィルは右口角をあげながら冷たく言った。

 王太子の母親と妻の実家に嫌がらせを散々されてきたのに、当人たちは面の皮が厚くまだ謝罪を拒んでいるのを諭せないからボンクラ扱いだ。

「ハロハロの服装、荷物は合格。敬称なしも合格という事でいいかな?」

 ぼくがメンバーに確認すると、ハロハロ、ハロハロ、ハロハロとみんなが呟いた。

「ハロハロでいいかな?」

「……ハロハロでいい」

 ハロルド王太子はおじさんと呼ばれるより、ハロハロを選んだ。

 今回の旅は馬車じゃない。

 飛竜の里へはイシマールさんの飛竜が先導して、魔法の絨毯で移動するのだ。

 魔法の絨毯には大人はハロハロしか搭乗しないので、偉そうな態度をとったら実験用の小型機に乗せるぞ、と脅しておいた。

 みぃちゃんとスライムが、ハロハロのために操縦するのを嫌がったのを、目の当たりにした本人が驚いていた。

 ハロハロがみぃちゃんとスライムに好かれる要素がどこにもないのに、嫌われてショックを受けるなんてどうかしている。

 王家の威光が…なんて言っているけれど、本人の資質が駄目だからここに居るんだ、と自覚してほしい。

 魔法の絨毯はイシマールさんの飛竜と並行に飛行している。

 小型無線の魔術具をイシマールさん用にヘッドセットで開発した。

 快適な空の旅なのに、地べたに座るのをお気に召さないハロハロが不満を口にする前に、みぃちゃんがしっぽでペシッと一発入れる。

「魔力の節約のためにはできるだけ重量を軽くする必要があるのです」

 ボリスがハロハロに説明する。

「護衛がいないのはイシマールさんと飛竜で事が足りるからですが、高度を上げて飛行することで敵襲を免れることが出来ます。それでも飛竜の護衛と飛んでいることが大事なのです」

 子どもに説教を食らう王太子が見れるのも上空に人目がないからだ。

「この魔術具が騎士団にあれば無敵じゃないか!」

『「「「防御の飛竜が必要になって、非効率的だよ」」」どうぞ』

 イシマールもツッコミをいれた。

「空を制するのは戦闘上とても重要だが、簡単に迎撃されてはダメでしょう」

 ボリスが子どもにもわかることなのに、と嘆いていた。

「もう少し時間がかかるならトランプでもするかい?」

 “……ご主人様この速度ですともうしばらくかかります”

 シロの助言を受けて、ぼくたちはハロハロの存在は無視して、空の旅を楽しむことにした。

 辺境伯領主から、ウィルとハロハロの前ではスライムの能力を隠さなくていい、とお達しがあったので、ぼくとボリスのスライムも交えてババ抜きをした。

 見た目はグミか水饅頭のようなスライムが触手を伸ばしてカードを持っている。

 見た目は可愛いが、表情から手持ちのカードを予測できないので善戦している。

 ぼくは相手の思考を遮る魔力ボディースーツを装着して、フェアにゲームに参加した。

 危険予知の担当はシロ、操縦はみぃちゃんにお任せだ。

 ババ抜きはルールが簡単なので、見学していたハロハロもすぐに理解した。

 始めはスライムを珍妙なものを見る目で見ていたのに、勝ち抜けをした時には拍手をしていた。

「今回、無理を言って同行させてもらったのは、第一の課題のためなんだ」

 ハロハロは叙勲式の後、辺境伯領主夫人とハルトおじさんにされた説教の内容の一部と、第一の課題について語ってくれた。

 王家の存在意義を果たせないものは王位継承権どころか、王籍剥奪はやむなしとなっており本当に後がないようだ。

「父上の存在意義が国の結界を維持することだけだったなんて、一介の文官のようではないか」

「国の結界を維持する仕事はとても大切ですよ。ぼくたちだってこの前、寮でどうやって敵襲を効率的に防げる結界ができるか検討していたもん」

「国王陛下が最強の結界を維持して下さっていたら、ぼくたちは戦争に巻き込まれずに済むのですから、大事なお仕事です」

「うわー!寮でそんな話をしているのか。いいな。ぼくも寮生になりたいよ」

「「ラウンドール公爵寮に入ってね」」

「辺境伯寮がいいなぁ」

「なんでそんなに辺境伯寮がいいんだ?」

「今の話を聞いて何も思わないなら、王籍剥奪された方がマシな人生を送れるよ」

 ウィルが珍しく片眉をあげて、ハッキリと怪訝な顔をした。

「ハロハロは結界維持を本気でしたことがあるの?」

「持ち回りの当番で魔力を奉納しているが、まじめにやっているぞ」

「「「まじめにやるのは当たり前です!!!」」」

「ぼくたちは神々の祠に魔力を奉納しているだけですが、市民の魔力奉納が多いときとかわかりますよ」

「わかるね」

「正直、どの神様が魔力奉納を多く求めてくるかで、王都の結界の状態を推測できるようになったよ」

 ウィルも成長している。

「うん。ハルトおじさんが君たちと旅をしろと言った意味がわかった。子どもでもわかるようなことを私は知らないのか……」

「自分が物事を知らないことを理解するのが最初の一歩だ、と五才の時に四才のカイルに言われた気がする。…あの時のぼくはバカだったな」

 ボリス!

 それはハロハロを慰めていない。

 あの時のボリスは五才だったけど、ハロハロはどう見ても二十代後半だ。

「ハロハロって今何才なの?」

 ウィルは容赦ない質問をした。

「………二十八だ…」

『まだ若い。何とでもなる。どうぞ』

「…それで、第一の課題とやらは何ですか?」

 ぼくは話題を変えることした。

「……魔獣の生態を知れと…」

 ハロハロは小声で呟いた。

 魔法学校はそこそこの成績で卒業できたのだから、図鑑の説明のような外見についてだけではなく魔獣の一生を探る事だろう、飛竜について調べた方が王家の人間らしい、と考えたようだ。

「確かに図鑑の知識での判断では、辺境伯のスライムはあり得ない進化に見える。人間は魔獣を良く知らなすぎるだけなのかもしれない」

 スライムと操縦を変わったみぃちゃんが小躍りを披露した。

「みぃちゃんもすごいよ」

 ウィルが褒めるとみぃちゃんが当たり前だ、としっぽでウィルをあしらった。

「犬は何かしないのか」

 シロはハロハロのことを完全に無視している。

 そっぽを向いて退屈気にあくびをした。

「ぼくはなんとなくハルトおじさんが何を言いたいかわかる気がします」

 学ぶ気がない人には何を言っても通じないからね。

 答えは自分で考えて探り出さなければいけない。


 クルックー、クルックー、クルックー。

 飛竜の喜びの声が聞こえた。

 前方に結界の気配がする。

 このまま突入しても大丈夫かシロに確認した。

 “……ご主人様は招かれている客人ですが、飛竜の真後ろにつけると先方の結界への負担が減ります。

 ぼくはイシマールさんへ結界突入の際の衝撃波の軽減のために真後ろに着くことを伝えた。

 結界を越えたらやりたいことがあった。

 イシマールさんと飛竜にはあらかじめ伝えてある。

 これからお世話になるこの土地の神々と精霊たちに、ご挨拶を申し上るのだ。

 結界を越える衝撃と共に、蝶の魔術具が里の守りの結界に沿って広がるように設計しなおしたのだ。

 港町の時のような球体ではなく、従来型の円柱型に伸びる結界の魔力の流れに沿うように蝶の魔術具を放った。

 ぼくは魔法の杖を取り出して蝶の魔術具を操りながら結界を読み解く。

 局所に極端に攻撃されたほころびもなく、後世に重ね掛けされた強化の魔法陣も問題なくはたらいている。

 美しい魔法陣だ。

 ぼくは魔法陣の魔力の流れに沿って蝶が舞い踊るように指令を出した。

 精霊たちが喜んで、この地にぼくたちが来たことを歓迎するかのように光り輝いた。

 緑豊かな里山に、蝶の魔術具を追うように精霊たちが光り輝く。

「なんだ!このキラキラと輝く光は」

「港町にもいたけどこんなに多くなかったよ」

「この光は魔術具の光じゃなかったのか…」

 王城のデモンストレーションの時には現れなかった精霊たちがたくさんやって来た。

「飛竜の里には精霊たちがたくさんいるようですね」

「「!!」」

 魔法の杖に興味を持ったようで色とりどりの光が集まってきた。

 メルヘンチックな光景だ。

「カイルが精霊使いに見えるよ」

「魔法の杖に興味津々なだけだよ」

 ボリスは精霊を見るのは初めてではないので落ち着いているが、ウィルとハロハロが無言になって口をパクパクさせている。

 精霊たちはこの蝶の魔術具が好きで港町でも現れたが、ここほど多くなかったから、ウィルは精霊たちの存在に気がつかなかったようだ。

「「この光輝くものが精霊なのか!」」

「緑の一族の族長の話は公式発表されたでしょう。精霊の(しもべ)が居るのだから、精霊が居るのは当たり前でしょう」

「辺境伯領ではたびたび見ることが出来ますよ」

「なぜ王家に報告が上がらないのだ!」

 みぃちゃんとスライムが、こいつ落としてもいいか、と聞いてくる。

『ハロハロ。失言だ。突き落とされたくなければ謝罪しろ。どうぞ』

「…私が王族の態度をとってしまったことを許してください」

 イシマールさんに忠告されて気がついたようだ。

「そんな簡単に許していいのか?」

 ウィルは厳しいがボリスは無言だ。

「ごめんなさいと謝るのなら許してあげようよ。次にやったら、うちのペット魔獣が無言で突き落としますよ」

 王太子をペット魔獣が突き落とすのか、とボリスが小声で呟いた。

「………ごめんなさい」

「里の人たちに無礼がないように、しっかりしてください」

 ボリスがハロハロに里では身分の差はないのです、と念を押している。


 イシマールさんの飛竜が導くまま集落の中心地へと飛行した。

 キュキュクルックー!

 イシマールさんの飛竜が歓喜の声を発する。

 ここは飛竜の故郷なのだ。

 空からの来客になれている住民は着陸に適切な場所へと旗を振って誘導してくれる。

 ぼくたちの周りに迎えに来てくれてた大小さまざまな飛竜の大きな輪ができた。

 イシマールさんも飛竜も泣いている。

 ここに集まった飛竜たちの中にあの戦火を生きのこった飛竜がいたようだ。

 良かった。

 そしてイシマールさんの飛竜のガールフレンドが、ここに戻ってくることを信じて待っていたようだ。

 騎士団を引退した飛竜たちはパートナーを求めて山に帰り、(つがい)を見つけた飛竜たちがこの里に戻ってくるのだ。

 ぼくたちの見学が許されたのは、ガールフレンドが待っていたからなのだろう。

「こんなにたくさん飛竜がいるなら…」

「「「ハロハロ!!」」みぃちゃん!蹴り落とせ!」

 ハロハロはみぃちゃんの前で両手を振って、まだ言っていない!未遂だ、と訴えた。

「着陸するから黙ってください」

 ハロハロはボリスに怒られた。


「ようこそ、飛竜の里へお越し下さいました。私が族長のポアロです」

「この度は里の見学を許可して戴き、ありがとうございます。私は元飛竜騎士のイシマールです。このように歓迎して戴き、誠に感謝しています」

「あなたとあなたの飛竜をお待ちしていました。この子を解放してくれてありがとうございます」

「いえ。それは、こちらの子どもたちが活躍したからです」

「ぜひ、その話を聞かせてください。里に滞在中は私の自宅でお世話させてください」

「「「ありがとうございます」」」

 ぼくたちは元気よく返事をしたが、ハロハロは終始無言だった。

おまけ ~元飛竜騎士の感涙~

 ラインハルト殿下から、飛行の魔術具の実験に立ち会ってほしい、と依頼がきた。

 飛竜の騎乗の許可もおり、港町に急いだ。

 視力を強化してみると、海の神の祠の広場では、すでにみぃちゃんとスライムが試験飛行をしていた。

 せっかちにも程があると思ったが、スライムがカメラで撮影している方向にある巨大な魔力の気配に、飛竜でさえ怯んだ。

 飛竜騎士の小隊が偵察に向かうが、ベテランがみな戦死したから残っているのは中堅にも届かない新人だ。

 カイルたちの元の降りると、すでにクラーケンの大きさの算出を終えていた。

 カイルは海の結界を読み解くために集中しており、マークとビンスはクラーケンの位置を地図上に書き込みながら、行動範囲を予測していた。

 他の子どもたちは住民たちの避難を誘導するために町中へ戻っていった。

 「領主の動きが鈍い。飛竜騎士が来たことで全権委任でもしてしまったのだろうか?」

 ラインハルト殿下が手紙の返信が遅いと対策が遅れると嘆いている。

 俺は子どもたちを不安にさせないために小声で、今回派遣された小隊はハズレです、と言った。


 カイルと子どもたちはやり切った。

 上空から見ると息をのむほど美しかった。

 結界を強化する蝶の魔術具に精霊たちが寄り添い町中が輝いていた。

 視力強化をして町中を観察すること子どもたちやメイさんが祠巡りを必死にしながら、住民たちにも促していた。

 領主と騎士団が何もしないうちに、子どもたちと緑の一族がすべてを解決してしまった。


 子どもたちが叙勲された。

 当然のことだし、騎士団にも何らかの懲罰があるべきだ。

 だが、育てきっていない部隊を派遣した上層部に何らかの罰があるべきだが、家柄のみで上層部が固められているから、それはないだろう。


 叙勲式は何故か非公開になった。

 ラインハルト殿下が何やら企んでいるようだ。

 叙勲祝賀会で魔術具のお披露目があるから、騎士団が勘違いしないといいな。

 あれを実践に持ち込んだら格好の的になり、飛距離の長い魔術具が開発されるようになるだろう。

 あれに乗るものが真っ先に死ぬ運命になる。


 カイルが飛竜を寮に連れて帰ってきた!

 今回の活躍の褒賞として下賜されたというのだ。

 ……騎士団に飛竜が不足している今、これは簡単にできることではない。

 カイルはみんなが賛成してくれて、ラインハルト殿下や辺境伯領主夫妻の協力があったからだ、と言った。

 ………言い出しっぺは、カイルだろう。

 あの子の底なしの優しさには何をもってしても報いることが出来ない。


 領主様は寮の中庭に飛竜の厩舎を建てて、王都への往来の際いつでも使いいて良い、と仰ってくださった。

 マルクは飛竜の里に話をつけてくれ、見学という名目で飛竜の里帰りを取り付けてくれた。

 ……俺にこんな幸せな人生が許されて良いのだろうか。


 『飛竜の里見学ツアー』に、ウィリアム君が居るのは港町の功績があるから理解できるが、『非凡ならざる王太子』までご同行することになった。

 魔法学校の成績は中の上、親の派閥以外から罠にかかる蝶のように嫁をもらい、国王の補佐でさえ、王弟殿下に任せきりで、大きな失点がないことだけが美点、というのが王太子殿下の本当の評価だ。

 ハロハロ。

 とてもしっくりくる愛称だ。

 ハロハロはむかつく発言を連発したので、飛竜に無視するようになだめた。

 ハロハロがまともな人間になれなければ、王籍剥奪後、首と胴が泣き別れするのは時間の問題だ。

 ボリスに説教を食らう王太子を見られただけでも、死んだら戦友たちに自慢してやる。


 カイルは美しい結界強化で、招待へのお礼をした。

 戦友に語るべきことはこの光景だ、と考えていたら、懐かしい魔力を感じた。


 ……あの日俺よりほんの少し前に墜落した戦友の飛竜が迎えに来たのだ。

 涙で視界がにじむのは俺も飛竜も同時だった。

 あいつの飛竜は深手を負っていたのに、里まで逃げてこられたのだ!


 飛竜の里では大歓迎された。

 俺の飛竜はあいつの飛竜とどうやら交際関係にあったようなのだ。

 ……それなのに、王城で俺を待っていたくれたのだ。

 俺は、幸せ者だ。

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